グッバイ、親愛なる愚か者。

鳴尾

文字の大きさ
10 / 21

10

しおりを挟む
「あなたは少し、自分ひとりで考えすぎじゃないかしら。」

いつだったか、医務室の先生に言われた。人の心は僕が考えるほど複雑ではなく、もっと簡単で単純で分かりやすいものだと。けれどもやっぱり、僕には人の心は分からない。

 彼は教室の中で、いつの間にかなくてはならない存在になっていた。誰もが彼に依存していたように見えた。それはもう不気味なほど。
 人身御供のようだった。クラスメイトたちが彼に抱いていた気持ちは好意ではなく崇拝。といっても彼のためになんでもしてあげよう、なんて優しいものではない。彼の意見は全て議論の余地すらなく満場一致で可決され、困ったことがあれば彼に相談すればなんでも解決。だって彼がそう言ったのだから。彼がいれば何の心配もいらない。そう、彼さえいれば。最低な崇拝だ。
 彼は実際それに応えていた。彼が好意と崇拝の違いを認識していたかは知らないけれど、彼はクラスメイトたちの期待を裏切らなかった。孤独を恐れていた彼にとっては、好意でも崇拝でもなんでもよかったのかもしれない。そばにいて腫れ物扱いしないでくれるなら、なんでも。
 はたから見ると気味の悪い共依存のような関係は、彼が死んだ今でも続いている。クラスメイトたちは亡き彼の面影に縋りつき、彼がいないのだからどうしようもないのは仕方がないことだと無責任に嘆いている。
 きっと、不安なのだろう。生徒の九割が親元を離れて学生寮で暮らすこの場所では、頼れる大人は遠い存在だ。ルームメイトと仲良くなれなければ学生生活は半分以上が孤独に変わる。勉強は難しいし、新しい居場所は落ち着かない。故郷は遠く、自分を深く知るものは誰もいない。会話の全てが初めましてから始まるようなこの場所で不安を抱えてなお前を向き続けられるほど僕たちは大人じゃない。えも言えぬ不安を、どこかにぶつけたくなるのだろう。間違いなく自分を裏切らないような、何があっても自分を助けてくれるような、そんな存在を探している。
 そんな不安定な大人未満たちにとって、彼はちょうどよかったのだろう。もしかしたら彼も同じ不安を抱える仲間だったのかもしれないのに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...