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2話「いやまさか…だって俺“ただの大学生”なんスけど。」
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「おつ、お疲れ様でっす!!」
「お疲れ様で~~す山下さん!ライブ楽しんで!レポ期待してます!」
「お前今日何もしてないけどな~~。次の出勤俺らの分まで働けよ~~。」
汗でびしょびしょのシャツは(走ってきた時の汗+推しに遭遇した時にかいた変な汗)脱ぐのにめちゃめちゃ苦労したが、なんとなく髪を整えてそれなりのオシャレ着に袖を通してバイト先を飛び出した。
めちゃめちゃ遠いわけじゃないから今回は走って行くのはやめよう。また汗かいたらなんとなくでしか整えられてない髪の毛もぐちゃぐちゃになってしまう。
トートバッグを持ち直す。俺の周りには会場に向かうであろう女の子たちでいっぱいだ。
(ひゃ~~…みんな若いな、高校生?とか…?いいなあ、手からペンラぶら下げて……俺も女の子だったら友達とあんな風にライブ会場に向かってたのかな~~…)
ぼっち参戦の自分にはぐさぐさと刺さる。
なんならさっきから視線も刺さっている。
(そうですよね……やっぱATOMのライブに男一人参戦は目立つよね…すみませんこんなのが混ざって…)
足早に向かった会場近く。
時刻はまだ開場前。
ちょっと早く着きすぎたかな、なんて次第に増えていく女の子ファンを見ながら俺は男一人、肩身の狭い思いをしていた。
(あ、あの子はジョンユン推しなんだ…)
(ソジョンのうちわ多いな~、やっぱ人気あるよね…レート高いもん…)
(ミンヒョンとスンヒョクでケミ(:いわゆるカップリングのこと)推しなんだ…!いいよね、めっちゃわかる…!)
陰キャ丸出し。キョドキョドと伏せた視界の端に映るうちわを見ながら共感の嵐。
ギュッと握り直したへファン君のうちわ。
と、その時視線の先には大きい革靴、すらりとスラックスを履いたいかにも男性の足が見えた。
「……」
(あ、れ…?男の人のファン…?
うわ、スーツだ。仕事終わりかな?
俺より年上の男性ファンなんて初めて見…
……、いや、なん、あれ?これ俺の方近付いてきてない?なになになに、な…)
ツカツカと歩み寄ってくる見ず知らずの男性に思わず固く目を瞑った。
「ウワーーーッ!!すみませ…ッ!!」
「すみません、私こういうものですが。」
「…ぇ…?」
恐る恐る薄目を開くと差し出された手には1枚の名刺が握られている。
「え?何…QYHエンタ…えっ?は??」
「QYHエンターテインメント・ジャパンの齋藤です。アイドル活動にご興味はないですか?」
「いや…えっ…は???俺がですか?」
「はい。もしご興味がありましたらここに書いてある番号に電話して頂けたら。」
「え…??あ…はあ……」
「それではすみません、失礼します。」
差し出されたから受け取ってしまった。
QYHエンタの名刺。
これは…えっと…
…俺の推しグルの事務所で…
(…お、俺がアイドル…?俺もう20になるんだけど…)
とは思いつつも受け取った名刺が何よりの証拠。…てか待って、そんなことより、
(お……)
(推しの所属する事務所のマジモンの名刺貰っちゃった~!!どうしよ~~!!!)
手にした名刺の“QYH”の文字を見返すと、嬉しくて思わず飛び跳ねてしまう。
はっと我に返って辺りを見回すと気付けば俺の周りをぐるっと半周、円を書くように綺麗に人が掃けている。
物珍しそうに周りの女の子たちが「なになに~?」「さっきのってスカウト?」「男の人のelectron珍し~!!」と口々に俺のことを話題にし始めた。
「ぁ…うぅ…」
ぱっと時計を確認。時刻は17時半過ぎ!開場開始!
