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第一章
第7話 食事の会
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この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
オーギュスタン(オーギュ) 許嫁
アラベル 妹
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
すっかり体調もよくなったわたしはベッドを出て紅茶を飲んでいた。
そのときメイドが手紙を持ってくる。
銀のトレーに乗せられた封書を受け取り、封緘の紋章を見た。
それはオーギュスタンのものだった。
『容態は如何かな』いう書き出しで始まったそれは、会わずに帰ることを詫び、後日、料理人を連れて邸宅を訪れ、ごちそうする旨が書き込まれていた。
わたしはそれを何の感激もなく、ただ無表情で読んだ。
「どなたからの手紙ですか」
ベッドから頭をもたげたヒルダが言った。
「オーギュからよ」とわたしはその手紙を彼女に差し出す。
ヒルダはその文面を読んだあと、こう言った。
「ふうん、食事の会ですか。南の魚介を振る舞うつもりって書いてありますけど、でもへんですね」
「どんなところが?」
「だってオーギュスタン殿の領地は西のカラリア州ですよね。そこは平坦だけど肥沃な大地で肉と野菜が名産です。そして湖はあるけど海はありません。それなのに海の魚介を振る舞うって」
「そういえばそうね。でもオーギュは各地を旅するのが好きなお方だから、旅先でいい料理人を見つけて雇ったとかではないかしら」
「なるほど、そうかもしれませんね」
そのような会話を続けているとフランツが部屋を訪ねてきた。
彼は入室するなり膝を折り曲げ、頭を垂れ、「大事なときにお側におられず申し訳ありませんでした」と謝罪を始めた。
「よろしいのですよ、フランツ。さ、頭を上げて」
「それにしてもいったいどうなされたのです。日中はあれだけお元気で居られたというのに」
「少し冷たい風に吹かれたり、また心労が重なったりした体調を悪くしたのでしょう。でも、もうすっかり良くなったわ」
「それならよろしいのですが」
こう見えてもわたしは病気らしい病気をしたことがない。
軽い風邪をひいたことはあっても、寝込むということはほとんどない。遊び疲れて筋肉痛で動けないことの方が多かったくらいだ。
それは母と関係がある。
わたしの母は病気でこの世を去った。
その病床でわたしに、「身体を大事にしなさい」と言った。血の気の失せた白い顔で、無念に涙を流しながら。そう言ったのだ。
以来、わたしは母の言いつけを守って病気予防には気を使った。
だから大病をしたことがない。
それをフランツは知っている。
だから彼は、もっと悪い病気になっているのではないかと心配なのだ。
周囲の心配を受けて、医師の往診を受けた。
やはり何も異常は見つからず、心労のたぐいではという見立てだった。
だから食事をしっかりととって休むこと。
それが医師からの言いつけだった。
そして数日のにち、わたしの邸宅で食事会の日が訪れた。
「カトリーヌ、また会えて嬉しいよ」
玄関に出迎えたわたしを見て、馬車を降りたオーギュスタンが笑みを浮かべて言った。
きらきらと日に輝く金髪、白い歯。そして端正な面立ち。
どこから見ても一級の貴族青年という出で立ち。
彼と出会って日の浅い頃のわたしは、その姿形にほほえましく思えていた。
だけどいまとなっては、それはもう遠い過去のようだった。
その外見が整っていれば居るほど、彼のそらぞらしさが際立つ。
だけどそれを表に出すことなく、わたしも笑顔で彼の名を呼ぶ。
そして手を取り、あの、ショコラタタンの一夜のことを互いに語り合う。
「いきなり席を立つから何事かと思ったよ」と歩きながら語りかけてくる彼。そして、「心配だったけど、もう大丈夫みたいだね」と微笑んだ。
それを受けて、「ご心配おかけいたしました」と、わたしもほほえみ返す。
でも心の中では、──一度も会いにきてくれなかったのに。と苦い物がわいてくる。
そしてエントランスにさしかかると、妹のアナベルが二階から階段を駆け下りてくる。
「オーギュさまっ!」
オーギュスタンが両手を広げると、アナベルが勢いを保ったまま、彼の腕の中に飛び込む。
そして二人は抱擁する。
互いの名前を連呼しながら。
わたしは暗い顔をしてそれを見る。
──またこれか。
そう胸中でつぶやいた。
そしてまたアナベルから甘いコロンの匂いがする。
その香りがまた一段と濃くなっている。
それをオーギュスタンはすーっと胸一杯に吸い込む。
吸い込んで恍惚の表情をする。
「は、いかん、いかん。きょうの主役はカトリーヌだから、さっ、行こう」とオーギュスタンは左手をわたしにさしのべる。
だけど右手はアナベルを抱えたまただ。
そして妹は不適な笑みを浮かべて、彼にもたれかかっている。
わたしは仕方なしに彼の手を取る。
そのときのわたしは、──こんな男の手なんて取りたくない。
そう思った。
いくら義理妹だとしても、他の女性を抱きかかえている男性の手なんて触れたくもない。
そう思ったけれど、それをぐっと我慢する。
