ひとりぼっちの嫌われ獣人のもとに現れたのは運命の番でした

angel

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 母さんどこに行ってたの--------


 寂しかった、嬉しい、良かった
 聞こえるのは 懐かしい歌

 セターメ春の嵐の夜、母さんの腕の中で丸くなり聞いていた歌。
 母さんが、父さんが代わる代わる頭を撫でてくれた夜。

 ただひたすらに懐かしくて幸せだった思い出--------


『……ぉ…れ、……おれ』

(なんだ)

『ひとぉーつ…びゅーびゅー…ぉれ!』

(…高い子供の声、母さんじゃない)

『ふたぁーつ、かーあさん おーきて…よぉ おれ…うぅ…』

 でたらめな歌詞だなと思った瞬間、全身が痛みに包まれる。
 痛い、痛い、痛い--------
 目を開くと夜空に星が広がっていた。
 そして俺はそのまま意識を失った。

 次に気が付いた時は朝で、俺は崖の途中の出っ張りに横たわっていた。
 下まで落ちてたら命はなかった。
 俺に寄り添うようにひっついて眠るふわふわな真っ白な生き物。

(怪我は…ないようだな)

 涙にぬれた顔で疲れ切って眠るアルゼ。
 夢かと思っていたあの歌は、目覚めない俺にアルゼが必死で歌ってたのか。

 痛みにうめきながらも全身を確かめる。
 骨が折れているわけではなさそうだし、擦り傷からの出血は固まっている。

 膝を立て、体を起こすとアルゼの目が開いた。

『おれ…!!!』

 いつもはピョコンと立ってる耳がシオシオと垂れ下がり、いつもはせわしなく動いている尻尾も股の間に隠れてしまっている。

『…おれぇ…おきた。ぉ…うぅ…おぎだぁ…ぁぁ~』

 瞳が落っこちそうなほどにボロボロと涙が吹きこぼれる。
 そっと頭を撫でてやると俺の体にしがみついてきた。

『あ”ぁ~~ぐぅ…うぇ…ひぃ~ん』


 体の痛みなどそっちのけで俺は感動していた。

 なんて柔らかくて、なんて温かくて、なんて尊い--------

「泣くな」

『うっ…ぐ……ぶぇえ~えぇ…あぁ”ー!』

 抱きしめ頭を撫でてやればやるほどに泣き声が大きくなってゆく。

 無事で良かった--------


 痛みに悲鳴を上げそうになりつつもアルゼを背負い崖をよじ登り、なんとか家に帰りついた。
 喉がカラカラで腹も減っていたので、タエマラカスを生のままかぶりつく。
 あふれでる汁が体中に染み渡る。

 アルゼは水を飲みながらも俺のすることをじっと見ている。

「アルゼも食え」

 人心地ついて家の中を見渡すと、ようやく無事に帰ってこれた実感が沸いてくる。
 あの時見えた落ちてきた白い物体はアルゼで、俺は精いっぱい伸ばした片手で掴み体勢を崩したまま落ちたのだ。
 左肩と腰が痛むが無意識に受け身を取ったのだろう。
 下まで落ちてたら二人とも無事ではすまなかった。

 タエマラカスから実を外して食べやすくしてやり、器を寝室に入れてやったのに食べようとしないアルゼ。
 鼻で器を押してこちらへと返してくる。

「腹減っただろう。」

 いつまでもシオシオと垂れた耳がアルゼの気持ちをあらわしている。

「アルゼ。お前が悪いんじゃない」

 ビクリと体を震わせみるみる瞳に涙が盛り上がる。

「まだ幼体のお前を一人にして留守番なんてさせた俺のせいだから、気にするな」

 声も出さずに泣き、ボタボタと床を濡らす涙。
 俺の両の掌に乗るくらい小さなアルゼ。
 生まれて3ウユーもたたないであろう幼体。

 フワフワの頭を撫ぜると、スリと身を寄せてくれる。

 俺に触らせてくれるのか--------

 おそるおそる抱き寄せてみるとピョンと膝に乗り抱き着いてくる。

 アルゼが居間に入ってきた--------

 そんなことにすら感動する。
 グスグスと泣くアルゼを抱きしめ語り掛ける。

「歌ってくれてたんだな、ありがとう。おかげで目が覚めたよ」

 歌詞を覚えてないのか出鱈目だったけど、心が震えるほど温かで柔らかで美しい歌だった。

「いい子、いい子だなアルゼ--------」


 この日からアルゼは眠るときも俺の寝床に入ってくるようになった。






 体が本調子になってからもアルゼは俺の体を気遣った。

『おれ、あし、いたい。アルゼあつめる、する』

 藪に成ってるトゲウツガの実を篭に集めるアルゼ。
 もう痛くない治ったと何度も言ってるのに。

『おれ、ここすわる。アルゼ ぜんぶ、する!』

 鼻息荒くやる気満々のアルゼが可愛くて仕方がない。
 体もグングン大きくなってきたアルゼはもう寝室の通気口から出入りせず、玄関から入るようになった。
 寝室は元通り、俺の寝床を置き、アルゼの寝床だった篭も寝室に置いてはいるが、アルゼは俺の左わき腹にしがみつくように丸くなって眠る。

 誰もが気配だけで恐れ逃げ出すアルゼ異質な存在の俺と一緒に眠ってくれる--------

 こんな奇跡が起きようなんて、誰が想像しただろう。
 このまま一生誰とも触れ合うことなく老いて死んでいくのだと思っていた。

 こんな俺を存在させた神を呪ったことしかなかったのに。



 今は感謝したい気持ちでいっぱいだった。

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