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第15章 突然の宣言(善吉編)
第41話 花婿候補
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「いい人がいるんだけど…」
黒峰子爵家の一人娘である春奈《はるな》の元には、以前からポツポツと縁談が持ち込まれていた。
「いやあ、本人が乗り気でないので」
「そろそろとは思っているのですけど」
健太郎子爵も春代夫人も積極的には動いていない。
「考えておきますわ」
春奈もあっさりと断っていた。
しかし女学校の卒業が近づくと、そうも言っていられなくなった。
「春奈さんは卒業面とは程遠いのですのに…」
卒業面は卒業顔とも言う。
女学校に通う女学生には、卒業まで在学することなく、結婚相手が決まって退学となる女学生も少なくなかった。その反対に卒業するまで相手が見つかりそうにない、つまりそのまま卒業するような不美人のことを指す言葉だ。
おせっかいな親族や知人はどこにでもいるもので、そうした人達から春奈に縁談が持ち込まれる。それも1件や2件ではない。もちろん春奈が美形であることも、それに拍車をかけていた。
「こちらの南海財閥の御令息は…」
「藤田伯爵の息子さんなのですけど…」
「あの風間交易様には次男がおりまして…」
「織部男爵家にお似合いな男性が…」
「こちら宮家にゆかりの方で…」
まるで先を争うように、黒峰家に話を持って来る。
「春奈さん、いかがですか?」
「今はしたいことがいろいろありますので…」
次は相手のプロフィールなどを記した釣り書きを持参する。
「こちら大蔵省にお勤めで将来有望な…」
「ですから、今は…」
それでも動かないと見ると、今度は正装で整えた写真を何枚も広げて見せた。
「ほら、とっても凛々しい殿方でしょう」
「…」
写真となると無下に扱えず春奈も一応は目を通す。その中には明らかに年かさの男性と思える写真もあった。
「こちらのお方、ずいぶんと頭が寂しいようですけど」
「おほほ、そうかもしれませんねえ」
精一杯の皮肉を口にするものの、その程度では相手も引かない。
「あら」
その中にはパッと見て目を引くような男性もいる。
隅々までアイロンをかけた詰め襟の学生服に短く整えた短髪。遠くを見据えた瞳と引き締まった口元。
「ああ、そちらは垂水子爵家の伸佑様ね」
「ふーん」
「確か帝大に合格されたそうよ。どう?お気に召して?」
「いえ、ですから、今は…」
ここまで押しが強くなると、健太郎子爵も春代夫人も断るのが難しくなってくる。
「春奈、どうだ?結婚や婚約は先として、とりあえず会ってみるだけでも…」
「そうねえ、春奈。良さそうな方がいれば、お食事くらいご一緒してみたら?」
「もう、お父様も、お母さまも…」
春奈は口を尖らせて頬杖をつく。
居間にいる人々の視線が春奈に集まる。
『お父様やお母様の言うように、一度くらいは会ってみて、それからお断りした方が良いのかしら』
春奈がそんな風に考えた時だった。
「失礼いたします」
ふすまの向こうから声がする。
健太郎が「どうぞ」と応えると、「失礼いたします」と断りを告げて、福と智が入ってくる。
2人が両手に抱えたお盆には急須と湯のみ、そしてヤカンが乗っていた。
「お茶のお代わりをお持ちしました」
「ああ、ちょうど良かった」
「そうね」
各人が飲み干した湯のみは福が片付けて、智が新しいお茶を入れた湯のみを置いていく。
温かな湯気と香りが、応接間の雰囲気を和ませた。
緑茶を口にした人から「ふぅ」や「はあ」の息がもれる。
そこで親戚のひとりが「ねえ、春奈さん」と話しかけた。
「何でしょう?」
「もしかして、どこかに気になる殿方でもいらっしゃるの?」
「えっ!?」
