56 / 64
<後編>
第56話 反撃5 ファニーとの面談(下)
しおりを挟む
お兄様からクジネ男爵令嬢の報告があった。
男爵令嬢は養女だった。6年前、ゲルスターの端にあるマングレートの孤児院から引き取られたらしい。それからとても大切に育てられている。2年前に学園に入園し、そこそこの成績をおさめつつ、婚約クラッシャーとして名を馳せたようだ。
彼女に惚れ込む人と、そうでない人の違いはなんなのだろう?
薬や魔力でないのに、あの吸引力は異常だ。
同胞だとしたら〝おちる〟のあのフレーズでの意味は、闇堕ち系だよな。
クジネ令嬢に思いを馳せる。
わたしのことが大嫌い。雨が嫌い。取り巻きはいるが、婚約するほどの好きではない。彼女を認めてくれた男性がいる。彼女はその男性が好きで、恐らく身分がかなり上。
前世を覚えていることで何かあるのかな。
でも、わたしだってうろ覚えにはなるけれど、記憶があっても現世でどうとかはないし。
ただ彼女から〝ヒロイン〟って言葉が飛び出した時に思ったんだよね。
彼女はヒロインみたいだって。可愛いのもそうだけど、多くの人から好かれるってヒロイン要素だなって。何かが記憶をかすめる。うん、なんか引っかかるんだよ。ヒロイン、婚約破棄、ゲーム……ダメだ思いだせない。
目の前をボワッとした白いものが通り過ぎる。わたしは目をこすった。
「目がどうかしたのか?」
トムお兄様に尋ねられる。
「なんか時々霞むっていうか……白いものが見えるっていうか」
「医者に診せるか? それともハイン様に診ていただいては?」
「ううん、そんな大袈裟なものじゃないから」
「続くようなら、診てもらえ」
「はーい」
今日はテオドール様とラモン様との面談がある。それまで時間があったのでリリアンとして活動することにした。
部屋が普通の客室ではなく王族スペースに組み込まれてから報告を怠っていたら、ちゃんと話に来なさいと連絡がきてしまった。もちろん普通の報告は王族スペースの執事長さんにしていたんだけど、客室のメイド長さんにもしないといけないらしい。
1箇所には報告しているんだからいいじゃんとめんどくさい気持ちはあったが、ひとりで気ままに歩けるのは最高だ。ファニーのふりでなければヴェールをしないでいいし。視界がひらけているのは爽快だ。現在のメイドの仕事はベッドメイキングやお茶や食事の給仕のみ、だ。ファニーに嫌がらせ防止のためにいちいち魔スキャンしないといけないので、特別ルートで持ってきてもらうことになっている。そのためすることも少ないうえ、外に出るのはお茶会と夜会だけでいい加減モヤモヤしていたのだ。報告しお菓子を少しいただいて、ひとりの時間を満喫する。
思いつきでタデウス様から聞いた抜け道ルートを歩いてみた。なるほど、ここに出るのか。道ひとつ知るだけでお城に詳しくなった気がして嬉しくなってしまう。
「あ、君」
呼び掛けられて振り向く。
「あ、……上司さんとどうなりました?」
タデウス様についていた時に、同僚から小突かれ、上司にも酷い扱いを受けている官僚の方だった。辞めなかったんだとホッとする。
彼はあの後、タデウス様から呼び出しをくらい、洗いざらい話していたという。
タデウス様経由の上からの計らいで彼は部署が移動になるらしい。少しの間、前の場所で頑張っているんだけど、そこでまた新たに不信感を抱いてしまったという。
上司が今力を入れてやっていることがある法案を変えること。その法案自体は変えてもいいのではないかと自分も思うけれど、それを良しとすると次に国に許可を取らなくてもどの土地も買える免罪符になるんじゃないかと心配でさーと。
