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第一章

第4話 タルト

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 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)

 オーギュスタン(オーギュ) 許嫁
 アラベル 妹
 父
 母

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 アラベルが帰ってきたのは、なんと、夜になってからだった。
 出掛けたのは昼前。
 だから半日以上、たっぷりと二人と過ごしていたことになる。

 わたしは部屋を出て、玄関に向かう。
 そして待った。

 オーギュスタンとアラベルが談笑しながらこちらにやってくる。
 背後のメイドたちの手には大量の荷物がある。
 一目見ただけでわかる。
 それは彼が妹に買い与えたプレゼントだ。
 大量の服や靴、ぬいぐるみなど。
 一日中、付きっ切りで二人で買い物を楽しんでいたことがそれからも見て取れた。
 アラベルがわたしに気がつく。
 そして冷笑を浮かべて言った。

「あら、お姉さま、そんな難しい顔をしてどうなさったの?」

 そらぞらしい言葉。
 でも、わたしは妹を無視して、その横でにやけている男に向けて言葉を放つ。

「オーギュさま、妹を連れてどこへ行かれたのですか」

「えっ、ああ、街に買い物に向かうので、そのついでに付き合ってもらったんだよ」

「わたしとのデートの日に、それを切り上げて街へ行かれたのですね」

「それが何かいけないことかい。君とのデートはちゃんと済ませた筈だけど、何か不服でも」

 その“義務は果たした”と言わんばかりの物言い。
 そう、わたしとはのデートはただの義務、仕事。
 そう言っているのだ。

「わたくし街へ行きたいと言いましたのに、それを後回しにして妹と行かれたのですね」

「あ、いや、それは、ちゃんと日時を決めて君と行こうとしたんだよ。だけど、ね、あの、ちゃんとエスコートできるように、その前に視察もかねて行っただけなんだ」

 ほんと、こんな嘘だけは簡単に出てくる男だ。
 わたしはその嫌悪感が顔に出ていたのだろう。
 それを妹のアラベルが指摘する。

「お姉さま」とまずは嫌みたっぷりに話しかける。そして、その嫌みを保ったまま続けた。
「せっかくのお綺麗な顔も、そう、いつもいつもツンツンしていらっしゃると台無しですわよ。殿方にはもっと優しい笑顔を向けないと。ね、オーギュさまぁ」

 最後は甘ったるい媚びた声色を織り交ぜるということを忘れてはいなかった。
 それは、こうやって殿方に愛想を振らないとダメですわよとレクチャーされているようだった。
 要するにわたしにダメだしをしているのだ。

「そ、そうだよ、カトリーヌ。そう何時もキツい顔をされていたら、わたしも、正直、つらい。もっと優しい表情をしてくれよ」

「そんな話をしているのではありません。わたしとのお約束を無視したことを言っているのです」

「ほんと、お姉さまは自分の言い分、我を通そうとする。それがダメだって言われているの、おわかりにならないのかしら」

 そう言ってアラベルは髪の毛をかき上げる。
 その顔をわずかに持ち上げたときに、下目になる。
 睥睨しているのだ。

 彼女が放っているのは言葉の刃。
 その一つ一つがわたしの心を切り裂いてゆく。
 彼女は、妹アラベルは、心が人の目に見えないのをいいことに、わたしの胸の奥をずたずたに切り裂いてゆく。

 わたしは眉間にシワが寄り、厳しい目つきをしていることが自分でも分かった。
 確かに良い表情ではない。
 でもしかし、わたしとて、こんな表情をしたくてしているのではない。
 愛する男性に安らぎの笑顔を向けてみたい。
 それなのにそれができないでいる。
 それが誰の所為であると思っているのかしら。

「まあまあ姉妹で言い合いも何だから、ここいらで仲直りでもしたらどうだ」

「いったい誰のせいでこんなことに」

「嫌だわお姉さま、せっかくオーギュさまが仲を取り持ってくださるというのに、まだ我を張って」

 わたしは言葉を飲む。
 言いたいことはまだ沢山あるけれど、いったんは言葉を飲んだ。

「お土産にタルトを買ってきたんだ。仲直りに二人で一緒におあがり」

「タ、タルト。タルトですって」

 わたしは声が震えていた。

「そうだよ、君が食べたがっていた評判のタルトを買ってきたんだけど」

「わたしはタルトが食べたいのではございません。あなたと、貴男と、お出かけして一緒に、それを」

 声が震え、言葉が続かない。

「どうしたんだね、騒々しい」

 それは父の声だった。
 さらに母の声がする。

「あらあら、オーギュスタン、いらっしゃっていたのね」

 父母が二階から階段を降りてくる。
 それをわたしはお辞儀をして迎える。
 だけどアラベルはそれをしない。

「いえ、わたしが至らぬばかりで、それでカトリーヌの癪にさわったようです。それでお叱りを受けていました。ほんとすみません、不徳のいたす限りです」

 オーギュスタンは胸に手を当ててお辞儀をしながら言った。
 その空々しい言葉の数々。
 本心でもないのに、自分が悪いと退いてみせる。その度量があると自分の装飾にわたしを利用している。
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