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新たな旅の始まり
新しい職業への転職
しおりを挟む見事なジャンプ力を見せたクローディアは真っ赤な顔でルークに殴りかかるが、それを軽やかな足取りでさらっとかわされてしまい握り締めた拳は不完全燃焼だ。
「ふ、普通に注意してくれればいいでしょうがっ!!」
「耳が弱いんだね♪」
「ち、違うっ!!誰だってあんなことをいきなりされれば、びっくりするに決まってんでしょうよっ!!」
確かに昔からというか、もはや前世から耳のあたりと首の付け根は人に触れられると悪寒がぞわぞわして、肩を友人や美容室の店員さんに揉まれるのも正直苦手だった。
だが、それをこの男の前で認めてしまうと何やら弱点を掴まれたようでとても怖いので全力で否定をしまくる。
そうしなければ、さっきから目をキラキラさせてこちらを見ているアイシスさんが絶対何かをしでかしてきそうでそれも大変恐ろしい。
愛らしい見た目に騙されては行けない。
彼女は確かにこのタチの悪い男と血が繋がっている、遠い祖先であるのだから。
「・・・・・こほん!」
「!?」
ついに、ルークの首元から離れたアイシスが胸元で開かれた指をわきゃわきゃさせながら、ジリジリとクローディアへと近づき始めた光景に対し、大きくため息をついたウンディーネが助け舟を出す。
「アイシス、そういうことは話の後になさい」
「え?根本的に止めてはくれないんですか?」
「はーーーい!話が終わったら楽しみしててね、クローディアちゃん♪」
「・・・・ぜ、全力で遠慮させて頂きます」
悪気が『無さそうに見える』アイシスの方がかなり厄介かもしれない。
ちらっと横目で助けを求めてみたカルロは、『諦めろ』とすでに何かを悟ったかのような乾いた笑みを浮かべている。
多分、彼も彼女の『いたずら』に相当苦労したのだろう。
その瞳はどこまでも遠くを見つめていた。
「話を戻すわね。トルナード様はわたくし達よりもかなり広範囲の世界を知ることができる目と耳をお持ちだから、この光景も会話も恐らく承知の上なはずですよ」
「なるほど。千里眼と地獄耳ですか」
「せんりがん?」
「あ、いえ分かりやすくする為のこっちの解釈なんで気にしないで下さい」
それとも邪眼だろうか?
いや、それだと属性が『闇』になるから違うか。
あぁ、久々に邪眼の力をなめてはいないけど、なめた際に聞けるあのセリフが頭の中を声付きで流れていきましたよ。
うん、これはすごく懐かしい。
あとは三つ目がなんとか?
どちらにしても額には『第三の目』が必要になってくるが、デフォルトで額にあるバージョンと普段は額当てやサークルなどで隠されているバージョンとあるが、どちらかだけでも分かるとイメージが湧きやすいんだけど。
私的な好み的には、包帯でぐるぐる巻かれているバージョンだろうか。
「ですので、あなたが自分を探していると分かればあのトルナード様のことですから、姿形を変えて目の前に現れる可能性も十分に考えられます」
「ち、ちなみに・・・・その際は向こうから名乗ってくれるような、親切な方だったりはしないんでしょうか?」
初めまして、私はあなたの探している神様でーーーす☆
なんちゃって。
「いえ、あの方に限ってそれは決してありませんね。自分を見破れるかどうかも、相手を知る為の材料にしているようですから。全く自分に気づかないような者には、正体を明かさずにそのまま立ち去ってしまうことも多々あったようですよ」
「それ、難易度がだいぶ高過ぎるんですが」
つまり、これから出会うかもしくはすでに出会ったキャラクターだけではなく動物(昆虫も入るのか?)の中にいるかもしれないトルナード様を、『神様はこの中にいる!!』と見事な推理をしなくてはいけないわけですね?
そう、これはゲームだけでなく漫画などでもよく見られるあるあるネタだ。
ストーリー中盤か終盤辺りで、主人公のそばにいた動物や親しい人物、名前だけは出てるけどそういえばそんなやついたなぐらいのモブなどが、ある重大イベントが起こった上その姿を全然別のモノへと変えるか、そのポジションと表情&雰囲気を一気に変えてくる。
えっ!?
まさか、お前がそうだったの!?
理想的な反応がこれだろう。
あるゲームの、動物からの主人公の出生に関わるキーキャラクターへと変化は想像を全くしておらず、制作スタッフの意図通りに画面の前で驚きに叫んでいた。
確かに、普通の動物にはない特殊な性質が最初からあったのだが。
あんなに可愛かったのにーーーーー!!
全てはこれに尽きるだろう。
「ち、ちなみに・・・・・何か特徴はないんでしょうか?」
「ありません♪」
いや、そんなキッパリいい笑顔で言わなくともよくありませんかね?
つまりこの旅では、関わってくる全ての生き物を疑ってかからなきゃいけないわけですか?
かのゼウス神は、狙った乙女に近づく為には黄金の雨に変化した例まである。
ところで雨に変化って、一体どこまでが身体になるんでしょうか?