そして食卓へと向かった。
わたしたちが席に着き、しばらくすると両親が現れ、ほどなくして食事会が始まった。
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
オーギュスタン(オーギュ) 許嫁
アラベル 妹
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
すっかり体調もよくなったわたしはベッドを出て紅茶を飲んでいた。
そのときメイドが手紙を持ってくる。
銀のトレーに乗せられた封書を受け取り、封緘の紋章を見た。
それはオーギュスタンのものだった。
『容態は如何かな』いう書き出しで始まったそれは、会わずに帰ることを詫び、後日、料理人を連れて邸宅を訪れ、ごちそうする旨が書き込まれていた。
わたしはそれを何の感激もなく、ただ無表情で読んだ。
「どなたからの手紙ですか」
ベッドから頭をもたげたヒルダが言った。
「オーギュからよ」とわたしはその手紙を彼女に差し出す。
ヒルダはその文面を読んだあと、こう言った。
「ふうん、食事の会ですか。南の魚介を振る舞うつもりって書いてありますけど、でもへんですね」
「どんなところが?」
「だってオーギュスタン殿の領地は西のカラリア州ですよね。そこは平坦だけど肥沃な大地で肉と野菜が名産です。そして湖はあるけど海はありません。それなのに海の魚介を振る舞うって」
「そういえばそうね。でもオーギュは各地を旅するのが好きなお方だから、旅先でいい料理人を見つけて雇ったとかではないかしら」
「なるほど、そうかもしれませんね」
そのような会話を続けているとフランツが部屋を訪ねてきた。
彼は入室するなり膝を折り曲げ、頭を垂れ、「大事なときにお側におられず申し訳ありませんでした」と謝罪を始めた。
「よろしいのですよ、フランツ。さ、頭を上げて」
「それにしてもいったいどうなされたのです。日中はあれだけお元気で居られたというのに」
「少し冷たい風に吹かれたり、また心労が重なったりした体調を悪くしたのでしょう。でも、もうすっかり良くなったわ」
「それならよろしいのですが」
こう見えてもわたしは病気らしい病気をしたことがない。
軽い風邪をひいたことはあっても、寝込むということはほとんどない。遊び疲れて筋肉痛で動けないことの方が多かったくらいだ。
それは母と関係がある。
わたしの母は病気でこの世を去った。
その病床でわたしに、「身体を大事にしなさい」と言った。血の気の失せた白い顔で、無念に涙を流しながら。そう言ったのだ。
以来、わたしは母の言いつけを守って病気予防には気を使った。
だから大病をしたことがない。
それをフランツは知っている。
だから彼は、もっと悪い病気になっているのではないかと心配なのだ。
周囲の心配を受けて、医師の往診を受けた。
やはり何も異常は見つからず、心労のたぐいではという見立てだった。
だから食事をしっかりととって休むこと。
それが医師からの言いつけだった。
そして数日のにち、わたしの邸宅で食事会の日が訪れた。
「カトリーヌ、また会えて嬉しいよ」
玄関に出迎えたわたしを見て、馬車を降りたオーギュスタンが笑みを浮かべて言った。
きらきらと日に輝く金髪、白い歯。そして端正な面立ち。
どこから見ても一級の貴族青年という出で立ち。
彼と出会って日の浅い頃のわたしは、その姿形にほほえましく思えていた。
だけどいまとなっては、それはもう遠い過去のようだった。
その外見が整っていれば居るほど、彼のそらぞらしさが際立つ。
だけどそれを表に出すことなく、わたしも笑顔で彼の名を呼ぶ。
そして手を取り、あの、ショコラタタンの一夜のことを互いに語り合う。
「いきなり席を立つから何事かと思ったよ」と歩きながら語りかけてくる彼。そして、「心配だったけど、もう大丈夫みたいだね」と微笑んだ。
それを受けて、「ご心配おかけいたしました」と、わたしもほほえみ返す。
でも心の中では、──一度も会いにきてくれなかったのに。と苦い物がわいてくる。
そしてエントランスにさしかかると、妹のアナベルが二階から階段を駆け下りてくる。
「オーギュさまっ!」
オーギュスタンが両手を広げると、アナベルが勢いを保ったまま、彼の腕の中に飛び込む。
そして二人は抱擁する。
互いの名前を連呼しながら。
わたしは暗い顔をしてそれを見る。
──またこれか。
そう胸中でつぶやいた。
そしてまたアナベルから甘いコロンの匂いがする。
その香りがまた一段と濃くなっている。
それをオーギュスタンはすーっと胸一杯に吸い込む。
吸い込んで恍惚の表情をする。
「は、いかん、いかん。きょうの主役はカトリーヌだから、さっ、行こう」とオーギュスタンは左手をわたしにさしのべる。
だけど右手はアナベルを抱えたまただ。
そして妹は不適な笑みを浮かべて、彼にもたれかかっている。
わたしは仕方なしに彼の手を取る。
そのときのわたしは、──こんな男の手なんて取りたくない。
そう思った。
いくら義理妹だとしても、他の女性を抱きかかえている男性の手なんて触れたくもない。
そう思ったけれど、それをぐっと我慢する。
そして食卓へと向かった。
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