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【第五章】勇者を助けに異世界へ
十二話 グリストミルと双子の出会い
しおりを挟む神とは悠久の時を生きる存在です。
滅多に死ぬ事がないので、研究など時間のかかる趣味に凝っている者が多いように思います。
例えばレジャンデールは戦闘訓練に明け暮れる毎日ですし、リスドォルは植物の研究に勤しんでいますね。
私は魔道具の製作と研究を趣味にしております。
その日、たまたま見掛けた双子の魔神に興味を持ちました。
まだ生まれたての小さな双子は魔獣に襲われていました。
ワーワー逃げ惑いながらも魔法で攻撃するのですが、あまりにも弱過ぎて目を引いたのです。
火の魔法は焚火より小さいですし、風の魔法は良くて突風レベル。
とても攻撃と呼べる威力ではありません。
魔神にあるまじき弱さに違和感を覚えました。
魔獣にジリジリと迫られ、双子は互いを抱きしめました。
そこで双子の魔力が急激に増幅したのです。
「風!」
「火!」
可愛らしい叫びと共に、今までと比較にならない威力の魔法が発動しました。
火と風を合わせる事でも効果は高まるでしょうが、そういった次元の話ではありません。
獅子の様に大きな魔獣が一瞬で塵も残らなかったのです。
恐らくですが、触れ合っていれば双子の魔力は強大になり、少しでも離れてしまうと人間の子供レベルの魔力しか発揮できないのでしょう。
「これは面白い研究対象ですね」
「うきゃ!?」
「ひゃう!?」
双子の首根っこを掴み、私は家へ連れ帰りました。
「研究が終わるまではここにいてください」
適当に空き部屋を住めるようにして放り込みました。
双子は怯えていましたが、知った事ではありません。
しかし、言うことを聞かないのも面倒です。
一応目的くらいは教えてもいいでしょう。
「何も取って食おうという訳ではありませんし、痛い事も辛い事もしません」
仕方なく、部屋の隅で縮こまっている双子の前にしゃがんで目線を合わせます。
「私はグリストミル。貴方達のお名前は?」
「グーデ……」
「リエール……」
「グーデ、リエール。自分達が他の魔神と違うと感じた事はありますか?」
双子は頷きました。
「魔法が、一人では上手く使えない、です」
「僕たち、弱くて、いじめられるの、です」
「ですが二人なら魔法が上手く使えるのですよね。結論から言えば、貴方達は弱くはありません」
私は補助具を作るのが好きなのです。
きっと、この双子の力を最大限に引き出す魔道具を作れるはず。
新しい目標が出来ると、とても心が躍ります。
こうして双子との同居が始まりました。
「髪に魔力が溜まりやすいという通説がありますから、髪飾りにしましょう」
「どうするのですか?」
「今、貴方達は触れていれば本来の力を発揮できますね。しかし、毎度毎度触れ合えるとは限らないでしょう。不便なので、触れなくても魔力を最大限に扱える魔道具を作りたいのです」
正直そこまで難しいものではありません。
二つの同じ魔力を感知し、連結出来るようにすればいいだけです。
連結だけなら簡単なのですが、効果の範囲が問題です。
「ふむ……今回の試作では十歩の距離が限界ですか」
やはり距離ができると感知できなくなってしまいます。
受信機である髪飾りの性能が低いので、どうにかしたい所です。
「以前作った魔力を吸収するレンズを応用できないでしょうか。この吸引力を組み込めたら、ただ待機するのではなく互いに引き合えるのでは」
「グリストミル様、そろそろお休みになってください」
「グリストミル様、もう三度星が巡りましたよ」
双子はいつの間にか私の世話を焼くようになっていました。
する事がなくて暇なのでしょう。
必要がない時はどこに行ってもいいと言ってあるのに、外に出る事もしません。
「お食事です」
「お飲み物です」
「ああ、ありがとう」
そういえば二人が暮らし始めてからは、気絶するように机で寝る事もなくなりましたね。
神は食事も睡眠もしなくても死にはしませんが、あまりに続けば性能が鈍ります。
研究に没頭して消費した魔力量が、大気中から自然に得ている魔力量を超えていると休息モードに入ってしまうのです。
今の生活に心地よさを感じながら、研究は順調に進んでいきました。
「さて、グーデ、リエール。長い間引き止めてしまいましたね」
試行錯誤を繰り返し、ようやく完成したヘアカフスを二人に着けました。
同じ世界にいるならば、触れずにいてもほぼ完璧に力を発揮出来るまで改良出来ました。
これで誰もこの魔神を弱いなどと言う事はないでしょう。
「良く似合ってますよ」
「ありがとうございます」
最初は髪が短くて、なかなか良い髪飾りの形が決まりませんでしたが、双子が髪を伸ばした事でやりやすくなりましたね。
出会った時は私の腰にも満たない身長でしたが、もう胸のあたりにまで頭が迫っています。
「研究も終わりましたので、どうぞお好きな所へ行ってください」
私はもう双子に興味を無くしていました。
研究対象ではなくなりましたからね。
「はい」
二人はそのまま与えていた部屋に入りました。
荷物でもまとめているのでしょう。
私も次の魔道具の試作に取り掛かるため、部屋に戻りました。
「グリストミル様、三度星が巡りました。お食事にしましょう」
「グリストミル様、湯浴みの用意も済んでおります」
何故かまだ双子の声が聞こえます。
「私は好きな所へ行けと言ったはずですが?」
部屋から顔を出し、そう告げました。
しかし双子は明るく返事をします。
「ここが僕たちの好きな場所なのです」
◇◇◇
「……夢を見ました」
「グリストミル様!」
目が覚め、独り言のつもりで出した言葉に反応がありました。
そこには、私の知っている幼い双子ではなく、精悍な顔付きの青年になった二人が私を覗き込んでいました。
それでも涙でくしゃくしゃになった顔は、初めて会った時とそう変わっていませんね。
少し視線をずらすと、そこは私の自室でした。
自室といっても、神ではなくなった私の所有物ではなくなっているはずですが。
「グーデ、リエール……貴方達はまだここにいたのですか」
「はい。貴方を失って、忘れてしまっても、この場所が自分達の居場所であることは忘れなかったのです」
「グリストミル様のお部屋も、ずっと、ずっと、大切にしていました。何があってもこの部屋だけは守る気持ちだけが残っていたのです」
この双子は何故そこまで私を慕うのでしょうね。
私はただ研究のために誘拐して、軟禁して適当に世話をして、世話をされ、必要なくなれば二人を見捨てた酷い存在なはずなのに。
「グリストミル様……もういなくならないでください」
「貴方が僕達の全てなんです」
「そうは言っても、私はもう神でもないただの魔物ですが」
完全に消失した神の力は戻る事はありません。
私の中を巡る魔力も、魔獣であった時の半分もないみたいです。
ただの魔物の私にはなんの利用価値もないというのに。
「僕達がグリストミル様のお世話をします」
「僕達がグリストミル様の剣となり盾となります」
まるで騎士の誓いのように、二人は私の手の甲に口付けました。
「その代わり、僕達に褒美を与えてください」
「今の貴方では、僕達の手を押し退ける事すらできないですよね」
二人は私をベッドに押さえ付け、見下ろします。
騎士だなんて、とんでもない誤解でした。
二人は獲物を捕らえた獣の瞳をしています。
弱肉強食のこの世界。
私は今、ほぼ最下層にいるのです。
「グリストミル様、愛しています」
「僕達を受け入れてください」
弱者となった私には選択肢などないというのに。
これが残忍酷薄であった私への罰なのでしょうか。
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