10日間の恋人

meguru

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【2日目】4/26-①

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 佐藤は結局最寄駅まで送ってくれて、初対面の会合は終了した。

 印象としては、悪くない。
 様々な考え方、様々な好み、様々な性格の人間と付き合ってみることで経験を重ねることが出来ると信じる郁としては、お付き合い毎にそれなりの発見や成長があったと思っている。その人と付き合ってみたからこそ知れた考え方、好きになった食べ物、何か一つでも郁を変えたものがあれば、そのお付き合いは成功だと言えた。
 とはいえ、十日が苦痛に感じることも、これまでになかったとは言わない。信じられないほど会話が弾まない、価値観が違い過ぎる、正直生理的に受け付けない容姿だったなど、郁に気付きを与えるという点ではお付き合い自体は成功だろうが、それと「楽しい十日」であったか、「苦痛な十日」であったかは、また別の問題だ。

 佐藤は、学生ではない。
 それ故に、今までとは違った新しい発見が期待出来る。出会いこそ話をしたことのない人種で驚いたが、蓋を開けてみれば同じ学年で気負う必要がなく、既に物珍しい行動が目立つ。
 まず、郁に交際を申し込む側の立場でありながら、条件を提示してきたことだ。言われてみるとその権利が当然あるな、と郁は思った。こちらが条件を提示する以上、あちらからも条件の提示があることが平等なお付き合いというものだ。
 最初から緊張した素振りがないことも新鮮だった。やっと郁と「付き合う権利」を勝ち取った者は、大概が緊張でがちがちだ。
「じゃあ、今回は割と楽しめそうなんだ?」
 昼食をとりながら、郁の報告を聞いた志穂が言う。
「少なくとも、苦痛ではないよ。今のところ」
「しかし、外部の人間だったとは驚きだねぇ」
 晴れた昼下がり、佐藤がいかなる人物であったかと興味津々である志穂と弁当を広げ、人気のない中庭のベンチで燦燦とまだ穏やかさの残る陽光を浴びる。気分が良いのは今のうち、五月も半ばになると紫外線が気になって気候を楽しむことが出来なくなる。
「それは刺激のある驚きだったけど、強いて言えば、年が近くて良かった、かな」
「あはは、すごいおじさんとか現れたらびっくりだもんね」
 中庭には大きな楠の木があって、昼時になると良い塩梅に木陰が出来る。もう少し暖かくなってくると人気の出るスポットだが、今は未だ肌寒さが残っていることもあって外で食事をとる者は少ない。あまりクラスメイトに聞かれたくない話をする時、郁の場合は恋人についての報告をする場合が多いが、そういった時に郁は志穂をここに呼び出す。教室だとどうしても周囲の耳が気になる。
「それで、今日のご予定はどうなったの?」
「行くよ、病院。用事は先に済ませておきたいじゃない? それに、会うって約束したのに先延ばしにして万が一亡くなられたりしたらさ、言い方悪いけど、後味悪いっていうか」
「それは郁のせいじゃないけどね」
「まぁ。でも、それが佐藤君の条件の全てな訳だから。気持ちの問題だね」
 佐藤の仕事が十八時に終わる予定だというので、今日もまた、平野公園で会う約束をしている。時間は、十八時十五分。
「外部の人が相手だと、門限八時の郁じゃ、ほとんど会う時間はないね」
「そうなんだよね。昨日も別れた後メール入れてみたんだけど、これから病院行くからまた明日ってあっさりブチられた」
「それはなかなか」
 佐藤からは、郁の気を惹こうという気が一切感じられない。一週間の付き合いなのだから、当然といえば当然か、しかし今までとは勝手が違うだけに戸惑いはある。
「珍しいね。いいように利用されてんじゃん?」
 志穂に言われて肩を竦めつつ、郁はブロッコリーを口に運ぶ。
「まあ。恋愛がしたいと思ってるわけじゃないというのは感じるし、佐藤君に目的があった以上利用されてるといえばされてるわけだけど、佐藤君を選んだのは自分だし? むしろ志穂でもあるし?」
