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第3章 江戸へ
第43話 水戸と加賀
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「黒峰様」
大名らが控えている間に茶坊主が入ってくると、他の大名と雑談をしている善久に声をかけた。
「おっ、上様のお召しですかな?」
大名の1人が冷やかすと、他の大名も「それがしもあやかりたいですなぁ」と賛同する。
善久が苦笑しつつ立ち上がったところで、茶坊主は首を振る。
「いえ、お召しは上様ではございません。水戸様から、でございます」
一同から「ええっ」と声があがる。
善久も驚いた。
水戸藩の藩主である徳川光厳とは、これまで全く面識がないからだ。
『もしや、久様が藩主の時に、何か関わりがあったのか。聞き漏らしたかもしれぬな』
そうは思っても、ここで呼ばれて行かない選択はできない。
「うむ、承知した」
周囲の大名達がざわつく中で、善久は茶坊主について控えの間を出ていく。
残った大名達が小声で噂する。
「上様に続いて、水戸様とは…」
「あの若さで、どこまで縁が広まるのか」
「しかし、そもそも黒峰殿も驚いておられたぞ」
「いやいやいや、内心は別かもしれぬ」
「まさに、あの落ち着きようを見れば…」
好き勝手な噂話が善久の背中を刺激した。
善久ら石高の小さめな大名とは異なり、水戸藩など御三家ともなれば、控えの間も豪華なものとなる。
「こちらでございます」
「うむ」
善久は、茶坊主が立ち止まった部屋に足を踏み入れる。
奥に座っていた男が善久を見た。
「お待たせいたしました。黒峰善久様でございます」
そう言って、茶坊主は去っていく。
善久は奥に座った男が手招きするままに、歩を進める。
「もそっと、こちらへ、こちらへ」
畳で2畳ほど離れた場に座ろうとした善久に男は間近の畳を扇子でトントンと指し示した。
善久は「ははっ」と頭を下げつつ、そこに正座する。
「黒峰善久にございます。水戸様にはご機嫌うるわしゅう…」
「ああ、堅苦しいのはよい。光厳と呼んでくれ」
「ははっ、光厳様、どうぞよしなに」
光厳は、そこで善久を呼んだ訳を明かした。
「このところ上様の覚えがめでたい若者をひと目見ておこうと思って、ここに呼んだ次第よ」
「さようでございましたか」
『もしかしたらお叱りかも』などと思っていた善久は内心で安堵した。
「先日、上様には国元での話をしたそうだな」
「はい、例えば…」
善久が光厳と話しているうちに、1人、また1人と新たな大名が入ってくる。
話がひと息ついて善久が我に返った時には、10人ほどの大名に囲まれていた。
「あ、皆様…」
見知らぬ大名達ばかりながら、家紋で見分けがつく。いずれも葵の紋。
つまり御三家や御三卿、そして御一門だ。
徳川や松平に囲まれて言葉に詰まる善久ながら、周囲の彼を見る目は様々だ。
優しく見守るような目をした者。
厳しく見定める視線を向ける者。
あえて興味のない様子を示す者。
改めて善久は周囲に向けて頭を下げる。
「おお、前田殿も来られたか。こちらが善久様よ」
光厳が善久の右斜め後ろに座った大名に声をかける。
振り返った善久の目に家紋が見えた。
『葵ではなく、梅鉢。そして前田の名。すると加賀様か』
いわゆる加賀百万石と言われ、押しも押されもせぬ大大名だ。
善久が頭を下げると、前田は会釈して「うむ」とだけ返した。
その後も、光厳の問われるがままに善久は話し続ける。
国元の話なら山ほどある。
なにせ農民として生まれた時から、黒峰藩にいたからだ。
しばらくすると、周囲の大名達は、1人、また1人と控えの間から去っていった。
やがて光厳と善久のみになった時、「今日はご苦労だったな」と光厳から声がかかる。
「はっ」
「また、別の機会に話をしたいものよ」
「かしこまりました。いつでもお呼びくださいませ」
善久が控えの間に戻ると、既に他の大名達は下城した後で、そこにいたのは、茶坊主の河内山宗秋のみだった。
「お疲れ様でございました」
宗秋が差し出した茶を善久は一気に飲んで、「はあ」と息をついた。
「何だったのだ。あれは」
宗秋は「あはは」と笑う。
「今を時めく善久様に、どなた様も興味津々なのでございますよ」
「しかしなあ、そうは言っても…」
疲れ切った様子を隠さない善久を宗秋はなだめる。
「まあまあ、皆様に気に入っていただけたようで、何よりではございませぬか」
「うーん、それはそうだが…」
この時の意味を、数日後に善久は知ることになる。
もちろん、宗秋からだ。
--------------------------------------------------
