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第一章

第31話 オーギュスタンからの手紙

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 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)
 フランツ 護衛
 ヒルダ 家庭教師

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


『親愛なるカトリーヌへ

 この手紙を君はどんなところで、どんな気持ちで読んでいるのだろうか。
 できれば安全な場所で、そして安心できる人、そうフランツ殿やヒルダ嬢に囲まれて読んでいると良いのだけど』

 オーギュスタンの手紙は、まずはこんな書き出しで始まっていた。

『当家がフォルチェ家に婿入りの打診をしたことを、わたしが知ったのは事後だった。
 だけど断られるに決まっていると傍観していたのだが、承諾したと聞いたときは、何かの間違いではないと何度も疑ったほどだ。

 そして初顔合わせして分かった。
 君がお母さまのことをとても大事にして、そして墓所を守りたいと願っていたこと。
 それで婚姻を承諾したのだと言うことを。
 そして君の周囲にはとても大事にしている知人が居ること。
 特に護衛のフランツ殿のことを、君が特別に感じていることは即座に分かった。

 だけどわたしからは、その婚約を断ることができない。
 何しろ当家から要請しておきながら、それを後から断るという失礼な事はできかねるからだ。
 婿入りの婚姻を願い出て、それを受諾されたあとに、出会って、気にくわないからと断る。

 そんな失礼なことはできない。
 それは別の形でカトリーヌ、君を侮辱することに他ならないからだ。
 さらに言えば、両家の関係にもよろしくない。
 普通、このような破談があれば、再び良好な関係を継続できるはずがない。

 そのことに困ったわたしは、君の妹、アナベルに相談したのだ。
 そして二人して演技することを決めた。
 つまり、婚約者の妹を好きになり、君をないがしろにして入れ込む破廉恥な男を演じることにしたのだ。
 そうしたら幾ら君でも、わたしに愛想が尽き果てて婚約を断ると思ったんだ。
 衆人の前で、ビンタの一つも覚悟はしたさ。
 それくらいの失礼なことをするのだからね。

 でも、君は頑固で、そして辛抱強かった。
 あんなに見せつけるようにアナベルと仲良くしているのに、君はいっこうに婚約を破棄しない。

 それで分かったんだ。
 君がどれほどお母さんのことを大事に思っていたのかと。
 そしてどんなに寂しかったのかと。
 痛いほど分かった。

 それは護衛のフランツ殿も同じだったのではないだろうか。
 彼とはほとんど会話していないので、本当のところは分からないが。
 でも彼ほど君を大事にしている御仁が、それに気がつかぬ筈がない。
 君はいい人に巡り会えたね。

 ああでも、わたしは婚約を破棄されるために、次々と君に失礼なことをしなくてはならない。
 約束を破ったり、頼み事を上の空で聞いたりと、そんな失礼なことを連続でやった。
 それはとても胸が痛んだ。
 ずきずきと痛くてたまらない。
 それは妹のアナベルも同じだった。

 つい近年まで仲の良かった妹が、姉の婚約者に横恋慕して、侮辱し、見下す。
 きつい言葉を次々と投げつける。
 そんな演技をし続ける。
 アナベルも言っていたよ。
「お姉さま、なんて辛抱強いのかしら」って。

 そんな事をしているうちに、どんどんと結納の日が近付いてくる。
 でもね、安心して。
 最終的には、わたしから断るつもりだったんだよ。
 とても失礼な振る舞いだけど、君を想い人と引き裂いてまで推し進める結婚ではない。
 それは決してない。

 そして、これは手紙で言うのもはばかられることなんだけど、その、わたしはアナベルのことを本当に好きになってしまった。
 そしてそれは彼女も同じ気持ちだ。
 二人とも演技しているつもりが本当になってしまったのだ。

 そして彼女と一緒になれたら、結婚できたらと、互いに確認している。
 そうしたら当家とフォルチェ家の婚姻の形は守られ、良好な関係を維持できる。
 そして君がフランツ殿と一緒になっても、母君の墓は守られる。
 それがいいかなって思っていたんだ。


 でも。
 君も知っていようが、フォルチェ家は東方商会に飲み込まれようとしている。
 そう、あの、ラジモフと言う男によって。

 これでもわたしは冷静な男のつもりだ。
 だから現状を正しく認識できている。
 わたしには、あの男に抗う力がない。
 知恵も武技でも劣る。

 分かっている。
 本当は、わたしがラジモフを打ち負かせばいいのだ。
 だけどわたしは、ただの貴族の跡取り、青二才もいいところ。
 悔しいが、それが事実だ。
 わたしにはあの男をはね除ける力がない。
 立ち向かったら、ただちに排除される。
 それだけはアナベルのために避けたい。

 でも、たった一つ、こんなわたしでも勇気だけは持っているつもりだ。
 その勇気をアナベルのために使うつもりでいる。
 どんなことがあろうとも彼女の横に居て、守ってやるつもりだ。
 どんな結末でも、彼女の側を離れずに、支えてやるつもりでいる。
 それがわたしの最後の意地だ。


 願わくば、君がラジモフの魔の手から逃れられるよう。
 そしてフランツ殿とヒルダ嬢と力を合わせ、フォルチェ家の暗雲を打ち払ってくれると信じている。

 それではまた、再会を期して

 オーギュスタン・ブリス・ナタナエル・デュナン』


 そこで手紙は終わっていた。
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