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第五章 しん愛編
162. 覚悟
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ときを同じくして――。
別の場所でブリュンヒルデとジークフリートが対峙していた。
ブリュンヒルデがジークを誘う形で、二人は昼間に戦場となっていたニーベルンゲン平原にいた。
死臭が漂うこの場は、お世辞にも再会に最適な場とは言えない。
だがブリュンヒルデにとって、この死臭こそ二人にはふさわしい場だと考えていた。
日の当たる場所は、もはやブリュンヒルデの生きる場所ではない。
ヘルの力を賜り、死臭が漂う場所こそが彼女には似合っていた。
幸いというべきか、ブリュンヒルデはヘルのもとに降りながらも、ヘルからの司令が下ったことは一度もなかった。
それにはもちろん、理由がある。
ファバニールの存在だ。
ファバニールはナンバーズの中で最強だ。
それはつまり、闇の手の中で最強ということ。
そのファバニールを、ある意味飼いならしているともいえるブリュンヒルデは、闇の手の中で自由に動くことができた。
と、それはさておき。
ブリュンヒルデはジークフリートとの出会いを喜んでいた。
この場にはブリュンヒルデとジークしかいない。
他は死者が眠っているのみ。
その死者も、魔物になることもなくただの死体として安らかに眠っている。
それは幸運なことであるとともに、また一つの事実を示していた。
ガルム領はヘルの力が及んでいない場所である、と。
それはアークの、正確にはアークの部下たちの功績だろう。
ヘルの力が及ばなければ、死者が魔物になることはない。
今やガルム領は最も闇の手が手を出しにくい領域となっていた。
「会いたかったかしら。ジーク」
「……お嬢様」
ジークは大剣バルムンクを両手で持ち、剣先をブリュンヒルデに向ける。
「覚悟はできておりますか?」
「あら? すごい目ね、ゾクゾクしちゃうわ」
ブリュンヒルデはわざとらしく体をもじもじと捻らせる。
「お嬢様。私には大切なものが2つあります」
「うふふっ。何かしら?」
「1つ目はお嬢様です」
「嬉しいわぁ。ジークの大切に私が入っているなんて。ときめきで濡れちゃうじゃない」
「ええ。そしてもう一つは、この場所――ガルム領です」
ブリュンヒルデから濃密な殺気が放たれた。
ジークは眉を一つも動かさず続ける。
「どちらがより大切なのか。優劣をつけるなど、私には烏滸がましいことでしょう。
それでも今どちらを守らなければならないのかは判断がつきます」
「だから私を殺すと? かつての主人であるこの私を」
「それをアーク様が望んでいらっしゃるのならば」
ブリュンヒルデの顔から色が落ちる、
無表情で虚ろな目。
「うふっ」
ブリュンヒルデは無表情のまま唇の端を釣り上げた。
「ふふふふふふっ」
無表情で笑う。
顔も目も笑っていないのに、声だけは楽しそうに笑う。
静寂の中、ブリュンヒルデの不気味な笑い声だけが響く。
「残念ね。非常に残念ね。いえ、良かったわ。本当に良かったわ。
ねえ、ジーク。あなたの好きなご主人様は――アークはもう死ぬわよ?」
「……」
「ファバニールは強いわ。アークが今まで闇の手の刺客を葬ってきたのは知っているわ。
それでもファバニールは別格よ。
竜の王というのはね、人間の想像を遥かに超える生き物なの。
人間ごときが挑んで良い相手じゃないの。
それもわからず挑むなんて、アークはとんでもないバカね」
ブリュンヒルデはファバニールとずっと一緒に過ごしてきた。
だからこそ、彼女は誰よりもファバニールのことを理解していた。
ファバニールは人間とは別次元にいる。
なぜ闇の手でファバニールが一目置かれているか?
それは圧倒的な強さがあるからに他ならない。
「ジークもわかっているんじゃない? アークではファバニールに勝てないことを」
ジークは黙ってブリュンヒルデを見る。
「ああ、勘違いしないで頂戴。昼間の戦いは関係ないわ。
たとえアークがいま全力で戦うことができても、ファバニールには敵わないわ。
だってそうでしょう? どうやってファバニールを倒すというの?