この人案外有能なのでは? よくわからないけれど、官僚が問題点を感じるなら、それは話し合うべきことな気がする。そういうのを気付くのこそ、求められていることなのではないかと思う。それはやはりタデウス様に言ったほうがいいのではと言ってみると、「そう思う?」と同意を求められる。
どうやら背中を押して欲しかったみたいだ。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」
後ろから声がして、わたしたちは飛び上がった。タデウス様どころではなく飛び越えて宰相様がいらした。そうだ、ここは宰相様の執務室に近い。
「いえ、あの」
もじもじしている。
わたしはひたすら頭を下げている。
「君も来なさい」
げっ。この頃ヴェールで顔を隠しているからどんな表情をしても大丈夫だったので気にしていなかったが、まずい顔をしたと反省する。
隣の官僚君はメイドでも知り合いが一緒なのは心強く思うみたいだ。連れて行かれたのは宰相様のお部屋で、しばらくするとタデウス様がやってきて、わたしを送るように言われる。
うっ、そのために連れて来られたのか。
「リリアンは本当に箱入りなのだな」
タデウス様にため息をつかれる。
箱入り、わたしが? そういうのは深窓のお嬢様に使われる言葉だ。働くのにあくせくしているメイドに対する言葉じゃない。
「どこがそうなるんです?」
「少しは悪どいことも考えられるのかと思いきや、君は悪意に晒されたことがないんだね。大切に守られてきた」
は?
「意地悪ぐらいされたことありますけど?」
いばれたことではないが。
「世の中にはものすごく悪いことを考える奴もいるんだ」
「はい」
そんなの知ってるよ。
「このことが終わるまで、君もファニー嬢もひとりで出歩くな」
「…………はい」
部屋に帰れば、皆様もいらしていた。
「リリアン、ひとりで出歩いちゃだめだろう?」
お兄様に怒られる。トムお兄様からもだ。
「仕事ですよ。メイド長様のところに報告に行ってたんです」
「メイド長に中庭に行くように指示されたのか?」
真顔でタデウス様に尋ねられる。
「ち、違いますけれど」
分が悪い。話題を変えよう。
「それより、皆様今日はいらっしゃる予定ではなかったですよね。どうされたんですか?」
「教本の初版本、とんでもない物だった」
呟くように言ったラモン様の顔が青い。
どうやらラモン様の召集だったようだ。
「どういうことだ?」
「悪いけど、僕にはどこまで話していいことか判断がつかない。でもこれは誓って一族を思ってではなく、クリスタラー令嬢を脅かすことになるからなんだ」
ごくっとわたしの喉がなる。
ど、どういうこと?
教本にわたしを脅かすことが載ってるですって?
「不安にさせて悪いけれど、男爵にもファニー嬢にも伝えるべきだと思いました。初版本が知られることになると、ファニー嬢が危険です」
「ラモン、それは恐怖心を煽るだけになる。話すなら、全部話せよ」
もっともな意見を出したテオドール様にラモン様は横に首を振った。
「これは駄目だ。重たすぎる」
場がシーンとする。でもその様子だとラモン様は口はわらないだろう。
みな同じことを思ったのか、タデウス様に尋ねられた。
「昨日、クジネ令嬢と話してどうだった? 何か聞き出せたのか?」
「まだ誰とも交際や婚約はしていなくて、けれど慕っている方はいるみたいですね。そしてわたしのことが大嫌いです」
皆様が驚いた顔をする。
「何を言われたんだ?」
殿下に答える。
「世間話をしたていどですけど、ひしひしと感じました。嫌われているって」
いや、それよりもっと積極的に憎まれているといってもいいかもしれない。
……ふと不思議に思っていたことを尋ねる。
「皆様は本当にしたいことを、賭けでやろうと思います?」
皆様がぽかんとした。
例えば賭けで勝った方が騎士になれると言われたら、喜んで賭けに乗る人がいる?