「確かに」
 片棒を担いだ志穂は大きく頷きながら、おにぎりを頬張る。
「こんな淡泊な始まり初めてだから、このまま淡泊に終わったとしてもそれはそれ、こういうこともあるかってだけの話かなと開き直ってるけど。とりあえず付き合ってみて。今日病院に行って、佐藤君が彼の目的を果たした後、私に対してどういう態度に出るか、だよね」
「あからさまにもうどうでも良いような対応をしてくるのか、誠実に残りの日数を消化しようとするのか」
 志穂の言う「恋人期間の消化」に対する誠実さをどう判断すべきかは分かりかねるが、郁に対して熱がなく、連絡いまめさも感じない佐藤との残りの日数については、想像し難いものはある。
「ま、苦痛に感じないならとりあえずいいじゃんね、仮の恋人としては。一週間だし」
 そうそれ、と郁は笑う。お互いに本気になる気がない、それはそれで、その空気感が心地良いと感じているのかもしれない。
「何かメール送ってみなよ」
「んー?」
「あっちも昼休み時なんじゃないの?」
 言われて、郁は携帯の画面で時間を確認する。十二時半過ぎ、社会人も昼時だろうか。
「昼休みにメールって初めてするかも」
 郁はアプリを開きながら笑う。大概において、付き合っている期間は一緒に昼ご飯を食べる。目の前にいる男にメールなどしない。
 アプリを開いても、歴代の彼氏の連絡先が登場するということはない。お付き合いの期間を終えると削除する為、アプリを開くと直ぐに、佐藤の連絡先だけが出て来た。そこにある名前が、郁の今の彼氏であるという証だ。
「『今、昼休み?』、と」
 メールを打ちながら読み上げたのは、志穂が何と連絡したかを尋ねて来ることが分かっていたからだ。先手を打っておく。
 送信して、画面を一度閉じる。画面を開いたままにしたのでは、新着メールの通知音が鳴らない。直ぐに返信が来るとは思えない以上、画面をじっと凝視して待つなど馬鹿げている。
 携帯を裏返しにして膝に置いた瞬間、ポロン、と着信音が鳴った。
「えっ」
 思いもよらぬ即レスに、郁は頓狂な声を上げ、志穂は愉快そうに笑う。
「いいねぇ、即レス!」
 おそるおそるアプリを再度立ち上げると、確かに返信があった。
「……『そう』」
「そっけな!」
 げらげらと笑う志穂に、郁も苦く笑う。会話を続けようという気がみられないのが逆におかしい。
「ええっと、『何してるの?』」
 返信を打つと、こちらも直ぐに返答が来る。
「『リンゴジュース飲んでる』」
 志穂は画面を覗き込んできて、ずっとにやにやと笑っている。
「珈琲じゃないんかい」
「やっぱイメージあるよね、珈琲の」
 社会人の休息といえば、のイメージはどうやら志穂と同じであったようだが、佐藤に関して言えば、どうやら珈琲が加糖でなければならないということを除いて考えても、リンゴジュースがそもそも好きらしい、と郁は心に書き留める。昨日も飲んでいた。
 郁は卵焼きを口の中に放り込み、弁当箱の中身を減らしながら返信を打つ。想定外の即レスにこちらも即レスでもって対応していたら、予鈴までに弁当が片付かない。
「『こっちは、友人と中庭でお弁当。昼ご飯はもう食べた?』」
「おお、彼女っぽい」
「『おにぎり』」
「そしてこっちは相変わらず素っ気ない」
 メールを打ち、返信を読み上げる郁と、それに感想を挟んでくる志穂の掛け合いは十分にも及んだが、最終的には佐藤の、『仕事再開』の一言で打ち切りになった。郁達の方も、そろそろ予鈴が鳴る。
 残ったハムを一気に片付けて弁当箱を急ぎ片付ける郁に、腰を上げながら志穂はおかしそうに言う。
「今度の彼氏がメールを面倒くさいと思ってるタイプだってことだけは分かった」
 返信がほぼ一言だったことを思えば、志穂の結論に郁としても同意せざるを得ない。
 ただ手が空いていれば即レスを返してくれる人なのだと、明日以降の「誠実なお付き合い」の一つの判定材料として、郁は一人、心に書き留めた。
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