私にはどうしてもファバニールが負ける姿が想像できないのよ」
ブリュンヒルデのいうことは正しい。
彼女は決してアークを侮っているわけではない。
イカロスを倒したという実績を無視しているわけではない。
しかし、アークが人間である以上、竜との生物の差を超えることはできないと考えているのだ。
たとえニブルヘイムが使われたとしても、ファバニールが倒れることはない。
「それとも私を潰してしまえばファバニールも止まると? だったら短絡的ね。
私が死ねば、あの子はこのガルム領を徹底的に破壊するわ」
「アーク様はファバニールを倒します。絶対に。
アーク様が一人で行かれたのです。勝てる確証があってのことでしょう」
ジークは、アークに対し絶対的な信頼を寄せている。
それはもはや盲信といえるレベルだ。
ジークも干支の一人ということ。
干支はもれなく、アークを盲信しているのだ。
「ですので、私はお嬢様を全力で食い止めます」
さすがのアークもブリュンヒルデとファバニールを同時に相手するのは苦しいだろう。
だからジークがいるのだ。
ファバニールとアークの戦いに邪魔をさせないように。
ブリュンヒルデを足止めし、殺すこと。
それがジークの役目であった。
別の場所でブリュンヒルデとジークフリートが対峙していた。
ブリュンヒルデがジークを誘う形で、二人は昼間に戦場となっていたニーベルンゲン平原にいた。
死臭が漂うこの場は、お世辞にも再会に最適な場とは言えない。
だがブリュンヒルデにとって、この死臭こそ二人にはふさわしい場だと考えていた。
日の当たる場所は、もはやブリュンヒルデの生きる場所ではない。
ヘルの力を賜り、死臭が漂う場所こそが彼女には似合っていた。
幸いというべきか、ブリュンヒルデはヘルのもとに降りながらも、ヘルからの司令が下ったことは一度もなかった。
それにはもちろん、理由がある。
ファバニールの存在だ。
ファバニールはナンバーズの中で最強だ。
それはつまり、闇の手の中で最強ということ。
そのファバニールを、ある意味飼いならしているともいえるブリュンヒルデは、闇の手の中で自由に動くことができた。
と、それはさておき。
ブリュンヒルデはジークフリートとの出会いを喜んでいた。
この場にはブリュンヒルデとジークしかいない。
他は死者が眠っているのみ。
その死者も、魔物になることもなくただの死体として安らかに眠っている。
それは幸運なことであるとともに、また一つの事実を示していた。
ガルム領はヘルの力が及んでいない場所である、と。
それはアークの、正確にはアークの部下たちの功績だろう。
ヘルの力が及ばなければ、死者が魔物になることはない。
今やガルム領は最も闇の手が手を出しにくい領域となっていた。
「会いたかったかしら。ジーク」
「……お嬢様」
ジークは大剣バルムンクを両手で持ち、剣先をブリュンヒルデに向ける。
「覚悟はできておりますか?」
「あら? すごい目ね、ゾクゾクしちゃうわ」
ブリュンヒルデはわざとらしく体をもじもじと捻らせる。
「お嬢様。私には大切なものが2つあります」
「うふふっ。何かしら?」
「1つ目はお嬢様です」
「嬉しいわぁ。ジークの大切に私が入っているなんて。ときめきで濡れちゃうじゃない」
「ええ。そしてもう一つは、この場所――ガルム領です」
ブリュンヒルデから濃密な殺気が放たれた。
ジークは眉を一つも動かさず続ける。
「どちらがより大切なのか。優劣をつけるなど、私には烏滸がましいことでしょう。
それでも今どちらを守らなければならないのかは判断がつきます」
「だから私を殺すと? かつての主人であるこの私を」
「それをアーク様が望んでいらっしゃるのならば」
ブリュンヒルデの顔から色が落ちる、
無表情で虚ろな目。
「うふっ」
ブリュンヒルデは無表情のまま唇の端を釣り上げた。
「ふふふふふふっ」
無表情で笑う。
顔も目も笑っていないのに、声だけは楽しそうに笑う。
静寂の中、ブリュンヒルデの不気味な笑い声だけが響く。
「残念ね。非常に残念ね。いえ、良かったわ。本当に良かったわ。
ねえ、ジーク。あなたの好きなご主人様は――アークはもう死ぬわよ?」
「……」
「ファバニールは強いわ。アークが今まで闇の手の刺客を葬ってきたのは知っているわ。
それでもファバニールは別格よ。
竜の王というのはね、人間の想像を遥かに超える生き物なの。
人間ごときが挑んで良い相手じゃないの。
それもわからず挑むなんて、アークはとんでもないバカね」
ブリュンヒルデはファバニールとずっと一緒に過ごしてきた。
だからこそ、彼女は誰よりもファバニールのことを理解していた。
ファバニールは人間とは別次元にいる。
なぜ闇の手でファバニールが一目置かれているか?
それは圧倒的な強さがあるからに他ならない。
「ジークもわかっているんじゃない? アークではファバニールに勝てないことを」
ジークは黙ってブリュンヒルデを見る。
「ああ、勘違いしないで頂戴。昼間の戦いは関係ないわ。
たとえアークがいま全力で戦うことができても、ファバニールには敵わないわ。
だってそうでしょう? どうやってファバニールを倒すというの?
私にはどうしてもファバニールが負ける姿が想像できないのよ」
ブリュンヒルデのいうことは正しい。
彼女は決してアークを侮っているわけではない。
イカロスを倒したという実績を無視しているわけではない。
しかし、アークが人間である以上、竜との生物の差を超えることはできないと考えているのだ。
たとえニブルヘイムが使われたとしても、ファバニールが倒れることはない。
「それとも私を潰してしまえばファバニールも止まると? だったら短絡的ね。
私が死ねば、あの子はこのガルム領を徹底的に破壊するわ」
「アーク様はファバニールを倒します。絶対に。
アーク様が一人で行かれたのです。勝てる確証があってのことでしょう」
ジークは、アークに対し絶対的な信頼を寄せている。
それはもはや盲信といえるレベルだ。
ジークも干支の一人ということ。
干支はもれなく、アークを盲信しているのだ。
「ですので、私はお嬢様を全力で食い止めます」
さすがのアークもブリュンヒルデとファバニールを同時に相手するのは苦しいだろう。
だからジークがいるのだ。
ファバニールとアークの戦いに邪魔をさせないように。
ブリュンヒルデを足止めし、殺すこと。
それがジークの役目であった。
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