そうじゃない、そういうわけじゃないでしょ。
賭けを仕掛けるのは、その勝敗の行方が、どちらに転んでもいい人が仕掛けるものだ。
だからクジネ令嬢は誰が勝っても、誰の家宝を返すんでも、それはどうでもいいことな気がする。その先にあることだ、彼女の狙いは。
そしてそれはわたしに関係あること。
コトが何事もなく運べば、皆様は勝者として家宝が戻ってくる。
わたしは? わたしは、最終的に婚約するわけよね。
婚約。概ね幸せなはずね。
彼女は最初に会った時から、わたしが幸せかどうか知りたがっていた。
なんでだろう?
〝おちなかったのだから、それなら幸せでいないとでしょう?〟
堕ちなかった、過去形。堕ちていて欲しかったということ?
マングレートとうちの領地は離れているし、クリスタラー家とも繋がりが見えない。クジネ男爵家とも関わりはない。うちは貧乏でひたすら領地に引きこもっていたし、学園に通っていた令嬢とは接点はなかったはずだ。それなのになぜ嫌われているんだろう。憎まれているんだろう?
彼女の周りで何か接点があるんだ、わたしと。クリスタラー令嬢と。
それぞれ皆様が考え込まれて、お開きになった。
少し時間をおいて、本日のファニーとの面談をされるテオドール様がいらした。
他の方々と同じようにテオドール様も、最初にわたしを追い詰めたことを謝ってくださる。
そしておもむろに。
「オレ、いや私は慕っている方がいます」
「……そ、そうなのですか」
いきなりの告白にびっくりだ。
「私はリリアンが好きなんです」
!
「話すたびに彼女に惹かれています」
なっ。思考停止だ。頭が真っ白になる。
「彼女はひとりでがんじがらめになっている気がします。何かしたい、どうありたい、自由でいいのにいつも規制している。オレは彼女に自由であってほしいです。好きなことをして、毎日を楽しんでほしい。オレはそうできるよう隣にいたい」
テオドール様の笑みはいつものイケイケのものではなくて、心から慈しんでいるのが窺えるような表情で。
「どんな彼女もオレは受け入れます。だから、嘘はつかなくていいし、装わなくていいし、自然体でいい。自然体な君が好きだから」
え?
手が伸びてきて、わたしの手をとる。手の甲に口を寄せた。
「それでは、ファニー嬢、また」
わたしの手を戻すと、テオドール様は満足そうにそういって部屋を出て行った。
なんで、最後、君? バレてる? バレてるの?
動揺もおさまらないうちに、最後はラモン様だ。
ラモン様も、まず謝ってくれた。
ラモン様はファニーには教本のことは一言も持ち出さなかった。
「質問していいかな?」
「はい」
「君は精霊を感じたことはある?」
「いいえ、ありません」
「身に緑を持っている?」
「……緑を持つとは、瞳と髪の色の両方が揃って緑であり、精霊に好かれることを意味します。わたしは緑を持っていません」
「じゃあ、どっちかは緑なんだね」
薄いレースのカーテンと結界でこちらは見えていないと思うが、ラモン様はじーっとみている。
「隠したいなら、すぐ否定しないと肯定したことと同じになってしまうよ」
ラモン様がクスクスと笑う。
変に期待を持たれたりすると嫌だから言わないだけで、嘘をつきたいわけじゃない。
「僕、甘ったれって嫌いなんだよね」
わたしは唖然とした。甘ったれはラモン様じゃん。
「でもさ、甘えまいって肩肘張っているの見るのは辛いものだね」
そこで一息入れる。
「もっと、甘えていいと思うよ。甘えられてもなんでもないぐらいの度量のあるものしか、君の周りにはいないと思うから」
ラモン様の言葉はなぜかわたしの胸に残った。
男爵令嬢は養女だった。6年前、ゲルスターの端にあるマングレートの孤児院から引き取られたらしい。それからとても大切に育てられている。2年前に学園に入園し、そこそこの成績をおさめつつ、婚約クラッシャーとして名を馳せたようだ。
彼女に惚れ込む人と、そうでない人の違いはなんなのだろう?