いきなりの問いかけに、春奈はポカンと口を開けてしまう。
「そうねえ、どこかの茶会や歌会で見かけた御令息が気になるとか?」
他の親族が「ああ!」とあいづちを打つ。
「そうねえ、そんな人がいるのなら、私らのしていることは、春奈様にとって余計なお世話でしょうね」
「そう言われれば、そうなるな」
「どうなの春奈さん、そうした男性でもいるの?」
「いえ、気になる方なんて…」
言い淀む春奈の前に福が湯のみを置いた。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
春奈が湯のみの端に口を当てる。
香り高い温かさが口の中に広まった。
「美味しい…」
そのつぶやきが聞こえたのか、春奈の方を見て声にしないまま福が口を動かした。
『ぜ・ん・き・ち・さ・ん』
福の口の動きを見た春奈の目が大きく見開いた。
「気になる方…います」
その言葉が皆に聞こえると、親である健太郎と春代夫人はもちろん、その場にいた親族や知人の視線が集まる。
「ええ、いるわ。間違いなくいるの」
一同から「えーっ!」の声があがった。
春代夫人が「そうなの?春奈?」と聞き返す。
健太郎も「それは初めて聞くぞ、どこの誰なんだ?いや、名前は分かるのか?」と尋ねた。
春奈は「はい」と力強くうなずくと、福を招き寄せて耳打ちする。
「分かりました。お嬢様」
福はいそいそと居間を出て行った。
「ねえ、春奈、福に何をお願いしたの?」
尋ねる春代夫人に、「お母様、少しお待ちくださいな」と春奈は微笑んだ。
しばらく後に福の「お連れしました」との声が聞こえる。
「入って」
春奈が答えると福がふすまを開ける。そこに立っていたのは善吉だった。
「善吉!」
春奈が善吉に向かって駆け寄ると、勢いよく飛び掛かる。
善吉はいくらか腰を落としつつも、しっかりと春奈を受け止め、もとい抱きしめた。
春奈も善吉の首に手を回しながら振り向いて言い放つ。
「善吉と結婚します!」
10秒ほど静寂が支配した後、再び「えーっ!」の声が部屋に響いた。
黒峰子爵家の一人娘である春奈《はるな》の元には、以前からポツポツと縁談が持ち込まれていた。
「いやあ、本人が乗り気でないので」
「そろそろとは思っているのですけど」
健太郎子爵も春代夫人も積極的には動いていない。
「考えておきますわ」
春奈もあっさりと断っていた。
しかし女学校の卒業が近づくと、そうも言っていられなくなった。
「春奈さんは卒業面とは程遠いのですのに…」
卒業面は卒業顔とも言う。
女学校に通う女学生には、卒業まで在学することなく、結婚相手が決まって退学となる女学生も少なくなかった。その反対に卒業するまで相手が見つかりそうにない、つまりそのまま卒業するような不美人のことを指す言葉だ。
おせっかいな親族や知人はどこにでもいるもので、そうした人達から春奈に縁談が持ち込まれる。それも1件や2件ではない。もちろん春奈が美形であることも、それに拍車をかけていた。
「こちらの南海財閥の御令息は…」
「藤田伯爵の息子さんなのですけど…」
「あの風間交易様には次男がおりまして…」
「織部男爵家にお似合いな男性が…」
「こちら宮家にゆかりの方で…」
まるで先を争うように、黒峰家に話を持って来る。
「春奈さん、いかがですか?」
「今はしたいことがいろいろありますので…」
次は相手のプロフィールなどを記した釣り書きを持参する。
「こちら大蔵省にお勤めで将来有望な…」
「ですから、今は…」
それでも動かないと見ると、今度は正装で整えた写真を何枚も広げて見せた。
「ほら、とっても凛々しい殿方でしょう」
「…」
写真となると無下に扱えず春奈も一応は目を通す。その中には明らかに年かさの男性と思える写真もあった。
「こちらのお方、ずいぶんと頭が寂しいようですけど」
「おほほ、そうかもしれませんねえ」
