〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第3章 芍薬の咲く庭で

現実

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「それで俺に連絡してきたわけね、アンタ」

呼び出した雨汰はまだ少年のままだった。

「で、何。狐に毒を取ってもらって?紅丸に会えばいいって言ったって何。アンタら理解不能。狐の性癖NTRかなんか?アンタもアンタで子供産めるから贄になりたいとか、トチ狂ってんの」

そう、塔子はトチ狂った提案をしていた。

「紅丸があの時、1年に1人産んで10年で10人産めば里は安泰って言った。私の人生全部をあげるから紅丸にまた会いたい」

私の迷いない言葉には雨汰は頭を抱える。

「いや、その提案間違ってないんだけどね。確かに10人産んでくれたら里は安泰なんだけど。九尾の狐に手を出されたら、安泰どころか滅亡だと思うんだよね」

そしてジロジロと私の腰を見る。

「いや、それにアンタに10人は無理っしょ。安産型じゃないし」
「紅丸に会わせてほしい。紅丸が私のこと好きじゃないならあきらめる」

雨汰は食い下がる塔子に呆れたようだった。

「好きも何もアンタのこと知らない。贄なんだから、好きとか嫌いとか期待するもんじゃないんだけど。まあ、会ってあきらめたらいい」

天狗の里は意外に近く、京都市北区にあった。北山杉をメインに林業、木材加工業、建築資材などの卸売から建設業まで手広くやっているらしい。昔話のような古い村を想像していた私は拍子抜けしている。

「タクシーだと4000円ぐらいかかるし、バスは1日2本北大路駅までで朝夕1本ずつなんだよな。まあ、俺らは飛ぶから関係ないんだけど」

少子化で悩んでいる過疎化の村と聞いていたが、全く賑わっていないわけでもない。ただ通りすがる天狗らしき男たちが私を見る目は冷たくて、疎外感を感じた。

久しぶりに紅丸に会う。

(何から話そう。しかも何も覚えていないなら初対面だし初めましてなのかな)

不安を抱えながらも会いたい気持ちだけを支えに歩いた。枝垂れ桜のペンダントが胸元でゆれた。

「あのマンションってアンタの為に買ったから全然行って無いと思うよ。行くと頭痛がするっつってた。ホント固定資産税って高いよね。はい。着いた。ここが紅葉んち」

茅葺きの日本家屋の前で雨汰が立ち止まる。

「説明は俺が、するわ」

鍵がかかっていない引き戸を軽く開けると、近代的だ。玄関から雨汰が叫ぶ。

「紅丸ー!贄がきたよー!」

(え、そんな説明なの)

しばらく待つと、だるそうに紅丸が玄関に現れた。寝癖がついたままの髪、着流しの浴衣。記憶と寸分違わない、紅丸の姿に塔子の胸は高鳴る。ずっと会いたかった好きな人が目の前にいるのだ。しかし紅丸は塔子を一瞥しただけだった。

「なんで里に女がおんねん」
「だから贄。頭おかしいっぽい。自分で志願してきた。毎年1人産むって」
「ふーん」
紅丸は興味なさそうな返事する。塔子に視線を向けることもない。期待していた再会とは随分と違った。

「相手はお前がいいらしい。里の繁栄の為に、まあ適当にたのむわ」
「はあ?なんやそれ」
「じゃ、俺帰るわ」

雨汰は塔子を玄関に置いて出て行った。紅丸は奥へ入ってしまった。玄関で所在なさげに塔子が立ち尽くしていると、「入れよ」と声がかかる。

「私、塔子っていいます」

紅丸が記憶を取り戻してくれないか、部屋で相対した時に一縷の望みを掛けて、塔子は名乗ってみた。紅丸は自己紹介を返すこともなく、怪訝な表情で部屋を彷徨いている。

「なんか狐くさくねーか、お前」

何度も夢に見た栗色の瞳は今また、私をみつめている。突然大きな手が首の後ろを塔子を掴み、ぐっと引き寄せられる。塔子はよろけて倒れ込む。右耳の後ろの匂いをかいでいるようだ。

