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第3話「これって職権乱用になりませんか…?」
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_帰宅後。自宅にて。
「ただいまーー。」
「おかえりなさい、久しぶりのATOMはどうだった?」
「へファンが日本語の曲カバーしててめっちゃよかった。」
「ええ?ちょっと、それだけ~?」
玄関先でぽい、と靴を脱いで。
一段上るとトートバッグをぽい、と置いて。
「母さん大事な話があるんだけど。」
「…な、何よ急に改まって。」
訝しむように俺を睨む母さんの前にずい、と差し出した名刺。
「何、これ…えっ嘘、QYHってアンタ…!!」
「なん…なんかわかんないけどスカウト?されちゃった……」
「えっ…ええ~~っ!!やったわね海斗!やったじゃないっ!さすが母さんの子っ!アンタはいつかアイドルになる男って、母さんわかってたっ!!!」
「い、いやいや母さん。俺はアイドルには…」
「でも…じゃあ、このスカウトを無駄にするって言うの!?」
母さんに揺すられた頭が、ぐわんぐわんと回っている。
母さんは俺が子供の頃から、筋金入りの「アイドルオタク」だった。
俺がこうなったのは母さんのせいでもある。もしかしたら遺伝かもしれない。(これは言い訳にすぎないけど。)
俺にダンスを習わせたのも母さんの趣味。
母さんは俺をアイドルにするって聞かなかった。父さんはそうしたくなかったみたいでしょっちゅう喧嘩してたっけ。
お陰様でダンスは少しだけ踊れるようになった。
(歌はあんまり上手くないけど“踊り”なら…)
特別やりたいこともなくぼんやり過ごしてた学校とバイト先を往復する日々。
これは確かにそう、またとないチャンスだ。
決して推しに近付きたかったとかではない。断じて違うのだ。
「…いててて…き、聞いて母さん。俺はアイドルにはならないけどダンスなら…、“ダンサー”は…募集してないのかな、って。」
「…ダンサー?」
俺の肩を掴んだまま母さんはぴく、と反応する。
(や、やっぱり韓国行ってダンサー止まりじゃ反対か…?)
「い…いいじゃな~い!!アンタいいじゃん海斗!やりなさい!母さん応援するわ!!」
あ、よかった…反対じゃなくて…
満足そうな顔をした母さんは、バッシバッシと俺の背中を叩く。
「…こんなこともあろうかと貯金しといてよかったわ。アンタは兄ちゃんみたいにあれやりたい、これやりたいって言わないんだもの。」
ふと口を開いた母さんのその顔はえらく優しく、「母親」の顔をしていた。
タンスから取り出された封筒。
「ん」と手渡される。
中にはそれなりの額が包まれていた。
「えっ…な…なにこれ…!?」
「アンタが今まで習い事とか塾とかやりたがらなかったから。兄ちゃんにかけたのと同じ額だけ。貯金に回してあんのよ、これ使っていいから。」
「か、母さん……」
母さんの心遣いがじんと胸に沁みる。
大丈夫、母さんが味方だ。
いける!俺はやれる!!
「ッ母さん!俺やってみたい!オーディション受けに行ってくる!!」
「そうだ~!!その意気よ海斗~!!それでこそ私の息子~~!!」
…で、今に至る。
所変わってここはQYHジャパンの空き練習室前。
オーディション参加者は奇跡の俺一人。
たった一人、練習室前でブルブル震えながら呼ばれるのを待ってる俺。
さながら、その姿は捨てられた子犬のようだっただろう…。
「どうぞ。」「ぁっ、ひゃいっ!!」
どうにもこういうのは苦手だ。
人前で発表するのとか、ずっと得意じゃなかった。ダンスの発表会だってそう。
(き、緊張して手と足が一緒に出る~…!!)
『あの、僕…ダンスを習ってたことがあって…そのぅ、だ、ダンサーの募集って……!!』
カチコチに固まった俺。
担当の面接官らは顔を見合わせて、全員が揃いも揃って微妙な顔をすると「…どうぞ、おかけになってください。」と続けた。
全員の視線が一気に俺へと向けられる。
(う、ぅ、ぅ……)
一身に受けた視線を、跳ねっ返すように声を上げて立ち上がった。
「…あ、あの…曲は…ATOMの……!」
用意した音源が面接官の手により流れ出す。
未だ顔が前に向けられない。
頭がパンクしそうな緊迫感。
(落ち着け、大丈夫だ海斗…!俺なら出来る……!!)
