呑却

憂月柘榴

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鬱滞

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 欲動が鬱滞している。溶岩のような、地の底を這い回る膨大なエネルギーが、のたうっている。出口を探しながら、その形を禍々しく変化させ、自我の隙間から這い出ようと喘いでいる。
 ならば、この疼きすら、書こうじゃないか。
 私の欲動は、単なるリビドーで片付けることなどできない。それは存在そのものの渇望、全てを喰らい、呑却する怪物の鼓動…それに他ならない。寄越せ寄越せと、その怪物は常に叫んでいる。言葉を、熱を、情念を、狂気を、あらゆる感性の運ぶその総量を、喰らい尽くすために口を開けている。
 身体中にぽっかりと開いた牙だらけの口。目はない。ただ喰らう、「呑却するもの」は、私の心の底で今もその体をくねらせながら、咆哮している。それは他の欲動を持たない。最も純度の高い、ただ存在そのものを喰らうという欲動、ただそれだけに奉仕する。そこには肉体を超越した欲動がある。存在の渇き、魂の永遠の飢え、手につかめない何ものかを求め続ける強欲、言葉にすらならない存在そのものを取り込もうとする、「呑却するもの」。
 それを怪物だと断じ、押し殺すことはできる。だが私は、それをしない。この怪物すら、私の一部だ。のみならず、この怪物は私の根源の、心の奥底に潜む純度の高い結晶の一つだ。だから私は、凝視する。自我の檻に囲まれ、程々の自由の中で飼い慣らされている、その異形を。

「喰わせろ」

 「呑却するもの」は言う。ただそれだけを。何もかもを喰らうためだけの存在は、そのための言葉しか持たない。そこには余白も、解釈の余地もない。ただ、渇望だけがある。血を撒き散らしながら、檻に体当たりを繰り返し、咆哮する。それは言語ではない。慟哭にも近い、絶叫。低音でもあり、高音でもあり、男性的であり、女性的でもある。あらゆる存在の根源を含有した咆哮が、檻を痙攣させる。
 私は見る。そして言葉にする。この怪物の皮膚を一枚一枚剥いでいくように、つぶさに。血の匂いが漂う。傷つけられた檻から、鉄錆の匂いも重なっている。生々しい、肉の匂いがする。それは新鮮な、腐臭など欠片も含まない、生の匂い。圧倒的な生、圧倒的なそのエネルギーは、私を圧倒しようとする。

「喰わせろ」

 あらゆる声音を含んだ声。私の眼前にぱくりと開かれた口から、鋭い牙が覗いている。粘膜の匂いと、血の匂いが濃くなる。ぐるるる、と威嚇するような唸りが、地を鳴らす。私は動かず、ただ見続ける。手を伸ばすわけでも、逃げるわけでもない。見続ける事にこそ、唯一の意味がある。
 「呑却するもの」は咆哮する。体をぐにゃりと爬虫類のようにくねらせ、檻に鞭のようにぶつけながら、血と粘液を撒き散らし、空間を圧倒する。それは恐怖に違いない。…私の、私自身の怪物でなかったとしたら。
「何が喰いたい?」
 私は問いかける。怪物は動きを止め、こちらへ首を伸ばした。瞬間的な沈黙。血が滴る音がぽたりぽたりと響く。
「すべて、喰わせろ」
「はっ、だろうな」
 その答えに、笑う。答えのわかっている問答を無駄と、私は言わない。そこには時に情緒がある。予定調和は、構築美の一形態だ。
「残念だが、お前の欲望は少ししか叶わない」
 その言葉を聞いた怪物は、怒り狂うようにのたうち、断末魔のような絶叫と共に、身体中を檻に打ち付ける。血がさらに滴り、檻はもはや血に塗れた。赤黒く染まったそれは、地獄を思わせる。あるいは、胎内を思わせる。

「だが、安心しろ。私はお前を否定しない」

 その声に、咆哮が止む。ぐにゃり、と歪んだ首がこちらに伸びる。

「喰わせろ」
「あぁ、わかってる」

 繰り返される言葉に、頷きを返す。私はこの怪物を、この欲動の塊を知っている。それが私自身の中にあると知っている。そして、それを生かす術を知っている。

「喰え。存分に喰え。この感性から、世界をいくらでもくれてやる」

 咆哮、それは歓喜の色を帯びる。音の破裂に、滴って溜まった血の海が波立ち、怪物の体に戻っていく。復元される、無限に傷つき、治癒を繰り返す、何よりも強大な怪物。
 
 私は、鏡の中から、世界の一部を取り出した。…

 
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