【R18】おのぼりさんが帝都の貴族屋敷で奉公することになりました【完結】

県田 星

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序章

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「これが蒸気機関車かあ。帝都はすっごいところだなや」

海を望む土手の上から千寿ちずが歓声をあげた。

煙突から流れ出す真っ黒な煙。
どこまでも響きそうな汽笛。
千寿が立っている土手まで揺れそうな地響き。

千寿がこれまで暮らしてきた故郷では全く見られない光景だった。

もっとも蒸気機関車を眺めているのは千寿だけではない。
大勢の老若男女が土手のそこかしこに立ったり座ったりして蒸気機関車を眺めていた。
千寿と同じように歓声をあげている者もいれば、ポカンと口を開けて眺めているばかりの者もいる。

いつまでも見飽きない景色に思えたが、上京した目的を考えれば、このまま眺めているわけにはいかない。
そう思い直した千寿は蒸気機関車に視線を置いたまま歩こうとした。

「おわっ!」
「きゃっ!」

誰かにぶつかったかと思うと、2人して土手から転がり落ちていく。
千寿は故郷から持ってきた風呂敷包みをしっかりと抱えて体を丸めた。
何度も転がった後で平らなところに至ったらしく、転がり落ちるのがようやく止まる。

「あたたー」

千寿はうめき声を出したものの、声に出すほどに痛みは感じていなかった。

「うーん?」

改めて見れば、千寿をかばうように坊主頭の若い男が千寿の頭や背中を抱えている。
見方を変えれば、千寿が抱きしめられているのと同じ。

「きゃっ!」

初めてとも言える若い男との密着に、千寿は思わず男を突きとばした。

「うわっ、ととと!」

起き上がりかけた男が尻もちをついた。

「あ、も、申し訳ないっす!」

あわてて千寿は男の手を握って引っ張り起こした。

「あはは、いやあ、どっちも怪我が無いようで良かったべ」

立ち上がった男が袴の尻を叩くと、大きくほこりが立つ。
グッと背を反らすと、背中の風呂敷包みを背負い直した。

女なりに小柄な千寿だったが、若い男も大差ない背格好。

「どうも、よそ見をしていて、ほんにすみませんっす」
「いえいえ、わっしもそっぽを向いていたんで。しっかし、すごい陸蒸気おかじょうきだべ」
「ほんに、ほんに」

2人は蒸気機関車に目を移した。
既に遠くへ去っているが、長い煙が目印のように続いている。

「わっしは田舎から奉公に出てきたんだども、これを見れただけでも良かったべ」
「兄さんもですか?あたしも貴族様のところに奉公することになったのっす」
「へえー、わっしも貴族様のところだべ」

偶然ながらも同じような境遇にある者同士だと分かり、自然と心強さにつながった。

「そんなら、あたしも兄さんも、またどっかでお会いできるかもしれませんねえ」
「ええ、お互いに一生懸命奉公を頑張るべや」
「あい」

2人は名も知らないまま、別々の方向へと歩いていった。
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次からは千寿が主人公で数話。その次に男主人公(善吉)で数話。その繰り返しで続いて行きますので、よろしくお願いいたします。m(_ _)m
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