黒い森で魔女は微睡む

稲村うお

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黒い森の魔女

再開 と 紹介

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「誰……?」
「……大丈夫だよ、一応」
「あの人、トリスタ姉ちゃんの知り合い?」
「うん……まあ、不本意ながらね」

動かない不審者(騎士)。怖がる子供と困惑する大人たち。
さてどうしたものかと頭を悩ませて、オーグとトリスタは自分たちがこの不審者の共通の知り合いであることを察し、初対面2人はお互いとりあえず会釈をした。

「名前……」
「ちょっと、大丈夫……?」
「名前…………」
「名前がどうしたって言うの!」

あまりにも同じことしか言わない男に痺れを切らして彼女はがくがくとヒューグベルトの肩を揺らした。体幹がものすごく強いのか、思っていたより揺れなかった。

「トリスタさん、というのですね……?」
「そうだけど、それがどうし________」
「やっと、やっと聞けた!あなたの名前を!」

お手本のような倒置法である。
なんと麗しい、と感極まっている男の瞳は夢見る少女のようにキラキラと輝いていた。

「あー……そういえば名前言ってなかったんだっけ……」
「お姉ちゃんって名前とかあんまり気にしない人?」
「森じゃ呼ぶ機会もないしねえ……」

ヒューグベルトは森に引きこもっている魔女に唯一頻繁に会っていた人物である。
2人が出会ったのは何年か前のことであるのだけれども、魔女もまさか彼が森までわざわざ通ってくるなんて想像もしていなかったので、最初の方に名前を教えなかったのが今の今まで続いているのだ。
こんな風に彼女の名前を知ることができるとは思っていなかったヒューグベルトは、トリスタの手をそっと取って溢れ出す感動をどうにか伝えようと言葉を連ねた。 
相手としてはとんだ迷惑である。

「トリスタ嬢……ああ、凛としていて知的で、輝く星のような響きです……」
「よして。今更あなたに名前で呼ばれるのは変な感じがする」
「ではいつも通り呼ばせていただきます。魔女殿」

貴女の名前は俺の胸に秘めておくことにします、と言う彼に、一同若干引き気味である。

「おーい、ヒューグベルト。終わったか?」
「オーグさん。お陰様で」
「ったく……お前俺に構わず突っ走ったろ。部下の前では絶っ対やるなよ」
「もちろんです」
「どうだか……っと、」

ため息をつきながらオーグは馬を降りると、トリスタと子供たちに向き直っていつもの人の良さそうな笑みを浮かべて名乗った。

「うちのがとんだ御無礼を。俺は一応こいつの上司やってるオーグといいます」
「トリスタです。まあ、いつもの事ですから……」
「ヒューグベルトです」
「知ってる」
「えっと、ジーク」
「ソニアです」
「おう、よろしくな!」

簡単な自己紹介、というか名乗りが終わったところで「そういえば、何故こんなところに?」とトリスタが切り出した。

「黒い森の調査のために調査団が結成されましてね。こいつが隊長で、俺はその付き添いってワケ」

親指でずい、と隣にいる部下を指すオーグ。それをヒューグベルトは何も言わずに手のひらでガードする。

「隊長……って、」
「先日昇進が決まりました」
「ああ、おめでとう……って、そうじゃなくて」
「?、ありがとうございます」
「目的は、森の調査?」

途端に表情が少し固くなった魔女にヒューグベルトは不思議そうな顔をして尋ねた。

「そうですが……それが何か?」
「この家に来たってことは黒い泥の調査に来たんでしょう?」
「黒い……泥?」
「魔物が出て人が襲われたって報告しか来ていなくてね。できれば詳しい話を聞きたいんだが、調査本部まで出向いてもらってもいいかな」
「え、ええ……私は構いませんけど」
  
今何時だろう。
昼前であれば子供たちと昼食の準備 をしたいところなので、トリスタは少し迷った。
先程から斜め後ろに隠れているソニアにぎゅっと裾を握られて、どうするべきか分からずにとりあえず頭を撫でてやる。

「俺も行くよ。母さんのこと、ちょっとなら聞いてるから」
「ありがとう。できれば関わっている者全員に話を聞きたいんだが」
「この家の人に話を聞くならここでいいんじゃないかな。2人のお母さんの状態からして、家を空けるのは避けたいでしょ。看病してくれてた近所のおばさま達は午後から来てくれるらしいし」
「なるほど、では順番に話を聞いていくとしよう」

まずは2人の話を聞かせて貰えるかな、と言ってヒューグベルトは屈んで子供二人に視線を合わせた。
知らない人間に驚いて家の影に身を潜めてしまったノアのことをチラチラと気にしながら子供二人に連れられて家の中へと入っていく魔女を、人知れず怪訝そうに見つめてオーグも彼らに続いていった。








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