俺はその場から逃げるように会場内へと飛び込んだ。
俺の座席は3階席。12列目。
(4年間FC会員でこんなことって…はは、まあ現実こんなもんだよね~。1個前の曲がめちゃめちゃSOKTOKでバズって急激に新規増えたし…)
決して良席ではないが、キャパがデカいわけでもないから思ったより全然見れる。
(うん、よかった。ステージは見えそう…)
うんうんと頷き席に座る。
受付で配られたスローガンの文字を見ながら思わず顔が緩む。
(「우리의 별、ATOM!(私たちの星、ATOM!) 영원히 빛이 사라지지 않는다( 永遠に輝きが消えることはない)」か…いい言葉だな。우리ATOMには相応しい…ふふ…)
あ、すみません…男が一番通路席にいたら通るの邪魔ですね…ほんとごめんなさい…
邪魔にならないようにきゅっと身を縮めると一旦スローガンをしまう。これはアンコールまで必要ない。
トートからペンラを取り出すと単四の電池をカチカチと三本嵌める。
ずっと流れていた音楽のボリュームが上がったのを感じる。胸に響く重低音。
周りからきゃあきゃあと黄色い声があがり始めた。会場の電気が暗くなり辺りのボルテージも急上昇。
ライブ前のこの時間が俺は好きだ。メンバーの映像が流れて、
(次に…つ、次にステージに浮かぶメンバーのシルエットが…見え…っ)
「きゃ~~~っ!!」
「わ、わぁ~~~っ!!」
…こうしていよいよ俺の、俺たちelectronの、待ち焦がれたATOMのステージが始まった!
俺が手にしたオペラグラス。
これはへファンを、ATOMのメンバーを見るため。
反対の手にはきゅっと握られたままのチケットとQYHの名刺。
…実はライブのことはあんまり覚えていない。
へファンの歌がよかったことしか覚えていない。
え?オタクってこんなもんですよね?
あなたは推しのライブに行って全部覚えてられるんですか、そうですか俺は何も覚えてられないタイプなんですごめんなさい
(へファナ…ソロやってくれてありがとう…っ、日本語もいっぱい勉強して…っ!トークも上手になってた…っ!!)
感動の涙を拭う(フリ)をしながらずっと握りしめて汗でくしゃくしゃになったチケット…と、名刺の存在を思い出した。
名刺に書いてある数字はかろうじて…読める。
(…母さん、なんて言うかな。応援は…きっとしてくれると思う、けど…)
日が昇った次の日、オペラグラスを置いて受話器を握った俺。
「あ、の!ダンサーって、募集してますか…!!!」
「お疲れ様で~~す山下さん!ライブ楽しんで!レポ期待してます!」
「お前今日何もしてないけどな~~。次の出勤俺らの分まで働けよ~~。」
汗でびしょびしょのシャツは(走ってきた時の汗+推しに遭遇した時にかいた変な汗)脱ぐのにめちゃめちゃ苦労したが、なんとなく髪を整えてそれなりのオシャレ着に袖を通してバイト先を飛び出した。
めちゃめちゃ遠いわけじゃないから今回は走って行くのはやめよう。また汗かいたらなんとなくでしか整えられてない髪の毛もぐちゃぐちゃになってしまう。
トートバッグを持ち直す。俺の周りには会場に向かうであろう女の子たちでいっぱいだ。
(ひゃ~~…みんな若いな、高校生?とか…?いいなあ、手からペンラぶら下げて……俺も女の子だったら友達とあんな風にライブ会場に向かってたのかな~~…)
ぼっち参戦の自分にはぐさぐさと刺さる。
なんならさっきから視線も刺さっている。
(そうですよね……やっぱATOMのライブに男一人参戦は目立つよね…すみませんこんなのが混ざって…)
足早に向かった会場近く。
時刻はまだ開場前。
ちょっと早く着きすぎたかな、なんて次第に増えていく女の子ファンを見ながら俺は男一人、肩身の狭い思いをしていた。
(あ、あの子はジョンユン推しなんだ…)
(ソジョンのうちわ多いな~、やっぱ人気あるよね…レート高いもん…)
(ミンヒョンとスンヒョクでケミ(:いわゆるカップリングのこと)推しなんだ…!いいよね、めっちゃわかる…!)
陰キャ丸出し。キョドキョドと伏せた視界の端に映るうちわを見ながら共感の嵐。
ギュッと握り直したへファン君のうちわ。
と、その時視線の先には大きい革靴、すらりとスラックスを履いたいかにも男性の足が見えた。
「……」
(あ、れ…?男の人のファン…?
うわ、スーツだ。仕事終わりかな?