薬や魔力でないのに、あの吸引力は異常だ。
同胞だとしたら〝おちる〟のあのフレーズでの意味は、闇堕ち系だよな。
クジネ令嬢に思いを馳せる。
わたしのことが大嫌い。雨が嫌い。取り巻きはいるが、婚約するほどの好きではない。彼女を認めてくれた男性がいる。彼女はその男性が好きで、恐らく身分がかなり上。
前世を覚えていることで何かあるのかな。
でも、わたしだってうろ覚えにはなるけれど、記憶があっても現世でどうとかはないし。
ただ彼女から〝ヒロイン〟って言葉が飛び出した時に思ったんだよね。
彼女はヒロインみたいだって。可愛いのもそうだけど、多くの人から好かれるってヒロイン要素だなって。何かが記憶をかすめる。うん、なんか引っかかるんだよ。ヒロイン、婚約破棄、ゲーム……ダメだ思いだせない。
目の前をボワッとした白いものが通り過ぎる。わたしは目をこすった。
「目がどうかしたのか?」
トムお兄様に尋ねられる。
「なんか時々霞むっていうか……白いものが見えるっていうか」
「医者に診せるか? それともハイン様に診ていただいては?」
「ううん、そんな大袈裟なものじゃないから」
「続くようなら、診てもらえ」
「はーい」
今日はテオドール様とラモン様との面談がある。それまで時間があったのでリリアンとして活動することにした。
部屋が普通の客室ではなく王族スペースに組み込まれてから報告を怠っていたら、ちゃんと話に来なさいと連絡がきてしまった。もちろん普通の報告は王族スペースの執事長さんにしていたんだけど、客室のメイド長さんにもしないといけないらしい。
1箇所には報告しているんだからいいじゃんとめんどくさい気持ちはあったが、ひとりで気ままに歩けるのは最高だ。ファニーのふりでなければヴェールをしないでいいし。視界がひらけているのは爽快だ。現在のメイドの仕事はベッドメイキングやお茶や食事の給仕のみ、だ。ファニーに嫌がらせ防止のためにいちいち魔スキャンしないといけないので、特別ルートで持ってきてもらうことになっている。そのためすることも少ないうえ、外に出るのはお茶会と夜会だけでいい加減モヤモヤしていたのだ。報告しお菓子を少しいただいて、ひとりの時間を満喫する。
思いつきでタデウス様から聞いた抜け道ルートを歩いてみた。なるほど、ここに出るのか。道ひとつ知るだけでお城に詳しくなった気がして嬉しくなってしまう。
「あ、君」
呼び掛けられて振り向く。
「あ、……上司さんとどうなりました?」
タデウス様についていた時に、同僚から小突かれ、上司にも酷い扱いを受けている官僚の方だった。辞めなかったんだとホッとする。
彼はあの後、タデウス様から呼び出しをくらい、洗いざらい話していたという。
タデウス様経由の上からの計らいで彼は部署が移動になるらしい。少しの間、前の場所で頑張っているんだけど、そこでまた新たに不信感を抱いてしまったという。
上司が今力を入れてやっていることがある法案を変えること。その法案自体は変えてもいいのではないかと自分も思うけれど、それを良しとすると次に国に許可を取らなくてもどの土地も買える免罪符になるんじゃないかと心配でさーと。
この人案外有能なのでは? よくわからないけれど、官僚が問題点を感じるなら、それは話し合うべきことな気がする。そういうのを気付くのこそ、求められていることなのではないかと思う。それはやはりタデウス様に言ったほうがいいのではと言ってみると、「そう思う?」と同意を求められる。
どうやら背中を押して欲しかったみたいだ。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」
後ろから声がして、わたしたちは飛び上がった。タデウス様どころではなく飛び越えて宰相様がいらした。そうだ、ここは宰相様の執務室に近い。
「いえ、あの」
もじもじしている。
わたしはひたすら頭を下げている。
「君も来なさい」
げっ。この頃ヴェールで顔を隠しているからどんな表情をしても大丈夫だったので気にしていなかったが、まずい顔をしたと反省する。
隣の官僚君はメイドでも知り合いが一緒なのは心強く思うみたいだ。連れて行かれたのは宰相様のお部屋で、しばらくするとタデウス様がやってきて、わたしを送るように言われる。
うっ、そのために連れて来られたのか。
「リリアンは本当に箱入りなのだな」
タデウス様にため息をつかれる。
箱入り、わたしが? そういうのは深窓のお嬢様に使われる言葉だ。働くのにあくせくしているメイドに対する言葉じゃない。
「どこがそうなるんです?」
「少しは悪どいことも考えられるのかと思いきや、君は悪意に晒されたことがないんだね。大切に守られてきた」
は?
