〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第二章 藤の散る庭で

別離

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好きな人に会えないことが、こんなにつらいとは知らなかった。初めて好きだと言われて幸せな気持ちだったのに、今やそんな幸せなんて知らなければ良かったとすら思っている。

(アザが消えるまで会わなければ良かったのかな。上手に嘘をつけば良かったのかな)

正解がわからないまま、塔子は悩んでいた。

紅丸から連絡は無く、巽橋にも現れない。もうあれから3日たつ。ペンダントはつけてはいけないけれど、筆箱のなかにいつも隠して持っていて、塔子はそれを見るたびに溜め息をついた。

突然携帯が鳴る。紅丸かなと塔子の胸は高鳴る。

陽菜だった。学校でため息ばかりつく私を心配して、追いかけているが、急いで帰る私を捕まえられずに困っているらしい。

「今日という今日は話してもらうわよ」
しばらく巽橋で待っていたは、息を切らした二人がやってきた。
「わらび餅パフェ食べよう」と、瑞稀が無邪気に提案をする。塔子は胸が少し痛くなりつつも、二人に続いて暖簾をくぐる。

2人は私の話を聞くつもりで来ていた。話さないわけにはいかなかった。狐だ天狗だの花嫁だのは頭がおかしくなったと思われるだけ。塔子は簡単に説明しようとした。

歌舞練場の庭で出会った吹雪のこと。その人とは別に彼氏が出来たこと。でも、吹雪に無理やりつけられたキスマークを勘違いされて、連絡をくれなくなったこと。

「なにそれ、超絶大展開じゃん」

瑞稀がびっくりする。彼氏が出来てキスをした話ですらまず大ニュースなのだ。

「でも、塔子ちゃんは悪くないけどって言われたんだよね。しばらく放っておいてほしいだけなら嫌われたわけじゃないと思うなあ」

対して、陽菜の意見は辛辣だった。

「どっちもキスをしてくる時点でありえない。その人たち本当に大丈夫なの?」
塔子は本当に陽菜のいう通りだと思った。
「陽菜は堅いなあ。今時付き合ってたら、キスぐらいするって!無理やりは良くないけどさあ。それより、もらったペンダント見たい」
瑞希にねだられて、塔子はペンダントを出す。

「すげー!本物みたい!」
感嘆の声が瑞希から上がる。陽菜の顔色が変わる。

「これカルティエだし、コレクションラインだよね。ピンクダイヤとサファイアとクンツァイト、紫の部分は多分アレクサンドライトだもん」
陽菜の家は宝飾店も経営していて、見れば分かるよと言った。そしてちょっと悩んだ顔をする。

「どうゆう人かわからないけど、どんなお金持ちでもこのペンダントはどうでもいい相手にあげるような物じゃないと思う。だから、塔子のことを好きだってのは本当だと思うよ。言葉でいうのは無料だけど、プレゼントはこの人のためたらこんだけタダ働きしても惜しくないって証拠だもの。うちのママの受け売りだけど」

陽菜はやはり納得いかないらしく、眉を顰めた。
「でも、中学生にあげるアクセサリーにしては高価すぎておかしいよ。気をつけた方がいい相手だと思う」
高ければ高いほど好きってことじゃん、と言う瑞希に対して、陽菜は納得できないようだった。

「塔子のこと本当に考えてるなら、コレを選ばない。喜ぶものを考えてコレを選んだなら頭がおかしい。どっちにしろ自分勝手な人だと思う。だから塔子がこんなに悩んでるのに、何にも連絡してこないじゃない」

陽菜は少し怒っているようだった。都をどりの開演時間が迫り、変な空気のまま解散となった。

今年の都をどりの演目のひとつに〝織姫と彦星〟があった。天帝に引き裂かれた恋人は鵲の橋の中央で再会する。

(好きやって言われたのに、もうダメなのかな。巽橋の上で紅丸とまた会えたらいいのに)

塔子は再会する織姫と彦星を観ながら、紅丸を思い出す。心臓がギュッと掴まれるような痛みを感じた。鈍い痛みを感じながら、歌舞練場の門を出た時、塔子は腕を掴まれた。

「あんた塔子だよね。一緒にきて」

烏のように漆黒の艶やかな髪、ほのかにウェーブがかかっている。細身でしなやかなスタイル、背は塔子より少し高い。白い肌に通った鼻筋と薄い唇。切れ長の目は少し機嫌が悪そうだ。

(この子人間じゃなさそう)

直感的にそう思った。黙ってついてゆく。

向かった場所は、紅丸のマンションだった。少年は雨汰ウタと名乗った。烏天狗で紅丸とは知り合いらしい。

「状態を見てもらうのが早いと思うけど」

雨汰ウタは遠慮なくマンションに入り、寝室に進む。ベッドには横たわる紅丸の姿がある。ただ寝ているわけではないと塔子は感じた。

「毒にやられてる」
「大丈夫なの?」
「紅丸は図体がデカいから致死量までは至らなかったんじゃないかな、でも全然死ぬ毒だよ」

死なないことに安堵しつつも、胸のざわつきは消えない。私に構わず、雨汰ウタは話を続ける。

「百年前ぐらい前ならもうちょっとマシだったかもね。山岳信仰が盛んだったから天狗はもっと強かったしね。天狗も社を建てられて神のごとく崇め奉られていたんだよ。明治の神仏分離令で社殿は朽ち果てて、供物の女も来ないし、雲ヶ畑もあの有様だろ。天狗と狐は昔から因縁とかいうけど、正直九尾には、とても敵わない」

「吹雪と戦ったから毒をくらったってこと?」

私の言葉に心底呆れた様に冷たい眼差しで雨汰ウタは答える。

「まさか、いくら紅葉が馬鹿でも九尾に喧嘩売らないさ。毒はあんたに仕込まれてたんだよ」

その言葉に私は青ざめる。

「あんたもグルかな?」

(あの夜吹雪は私の首筋に毒を仕込み、次の日に会うだろう紅葉丸を害そうとしたのだろうか)

「まあ、その間抜けな表情を見るに違うな。わざわざ死なない程度にしてあるんだから、まあ狐からの警告だと俺は思う。お前あの九尾のなんなの」
「なんでもない」
「何でもないなら、紅丸はこんな風になってない」
固まってる私に矢継ぎ早に畳みかける。
「解毒剤を飲ませたから紅丸は助かるけど、アンタにも毒が残ってるだろうし、健康な子供は産めないよね。俺らにとっては百害あるのに、もう一利もない女なんだよな。目覚めた時に紅丸があんたのことは覚えてないようにしとくし、もう俺らに近寄らないでくれる?」
雨汰ウタは漆黒の艶やかな翼を広げていた。

「伝えといて。天狗は九尾を敵に回す気はないって。あんたも可哀想だから、紅丸と最後の別れぐらいは二人きりでさせたげるね」

吐き捨てるように言うと寝室のベランダから、黄昏時の街に飛び立ってゆく。

私と紅丸だけが寝室に残った。穏やかな表情で今は寝ている。さっきまでは苦しんでいたのだろうか。少し痩せた頬を撫でる。くしゃくしゃの髪を撫でる。私のこと好きやって言ってくれた唇にふれる。

最後のキスは苦い涙の味がした。
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