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第一章
第43話 急に恥ずかしくなる
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この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まだだぞ、まだ」
デニスが手の平を下にして、『待て』の合図をしている。
視線の先にはリュトガスの部隊がある。
その隊列が遠く離れ、徐々に森へ通じる道へと進み、最後尾が曲がりきった。
そして姿が見えなくなると言った。
「もういいぞ」
それを受けて、隊員の皆さんが「わっ」と声を上げる。
「リュトガスの野郎、ざまぁみろ!」
「いつも嫌味ばかり言いやがって、いい気味だ!」
そうやって感情を爆発させた。
そして幾人かの隊員がわたしのところにおもむき、「姫さま、すごくかっこ良かったです」とにこにこと笑みを見せてくれた。
だけどわたしは両方の二の腕を抱いている。
そして肩をすくめて、ぷるぷると震えていた。
「どうしたカトリーヌ?」
フランツが心配そうにたずねる。
「怖かったんですか?」
ヒルダが拳を握った『やった』の姿勢のまま、わたしに近づきながら言った。
「そうじゃなくて。わ、わたし、偉そうじゃなかった? 立場がとか、わきまえなさいとか、随分と偉そうなことを言っていたと思うの」
そう言ったあと、二の腕をさすり、「なんであんな嫌味ったらしい言葉がすらすらと出てくるのかしら。ああっもうっ、恥ずかしいっ」
そして、わたしは両頬を手で被った。
それを聞いていた皆は最初、黙っていたけれど、やがて笑いが起こった。
「あっはっは、姫さま、お優しい」
「あいつら普段、もっと嫌味ばかり言っているので、いい薬ですよ」
そんな風に隊員の皆さんは言ってくれる。
さらに、フランツやヒルダ、そしてデニスまでが笑っている。
「さすが大国の第一公女といった毅然とした美しさでしたよ」とデニス。
そう言ってくれても、まだわたしは顔が赤いままだ。
「パーティとか外交の場でね、他国から言われっぱなしではいけないと教えられてきたから、ああやって言い返すことも大事だから、そ、それが身についてしまっているの」
などと、言い訳だか説明だか分からないことを、わたしは口走っている。
「侮られたままだと、それが原因で戦争になったりするものな」とフランツが補足してくれた。
彼はわたしの護衛として公の場でも列席しているので、そんな社交の場を見ているのだ。
「そうなの、会話ってとても重要なのよ。受け答えを一つ違えただけで戦争になったりするから、言葉で負けていられないから、つい」
わたしは指先をもてあそびながら、そう言ってみたものの、やはり恥ずかしさが拭えずに顔が赤いままだった。
「お嬢さまは社交界でお家を背負っておられましたものね」とヒルダが感心したように言った。
「お父様が、継母よりもわたしに社交場に出席しなさいっていうから、それで仕方なしによ」
そうなのだ。
父は一二歳になったばかりのわたしを、外交の場に良く連れ出した。わたしも求めに応じる形でできる限り出席し、その甲斐もあって外交官や他国貴族に顔を広めることになった。
そのわたしの傍らには、立派な剣士となったフランツがいつも控えてくれていた。
それをわたしは誇らしく思っていたのは事実だ。
それであるのに他家からの婿入りの話を受け入れたことが、どうしても不思議でならなかった。
いまだに解せない。
「ヒルダ、そのうちに貴女も必要になるわよ」
「えっ、わたしが社交の場に出るってことですか!?」
「ええ、そうよ」
それを聞いたヒルダはとんでもないと言う表情をしてかぶりを振る。
「ないない、そんなのないですよ。わたしが社交の場なんて出るわけないじゃないですか」と、可愛らしい笑顔をして、軽く否定する。
それを見て、わたしは思う。
──ヒルダ、もしかしたら、貴女、列侯の后になるかも知れないのよ。
だけど、彼女はまだ、自分のそんな境遇を理解していなかった。
「さ、立ち話もなんだから、お茶にしよう」とデニスは歩き出す。
わたしたちはその後をついてゆく。
幕舎の中ではコック長と従兵がカフィを入れてくれた。
濃く焙煎した豆の匂いが鼻をくすぐる。
それを心待ちにしていると、デニスがフランツの行き先を尋ねた。
「明日、わたしの屋敷に方に一度向かい、そのあとに、フランツ殿をお母さまのもとへとご案内いたします」
「助かります」
「それで、お母さまと、もうどのくらいお会いになられていないので?」
「七歳のときに離れてから、もう十数年一度も言葉を交わしては居ません。封書では往還していたのですけどね」
「お懐かしいでしょう」
「ええ。エーベルヴァインはもともとは母方の姓なのです、それを名乗っております」
そのときのことだった。
コーヒーを入れている従兵が、茶器をかちゃんと音を立てた。
その音の方向を皆で見る。
「ん、どうした?」
デニスが問う。
従兵が驚いた顔をしてこっち、いえ、フランツを見た。
「ま、まさか」
そう小さくつぶやく。さらに、「七歳でエルザスに向かったエーベルファイン家のフランツといったら、あの」
そのように驚いた顔のまま、何か記憶をたぐっている。
さらに、「若、この方々、とんでもない人たちですよ」と言う。
「そりゃあフォルチェ家のご令嬢一行だし」
「それだけじゃないですよ」
「ん、というと?」
デニスがわからないという表情をしてみせる。
従兵がごくりとのどを鳴らし、こう言った。
「峠の別れ」
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
デニス 金髪の剣士
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「まだだぞ、まだ」
デニスが手の平を下にして、『待て』の合図をしている。
視線の先にはリュトガスの部隊がある。
その隊列が遠く離れ、徐々に森へ通じる道へと進み、最後尾が曲がりきった。
そして姿が見えなくなると言った。
「もういいぞ」
それを受けて、隊員の皆さんが「わっ」と声を上げる。
「リュトガスの野郎、ざまぁみろ!」
「いつも嫌味ばかり言いやがって、いい気味だ!」
そうやって感情を爆発させた。
そして幾人かの隊員がわたしのところにおもむき、「姫さま、すごくかっこ良かったです」とにこにこと笑みを見せてくれた。
だけどわたしは両方の二の腕を抱いている。
そして肩をすくめて、ぷるぷると震えていた。
「どうしたカトリーヌ?」
フランツが心配そうにたずねる。
「怖かったんですか?」
ヒルダが拳を握った『やった』の姿勢のまま、わたしに近づきながら言った。
「そうじゃなくて。わ、わたし、偉そうじゃなかった? 立場がとか、わきまえなさいとか、随分と偉そうなことを言っていたと思うの」
そう言ったあと、二の腕をさすり、「なんであんな嫌味ったらしい言葉がすらすらと出てくるのかしら。ああっもうっ、恥ずかしいっ」
そして、わたしは両頬を手で被った。
それを聞いていた皆は最初、黙っていたけれど、やがて笑いが起こった。
「あっはっは、姫さま、お優しい」
「あいつら普段、もっと嫌味ばかり言っているので、いい薬ですよ」
そんな風に隊員の皆さんは言ってくれる。
さらに、フランツやヒルダ、そしてデニスまでが笑っている。
「さすが大国の第一公女といった毅然とした美しさでしたよ」とデニス。
そう言ってくれても、まだわたしは顔が赤いままだ。
「パーティとか外交の場でね、他国から言われっぱなしではいけないと教えられてきたから、ああやって言い返すことも大事だから、そ、それが身についてしまっているの」
などと、言い訳だか説明だか分からないことを、わたしは口走っている。
「侮られたままだと、それが原因で戦争になったりするものな」とフランツが補足してくれた。
彼はわたしの護衛として公の場でも列席しているので、そんな社交の場を見ているのだ。
「そうなの、会話ってとても重要なのよ。受け答えを一つ違えただけで戦争になったりするから、言葉で負けていられないから、つい」
わたしは指先をもてあそびながら、そう言ってみたものの、やはり恥ずかしさが拭えずに顔が赤いままだった。
「お嬢さまは社交界でお家を背負っておられましたものね」とヒルダが感心したように言った。
「お父様が、継母よりもわたしに社交場に出席しなさいっていうから、それで仕方なしによ」
そうなのだ。
父は一二歳になったばかりのわたしを、外交の場に良く連れ出した。わたしも求めに応じる形でできる限り出席し、その甲斐もあって外交官や他国貴族に顔を広めることになった。
そのわたしの傍らには、立派な剣士となったフランツがいつも控えてくれていた。
それをわたしは誇らしく思っていたのは事実だ。
それであるのに他家からの婿入りの話を受け入れたことが、どうしても不思議でならなかった。
いまだに解せない。
「ヒルダ、そのうちに貴女も必要になるわよ」
「えっ、わたしが社交の場に出るってことですか!?」
「ええ、そうよ」
それを聞いたヒルダはとんでもないと言う表情をしてかぶりを振る。
「ないない、そんなのないですよ。わたしが社交の場なんて出るわけないじゃないですか」と、可愛らしい笑顔をして、軽く否定する。
それを見て、わたしは思う。
──ヒルダ、もしかしたら、貴女、列侯の后になるかも知れないのよ。
だけど、彼女はまだ、自分のそんな境遇を理解していなかった。
「さ、立ち話もなんだから、お茶にしよう」とデニスは歩き出す。
わたしたちはその後をついてゆく。
幕舎の中ではコック長と従兵がカフィを入れてくれた。
濃く焙煎した豆の匂いが鼻をくすぐる。
それを心待ちにしていると、デニスがフランツの行き先を尋ねた。
「明日、わたしの屋敷に方に一度向かい、そのあとに、フランツ殿をお母さまのもとへとご案内いたします」
「助かります」
「それで、お母さまと、もうどのくらいお会いになられていないので?」
「七歳のときに離れてから、もう十数年一度も言葉を交わしては居ません。封書では往還していたのですけどね」
「お懐かしいでしょう」
「ええ。エーベルヴァインはもともとは母方の姓なのです、それを名乗っております」
そのときのことだった。
コーヒーを入れている従兵が、茶器をかちゃんと音を立てた。
その音の方向を皆で見る。
「ん、どうした?」
デニスが問う。
従兵が驚いた顔をしてこっち、いえ、フランツを見た。
「ま、まさか」
そう小さくつぶやく。さらに、「七歳でエルザスに向かったエーベルファイン家のフランツといったら、あの」
そのように驚いた顔のまま、何か記憶をたぐっている。
さらに、「若、この方々、とんでもない人たちですよ」と言う。
「そりゃあフォルチェ家のご令嬢一行だし」
「それだけじゃないですよ」
「ん、というと?」
デニスがわからないという表情をしてみせる。
従兵がごくりとのどを鳴らし、こう言った。
「峠の別れ」
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