パシパシと自分の頬を叩いて軽く手足を解す。
この曲の歌い出しはへファン君。
(__いける。)
「あれ?この練習室って今日空きじゃないんだね。」
「あ~なんかオーディションに使ってるらしいよ?日本人のダンサー志望だって。」
「ふうん…」
ぱたぱたと7人の足音がまだらに響く廊下。
分厚い扉の奥から確かに聞こえた。
(これは…)
「…僕たちの…曲…?」
「どうしたのへファナ~。」
珍しい曲だ。タイトル曲でもない。話題になった曲でもない。
(僕が初めて作詞した時の…)
ちら、とくもりガラスの隙間から中を覗いて見た。
日本のQYHファミリーの人達は皆満足そうに互いの意見を交わしている。(…ように見える。)
その視線の先にいたのは、抜群のダンススキルを惜しげもなく披露する僕よりちょっと年上っぽく見える男の子。
「うわ…!!」
ぺたん、と尻もちをつく。
と、同時に思わず感嘆の声を上げてしまった。
「…ぼ、僕あんなにかっこいいダンス見たことない…!!!」
彼が日本人のダンサー志望の子?
こんなこと言ったらあれだけどうちの誰よりもダンスが上手い…!!
表情がいい、踊ってる時の。
ダンススキルもさることながら、手足の動きどれを取っても無駄がない。それでいて余裕がある。
(…あと、すっごく楽しそう!!)
彼はきっと合格するだろう。
(…、いつかステージで一緒になるかな!)
頑張ってね、と心で화이팅(ファイティン)を送りながらみんなの後を追った。
お、終わった…終わった、やり切った。
もぬけの殻のようになって外の椅子にくたりと凭れる。
「お待たせしました、どうぞ。」
再度呼ばれて俺はびくびくと練習室に戻った。
あの、あの、俺は…俺は不合格ですか…?
ぷるぷると水濡れの雑巾みたいになりながら答えを待つ。
「_それでですね、3人で話し合った結果山下さんにはぜひウチでダンサーとして活動していただきたく思いまして。」
__あぇっ?
「お…、おれ合格ですかっ!?」
「はい、正直…すみません、最初は大丈夫かなって全員思っていたのですが…山下さんのダンス、とってもよかったですよ!」
にこやかに告げられた言葉。
ああ、確かにそうだった。
発表会とか苦手だった、すごく。
でも終わったあとは必ず母さんが頭を撫でて褒めてくれて。
『海斗、よかったよ!アンタが一番輝いてた!』って。
それから踊るのが楽しくなったんだっけ。
緊張しすぎて踊ってる間のことは鮮明には思い出せないけど。
(…それでも音楽に身を任せて、体を動かしているのが好きなんだ俺は。)
最後にダンスを踊ったのはいつだっけ?
十年以上ブランクがあったはずだ。
それでも大好きなATOMの曲を大音量で背中に受けて……俺は楽しそうに踊れていただろうか。
「ッ…はい!こちらこそよろしくお願いしますっ!!!」
_渡韓するまであと1週間。
「ただいまーー。」
「おかえりなさい、久しぶりのATOMはどうだった?」
「へファンが日本語の曲カバーしててめっちゃよかった。」
「ええ?ちょっと、それだけ~?」
玄関先でぽい、と靴を脱いで。
一段上るとトートバッグをぽい、と置いて。
「母さん大事な話があるんだけど。」
「…な、何よ急に改まって。」
訝しむように俺を睨む母さんの前にずい、と差し出した名刺。
「何、これ…えっ嘘、QYHってアンタ…!!」
「なん…なんかわかんないけどスカウト?されちゃった……」
「えっ…ええ~~っ!!やったわね海斗!やったじゃないっ!さすが母さんの子っ!アンタはいつかアイドルになる男って、母さんわかってたっ!!!」
「い、いやいや母さん。俺はアイドルには…」
「でも…じゃあ、このスカウトを無駄にするって言うの!?」
母さんに揺すられた頭が、ぐわんぐわんと回っている。
母さんは俺が子供の頃から、筋金入りの「アイドルオタク」だった。
俺がこうなったのは母さんのせいでもある。もしかしたら遺伝かもしれない。(これは言い訳にすぎないけど。)
俺にダンスを習わせたのも母さんの趣味。
母さんは俺をアイドルにするって聞かなかった。父さんはそうしたくなかったみたいでしょっちゅう喧嘩してたっけ。
お陰様でダンスは少しだけ踊れるようになった。
(歌はあんまり上手くないけど“踊り”なら…)
特別やりたいこともなくぼんやり過ごしてた学校とバイト先を往復する日々。
これは確かにそう、またとないチャンスだ。
決して推しに近付きたかったとかではない。断じて違うのだ。
「…いててて…き、聞いて母さん。俺はアイドルにはならないけどダンスなら…、“ダンサー”は…募集してないのかな、って。」
「…ダンサー?」
俺の肩を掴んだまま母さんはぴく、と反応する。
(や、やっぱり韓国行ってダンサー止まりじゃ反対か…?)
