透明人間vs塩田剛三

梧桐彰

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第三章 連戦連勝

マンチェスター大学ポランニー研究室の日誌より抜粋

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◆1943年2月4日
 スターリングラード攻防戦で赤軍に包囲されたドイツ第6軍が降伏したとの報告があった。連合国はこの勢いをさらに進めなければならない。我々英国も、新兵器の開発に急がねばならないのだ……
 すでにジャック・グリフィン博士が提唱した『色素と光の屈折についての一般原理』および『四次元を含む幾何学的表現による公式』について、当研究室での再現は終了した。今や英国はこの技術を完全に現在のものとすることができた。
 しかし、透明になること自体は成功しているが、問題は透明になったのち、自由自在に戻ることができるかだ……
 これができなければ片道切符になってしまう。それは科学者の倫理として許されない。我々はナチスや日本のような非人道的な戦術をとるわけにはいかない。我々には矜持があるのだ……


◆1943年2月16日
 透明人間となり悪事の限りを尽くしたグリフィン博士は、優生思想の極端な信奉者であった。遺伝的に優れた人間を増やし、劣った人を排除すべきだという考え方に強くとらわれていた。その博士の研究成果が今、優勢思想の権化であるようなアドルフ・ヒトラーの排除に使われることになるとは、皮肉なことだ。
 本日、透明化を解除するための試薬が複数の動物実験に成功し、次はいよいよ人間となった。これが成功すれば軍事利用が可能になるはずだ。


◆1943年2月21日
 透明なネズミが窓にぶつかって、死んだ。血まみれの姿は数分経ってから見えた。


◆1943年3月24日
 透明なネズミが死んだ。


◆1943年3月27日
 透明なネズミが死んだ。


◆1943年3月1日
 透明なネズミが死んだ。
 実験ノートは失敗だけを記録していっぱいになった。
 私はそれを焼却炉に投げ捨てた。
 ※ なぜだ、という走り書きの上に二重線
 

◆1943年3月2日
 新しい論文が到着した。気温による不安定性を生かしたものだ。
 とても眠い。
 明日、温度を変えてもう一度やってみよう。


◆1943年3月10日
 25回目の試行で、ついに結果が得られた。
 予定通りの時刻に、ネズミは再び姿を現したのだ!


◆1943年3月21日
 サルでも問題なくいけた。また、人間も半透明の状態から戻すことができた。


◆1943年3月27日
 調合の比率も確定した。やるべきことはすべて終え、最後の試験を実施した……
 ついに完成だ! どの兵士に新薬を飲ませても彼らは自由自在に姿を消し、再び現した。大成功だ!!


◆1943年4月21日 
 軍の特殊部隊へ秘薬を渡し、透明人間として送り込むことに成功した。
 憎きナチスを滅ぼすため、我々にできることはすべてやった。あとは彼らがヒトラーを暗殺し、我々に勝利への道が開けるよう祈るのみだ。


◆1943年5月10日 
 透明人間の量産を申請したが、政府は取り合ってくれない。ばかりか未曾有の成功を遂げたこの新薬を闇に葬れという打診が来た。悪用が怖いのだそうだ。
 政治的な理由で化学の発展を阻む態度は受け入れがたい。
 我々は道具でしかないのか?


◆1943年8月1日 
 ずいぶん長いこと日記をつけなかった。この期間、新薬の開発はずっと休止していたからだ。
 政府の方針は受け入れがたい。英国の勝利はこの発明によってのみなされるはずだ。
 正義の鉄槌をナチスへ下すべく、私は強制収容所からの脱走に成功したある男にこの薬を与えることにした。
 この男とは以前に私と個人的な接点があり、効果を最大限に発揮できる若者だと確信している。
 私の知る限り、肉体を駆使した格闘であれば、彼より強い人間はいない。
 まだ19歳だが、強い意志と聡明な頭も併せ持っている。
 その彼が英国のため、憎きナチスドイツに勝負を挑むと言ってくれたのだ。
 彼はグリフィンの思想を超え、技術を超え、今、未来のために立ち上がろうとしている。


◆1943年9月15日
 ヒトラーの本営を突き止めたとの連絡を受けて、4人の透明人間全員がそちらへ向かったそうだ。
 だが、うち2名がすでに殺されており、残りも連絡が途絶えたらしい。
 やはり一刻も早く彼を連れて行かねばならぬ。
 どうも敵は腕のいい用心棒を雇ったらしいのだ。
 変わったスペルで発音がよくわからないが、日本人らしい。
 

◆1943年9月20日
 ハンブルクに送り込んだ支援部隊が件の男との接触することに成功した。
 私の計画に快諾してくれるとの答えを得た。
 ベルリンから電車の天井に飛び乗り、突き止めたヒトラーの指揮所へ向かう計画だという。
 大胆なことこの上ないが、彼は平然とできると言った。
 もしこれが可能なら、このたった一人の若者が戦争を終わらせられる。


◆1943年9月22日 
 本日、英国を離れる。
 さらば家族。さらば友人。さらば故国。
 彼とともにヒトラーを殺すまで、この地には帰るまい。
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