失国の令嬢舞い戻る - 婚約者に裏切られ、妹に毒殺されそうになったわたしは国を離れ、夫となった大公と大軍を率いて舞い戻る -

斎藤 まめ

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第一章

第33話 金髪の剣士

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 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)
 フランツ 護衛
 ヒルダ 家庭教師

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 目が覚めると、とっくに日は昇っていた。
 ヒルダと朝の挨拶をして馬車を降りるとフランツが待っていた。

「わたしはこれから休ませていただきますけど、何かあったらすぐに起こしてください。何の兆候でも遠慮しないで、いいですね」

 そう言ってコンパートメントに向かう彼に、「朝ご飯は?」と聞く。

「もうすませました。それに身だしなみも」

 見たら確かにこざっぱりしている。
 それをフランツは、「ご婦人方に徹夜明けのぶざまな姿をお見せできません」とさわやかな笑顔を残して、彼は車内に消えていった。

 わたしはヒルダと日中をその場所で過ごした。
 そして夕方近くになってフランツが目を覚ますと、再び移動の準備を始めた。

「このあたりの土地は不慣れで、また勝手も違う。ゆっくりと向かいます」

 そして森の中を進んだ。
 まだこの辺りは人里から大きく離れているようで、視界が開けても人家や集落は見えない。

「おかしいですね」

 御者席のフランツがつぶやく。

「どうしたの?」

「人が住んでいないのに森の道がしっかりしている。だから交易路だと思うのだけど、まだ一両も馬車とすれ違わない」

 それを受けてヒルダも同意する。

「あっ、それ、わたしも思っていました。他の馬車と出会わないなって」

「そんなに珍しいことなのかしら」

 わたしは二人の疑問がよく分からなかった。
 フランツは真っ直ぐに正面を見据えたまま、ときおり左右に視線を向ける。
 ヒルダも後ろをちらちらと見ていた。
 明らかに何かを探している。
 やがて日が沈み始め、森に暗がりが増えて行く。

「明かり、点ける?」

 そうわたしは聞いた。
 馬車の前照灯と室内のランプに火を灯そうと提案したのだ。
 だけど、「いや、目立つといけない。このまま」とフランツは視線を周囲に向けている。
 わたしは何をそんなに警戒しているのかわからず、それをヒルダに聞いてみた。

「いえ、初めての土地で確証はないんですけど」

「でも二人とも何か気にしているみたい」

「あのですね、へんなんです」

「何が、どうしてなのかしら」

「普通、どんな寂れた土地でも、夕暮れになれば急いで戻る馬車って結構あるもんなんです。でも、この道にはそれがありません」

「そうなの?」

「奥深い山から木材を切り出して運ぶ馬車、または猟師が獲物を乗せて村に戻ったりと、人里離れていても思った以上に馬車って居るもんなんですけど、ここ、それがまったくないんです」

「そうなんだ」

「大雨や土砂崩れで道が使えない、そんな理由ならいいんですけど、でも別の理由もまた、いろいろと考えられるので。その原因を見つけられないかなって、それで」

 そう言ってヒルダは後ろを見続けている。
 そして馬車が止まった。
 なのでわたしは前を見る。

 フランツがじっとしている。
 そして、「他の馬車が通らない原因が分かった。ごらんなさい、道の前を。何者かが待ち構えている」

 わたしは、もうすっかり暗くなった道の奥に目をこらす。
 最初はよく見えなかった。
 だけど次第に数名の人間が、道の真ん中に立っているのが分かった。

「あれ、誰かしら」

 わたしは思わず不安な声色になっていた。

「きらきらと刃が光っている。山賊の類い、そう言った連中」

 フランツが人影を見つめながら言った。

「えっ?」

 わたしは驚いてさらに目をこらした。
 もうだいぶ日が陰っているというのにその人影は、そのわずかな光をときおりぴかりぴかりと反射していた。

「まだわからないが、こんな所で刃物を光らせている職業など、そんな連中しかいない」

 フランツは剣を手に御者席から腰を浮かす。
 そして、「ヒルダ嬢、こことカトリーヌを頼む。ブラインドを降ろして、もし何かあったら、すかさず馬車で逃げてください」と言った。

「フランツ、どうするの?」

「排除してきます」

 そう言って彼は馬車の外に躍り出る。
 そして腰に剣を差して路上に立つ。
 前から人影が近寄ってくる。
 剣を手に、薄暗がりでもそれとわかるにたにたと笑みを浮かべて。