俺より年上の男性ファンなんて初めて見…
……、いや、なん、あれ?これ俺の方近付いてきてない?なになになに、な…)
ツカツカと歩み寄ってくる見ず知らずの男性に思わず固く目を瞑った。
「ウワーーーッ!!すみませ…ッ!!」
「すみません、私こういうものですが。」
「…ぇ…?」
恐る恐る薄目を開くと差し出された手には1枚の名刺が握られている。
「え?何…QYHエンタ…えっ?は??」
「QYHエンターテインメント・ジャパンの齋藤です。アイドル活動にご興味はないですか?」
「いや…えっ…は???俺がですか?」
「はい。もしご興味がありましたらここに書いてある番号に電話して頂けたら。」
「え…??あ…はあ……」
「それではすみません、失礼します。」
差し出されたから受け取ってしまった。
QYHエンタの名刺。
これは…えっと…
…俺の推しグルの事務所で…
(…お、俺がアイドル…?俺もう20になるんだけど…)
とは思いつつも受け取った名刺が何よりの証拠。…てか待って、そんなことより、
(お……)
(推しの所属する事務所のマジモンの名刺貰っちゃった~!!どうしよ~~!!!)
手にした名刺の“QYH”の文字を見返すと、嬉しくて思わず飛び跳ねてしまう。
はっと我に返って辺りを見回すと気付けば俺の周りをぐるっと半周、円を書くように綺麗に人が掃けている。
物珍しそうに周りの女の子たちが「なになに~?」「さっきのってスカウト?」「男の人のelectron珍し~!!」と口々に俺のことを話題にし始めた。
「ぁ…うぅ…」
ぱっと時計を確認。時刻は17時半過ぎ!開場開始!
俺はその場から逃げるように会場内へと飛び込んだ。
俺の座席は3階席。12列目。
(4年間FC会員でこんなことって…はは、まあ現実こんなもんだよね~。1個前の曲がめちゃめちゃSOKTOKでバズって急激に新規増えたし…)
決して良席ではないが、キャパがデカいわけでもないから思ったより全然見れる。
(うん、よかった。ステージは見えそう…)
うんうんと頷き席に座る。
受付で配られたスローガンの文字を見ながら思わず顔が緩む。
(「우리의 별、ATOM!(私たちの星、ATOM!) 영원히 빛이 사라지지 않는다( 永遠に輝きが消えることはない)」か…いい言葉だな。우리ATOMには相応しい…ふふ…)
あ、すみません…男が一番通路席にいたら通るの邪魔ですね…ほんとごめんなさい…
邪魔にならないようにきゅっと身を縮めると一旦スローガンをしまう。これはアンコールまで必要ない。
トートからペンラを取り出すと単四の電池をカチカチと三本嵌める。
ずっと流れていた音楽のボリュームが上がったのを感じる。胸に響く重低音。
周りからきゃあきゃあと黄色い声があがり始めた。会場の電気が暗くなり辺りのボルテージも急上昇。
ライブ前のこの時間が俺は好きだ。メンバーの映像が流れて、
(次に…つ、次にステージに浮かぶメンバーのシルエットが…見え…っ)
「きゃ~~~っ!!」
「わ、わぁ~~~っ!!」
…こうしていよいよ俺の、俺たちelectronの、待ち焦がれたATOMのステージが始まった!
俺が手にしたオペラグラス。
これはへファンを、ATOMのメンバーを見るため。
反対の手にはきゅっと握られたままのチケットとQYHの名刺。
…実はライブのことはあんまり覚えていない。
へファンの歌がよかったことしか覚えていない。
え?オタクってこんなもんですよね?
あなたは推しのライブに行って全部覚えてられるんですか、そうですか俺は何も覚えてられないタイプなんですごめんなさい
(へファナ…ソロやってくれてありがとう…っ、日本語もいっぱい勉強して…っ!トークも上手になってた…っ!!)
感動の涙を拭う(フリ)をしながらずっと握りしめて汗でくしゃくしゃになったチケット…と、名刺の存在を思い出した。
名刺に書いてある数字はかろうじて…読める。
(…母さん、なんて言うかな。応援は…きっとしてくれると思う、けど…)
日が昇った次の日、オペラグラスを置いて受話器を握った俺。
「あ、の!ダンサーって、募集してますか…!!!」
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