「意地悪ぐらいされたことありますけど?」
いばれたことではないが。
「世の中にはものすごく悪いことを考える奴もいるんだ」
「はい」
そんなの知ってるよ。
「このことが終わるまで、君もファニー嬢もひとりで出歩くな」
「…………はい」
部屋に帰れば、皆様もいらしていた。
「リリアン、ひとりで出歩いちゃだめだろう?」
お兄様に怒られる。トムお兄様からもだ。
「仕事ですよ。メイド長様のところに報告に行ってたんです」
「メイド長に中庭に行くように指示されたのか?」
真顔でタデウス様に尋ねられる。
「ち、違いますけれど」
分が悪い。話題を変えよう。
「それより、皆様今日はいらっしゃる予定ではなかったですよね。どうされたんですか?」
「教本の初版本、とんでもない物だった」
呟くように言ったラモン様の顔が青い。
どうやらラモン様の召集だったようだ。
「どういうことだ?」
「悪いけど、僕にはどこまで話していいことか判断がつかない。でもこれは誓って一族を思ってではなく、クリスタラー令嬢を脅かすことになるからなんだ」
ごくっとわたしの喉がなる。
ど、どういうこと?
教本にわたしを脅かすことが載ってるですって?
「不安にさせて悪いけれど、男爵にもファニー嬢にも伝えるべきだと思いました。初版本が知られることになると、ファニー嬢が危険です」
「ラモン、それは恐怖心を煽るだけになる。話すなら、全部話せよ」
もっともな意見を出したテオドール様にラモン様は横に首を振った。
「これは駄目だ。重たすぎる」
場がシーンとする。でもその様子だとラモン様は口はわらないだろう。
みな同じことを思ったのか、タデウス様に尋ねられた。
「昨日、クジネ令嬢と話してどうだった? 何か聞き出せたのか?」
「まだ誰とも交際や婚約はしていなくて、けれど慕っている方はいるみたいですね。そしてわたしのことが大嫌いです」
皆様が驚いた顔をする。
「何を言われたんだ?」
殿下に答える。
「世間話をしたていどですけど、ひしひしと感じました。嫌われているって」
いや、それよりもっと積極的に憎まれているといってもいいかもしれない。
……ふと不思議に思っていたことを尋ねる。
「皆様は本当にしたいことを、賭けでやろうと思います?」
皆様がぽかんとした。
例えば賭けで勝った方が騎士になれると言われたら、喜んで賭けに乗る人がいる?
そうじゃない、そういうわけじゃないでしょ。
賭けを仕掛けるのは、その勝敗の行方が、どちらに転んでもいい人が仕掛けるものだ。
だからクジネ令嬢は誰が勝っても、誰の家宝を返すんでも、それはどうでもいいことな気がする。その先にあることだ、彼女の狙いは。
そしてそれはわたしに関係あること。
コトが何事もなく運べば、皆様は勝者として家宝が戻ってくる。
わたしは? わたしは、最終的に婚約するわけよね。
婚約。概ね幸せなはずね。
彼女は最初に会った時から、わたしが幸せかどうか知りたがっていた。
なんでだろう?
〝おちなかったのだから、それなら幸せでいないとでしょう?〟
堕ちなかった、過去形。堕ちていて欲しかったということ?