突然私のまとめている髪を引っ張った。ピンが取れて引っ詰めた髪がほどける。紅丸は両手で髪の中をぐしゃぐしゃ探る。
「やめて…っ」
思わず、声が出る。

「耳もねえし、確かに人間の女か。さっきから狐くさくてさ。お前からかなって思ったんだけど」

それから、品定めするかのように私の身体をジロジロみながら、不躾に遠慮なく両の手が触ってゆく。塔子はあまりの出来事に固まって動けない。

「まあ、どこもそうやと思うんやけど、山に贄が来んくなって140年くらいはたつし、俺も贄の女見んの初めて」
ワンピースのスカートの下にも手が入ってくる。
「ちょ、いや…」
紅葉丸の大きな手がスカートの下から私の腰を掴む。尻尾がないか確かめているように尾骶骨を弄られる。

「こんな腰で毎年子供産めるんけ?女ってすげえな。細くてちっこいし、自分で来たなら檻に入れとく必要もないな。しっかしうちに連れてこられても置き場所困るわ、お前飯なにくうの?」
「え…、いや大学始まるんで通いで!通いの贄でお願いします。自宅近いです」

帰りのバスなんてもう無い時間だった。暗い山道を徒歩で降りれるとも思えない。でも、再会した紅丸と会話も成り立たない。

紅丸が知らない人だ。優しかった紅丸なんてどこにもいなかった。気持ちや反応おかまいなしに、物として扱う紅丸に、塔子は恐怖すら覚えた。

しかし自分から会いたいと贄に押しかけておいて、帰りますも通らないだろう。塔子に初体験の心の準備なんてする暇は与えられなかった。

「狐の匂いがお前からすんの、くっそイラつく」

機嫌悪く紅丸は私を乱雑に押し倒す。口づけもないまま、乱雑に服を脱がされる。無理やり押し入ろうとする紅丸が与える破瓜の痛みに塔子は叫ぶ。塔子の口は紅丸の右手に塞がれる。痛みから逃げたそうとした腰も抑えられる。それでも上手く入らず、紅丸が舌打ちするのが聞こえて塔子は蒼白になった。

(怖い)

塔子を裏返した紅丸は、塔子の頭を片手で畳に押し付けながら左手で固定して自身を差し入れようとしてきた。痛みに声を出した塔子に「だからうるせえって」とイライラを隠さない。頭を押し付けていた大きな手が一度口を塞ぐ。鮮血で濡れるのがわかった。容赦なく肉を裂き打ちつける紅丸はあまりに怖かった。痛みに気を失いそうになる。

塔子の脳裏には吹雪の声がこだまする。

「私が酷い?酷いのは山狗の方だと思うよ、信じられないなら空想で遊んでいないで、実際に会いに行って確かめたらどうだ?」

涙はとめどなく溢れた。

(紅丸に会いたい。この人じゃなくて紅丸に会いたい)

でも、この知らない怖い人が紅丸に違いなかった。何度も逃げだそうとした。足首を掴み引きずられ、手首を押さえつけられる。後悔しても体格の差で逃げることは叶わない。塔子はなすがままに幾度も紅丸を受け入れ続けるしかなかった。朝の光が部屋に差し込む頃には塔子はアザだらけで部屋の隅で震えていた。

紅丸の笑顔など、再会できなかった。義務のように、舌打ちしながら機嫌悪く痛みを与えてくる男という性だけがそこに存在していた。

最後に塔子の心を折ったのは雨汰ウタだった。

雨汰ウタは朝と共に庭の方からやってきた。種付けに飽きて縁側にいる紅丸に当たり前のようにキスをした。昨夜私の髪を引っ張り、口を塞いだ乱雑で粗暴な手が、優しく雨汰ウタの漆黒の髪を撫でているのが見えた。部屋の隅からは紅丸の背中しか見えなかったけれど、きっと紅丸は笑顔をあの烏天狗に向けていた。甘えるように雨汰ウタが紅葉丸の膝にのり、抱きつく。紅丸の背中越しに、雨汰ウタは勝ち誇ったような笑みと見下すような視線を、部屋の隅で震える塔子に向けた。