「きさまら何用だ。大人しく立ち去れ、さもなくば後悔すらできなくなるぞ」

 そのフランツの警告を無視して人影はさらに近づいてくる。

「置いていけ」

 正面の男が言った。
 言いながら歩いてくる。
 フランツは足を前後に開き、姿勢低くして腰の剣に手を添える。
 わたしはそれを、──前に見たのと同じだ。と思った。

「何もかも、馬も、馬車も、その中のもの全て」

 その横の男が歩きながら言った。

「そうすれば、命だけは」

 さらに横の男がそう言いかけたとき、フランツはふしゅうと息を吐いて飛び出した。
 またもや目に見えなかった。
 もう日がほとんどなくなった暗がりの中で、刃が光ったと思ったら、もう終わっていたのだ。
 三人の男は、「ぐあっ」と短い悲鳴をあげ、その場に横たわり、二度と動かなくなった。

 そのとき、馬車の横から二人の賊が剣を掲げて襲ってくる。
 わたしは、「フランツ!」と叫ぶ。

 電光のように早業でフランツが駆け寄り、その二名もたちまちにして切り伏せる。
「ぐぇっ」
「ぎゃあ」

 そんな断末魔が聞こえた。
 だけど道の先には、またもや人影が現れる。
 その数が増えている。
 その人影が言った。

「女だ、女が居るぞ!」

 わたしがあげた声が聞かれたのだ。
 道の正面から集団が走ってくる。
 フランツは馬車から弓を取り出し、それを集団に向かって射る。
「ぐあっ」とたちまちにして数人が倒されるが、彼らは茂みに隠れてそれ以上近づいて来なかった。
 傭兵のときのようにがむしゃらに突っ込んではこない。

 そして馬車の前後、道の遠く離れた場所に障害物が置かれた。
 これで馬車で逃げることは困難になる。
 その盗賊だか山賊は、こういった、待ち伏せての襲撃に慣れている気がした。

 後方にも集団が現れた。
「相手は一人だ、取り囲めっ」
 そして、前後から近寄ってくる。

 それを見たフランツは前に向かって走り出り、剣を抜いた。
 先ほどのような飛び込んでの抜刀ではない。

「きたぞっ」
 賊が叫ぶ。

 フランツは白刃を掲げて集団のただ中に飛び込み、そこでたちまちにして数名を切り伏せると、「ぎぁああっ」と断末魔が響く。
 そしてそれが終わらぬうちにフランツは馬車のところに走って戻る。
 彼は常に前後に動いて、そうやって馬車に近づけないようにしている。

 でも相手は数が多い。
 山賊は、「そっちだ」「回り込め」などと連携して馬車を包囲している。

 フランツが前の集団を切り伏せているときだ。
「ぐえっ」
「ぎあっ」
 と叫び声が連続でこだまする中、賊の一人が馬車の後方から接近してくる。
 それを見たヒルダが剣を手に立ち上がった。

「ヒルダっ、どうするのっ!」

「馬車に、お嬢さまに、あのような者どもを近づけませんっ!」

「おやめなさいっ!」

「わたしにもしもの事があったら、お嬢さま、フランツ殿と馬車でお逃げくださいっ!」

「駄目です、行ってはだめっ!」

「お嬢さま、こんなわたしにお友達と言ってくれてありがとうございます」

 ヒルダが微笑んでいる。
 それは決死の覚悟を決めていることが、その笑みを浮かべさせている。
 それがわかる。
 わたしは彼女を引き留めようとするけれど、彼女は後部のドアを開け放ち、その身を躍らせる。

「ヒルダっ!」

「ここから先には行かせませんっ」

 ヒルダが剣を抜く。
 そして構える。
 もう賊はそこまできていた。

「はっはあ、やっぱり女だ。女が乗っているぞっ」

 賊がにやにやと笑いながら、もう獲物を手にしたと言わんばかりの嬉しさをその顔に表している。

 わたしは叫ぶ。

「フランツ、ヒルダがっ、ヒルダを助けてっ!」

 前で戦っているフランツが背後に声をかける。

「いまいくっ」

 だけどもう賊は目の前まで来ていた。
 そしてヒルダに向かって声をかける。

「ねえちゃん、勇ましいねえ。安心しな、殺しやしねぇから」

 そう言って軽く剣を振る。
 かきんという音がして、ヒルダの手から剣がはじき飛ばされる。

「あっ」

「あばれるなっ、痛い目に会うだけだ」

 賊の手が伸びる。
 そしてヒルダを捕まえようとする。

「フランツっ、お願いっ!」

「いまっ!」

 フランツが走り寄ってくる。
 そのとき、横の茂みから影が飛び出す。
 賊の仲間か。

 だけどそれは白い乗馬ズボン、青い詰め襟のジャケット、そして長い金髪をたなびかせている。
 剣士だった。
 見た目にも麗しい剣士だ。

 その剣士はヒルダの目前に迫っている賊に横から突進してくる。
 そして叫ぶ。

「ご婦人になんてことしやがんだ、このクソやろうっ!」

 その麗しい剣士は、少しガラが悪かった。
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