【R18】おのぼりさんが帝都の貴族屋敷で奉公することになりました【完結】

県田 星

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第15章 突然の宣言(善吉編)

第41話 花婿候補

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「いい人がいるんだけど…」

黒峰くろみね子爵家の一人娘である春奈《はるな》の元には、以前からポツポツと縁談が持ち込まれていた。

「いやあ、本人が乗り気でないので」
「そろそろとは思っているのですけど」

健太郎子爵も春代夫人も積極的には動いていない。

「考えておきますわ」

春奈もあっさりと断っていた。

しかし女学校の卒業が近づくと、そうも言っていられなくなった。

「春奈さんは卒業面そつぎょうづらとは程遠いのですのに…」


卒業面そつぎょうづら卒業顔そつぎょうがおとも言う。
女学校に通う女学生には、卒業まで在学することなく、結婚相手が決まって退学となる女学生も少なくなかった。その反対に卒業するまで相手が見つかりそうにない、つまりそのまま卒業するような不美人のことを指す言葉だ。


おせっかいな親族や知人はどこにでもいるもので、そうした人達から春奈に縁談が持ち込まれる。それも1件や2件ではない。もちろん春奈が美形であることも、それに拍車をかけていた。

「こちらの南海財閥の御令息は…」
「藤田伯爵の息子さんなのですけど…」
「あの風間交易様には次男がおりまして…」
「織部男爵家にお似合いな男性が…」
「こちら宮家にゆかりの方で…」

まるで先を争うように、黒峰家に話を持って来る。

「春奈さん、いかがですか?」
「今はしたいことがいろいろありますので…」

次は相手のプロフィールなどを記したきを持参する。

「こちら大蔵省にお勤めで将来有望な…」
「ですから、今は…」

それでも動かないと見ると、今度は正装で整えた写真を何枚も広げて見せた。

「ほら、とっても凛々りりしい殿方でしょう」
「…」

写真となると無下に扱えず春奈も一応は目を通す。その中には明らかに年かさの男性と思える写真もあった。

「こちらのお方、ずいぶんと頭が寂しいようですけど」
「おほほ、そうかもしれませんねえ」

精一杯の皮肉を口にするものの、その程度では相手も引かない。

「あら」

その中にはパッと見て目を引くような男性もいる。
隅々までアイロンをかけた詰め襟の学生服に短く整えた短髪。遠くを見据えた瞳と引き締まった口元。

「ああ、そちらは垂水たるみ子爵家の伸佑様ね」
「ふーん」
「確か帝大に合格されたそうよ。どう?お気に召して?」
「いえ、ですから、今は…」

ここまで押しが強くなると、健太郎子爵も春代夫人も断るのが難しくなってくる。

「春奈、どうだ?結婚や婚約は先として、とりあえず会ってみるだけでも…」
「そうねえ、春奈。良さそうな方がいれば、お食事くらいご一緒してみたら?」
「もう、お父様も、お母さまも…」

春奈は口を尖らせて頬杖をつく。
居間にいる人々の視線が春奈に集まる。

『お父様やお母様の言うように、一度くらいは会ってみて、それからお断りした方が良いのかしら』

春奈がそんな風に考えた時だった。

「失礼いたします」

ふすまの向こうから声がする。
健太郎が「どうぞ」と応えると、「失礼いたします」と断りを告げて、福と智が入ってくる。
2人が両手に抱えたお盆には急須と湯のみ、そしてヤカンが乗っていた。

「お茶のお代わりをお持ちしました」
「ああ、ちょうど良かった」
「そうね」

各人が飲み干した湯のみは福が片付けて、智が新しいお茶を入れた湯のみを置いていく。
温かな湯気と香りが、応接間の雰囲気をなごませた。

緑茶を口にした人から「ふぅ」や「はあ」の息がもれる。

そこで親戚のひとりが「ねえ、春奈さん」と話しかけた。

「何でしょう?」
「もしかして、どこかに気になる殿方でもいらっしゃるの?」
「えっ!?」

いきなりの問いかけに、春奈はポカンと口を開けてしまう。

「そうねえ、どこかの茶会や歌会で見かけた御令息が気になるとか?」

他の親族が「ああ!」とあいづちを打つ。

「そうねえ、そんな人がいるのなら、私らのしていることは、春奈様にとって余計なお世話でしょうね」
「そう言われれば、そうなるな」
「どうなの春奈さん、そうした男性でもいるの?」
「いえ、気になる方なんて…」

言い淀む春奈の前に福が湯のみを置いた。

「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」

春奈が湯のみの端に口を当てる。
香り高い温かさが口の中に広まった。

「美味しい…」

そのつぶやきが聞こえたのか、春奈の方を見て声にしないまま福が口を動かした。

『ぜ・ん・き・ち・さ・ん』

福の口の動きを見た春奈の目が大きく見開いた。

「気になる方…います」

その言葉が皆に聞こえると、親である健太郎と春代夫人はもちろん、その場にいた親族や知人の視線が集まる。

「ええ、いるわ。間違いなくいるの」

一同から「えーっ!」の声があがった。

春代夫人が「そうなの?春奈?」と聞き返す。
健太郎も「それは初めて聞くぞ、どこの誰なんだ?いや、名前は分かるのか?」と尋ねた。

春奈は「はい」と力強くうなずくと、福を招き寄せて耳打ちする。

「分かりました。お嬢様」

福はいそいそと居間を出て行った。

「ねえ、春奈、福に何をお願いしたの?」

尋ねる春代夫人に、「お母様、少しお待ちくださいな」と春奈は微笑んだ。

しばらく後に福の「お連れしました」との声が聞こえる。

「入って」

春奈が答えると福がふすまを開ける。そこに立っていたのは善吉だった。

「善吉!」

春奈が善吉に向かって駆け寄ると、勢いよく飛び掛かる。
善吉はいくらか腰を落としつつも、しっかりと春奈を受け止め、もとい抱きしめた。

春奈も善吉の首に手を回しながら振り向いて言い放つ。

「善吉と結婚します!」

10秒ほど静寂が支配した後、再び「えーっ!」の声が部屋に響いた。
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