惨めだった。

痛む身体を引きずって朝のバスに揺られ、北山の家まで帰った。

(いったい私は何を期待していたんだろう)

4年前とは何もかもが違っていた。

(紅丸と過ごしたあの日々は全て幻だったのかもしれない)

ペンダントをつける気にはもうなれなくて、今手に持っている。キラキラした宝石をながめると「塔子ちゃん」と呼んでくれた4年前の紅丸の優しい声がよみがえる。涙がポロポロとこぼれた。

綺麗な思い出を、我儘で掘り返した。恋の亡骸はそのまま埋めておくのが良かったのだ。

塔子はもう二度と紅丸に会いに行くつもりはなかった。吹雪の言う通りだった。紅丸の思い出が悪夢に塗り替えられる前に、全てを忘れて普通の女の子として大学生活を始めようと思った。

念入りに身体を洗い、紅丸がつけたアザを撫でる。手首や足首だけではなく、膝や腰にも無数についている。一人暮らしで良かった。こんな身体は誰にも見せられない。薬屋で軟膏を買ってきて、傷に塗り込んだ。

布団に潜り込む。身体がすごく重い。

呼び鈴が鳴る。

どれぐらいの時が過ぎたかは分からないが、窓の外はもう陽が落ちている。宅配物の予定もない。イライラしたように引き戸のすりガラスを叩く音が聞こえる。布団から這い出して、玄関に向かうと来訪者の影が見えた。

紅丸だと思った。飛んできたのだろう、翼も広がったままだ。

呼び鈴がもう一度鳴る。

塔子は震える手で鍵を開ける。こんなガラス戸ではすぐに突き破られてしまうだろうから、自分から開けた方がいい。

「通いがなんで来んの?」

紅葉丸はさも当たり前かの様に家へ入ってきた。

「…もうバスが無くて…」

塔子はたどたどしく答える。

雨汰ウタに住所聞いたし教えてくれとるし、飛んで来た方が速いし、今年の分を孕むまでは俺がきてもええで」

軽々と私を抱き上げると、寝室をさがしているようだ。そして布団に私を転がす。

「もう、やだ…」
私は泣き出した。
「あなたなんか、紅丸じゃない…」
泣く私を気持ち悪そうに紅丸は見る。

「なんやそれ、俺が紅丸やけど。あれ?紅丸って呼べとも言ってないよな?お前なんなん?気持ち悪い」

そう言いながらも、紅丸は塔子を抱くのをやめようとはしなかった。

「お前をみると、すっげえイラつく。なんでかわかんないけど多分相性わるいんじゃね?」

そう言いながらも何度も種付けをし、朝が来る前に「明日も来るから鍵は開けとけ」と言い放つと紅丸は帰っていった。紅丸が帰ってから、塔子はシャワーを浴びながら泣いた。一緒に紅丸が残した残留物を掻き出す。鮮血とともに白濁の液はシャワーに流されて排水溝に飲み込まれていく。朦朧とした頭で塔子はこれからのことを考える。

贄とは何か分かっているつもりだった。けれど紅丸がこんなに変わってしまっているのは予想外だった。何を期待していたのか思うと恥ずかしい。記憶を取り戻さなくても、もう一度恋に落ちると思っていたのかもしれない。自分勝手に贄として押しかけた自分が全て悪い。

今はただ、明晩も来訪する紅丸が怖くてたまらなかった。

この家はバレている。逃げても、捕まって次は檻で飼われるかもしれない。

こんなことは誰にも相談できない。ただ一人、塔子を助けられるような力を持つのは吹雪だけだろうと思った。
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