いやさすがに無機物に変化されたら、全力で白旗を上げるしかない。
唯一の特技であった魔法を封じられたクローディアは、現在特技ステータス欄は空っぽだ。
そうだ。
今さら気がついたが、クローディアは現在『魔法使い』の職業の持つ特徴のほとんどを封じられ、ただのHPも守りも低くて戦闘においては全く役に立たない、馬車か酒場に確実に置いていかれる『その他キャラクター』だ。
もしくは携帯ゲームガチャにおける引かれてから速攻売られるか餌にされる、名前も覚えてもらえないザコ仲間キャラその1である。
「安心なさい。魔法を封じられたあなたを、そのまま放り出すほどわたくしは鬼ではありませんよ?」
「!?」
クローディアの真っ青な血の気の引いた顔に、何を考えているのか思考が読まれたらしくウンディーネ様は神殿の奥から青い宝箱を3つ、その前に差し出してきた。
その蓋を1つ1つ開けていく。
「まず、魔法を失った新しい攻撃方法の為の武器としてこの『水龍の剣』を差し上げましょう。この剣にはわたくしの魔力が込められている為、攻守ともにその水の力をうまく扱いなさい」
「・・・・・・水龍の剣」
刀身が青銀に光る、細身の剣。
その柄に触れてみると騎士院の男たちのような頑強な筋肉のないクローディアでも、その剣は軽く手にもなじみとても扱いやすい気がした。
「そしてこれが『翼竜のブーツ』。戦いの中で敵の攻撃をかわし、または先手を打つ為にあなたの行動自体を風のように早めてくれるでしょう。ただこれをあまりに使いすぎるとその後しばらくは動けなくなる為、使い所が肝心です」
「それって、痛みはあるんでしょうか?」
つまり筋肉痛か、筋肉離れでも起こすんだろうか?
「いいえ。体がしばらく重くなるだけですよ」
「よかった!」
とりあえず、それならばまだ使う際に抵抗はないだろう。
翼竜のブーツは深い緑色と白色申告で組み合わされ、翼のような模様のデザインがされている。
踵も高くなく、細身のジョッキーブーツのような感じだろうか?
足をその中に入れてみたら不思議とサイズもぴったりで、とても動きやすい。
「その素早さをあげるにはどうしたらいんですか?」
「解除の呪文がありますから、それを口に出せば発動しますよ。その言葉は後で教えましょう」
「はい!お願いします!」
「最後に、これが『月の水鏡』」
「!?」
3つ目の青い宝箱の中からは、2つの銀でできた青と水色が織りなす美しい装飾がなされた手のひらより少し大きいぐらいの2つの鏡がウンディーネからクローディアへと手渡された。
神秘的な細工以外は特にこれといった違いは見られず、両の鏡にはポカーンと少々間の抜けたクローディアの顔が映しだされている。
「月の出ている夜の間だけ、この鏡を持つ同士であれば遠く離れていてもその姿をここに映し、声を届けるという魔法が込められている代物です」
「つまりテレビ電話ってことですね!」
「てれびとは?」
「あ、すみません!またこっちの勝手な解釈です」
うーーーーん、今思い出すと前世の世界の機械文明は当たり前に使ってたけど、それを知らないものからすれば本当に魔法のような代物ばっかりなんだな。
機械だからってだけで、なんでそれができるのか説明しろと言われても何1つ説明はできないけれど。
携帯電話なんて、ひとたび無くそうものならかなりの大パニックだったし。
今手元にないのが当たり前になってるのがとても不思議なぐらい、前世では身の回りに便利な機械に溢れていた。
「あの、こんなにたくさんの貴重なものを頂いてしまって本当にいいんでしょうか?」
どれもこれも、ゲームなら後半のボス戦前に城やダンジョンの奥にある宝物庫辺りで手に入りそうな貴重なものばかりだ。
「もちろんです。この神殿をわたくしは離れるわけにはいきませんし、これぐらいしかあなたにはしてあげられないですからね」
「ありがとうございます!!」
ウンディーネ様はこの神殿で自身の魔力を使いながら辺り一体の空気と水を清め、神殿を中心とした大きな湖と森を守っている。
トルナード様の情報が得られただけでも有り難いのに、まさかの新しい転職の道まで開いて頂き、すぐに実践で扱える最高級の武器まで頂けるなんて。
クローディア=シャーロット。
本日より『魔法使い』から『戦士』へと転職し、目指す上級職は『魔法戦士』と決定しました!!
でも確か、魔法戦士って勇者になれる条件に入ってなかったっけ?
いやいや、別に勇者になることが目的でもなければゲーム違いなんだからそこは全然関係ない。
「あ、そうそう。今回の旅に僕は別件があって一緒には行けないから、頑張ってね?」
「え?」
ニッコリと、それはキレイな笑顔をクローディアに向けてパーティー編成には絶対必要不可欠な回復魔法の呪文を取得している僧侶&数々の魔法使いが扱う最強攻撃呪文を会得した『賢者』からは早々にパーティーへの加入を拒否されてしまった。
クローディア自身の『回復機能』が封じられた今、ヒーラーのいないパーティーがどれだけ難易度が難しくなるかをゲームで嫌というほど感じているクローディアは一気に不安に襲われる。
どれだけ強い☆5クラスのスーパー激レアアタッカーや魔法使いをゲットしようとも、ヒーラーが1人もいないパーティーでは必ず後々泣く羽目になり、課金を余儀なくされたのを基本携帯ゲームでは無課金ゲーマーの前世では多々あった。
「それならば、風の谷の中にある『リーフヴェント』という村を目指しなさい。その地には傷や疲れを癒す水が村人によって売られていますから、きっと旅のお役にたちますよ」
「あ、ありがとうございます!それなら安心です!!」
ウンディーネ様、本当に凄い!!
まさに至れり尽くせりだ。
「旅の道中よりも、トルナード様を見つけることの方が大変でしょうからね」
「・・・・そう、ですね」
ウンディーネ様のそれはそれは大きなため息をつく姿に、やっぱりこらから先の不安が募って仕方がないクローディアであった。
応援ありがとうございます!
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