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第三章 連戦連勝
欧州回顧録「二度目の討伐」
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先手必勝。
私は相手の腕を探り当ててひねり飛ばしました。
怪人は椅子を吹き飛ばしながらタンスにぶつかります。
「通訳さん! トラウデルさんを連れて外へ!」
叫びながら斜め後ろに跳びのきました。
先ほどまでの透明人間の選択肢は三つ。
トラウデルさんたちを狙うか。
逃げだすか。
私を狙うかです。
しかし今、ドアと我々三人は一列になって透明人間の前に並んでいる。
選択肢は一つ、私を倒すしかありません。
二人は速やかに外に出ていき、私は一人、後ろ手にドアを閉めて待ち構えました。
「さあ」
私は両手を体の中央へ一列に揃えました。
相手は戸惑っているのか、なかなか仕掛けてはきません。
私は油断しているよう見せかけるため、わざと左側にスキを作りました。
これがうまくかかり、私の肩を突飛ばそうと手を出してきました。
着ていた国民服の袖がわずかに形を変えます。
私は速やかに動きました。
右横に体を開して手刀を振り回し、相手のこめかみにたたきつけます。
続いて顎をかちあげ、相手が大きくのけぞるのを感じました。
今だと思い、私は相手の腕をつかみ取って引き込み、相手の肘を自分の肩に当てて投げ飛ばしました。
拍子がよかったせいか、この一撃で相手の腕はバツッと音を立てました。
うめき声をあげる顎をおさえると、後頭部をしたたかに地面へたたきつけます。
これで当分立ち上がることはできないでしょう。
目の前に倒れたであろう位置から目を離さずにいました。
数分後、後ろのドアが開きました。
トラウデルさんが警備兵さんを連れてきてくれたのでしょう。
ほっと息をついて振り向きました。
しかし、開いたドアの外には真っ暗な森だけが広がっています。
「しまった」
つぶやくより早く、入ってきた新手が私の喉をつかみました。
「ぬうっ!」
逆の手でしたたかにこめかみを打たれ、視界を星が舞います。
『塩田はん、あんたは誰にも負けんのやよ』
植芝先生の言葉が脳裏をめぐりました。
幸い、完全には吊り上げられていませんでした。
手首をつかみ、襟から相手の腕を切り外しました。
私の両足が地面に戻ります。
続いて懐を探り、私はいただいた勲章を取り出しました。
「ええいッ!」
鋼鉄に体全体の重みを乗せて胸骨を打ち込みます。
素晴らしい威力が出せました。
会心の打撃と引き換えに、名誉の証はぐしゃっとひしゃげてしまいました。
総統閣下には申し訳ありませんが、この相手を倒せばまたもらえるでしょうから気にしないことにします。
男の短い歯ぎしりを聞き取り、相手の腕をひねりながら投げ飛ばします。
落下地点を誘導し、さっき倒れた相手の上に叩きつけました。
「センセイっ!」
ようやく親衛隊員がかけつけてきました。
私はポケットに手を突っ込み、さっき入れた恩賜のたばこをつかみました。
砕いた紙巻を投げつけ、折り重なった人間の輪郭が浮かび上がります。
不敬に不敬が重なりましたがこちらは必至です。
シュミット大尉がニコチンの臭いに飛びつき、折り重なった二人を取り押さえ、手錠をかけました。
怪人たちはまだ息があったので、すぐに担架が運ばれてきました。
椅子のうえに、二人の折りたたまれた裸の男性が浮き上がってきます。
「センセイ・シオタ。感謝いたします」
シュミット大尉が私に部屋から出るよう促しました。
外にはトラウデルさんと通訳さんが青い顔で立っていました。
「危ないところでした」
「夫はこれを懸念して、あなたを遣わせたのですか?」
トラウデルさんが緊張した面持ちで尋ねます。
「いいえ、旦那さんは本当にあなたへの連絡を望んでいただけなのです」
私はそう言いましたが、少し間をおいてからこうも付け加えました。
「ただ……もしかしたら、あなたを心配に思う気持ちが、この結果を導いたのかもしれませんな」
それを聞くなり、トラウデルさんは初めてはっきりと涙を流しました。
透明人間は拘束してベルリンへ送り、私たちは事件の顛末を共有する打ち合わせを終えて解散となりました。
それにしても、今回も初回に続く文句なしの勝利でした。
これには私もすっかり浮かれてしまい、やはり合気術はいついかなる時も、誰を相手にしても使えるのだと、意気揚々と引き上げました。
そしてこの時。
私は渡欧以来、最大の誤りを犯していました。
私はこれで透明人間の目論見を完全に潰せたと思っていました。
あとはせいぜい、いくつかの技術を親衛隊員へ指導しておけば、私の名声も上がり日本の株も上がり、潜水艦で無事に帰れると考えていたのです。
しかし、窮地を感じ、それを乗り越え、鮮やかに倒した。
活劇であればそれで良いのですが、実際の戦いはそういうものではありません。
ここで、二つの問題が生まれました。
まず一つ目。
これで親衛隊の方々に油断ができてしまいました。
例の怪物を倒したこと。
それから訓練で合気術を見せつけるように使ったこと。
今回の勝利。
これによって、この本営に『透明人間弱し』との空気ができていたのです。
気をぬいてしまった味方ほど頼りにならないものはありません。
私の成果は士気を上げるどころか、狼たちを羊に変えていました。
屈強で様々な武器に精通した、頼もしい味方を一挙に失ってしまったのです。
そして二つ目。
さらに重要なことですが、そもそも私にも、強敵を仕留めたぞという慢心が生まれてしまっていたのです。
