失国の令嬢舞い戻る - 婚約者に裏切られ、妹に毒殺されそうになったわたしは国を離れ、夫となった大公と大軍を率いて舞い戻る -

斎藤 まめ

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第一章

第45話 フランツが跡取り

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 この話の主な登場人物

 カトリーヌ 主人公(わたし)
 フランツ 護衛
 ヒルダ 家庭教師

 デニス 金髪の剣士

  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


「んもう、フォルチェ家の誰がこんな決定をしたのかしら。ほんと、底意地の悪い」と、ヒルダが泣きながら口を尖らせて怒っている。

 ──ヒルダ、それを決定したのはわたしのお爺さんなのよ。

 わたしは何やら身内からも怒られている気分になる。

「フランツとお母さんを引き裂いたのは、わたしのお爺さま、です」

 わたしはそれを努めて平素にそれを言った。
 だけど少し、その声が震えている。

「あっ」

 ヒルダが気がついた顔をする。
 そして皆がわたしを見た。

「聞いた話を全てお話しします。お爺さまとお父さまは、兵を率いて城壁プルートから出てゲルマンに侵攻しました。そして戦に大勝し、有力列侯の子息を何人も捕虜にしたと。その捕虜交換の場でフランツを見つけたと言っておられました」

 この捕虜交換とは、戦争で捕らえた人物を返すかわりに、味方の捕虜を連れ戻したり、または他の人物を人質として連れてゆくことを指す。
 つまり列侯の主や嫡男など、家にとって大事な人物を捉えたら、他の者をその代りとして連れてゆくのだ。

「でも、何でまた幼いフランツ殿だけを人質にしたんです?」

 ヒルダが疑問を口にする。

「その理由を、お爺さまの言葉を覚えている限りそのまま伝えます。ゲルマン列侯の子息を見て、その中に一人だけ逸物を見たと言いました。その子供の目を見て、それを確信したと。この子供をゲルマンの地にそのまま残したら、もしからしたら我が国の脅威となるであろう。いや、必ずなる。何時の日にかプルートすらも打ち破るほどの地位のある働きをするに違いないと」

「それが、まだ当時、幼いフランツ殿だったんですね」

「ええ」とわたしは一度、言葉を切った。そして、再び語る。
「だからこの子供をゲルマンの地に残しておくことはできない。そして他の子息も人質にしたのであれば、ゲルマンの列侯は激しく抵抗したに違いない。だけど一人だけなら揉めないで済む。それゆえ心を鬼にして、たった一人、幼い子供を人質として指名した。これがいきさつです」
 そして最後に、「フランツ、ごめんなさい」とわたしはうな垂れてしまった。

「お爺さまの買いかぶりにも困ったものです」とフランツが爽やかに言う。

「いくらお国の為とはいえ、母子を引き裂くなどお爺さまの決定はあんまりです」

「でも、わたしは、お爺さまである先代、フォルチェ一世を決して恨んではいないのですよ」

「それは、なぜ?」

「それがあった故、わたしはカトリーヌ、君に出会えた。しかも幼少のころの君に。それからずっと傍らに居られたのも、お爺さまがわたしを人質にしたからこそ」

「そ、そんな」

 わたしは顔が赤くなる。
 そんなことを臆面もなく人の居る場で言うなんて。
 ほら、先ほどまで泣いていたヒルダがにやにやとこっち見て笑っているじゃない。
 それと同時に、デニスが難しい顔をしている。
 その彼が、こうぽつりと言った。

「これが運命というものか」と。

「何がですか?」

 聞きつけたヒルダが問う。

「フランツ殿の生家がどこかご存じですか」

「いいえ」とヒルダはかぶりを振った。そして、「だって、お嬢さまは知っておられるのに、わたしには教えてくれないんだもん」とすねて見せる。

 それをフランツは、「すまない。お爺さまであるフォルチェ一世とのお約束で、あまり生家のことを言えなかった。でも、ヒルダ嬢、この旅で伝えるつもりだった」

「じゃあ、いま教えてもらってもいいですよね。それで生家はどこなんですか?」

 それを受けて、フランツが静かに言った。
「プファルツ選帝侯」と。

「えっ」と、それまで興味津々で身を乗り出していたヒルダの動きが止まり、好奇心を湛えていた瞳、その瞳孔がきゅっと縮こまる。

 プファルツ選帝侯、またをファルツ選帝侯。
 ザクセン選帝侯とゲルマンを二分する大公家だ。
 その家がフランツの生家であると、いま告げたのだ。
 だからヒルダが驚いた声を上げる。

「そ、そんな。では、フランツ殿は選帝侯の跡取り、そしてお嬢さまとお二人は夫婦。つまりフォルチェ家とファルツ家が婚姻関係」とヒルダは絶句すると同時に目眩がして、身体が傾いている。そして傾いだままつぶやく。「国が、いや、大陸のパワーバランスがかわる」

「跡取りは大げさですよ。母は第三妃、わたし以外に正当後継者が何人も居られ、現に、新しい当主が着任している」

 そう。
 わたしとフランツは二人だけで夫婦となった。
 だからフォルチェ家は別として、ファルツ家とフランツは、ほぼ何の関係もない。
 そう思っていたのだ。

 そう思っていたのだけど、デニスが何やら難しい表情をしてテーブルを見つめていることにわたしは気になり、それをたずねた。

「デニス殿、どうかなさいましたか」

「あ、いえ。ヒルダさんの言っていたこと、あながち間違いでないと思って」

「デニス殿まで。わたしはファルツ家の継承者であると主張するつもりはありませんから」
 そのようにフランツが言う。

「いや、そうも言っていられないかも知れない」

「それはなぜ」

「ご一行は、昨日来られたばかりで知らないのは無理もありませんが、いま、ファルツ家では跡目問題で大揺れなんですよ」

「そうですの?」とわたし。「確かに第一妃のご長男は戦死したと聞きましたが、次男が継いでいると伝わっていますけれど」

「ところがそうではないのです。まだこれは他国には公表されておりませんが、その次男が、つい先日、落馬によりご逝去なされた。何でも兄の代りに、ご自分が軍を率いなければとはりきって乗馬を訓練されていたときのことだと聞いております。そして第二妃の嫡男は以前に病死されております」

 わたしは意外な話に驚く。
 それがつぶやきとなって口から出た。

「するとファルツ家に、いま当主と呼ばれる存在は」

「はい、居りません。空席になっています」

 デニスがきっぱりと言った。

「じゃ、じゃあ、そんなときにフランツ殿がこの地に現れた」

 ヒルダが食いつくように言った。

「うん、そう。そのタイミングで、フォルチェ家の第一公女を伴って後継者フランツ殿がわたしの前に現れた。これは誰にも無視できない。だから運命なのではと思ったんだ」

 その場に居る全員でフランツを見た。
 わたしのよく知る彼、いまでは夫となったフランツが、ゲルマンでも最高位のファルツ選帝侯なのかも知れないと、その場に居る皆が思ったのだ。

 だけど当人はほほを掻きながら、「困ったな、そんなつもりは微塵もなかったのに」と涼しい顔をしている。

「ともかくこうしては居られない。明日という話でしたが、さっそく、いまからでもお母さまのところに向かいましょう」

 そう言ってデニスは席を立った。
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