〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第二章 藤の散る庭で

後悔

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塔子は祇園町南側から巽橋へ向かう。花見小路を上り、四条通りを渡る。切り通しを抜ける。今日は学校帰りではないからだ。お昼の公演を観てから、急いで待ち合わせに向かっていた。

塔子の姿を認めると紅丸は笑いかけてくれた。今日の紅丸は黒いジャケットを着てる。少しだけ大人っぽくてドキッとする。明るい笑顔が嬉しくて、私も小走りに寄っていく。

「いつも待たせててごめんなさい」
「塔子ちゃん待ってる時間も好きやし、ええよ」
「私、紅丸さんに電話番号教えてなかったね」

塔子の言葉に紅丸は携帯電話を取り出す。画面に巽橋の桜が降る。それを払いながら、塔子はつぶやいた。

「私、紅丸さんが好き」
「俺も塔子ちゃんが好きや。両想いやな」

昨日あれだけ、吹雪に啖呵をきったことにより塔子は開き直っていた。そして今、本人にも好きって言ったことによって、より好きになれる気がした。視線と視線が絡み合い、2人で微笑みあう。

「とりあえずお昼ごはん食べよか」
そういって紅丸が取り出したのは、〝挽肉と米〟の整理券だ。

「わあ、行ってみたかったやつ!」

炊き立ての羽釜ご飯と炭火で焼いたハンバーグが人気で朝に整理券もらわないと入れない。塔子の笑顔に、紅丸も嬉しそうだった。塔子は3個でギブアップしたが、紅丸は10個目ぐらいのおかわりハンバーグを食べながら、紅丸は言った。

「マンションの窓なおったし、この後うち来る?」

塔子は即答しかねて、少し困った顔をした。その顔を見た紅丸は慌ててフォローを入れる。

「こないだ家に来た時、怖い思いさせたもんな。無理はせんくてええって。ちょっと見せたいもんあっただけやし、別にいつでもええ」
「ううん、大丈夫。紅丸のこと怖いってもう思ってないから」
塔子の返事に、紅丸はほっとしたような顔をする。

「良かった。でも無理強いはせえへんで。やっと好きや言うてくれたのに嫌われとうないもん」

昼食を終えて、四条通りのラデュレでマカロンを買って店を出たら、紅丸が用意した車が迎えに来てた。塔子は再び紅丸のマンションに足を踏み入れる。

「どしたん?なんかあったんけ?」
塔子の表情が暗いのに気がついた紅丸が心配そうに見てくる。
「ちょっと、お腹が痛いだけ。大丈夫」
お腹が痛いのは本当だった。

紅丸のマンションの窓は全部綺麗になおっていた。リビングの全面ガラスから見える景色が綺麗だ。だが塔子を驚かせたのはソファにも、リビングのテーブルや絨毯の上にも所狭しと並べてあるプレゼントの山である。

「全部入りきらんくて、寝室もベッドもクローゼットも箱だらけなんよな。今日全部開けてくれたら助かるし、家に来てほしかってん」

紅丸に促されて、ひとつずつ開けてゆく。洋服や靴やバッグ。小物類や化粧品が入っている。どれもとても可愛いし、多分お店の人が選んでくれた洋服のコーディネートは、どれも可愛くて見ているだけで楽しい。

「着いひんの?」

(嘘をつきたくない。でも嫌われたくもない)

「あのね…実はちょっと…首とかにあざが出来てしまって…」
「軽い怪我やったら治せるし、見せてみ」
紅丸は塔子の首のタートルネックを軽く捲る。

「なんやこれ」

真っ直ぐに視線を見れない。

「すぐ治したるし、傷がちゃんと見えた方がええから、どれが好きな服に着がえてきて」

やけに淡々と紅丸は言い、塔子は素直にプレゼントのワンピースを取る。寝室で夏物のワンピースに着替えた塔子を、穏やかに出迎えた紅丸は、塔子をソファに座らせ、ソファの後ろから吹雪がつけた跡をを指先でなぞっていく。

「少し熱いかもしれん、ごめんな」

掌で包むように当てた。首筋から胸元まで。耳元で囁くように話す紅丸の声は優しく穏やかだけれど、隠しきれない怒気を含んでいた。

「これどうしたん?」
「昨日ちょっと…」
「誰かにやられたん?」
「事故みたいなものなんだけど…」
正直になれなくて、言い淀む。

「なあ、なんで正直に言わへんねん。俺、塔子ちゃんと付き合ってるん彼氏なんやで。これ、やったの狐なんやろ?」

振り返ろうして鋭く止められる。

「動かんといて」

キスマークの内出血が熱い。紅丸の表情が見えなくて、怖い。塔子は答えられない。

「沈黙はYesやで」

気まずい雰囲気のまま、時間が経つ。キスマークの部分の熱さはもうなかった。塔子は振り返ることが怖くて出来ず、困っていた。突然紅丸は塔子を背後から抱きしめた。

「塔子ちゃんが悪くないのわかってんけど、今日はこのまま帰ってくれへんか。車は下につけさすさかい」

それだけを言うと紅丸は寝室へと入ってしまった。塔子は元の服に着替え、迎えに来た車で祇園まで送ってもらう。帰ってお風呂で確認すると、首筋のキスマークはまるで無かったかのように跡形もなく消えていた。


その夜、紅丸からの連絡はなかった。こちらから連絡する勇気はなかった。連絡先を交換したのに、とても遠く感じられた。ペンダントはキラキラ輝いていて、もらったあの日に戻りたかった。

巽橋で、また会えるだろうか。あの笑顔に会えるだろうか。もう二度と会えない予感がした。ほんの微かな希望を持って次の日も、また次の日も巽橋に向かうけれど、紅丸は現れなかった。
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