精一杯の皮肉を口にするものの、その程度では相手も引かない。
「あら」
その中にはパッと見て目を引くような男性もいる。
隅々までアイロンをかけた詰め襟の学生服に短く整えた短髪。遠くを見据えた瞳と引き締まった口元。
「ああ、そちらは垂水子爵家の伸佑様ね」
「ふーん」
「確か帝大に合格されたそうよ。どう?お気に召して?」
「いえ、ですから、今は…」
ここまで押しが強くなると、健太郎子爵も春代夫人も断るのが難しくなってくる。
「春奈、どうだ?結婚や婚約は先として、とりあえず会ってみるだけでも…」
「そうねえ、春奈。良さそうな方がいれば、お食事くらいご一緒してみたら?」
「もう、お父様も、お母さまも…」
春奈は口を尖らせて頬杖をつく。
居間にいる人々の視線が春奈に集まる。
『お父様やお母様の言うように、一度くらいは会ってみて、それからお断りした方が良いのかしら』
春奈がそんな風に考えた時だった。
「失礼いたします」
ふすまの向こうから声がする。
健太郎が「どうぞ」と応えると、「失礼いたします」と断りを告げて、福と智が入ってくる。
2人が両手に抱えたお盆には急須と湯のみ、そしてヤカンが乗っていた。
「お茶のお代わりをお持ちしました」
「ああ、ちょうど良かった」
「そうね」
各人が飲み干した湯のみは福が片付けて、智が新しいお茶を入れた湯のみを置いていく。
温かな湯気と香りが、応接間の雰囲気を和ませた。
緑茶を口にした人から「ふぅ」や「はあ」の息がもれる。
そこで親戚のひとりが「ねえ、春奈さん」と話しかけた。
「何でしょう?」
「もしかして、どこかに気になる殿方でもいらっしゃるの?」
「えっ!?」
いきなりの問いかけに、春奈はポカンと口を開けてしまう。
「そうねえ、どこかの茶会や歌会で見かけた御令息が気になるとか?」
他の親族が「ああ!」とあいづちを打つ。
「そうねえ、そんな人がいるのなら、私らのしていることは、春奈様にとって余計なお世話でしょうね」
「そう言われれば、そうなるな」
「どうなの春奈さん、そうした男性でもいるの?」
「いえ、気になる方なんて…」
言い淀む春奈の前に福が湯のみを置いた。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
春奈が湯のみの端に口を当てる。
香り高い温かさが口の中に広まった。
「美味しい…」
そのつぶやきが聞こえたのか、春奈の方を見て声にしないまま福が口を動かした。
『ぜ・ん・き・ち・さ・ん』
福の口の動きを見た春奈の目が大きく見開いた。
「気になる方…います」
その言葉が皆に聞こえると、親である健太郎と春代夫人はもちろん、その場にいた親族や知人の視線が集まる。
「ええ、いるわ。間違いなくいるの」
一同から「えーっ!」の声があがった。
春代夫人が「そうなの?春奈?」と聞き返す。
健太郎も「それは初めて聞くぞ、どこの誰なんだ?いや、名前は分かるのか?」と尋ねた。
春奈は「はい」と力強くうなずくと、福を招き寄せて耳打ちする。
「分かりました。お嬢様」
福はいそいそと居間を出て行った。
「ねえ、春奈、福に何をお願いしたの?」
尋ねる春代夫人に、「お母様、少しお待ちくださいな」と春奈は微笑んだ。
しばらく後に福の「お連れしました」との声が聞こえる。
「入って」
春奈が答えると福がふすまを開ける。そこに立っていたのは善吉だった。
「善吉!」
春奈が善吉に向かって駆け寄ると、勢いよく飛び掛かる。
善吉はいくらか腰を落としつつも、しっかりと春奈を受け止め、もとい抱きしめた。
春奈も善吉の首に手を回しながら振り向いて言い放つ。
「善吉と結婚します!」
10秒ほど静寂が支配した後、再び「えーっ!」の声が部屋に響いた。
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