マングレートとうちの領地は離れているし、クリスタラー家とも繋がりが見えない。クジネ男爵家とも関わりはない。うちは貧乏でひたすら領地に引きこもっていたし、学園に通っていた令嬢とは接点はなかったはずだ。それなのになぜ嫌われているんだろう。憎まれているんだろう?
彼女の周りで何か接点があるんだ、わたしと。クリスタラー令嬢と。
それぞれ皆様が考え込まれて、お開きになった。
少し時間をおいて、本日のファニーとの面談をされるテオドール様がいらした。
他の方々と同じようにテオドール様も、最初にわたしを追い詰めたことを謝ってくださる。
そしておもむろに。
「オレ、いや私は慕っている方がいます」
「……そ、そうなのですか」
いきなりの告白にびっくりだ。
「私はリリアンが好きなんです」
!
「話すたびに彼女に惹かれています」
なっ。思考停止だ。頭が真っ白になる。
「彼女はひとりでがんじがらめになっている気がします。何かしたい、どうありたい、自由でいいのにいつも規制している。オレは彼女に自由であってほしいです。好きなことをして、毎日を楽しんでほしい。オレはそうできるよう隣にいたい」
テオドール様の笑みはいつものイケイケのものではなくて、心から慈しんでいるのが窺えるような表情で。
「どんな彼女もオレは受け入れます。だから、嘘はつかなくていいし、装わなくていいし、自然体でいい。自然体な君が好きだから」
え?
手が伸びてきて、わたしの手をとる。手の甲に口を寄せた。
「それでは、ファニー嬢、また」
わたしの手を戻すと、テオドール様は満足そうにそういって部屋を出て行った。
なんで、最後、君? バレてる? バレてるの?
動揺もおさまらないうちに、最後はラモン様だ。
ラモン様も、まず謝ってくれた。
ラモン様はファニーには教本のことは一言も持ち出さなかった。
「質問していいかな?」
「はい」
「君は精霊を感じたことはある?」
「いいえ、ありません」
「身に緑を持っている?」
「……緑を持つとは、瞳と髪の色の両方が揃って緑であり、精霊に好かれることを意味します。わたしは緑を持っていません」
「じゃあ、どっちかは緑なんだね」
薄いレースのカーテンと結界でこちらは見えていないと思うが、ラモン様はじーっとみている。
「隠したいなら、すぐ否定しないと肯定したことと同じになってしまうよ」
ラモン様がクスクスと笑う。
変に期待を持たれたりすると嫌だから言わないだけで、嘘をつきたいわけじゃない。
「僕、甘ったれって嫌いなんだよね」
わたしは唖然とした。甘ったれはラモン様じゃん。
「でもさ、甘えまいって肩肘張っているの見るのは辛いものだね」
そこで一息入れる。
「もっと、甘えていいと思うよ。甘えられてもなんでもないぐらいの度量のあるものしか、君の周りにはいないと思うから」
ラモン様の言葉はなぜかわたしの胸に残った。
45
あなたにおすすめの小説
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい ~婚約者契約は円満に終了しました
九條葉月
恋愛
【ジャンル1位獲得!】
【HOTランキング1位獲得!】
とある公爵との契約(婚約者関係)を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。
順調に準備を進めていると、契約を終えたはずの公爵様や王太子殿下たちがなぜか次々とお店にやって来て――!?
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生令嬢は腹黒夫から逃げだしたい!
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
華奢で幼さの残る容姿をした公爵令嬢エルトリーゼは
ある日この国の王子アヴェルスの妻になることになる。
しかし彼女は転生者、しかも前世は事故死。
前世の恋人と花火大会に行こうと約束した日に死んだ彼女は
なんとかして前世の約束を果たしたい
ついでに腹黒で性悪な夫から逃げだしたい
その一心で……?
◇
感想への返信などは行いません。すみません。
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。
ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。
こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。
(本編、番外編、完結しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる