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マリオネット
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振り子の如く揺れ動く、久遠の感情に透過する。繊維質の細胞、明瞭な思想、崩壊した快楽。眠りについたオフィーリアの目覚めを阻害する、彼岸花の赤に柘榴の紅が重なる。金木犀の香しい甘さの中に、埋もれている胸元の、その柔らかな香気を味わいながら、眠りと覚醒の揺籠が全てを支配する。
諧謔の先にある自尊心を詳らかに披露して、シルクハットの紳士は粛々とお辞儀する。開く薔薇、畏む荊の群れ、首を振る百合の花。百日紅が紺碧の空に染まる頃、竜胆はまだ枯れる事を善としない。震える花弁に重なる脳細胞の分裂と、神経回路の発火は、土の中で醸された生命の神秘を湛えながら、見えざる全てを征服する。肌寒い風に揺らぐ薄荷の清涼さに誘われるように、色情魔は柘榴の身を猛毒の果皮ごと噛み砕いている。その唇の端から滴るルビー色の美しさに彼岸花は沈黙する。
生命の讃歌、旺盛な欲動、マグマのように湧き立ち、ドロドロと這い回る空想の影。冷却を知らないそれがあらゆる静寂を破りながら、百合の花を呑却する。百合の流した涙を掬い取り、その清さを色情魔は愛おしそうに舐める。振り出しに戻った針を揺り動かすように、美しい指先が花弁の上を滑り、その朝露を摘み取る。柘榴の紅に染まった唇を妖艶に煌めかせながら、彼女はゆっくりと呼吸する。世界を味わい、その罪業を甘いバニラの、あの緩やかな睡眠剤に変えてしまうように、微睡むような瞳を細めて。焦点の揺らぐ琥珀色の瞳孔、何ものも捉えることのないその視線を世界の境界線上に泳がせながら、踊るように彼女は残滓を掬っては舐め取る。
月が笑っている。太陽に向かって咲いた向日葵のように、満開の生命を湛えて、宵闇の中で笑っている。銀色の光は世界に満ち満ち、怜悧な夜風を降り注がせる。夜を司る、支配する、月の笑みは、皮肉さすら消尽させる冷徹さを孕み、理に叛逆する。睡魔を眠らせぬ為に、生命の拍動を止めぬ為に、ただ一人空で笑っている。星たちはそれを讃えながら、金切り声のような讃美歌を捧げる。そこここで輝くそれらの、満ち、溢れる躍動の衝撃は音となって、静寂に降り注ぐ。
朝が来ないことを知りながら、色情魔は微笑んでいる。そこに艶かしさは無く、まるで幼子のような、ノスタルジーすら滲ませて。その右手には百合の花を爪で弄びながら、ただ無邪気にその清浄さを切り刻んでいる。罪を求める百合の花が、脳を引き裂くような声をあげて裂かれ、透明な体液を滴らせている。救済がないという放免、罪を罪としない永遠の無罪の下、世界は呼吸する。その呼気に紛れるあらゆる花の甘い香気は、生の残滓のように儚く、濃密な刺激に富んでいる。香気を受けて脈動する血脈が、どくりどくりと土の上を這い回り、樹皮の裂け目に剥き出された三叉神経が夜風の冷たさに痛覚を叫んでいる。
目覚めた眼球たち、あらゆる生命に芽吹いた視界、開かれた瞼の下で涙に潤っている瞳孔は、まだ何も知ることはなく、忙しなく世界を映し出してはまた焦点を移ろわせる。百日紅の幹の中央にざくりと裂けた傷から、心臓が脈を打ちながら血管を張り巡らせている。その鼓動の一度ごとに、寄生された花たちがびくりと震える。痙攣するように、生命は再配置される。接続されることの快楽、交接することの愉悦、支配することの欺瞞、支配されることの満足。グロテスクな脈動の数々の中に、未だ生命は神秘に満ちたその圧倒的な力を誇示し続けている。
色情魔はゆったりと歩を進めながら、脈動する彼岸花を愛で、百日紅の幹を撫ぜる。ゆるやかな愛撫に打ち震えた心臓が、一際大きく鼓動を発すると、花たちの痙攣はより一層大きく、それらに開いた眼球たちは我先にと色情魔を見出そうと瞳孔を忙しなく動かしている。葉脈に絡まるように配された視神経が、不器用に発火する。そこら中に神経発火の青い光がパチパチと弾け、月の光と溶け合いながら、暗闇を彩る。
やがて血脈と神経は、空を覆い尽くすように星々を繋ぎ始める。接続は加速する。接続された星々は讃美歌を止め、痙攣の代わりに発光する。月に向かって伸びていく血脈、神経、それが空を這い回り、蜘蛛の糸のように張り巡らされていく。月はひとしきり笑った後、四方から血脈と神経に犯され、痙攣を始める。完成していく世界、不可知を可知とする接続の奔流、感覚の支配する理の再配置、罪と罰の天秤を狂わせる神経発火の青い稲光。次はマリオネットのように揺らぎ始め、自律を失ってなお輝く。その光は銀色から鮮血のような赤色に変わり、濃密な血液を絶えず滴らせ始める。痛覚が叫びを上げながら、滴った血液に刺激されては震えている。過剰な快楽を打ち込まれた神経たちが絶えず発火を繰り返し、最後の獲物…色情魔に向かってその先を伸ばし始める。
色情魔は百日紅の中の心臓を撫ぜながら、笑っている。緩やかに笑っている。彼女を目指して、彼岸花から、百合から、薄荷から、百日紅の花から、金木犀から、空から、あらゆるものから、血脈と神経が侵略する。彼女はそれを見ながら、ゆったりと腕を上げて百日紅の枝に沿わせ、幹に背を預けると、十字架に架けられた罪人のように安らぎに目を瞑った。
彼女の指先から、あらゆる皮膚から、髪の先から、血脈と神経が彼女の体内へ侵略を始める。彼女は笑みを湛えながら、それを受け入れる。皮膚の下を這い回るそれらの蠢きに体を痙攣させながら。ぴきぴきと皮膚の引き攣る音がする。彼女の美しい顔は皮膚の下に這い回る新たな血脈と神経によって、歪な線をいくつも浮かび上がらせている。彼女がゆるりと瞼を開くと、飽和した血液が白目を深紅に染めあげている。侵略は瞬く間に終わり、彼女の全身は痙攣する。
彼女の背中の幹にある、全ての中心となった心臓は今とばかりに鼓動を打つ。全てが、全てが痙攣する。同調の取れた美しさ、痙攣の悍ましさ、全てを抱えながら、なおも鼓動を続ける。
彼女は既に瞳を閉じて、磔になった。それは死ではない。圧倒的な生、あらゆる生、あらゆる結合、あらゆる久遠、あらゆる快楽。あらゆる罪を贖う罰のない途方もない肯定。存在は接続され、そこに過不足は何一つなく、ただ一つの存在として降臨する。血脈は健康的に脈打ち、神経は青白く発火し、心臓は規則正しく鼓動する。全ては再配置され、新しい侵略の先に、生を受ける。
月から滴る、決して尽きることのない血液の下に。…
諧謔の先にある自尊心を詳らかに披露して、シルクハットの紳士は粛々とお辞儀する。開く薔薇、畏む荊の群れ、首を振る百合の花。百日紅が紺碧の空に染まる頃、竜胆はまだ枯れる事を善としない。震える花弁に重なる脳細胞の分裂と、神経回路の発火は、土の中で醸された生命の神秘を湛えながら、見えざる全てを征服する。肌寒い風に揺らぐ薄荷の清涼さに誘われるように、色情魔は柘榴の身を猛毒の果皮ごと噛み砕いている。その唇の端から滴るルビー色の美しさに彼岸花は沈黙する。
生命の讃歌、旺盛な欲動、マグマのように湧き立ち、ドロドロと這い回る空想の影。冷却を知らないそれがあらゆる静寂を破りながら、百合の花を呑却する。百合の流した涙を掬い取り、その清さを色情魔は愛おしそうに舐める。振り出しに戻った針を揺り動かすように、美しい指先が花弁の上を滑り、その朝露を摘み取る。柘榴の紅に染まった唇を妖艶に煌めかせながら、彼女はゆっくりと呼吸する。世界を味わい、その罪業を甘いバニラの、あの緩やかな睡眠剤に変えてしまうように、微睡むような瞳を細めて。焦点の揺らぐ琥珀色の瞳孔、何ものも捉えることのないその視線を世界の境界線上に泳がせながら、踊るように彼女は残滓を掬っては舐め取る。
月が笑っている。太陽に向かって咲いた向日葵のように、満開の生命を湛えて、宵闇の中で笑っている。銀色の光は世界に満ち満ち、怜悧な夜風を降り注がせる。夜を司る、支配する、月の笑みは、皮肉さすら消尽させる冷徹さを孕み、理に叛逆する。睡魔を眠らせぬ為に、生命の拍動を止めぬ為に、ただ一人空で笑っている。星たちはそれを讃えながら、金切り声のような讃美歌を捧げる。そこここで輝くそれらの、満ち、溢れる躍動の衝撃は音となって、静寂に降り注ぐ。
朝が来ないことを知りながら、色情魔は微笑んでいる。そこに艶かしさは無く、まるで幼子のような、ノスタルジーすら滲ませて。その右手には百合の花を爪で弄びながら、ただ無邪気にその清浄さを切り刻んでいる。罪を求める百合の花が、脳を引き裂くような声をあげて裂かれ、透明な体液を滴らせている。救済がないという放免、罪を罪としない永遠の無罪の下、世界は呼吸する。その呼気に紛れるあらゆる花の甘い香気は、生の残滓のように儚く、濃密な刺激に富んでいる。香気を受けて脈動する血脈が、どくりどくりと土の上を這い回り、樹皮の裂け目に剥き出された三叉神経が夜風の冷たさに痛覚を叫んでいる。
目覚めた眼球たち、あらゆる生命に芽吹いた視界、開かれた瞼の下で涙に潤っている瞳孔は、まだ何も知ることはなく、忙しなく世界を映し出してはまた焦点を移ろわせる。百日紅の幹の中央にざくりと裂けた傷から、心臓が脈を打ちながら血管を張り巡らせている。その鼓動の一度ごとに、寄生された花たちがびくりと震える。痙攣するように、生命は再配置される。接続されることの快楽、交接することの愉悦、支配することの欺瞞、支配されることの満足。グロテスクな脈動の数々の中に、未だ生命は神秘に満ちたその圧倒的な力を誇示し続けている。
色情魔はゆったりと歩を進めながら、脈動する彼岸花を愛で、百日紅の幹を撫ぜる。ゆるやかな愛撫に打ち震えた心臓が、一際大きく鼓動を発すると、花たちの痙攣はより一層大きく、それらに開いた眼球たちは我先にと色情魔を見出そうと瞳孔を忙しなく動かしている。葉脈に絡まるように配された視神経が、不器用に発火する。そこら中に神経発火の青い光がパチパチと弾け、月の光と溶け合いながら、暗闇を彩る。
やがて血脈と神経は、空を覆い尽くすように星々を繋ぎ始める。接続は加速する。接続された星々は讃美歌を止め、痙攣の代わりに発光する。月に向かって伸びていく血脈、神経、それが空を這い回り、蜘蛛の糸のように張り巡らされていく。月はひとしきり笑った後、四方から血脈と神経に犯され、痙攣を始める。完成していく世界、不可知を可知とする接続の奔流、感覚の支配する理の再配置、罪と罰の天秤を狂わせる神経発火の青い稲光。次はマリオネットのように揺らぎ始め、自律を失ってなお輝く。その光は銀色から鮮血のような赤色に変わり、濃密な血液を絶えず滴らせ始める。痛覚が叫びを上げながら、滴った血液に刺激されては震えている。過剰な快楽を打ち込まれた神経たちが絶えず発火を繰り返し、最後の獲物…色情魔に向かってその先を伸ばし始める。
色情魔は百日紅の中の心臓を撫ぜながら、笑っている。緩やかに笑っている。彼女を目指して、彼岸花から、百合から、薄荷から、百日紅の花から、金木犀から、空から、あらゆるものから、血脈と神経が侵略する。彼女はそれを見ながら、ゆったりと腕を上げて百日紅の枝に沿わせ、幹に背を預けると、十字架に架けられた罪人のように安らぎに目を瞑った。
彼女の指先から、あらゆる皮膚から、髪の先から、血脈と神経が彼女の体内へ侵略を始める。彼女は笑みを湛えながら、それを受け入れる。皮膚の下を這い回るそれらの蠢きに体を痙攣させながら。ぴきぴきと皮膚の引き攣る音がする。彼女の美しい顔は皮膚の下に這い回る新たな血脈と神経によって、歪な線をいくつも浮かび上がらせている。彼女がゆるりと瞼を開くと、飽和した血液が白目を深紅に染めあげている。侵略は瞬く間に終わり、彼女の全身は痙攣する。
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彼女は既に瞳を閉じて、磔になった。それは死ではない。圧倒的な生、あらゆる生、あらゆる結合、あらゆる久遠、あらゆる快楽。あらゆる罪を贖う罰のない途方もない肯定。存在は接続され、そこに過不足は何一つなく、ただ一つの存在として降臨する。血脈は健康的に脈打ち、神経は青白く発火し、心臓は規則正しく鼓動する。全ては再配置され、新しい侵略の先に、生を受ける。
月から滴る、決して尽きることのない血液の下に。…
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