〜祇園あやかし花嫁語り〜

菰野るり

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第3章 芍薬の咲く庭で

懇願

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「随分と都合良い話じゃあないか」

優雅な白銀の髪が風に靡き。舞う枝垂れ桜の花びらと相まってこの世のものとは思えぬほど美しい。

「随分と薄汚れて帰ってきたね、自ら望んで供物になった愚かな女を助ける義理など、私にあると思う?」

美しい吹雪の瞳に映る塔子は力無く項垂れている。塔子は惨めさに体を固くした。この美しい春の庭で自分だけが汚れているようで惨めだった。

でも他に方法は無かった。ただひたすら、吹雪に頭を下げた。「痛くて、怖いの。紅丸から逃れる方法を教えてほしい」と懇願した。

「塔子、このままお前の身体に私の残り香をぷんぷん纏わせて、家に返してやってもいいね。今夜は激しくなって今までより楽しいかもしれないよ」

今よりももっとひどい状況なんて想像も出来ずに震える。

「まあ、今私に会いに来た時点で匂いはつく」

蒼白になる私に吹雪は冷たい視線をむけた。

吹雪は髪の毛にのった花弁を手にのせて息を吹きかけ、私の方へとばしてくる。

「お前から獣の匂いがするから、庭の花の香が台無しだ。他の雄の臭いが染み付いたお前を歓迎するとでも思った?なんで私がお前を助けなければならないの?」

「ごめんなさい」
首を垂れることしか出来ない。涙をこぼす私に、吹雪は溜め息をついた。そして、思いついたように続ける。

「狐の毒が欲しいならわけてあげよう」

あまりの提案に息を呑む。

「助けてほしくてきたんだろう?あの男を殺すぐらいの力ならやるから、塔子が自分で殺せばいい」

驚いて目を見開いたままの塔子に吹雪は顔を近づける。

「何か他に平和的な解決でもあると思ってきたの?自分の手は汚さずに排除したい?彼から塔子の記憶を消せばいい?無いよ。そんな都合の良い方法。あっても私が許さない」

「塔子は私を信じなかった。のこのこ会いに行き、贄になりたがった」

塔子には返せる言葉がなかった。

「それともひとり殺すぐらいじゃ気がおさまらないかな?天狗の里の奴らをまとめて皆殺しにしてほしくて来た?その方があの男には効くかもね」

狐は乾いた笑い声をたてた。

「さすがに天狗たちも里を全て滅ぼされるほどの咎はないけど、まあ暇で暇で仕方がない時に気が向いたらやってあげてもいいよ」

「…私が悪いの…」

「そう、塔子が自分で引き起こした。だから自分で終わらせる力だけは塔子にあげるよ」

おいでと引き寄せられる。形の良い薄い唇が私の唇にふれる。舌でこじ開けられて吹雪の唾液がそそぎこまれる。それから私の下腹部に指を当てて吹雪はこういった。

「このまま放っておいたら五分五分かな。繁殖能力強くて嫌だね。不幸な子供はいない方がいい。塔子の身体も少しだけ弄らせてもらうね」

淡々と吹雪は続ける。

「毒はたっぷり仕込んだから、口づけをねだるだけで殺せるよ。私の匂いを消すのは無理だから今夜は激しくなると思う。好きだった男の断末魔をお楽しみに頑張るといい」

そう言うと吹雪は消えた。

私は祇園の賑わいから逃れて、家に帰ろうとする。四条通りから切り通しに入る。分かっている、この先は巽橋だった。

あの頃とは全てがもう違ってしまっていた。全ては私の愚かな選択の間違いによるもの。安易に近づいてはいけない存在に自ら近づいた罰なのかもしれない。

風が吹き、また桜の花が散る。巽橋に降り注ぎ、花弁が川を染める。

「塔子ちゃんは俺が守るしな」と私に言った紅丸の声が聞こえた気がした。あの頃と同じように花筏は白川を桜色に染めていた。

家に帰り、塔子は風呂に入る。出来るだけ狐の匂いを落とさなければ、怖い。紅丸に乱暴にされるのは怖かった。だか、殺さねばならないほど、紅丸に酷いことをされているのだろうか。

私の都合だけで、彼を殺すのが正しいとは決して思えなかった。

私は念入りに身体を洗った。どうせ乱雑に扱われると分かっていても髪も綺麗に洗い乾かし、櫛で解いた。彼を好いた気持ちへの供養のように、好きな人を迎える準備をした。玄関の鍵は空いている。

引き戸が開く音が聞こえる。まだ日も暮れていない。随分と早く到着したようだ。

「塔子ちゃん、いるか?」

玄関から紅丸の声がした。違和感を感じながら、玄関へ向かう。紅丸は出迎えた私のギュッと抱きしめて、胸に顔をうずめる。

(どうして?)

こんな時に優しくしてくるのか。悲しげに栗色の瞳が塔子を見上げた。視線が手首のアザを認めると、申し訳なさそうに紅丸は塔子の手首を撫でる。

「乱暴にして悪かった、痛かったやろ」
突然優しくされた塔子は戸惑いを隠せない。

「なんでかはわからへん。ずっと塔子のことを忘れていたのに、さっきここに向かっている時にいきなり思い出したんや」

「全部覚えてるの?」

「ああ、全部。塔子ちゃんが贄になってくれてまで俺を探してくれたのに、なんで全部忘れてしまって、あんな沢山酷いことして泣かせてしもた。ホンマすまん」

紅丸の指が塔子の濡れた頬に触れる。塔子の涙を拭う。キスをしようと顔を近づける紅丸の唇に塔子は手を当て止めた。拒否されたと思ったのだろう。傷ついた目をした、紅丸は私を抱く手を緩めた。

「嫌われてもしゃーないよな、俺の本性最悪だったやろ」
「違う、違うの。私は今でも、ずっと紅丸が好き」
泣きながら塔子は離れようとする紅丸をひきとめる。

「キスしたくないだけで、一緒にはいたい」

紅丸は優しく微笑んだ。

「ほな、今夜はいっぱいお話しよな。塔子ちゃんの気持ちが落ち着くまでは、俺なんも手出しせえへんから安心してほしい」

紅丸がこんなふうに元に戻るなら、毒なんて不必要だった。浅はかに吹雪に会いに行った事を塔子は後悔すらしていた。
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