これは私の生涯においても、最も恥ずべき失敗でした。
私は相手の腕を探り当ててひねり飛ばしました。
怪人は椅子を吹き飛ばしながらタンスにぶつかります。
「通訳さん! トラウデルさんを連れて外へ!」
叫びながら斜め後ろに跳びのきました。
先ほどまでの透明人間の選択肢は三つ。
トラウデルさんたちを狙うか。
逃げだすか。
私を狙うかです。
しかし今、ドアと我々三人は一列になって透明人間の前に並んでいる。
選択肢は一つ、私を倒すしかありません。
二人は速やかに外に出ていき、私は一人、後ろ手にドアを閉めて待ち構えました。
「さあ」
私は両手を体の中央へ一列に揃えました。
相手は戸惑っているのか、なかなか仕掛けてはきません。
私は油断しているよう見せかけるため、わざと左側にスキを作りました。
これがうまくかかり、私の肩を突飛ばそうと手を出してきました。
着ていた国民服の袖がわずかに形を変えます。
私は速やかに動きました。
右横に体を開して手刀を振り回し、相手のこめかみにたたきつけます。
続いて顎をかちあげ、相手が大きくのけぞるのを感じました。
今だと思い、私は相手の腕をつかみ取って引き込み、相手の肘を自分の肩に当てて投げ飛ばしました。
拍子がよかったせいか、この一撃で相手の腕はバツッと音を立てました。
うめき声をあげる顎をおさえると、後頭部をしたたかに地面へたたきつけます。
これで当分立ち上がることはできないでしょう。
目の前に倒れたであろう位置から目を離さずにいました。
数分後、後ろのドアが開きました。
トラウデルさんが警備兵さんを連れてきてくれたのでしょう。
ほっと息をついて振り向きました。
しかし、開いたドアの外には真っ暗な森だけが広がっています。
「しまった」
つぶやくより早く、入ってきた新手が私の喉をつかみました。
「ぬうっ!」
逆の手でしたたかにこめかみを打たれ、視界を星が舞います。
『塩田はん、あんたは誰にも負けんのやよ』
植芝先生の言葉が脳裏をめぐりました。
幸い、完全には吊り上げられていませんでした。
手首をつかみ、襟から相手の腕を切り外しました。
私の両足が地面に戻ります。
続いて懐を探り、私はいただいた勲章を取り出しました。
「ええいッ!」
鋼鉄に体全体の重みを乗せて胸骨を打ち込みます。
素晴らしい威力が出せました。
会心の打撃と引き換えに、名誉の証はぐしゃっとひしゃげてしまいました。
総統閣下には申し訳ありませんが、この相手を倒せばまたもらえるでしょうから気にしないことにします。
男の短い歯ぎしりを聞き取り、相手の腕をひねりながら投げ飛ばします。
落下地点を誘導し、さっき倒れた相手の上に叩きつけました。
「センセイっ!」
ようやく親衛隊員がかけつけてきました。
私はポケットに手を突っ込み、さっき入れた恩賜のたばこをつかみました。
砕いた紙巻を投げつけ、折り重なった人間の輪郭が浮かび上がります。
不敬に不敬が重なりましたがこちらは必至です。
シュミット大尉がニコチンの臭いに飛びつき、折り重なった二人を取り押さえ、手錠をかけました。
怪人たちはまだ息があったので、すぐに担架が運ばれてきました。
椅子のうえに、二人の折りたたまれた裸の男性が浮き上がってきます。
「センセイ・シオタ。感謝いたします」
シュミット大尉が私に部屋から出るよう促しました。
外にはトラウデルさんと通訳さんが青い顔で立っていました。
「危ないところでした」
「夫はこれを懸念して、あなたを遣わせたのですか?」
トラウデルさんが緊張した面持ちで尋ねます。
「いいえ、旦那さんは本当にあなたへの連絡を望んでいただけなのです」
私はそう言いましたが、少し間をおいてからこうも付け加えました。
「ただ……もしかしたら、あなたを心配に思う気持ちが、この結果を導いたのかもしれませんな」
それを聞くなり、トラウデルさんは初めてはっきりと涙を流しました。
透明人間は拘束してベルリンへ送り、私たちは事件の顛末を共有する打ち合わせを終えて解散となりました。
それにしても、今回も初回に続く文句なしの勝利でした。
これには私もすっかり浮かれてしまい、やはり合気術はいついかなる時も、誰を相手にしても使えるのだと、意気揚々と引き上げました。
そしてこの時。
私は渡欧以来、最大の誤りを犯していました。
私はこれで透明人間の目論見を完全に潰せたと思っていました。
あとはせいぜい、いくつかの技術を親衛隊員へ指導しておけば、私の名声も上がり日本の株も上がり、潜水艦で無事に帰れると考えていたのです。
しかし、窮地を感じ、それを乗り越え、鮮やかに倒した。
活劇であればそれで良いのですが、実際の戦いはそういうものではありません。
ここで、二つの問題が生まれました。
まず一つ目。
これで親衛隊の方々に油断ができてしまいました。
例の怪物を倒したこと。
それから訓練で合気術を見せつけるように使ったこと。
今回の勝利。
これによって、この本営に『透明人間弱し』との空気ができていたのです。
気をぬいてしまった味方ほど頼りにならないものはありません。
私の成果は士気を上げるどころか、狼たちを羊に変えていました。
屈強で様々な武器に精通した、頼もしい味方を一挙に失ってしまったのです。
そして二つ目。
さらに重要なことですが、そもそも私にも、強敵を仕留めたぞという慢心が生まれてしまっていたのです。
これは私の生涯においても、最も恥ずべき失敗でした。
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