「い…いいじゃな~い!!アンタいいじゃん海斗!やりなさい!母さん応援するわ!!」
あ、よかった…反対じゃなくて…
満足そうな顔をした母さんは、バッシバッシと俺の背中を叩く。
「…こんなこともあろうかと貯金しといてよかったわ。アンタは兄ちゃんみたいにあれやりたい、これやりたいって言わないんだもの。」
ふと口を開いた母さんのその顔はえらく優しく、「母親」の顔をしていた。
タンスから取り出された封筒。
「ん」と手渡される。
中にはそれなりの額が包まれていた。
「えっ…な…なにこれ…!?」
「アンタが今まで習い事とか塾とかやりたがらなかったから。兄ちゃんにかけたのと同じ額だけ。貯金に回してあんのよ、これ使っていいから。」
「か、母さん……」
母さんの心遣いがじんと胸に沁みる。
大丈夫、母さんが味方だ。
いける!俺はやれる!!
「ッ母さん!俺やってみたい!オーディション受けに行ってくる!!」
「そうだ~!!その意気よ海斗~!!それでこそ私の息子~~!!」
…で、今に至る。
所変わってここはQYHジャパンの空き練習室前。
オーディション参加者は奇跡の俺一人。
たった一人、練習室前でブルブル震えながら呼ばれるのを待ってる俺。
さながら、その姿は捨てられた子犬のようだっただろう…。
「どうぞ。」「ぁっ、ひゃいっ!!」
どうにもこういうのは苦手だ。
人前で発表するのとか、ずっと得意じゃなかった。ダンスの発表会だってそう。
(き、緊張して手と足が一緒に出る~…!!)
『あの、僕…ダンスを習ってたことがあって…そのぅ、だ、ダンサーの募集って……!!』
カチコチに固まった俺。
担当の面接官らは顔を見合わせて、全員が揃いも揃って微妙な顔をすると「…どうぞ、おかけになってください。」と続けた。
全員の視線が一気に俺へと向けられる。
(う、ぅ、ぅ……)
一身に受けた視線を、跳ねっ返すように声を上げて立ち上がった。
「…あ、あの…曲は…ATOMの……!」
用意した音源が面接官の手により流れ出す。
未だ顔が前に向けられない。
頭がパンクしそうな緊迫感。
(落ち着け、大丈夫だ海斗…!俺なら出来る……!!)
パシパシと自分の頬を叩いて軽く手足を解す。
この曲の歌い出しはへファン君。
(__いける。)
「あれ?この練習室って今日空きじゃないんだね。」
「あ~なんかオーディションに使ってるらしいよ?日本人のダンサー志望だって。」
「ふうん…」
ぱたぱたと7人の足音がまだらに響く廊下。
分厚い扉の奥から確かに聞こえた。
(これは…)
「…僕たちの…曲…?」
「どうしたのへファナ~。」
珍しい曲だ。タイトル曲でもない。話題になった曲でもない。
(僕が初めて作詞した時の…)
ちら、とくもりガラスの隙間から中を覗いて見た。
日本のQYHファミリーの人達は皆満足そうに互いの意見を交わしている。(…ように見える。)
その視線の先にいたのは、抜群のダンススキルを惜しげもなく披露する僕よりちょっと年上っぽく見える男の子。
「うわ…!!」
ぺたん、と尻もちをつく。
と、同時に思わず感嘆の声を上げてしまった。
「…ぼ、僕あんなにかっこいいダンス見たことない…!!!」
彼が日本人のダンサー志望の子?
こんなこと言ったらあれだけどうちの誰よりもダンスが上手い…!!
表情がいい、踊ってる時の。
ダンススキルもさることながら、手足の動きどれを取っても無駄がない。それでいて余裕がある。
(…あと、すっごく楽しそう!!)
彼はきっと合格するだろう。
(…、いつかステージで一緒になるかな!)
頑張ってね、と心で화이팅(ファイティン)を送りながらみんなの後を追った。
お、終わった…終わった、やり切った。
もぬけの殻のようになって外の椅子にくたりと凭れる。
「お待たせしました、どうぞ。」
再度呼ばれて俺はびくびくと練習室に戻った。
あの、あの、俺は…俺は不合格ですか…?
ぷるぷると水濡れの雑巾みたいになりながら答えを待つ。
「_それでですね、3人で話し合った結果山下さんにはぜひウチでダンサーとして活動していただきたく思いまして。」
__あぇっ?
「お…、おれ合格ですかっ!?」
「はい、正直…すみません、最初は大丈夫かなって全員思っていたのですが…山下さんのダンス、とってもよかったですよ!」
にこやかに告げられた言葉。
ああ、確かにそうだった。
発表会とか苦手だった、すごく。
でも終わったあとは必ず母さんが頭を撫でて褒めてくれて。
『海斗、よかったよ!アンタが一番輝いてた!』って。
それから踊るのが楽しくなったんだっけ。
緊張しすぎて踊ってる間のことは鮮明には思い出せないけど。
(…それでも音楽に身を任せて、体を動かしているのが好きなんだ俺は。)
最後にダンスを踊ったのはいつだっけ?
十年以上ブランクがあったはずだ。
それでも大好きなATOMの曲を大音量で背中に受けて……俺は楽しそうに踊れていただろうか。
「ッ…はい!こちらこそよろしくお願いしますっ!!!」
_渡韓するまであと1週間。
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