次回は藩邸に宗秋が訪れます。
話の内容は、まあ、分かりますよね。
大名らが控えている間に茶坊主が入ってくると、他の大名と雑談をしている善久に声をかけた。
「おっ、上様のお召しですかな?」
大名の1人が冷やかすと、他の大名も「それがしもあやかりたいですなぁ」と賛同する。
善久が苦笑しつつ立ち上がったところで、茶坊主は首を振る。
「いえ、お召しは上様ではございません。水戸様から、でございます」
一同から「ええっ」と声があがる。
善久も驚いた。
水戸藩の藩主である徳川光厳とは、これまで全く面識がないからだ。
『もしや、久様が藩主の時に、何か関わりがあったのか。聞き漏らしたかもしれぬな』
そうは思っても、ここで呼ばれて行かない選択はできない。
「うむ、承知した」
周囲の大名達がざわつく中で、善久は茶坊主について控えの間を出ていく。
残った大名達が小声で噂する。
「上様に続いて、水戸様とは…」
「あの若さで、どこまで縁が広まるのか」
「しかし、そもそも黒峰殿も驚いておられたぞ」
「いやいやいや、内心は別かもしれぬ」
「まさに、あの落ち着きようを見れば…」
好き勝手な噂話が善久の背中を刺激した。
善久ら石高の小さめな大名とは異なり、水戸藩など御三家ともなれば、控えの間も豪華なものとなる。
「こちらでございます」
「うむ」
善久は、茶坊主が立ち止まった部屋に足を踏み入れる。
奥に座っていた男が善久を見た。
「お待たせいたしました。黒峰善久様でございます」
そう言って、茶坊主は去っていく。
善久は奥に座った男が手招きするままに、歩を進める。
「もそっと、こちらへ、こちらへ」
畳で2畳ほど離れた場に座ろうとした善久に男は間近の畳を扇子でトントンと指し示した。
善久は「ははっ」と頭を下げつつ、そこに正座する。
「黒峰善久にございます。水戸様にはご機嫌うるわしゅう…」
「ああ、堅苦しいのはよい。光厳と呼んでくれ」
「ははっ、光厳様、どうぞよしなに」
光厳は、そこで善久を呼んだ訳を明かした。
「このところ上様の覚えがめでたい若者をひと目見ておこうと思って、ここに呼んだ次第よ」
「さようでございましたか」
『もしかしたらお叱りかも』などと思っていた善久は内心で安堵した。
「先日、上様には国元での話をしたそうだな」
「はい、例えば…」
善久が光厳と話しているうちに、1人、また1人と新たな大名が入ってくる。
話がひと息ついて善久が我に返った時には、10人ほどの大名に囲まれていた。
「あ、皆様…」
見知らぬ大名達ばかりながら、家紋で見分けがつく。いずれも葵の紋。
つまり御三家や御三卿、そして御一門だ。
徳川や松平に囲まれて言葉に詰まる善久ながら、周囲の彼を見る目は様々だ。
優しく見守るような目をした者。
厳しく見定める視線を向ける者。
あえて興味のない様子を示す者。
改めて善久は周囲に向けて頭を下げる。
「おお、前田殿も来られたか。こちらが善久様よ」
光厳が善久の右斜め後ろに座った大名に声をかける。
振り返った善久の目に家紋が見えた。
『葵ではなく、梅鉢。そして前田の名。すると加賀様か』
いわゆる加賀百万石と言われ、押しも押されもせぬ大大名だ。
善久が頭を下げると、前田は会釈して「うむ」とだけ返した。
その後も、光厳の問われるがままに善久は話し続ける。
国元の話なら山ほどある。
なにせ農民として生まれた時から、黒峰藩にいたからだ。
しばらくすると、周囲の大名達は、1人、また1人と控えの間から去っていった。
やがて光厳と善久のみになった時、「今日はご苦労だったな」と光厳から声がかかる。
「はっ」
「また、別の機会に話をしたいものよ」
「かしこまりました。いつでもお呼びくださいませ」
善久が控えの間に戻ると、既に他の大名達は下城した後で、そこにいたのは、茶坊主の河内山宗秋のみだった。
「お疲れ様でございました」
宗秋が差し出した茶を善久は一気に飲んで、「はあ」と息をついた。
「何だったのだ。あれは」
宗秋は「あはは」と笑う。
「今を時めく善久様に、どなた様も興味津々なのでございますよ」
「しかしなあ、そうは言っても…」
疲れ切った様子を隠さない善久を宗秋はなだめる。
「まあまあ、皆様に気に入っていただけたようで、何よりではございませぬか」
「うーん、それはそうだが…」
この時の意味を、数日後に善久は知ることになる。
もちろん、宗秋からだ。
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次回は藩邸に宗秋が訪れます。
話の内容は、まあ、分かりますよね。
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