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第一章
20 クレイグの反省会
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(薬のせいなのかな、すごい気持ちよかった……)
絶頂の余韻が去り、ヒナリがやけにすっきりとした気分で体を起こすと、すぐ隣でクレイグがうつぶせに倒れ込んでいることに気付いた。
顔だけが横を向いていて、目は開いているが焦点が合っておらず、眼鏡がずれていても直そうともしない。
これまで感じていた【隙のない真面目な学者様】といった雰囲気はどこへやら、目も口も半開きのままぴくりとも動かないので、異常事態に焦りを覚えつつヒナリは脱ぎ捨ててあったガウンで体を隠すと恐る恐るクレイグに話し掛けた。
「あ、あの、クレイグ? 大丈夫ですか?」
「あーはい大変気持ちよかったですー」
「!?」
棒読みで返事されてぎょっとする。
ヒナリがどう反応していいか困惑していると、クレイグが口元に手をやり、こほん、と咳払いをした。
勢いよくシーツに手を突いて起き上がり、眼鏡の位置を直すと――裸のまま突然がばっと土下座した。
「この度は大変申し訳ございませんでした! いくら緊張していたとはいえ、聖女様に無体を働いてしまうなんて……!」
そう叫んでシーツを強く握り締める。
ヒナリはクレイグの体に触るぎりぎりのところであたふたと手を振ると、ところどころ髪が跳ねている後頭部に向かって声を張り上げた。
「私の方こそだいぶみっともなかったですよね? 今回のことは忘れてください!」
途端にクレイグが素早く体を起こし、しかめっ面で叫び散らす。
「忘れられるわけないじゃないですかあんなすごいセックス! 私、初めてだったんですよ!?」
「え、ごめんなさい」
「なぜ貴女が謝るのです! 謝らなければならないのは私の方です! ヒナリ、いや聖女ヒナリ様、どうかお許しください!」
「気にしないでください、怒ってませんから」
「貴女の寛大な御心で私を許してくださっても、私自身が私を許せないのです! 私はこの日のために、完璧な薬を作ったと思い込んでいた。だのに結果はこれだ! 効きすぎてしまうなんて思ってもみなかった。まだまだ研究が足りなかったのです! 何たる不覚……!」
クレイグが悔しげに顔を歪める。
何も悪いことをしていないのに自分を責める姿に、ヒナリは不憫さを覚えずにはいられなかった。
相手の下半身辺りはなるべく見ないようにしながら、どうにか宥めようと試みる。
「あの、でしたら私、協力しましょうか?」
「え。協力、とは?」
金色の目が、しきりにまばたきを繰り返す。
「さっきみたいな強烈な効き目のお薬はさすがに困りますけど、もう少し効き目が穏やかなものだといいのかなって思うんです。そもそもあの薬って、儀式をやりやすくするために用意してくださったものなのですよね? 緊張するかも知れないからって」
「まあ、そう、とも言いますか……」
「作り直したりするんですよね? 貴方のお役に立てるなら、また飲みますよ」
「……! ありがとうございます、ヒナリ」
驚きの表情を浮かべていたクレイグが、紅潮した顔を綻ばせた。
(なんとお優しい御方なのだろう……)
クレイグは、今までに経験した覚えのない胸の熱さを感じていた。
こちらの無礼な振る舞いを咎めもせず、さらに手を差し伸べてくれるなんて、まさに聖女そのものではないか。
愛しい、とはこういう気持ちなのだろうか――。
心の赴くままに、ヒナリの腕を引いて抱き寄せ唇を重ねる。
「んっ……」
聞こえてきたヒナリの声に驚き、すぐさま唇を離す。
その瞬間ちゅっと音が鳴ってしまい、いかにもな音に気恥ずかしさを覚える。
しかしそれ以上に、幸福感が胸を満たしていく。
顔を見合わせれば、自然と顔が綻びる。ヒナリも同じように微笑んでくれている。
儀式の前は、キスすらできるイメージが湧いてこなかったというのに、こんなにも自然にできてしまうなんて――恋慕の情とはこれほどまでにままならないものなのだと思い知らされる。
事前にあれこれと脳内シミュレーションしていた過去の自分に何か声を掛けられるのならば、ただひとこと『悪あがきはやめておけ』と伝えたい。
愛しい人の頬に手を添えれば、銀色の長い睫毛が心地よさげに伏せられる。
今度はその瞼に唇を寄せて、すぐにそっと姿を現した紫色の瞳に微笑みかける。
「手順が前後してしまいましたね。一応こういった行為について、流れは学んでいたつもりだったのですが」
「ふふ。順番とか気にしなくていいんじゃないですか? こういうのって人それぞれだと思いますし」
温かな微笑みに、胸が高鳴り始める。
「では、もう一度だけ」
クレイグは再びヒナリを抱き寄せると、心が欲するに任せて唇を奪った。
柔らかな感触が、この上なく心地よい。もう一度だけと言ったのに止められない。
(なぜ私はこの手順を飛ばしてしまったのだろう)
優しく、かつ懸命に唇を受け止めてくれる、その戸惑いがちな反応が心をくすぐる。
初めてのキスは、体を交えたときと同じくらい熱く感じたのだった。
ヒナリがクレイグとのキスに夢中になっていると突然、
「うう、もう限界、です……」
とクレイグが力なくその場にくずおれた。
呼吸に上下するその肩を、ヒナリは懸命にさすった。
「クレイグ!? 大丈夫ですか!? すみません、無理させてしまって」
「いえ、私が無理したかったのです」
ゆっくりと仰向けになったクレイグが、ヒナリを見上げて笑みを浮かべた。
「ヒナリ、私を受け入れてくださってありがとうございます。次こそ満足させられるように努めます」
「え!? そんな、満足していないというわけではない、です、よ……?」
ヒナリは口を衝いて出た自分の本音に恥ずかしくなり、しおしおと項垂れた。
しかしすぐに顔を上げて、クレイグに笑みを返す。
「本当に、ありがとうございます。あなたのおかげで戸惑いを感じる暇もなかったです」
薬が効いている最中の記憶はあまり残っていないが、クレイグの薬の力で滞りなく進められたことには違いない。
ヒナリは三人目の儀式を何とか終えられて、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
絶頂の余韻が去り、ヒナリがやけにすっきりとした気分で体を起こすと、すぐ隣でクレイグがうつぶせに倒れ込んでいることに気付いた。
顔だけが横を向いていて、目は開いているが焦点が合っておらず、眼鏡がずれていても直そうともしない。
これまで感じていた【隙のない真面目な学者様】といった雰囲気はどこへやら、目も口も半開きのままぴくりとも動かないので、異常事態に焦りを覚えつつヒナリは脱ぎ捨ててあったガウンで体を隠すと恐る恐るクレイグに話し掛けた。
「あ、あの、クレイグ? 大丈夫ですか?」
「あーはい大変気持ちよかったですー」
「!?」
棒読みで返事されてぎょっとする。
ヒナリがどう反応していいか困惑していると、クレイグが口元に手をやり、こほん、と咳払いをした。
勢いよくシーツに手を突いて起き上がり、眼鏡の位置を直すと――裸のまま突然がばっと土下座した。
「この度は大変申し訳ございませんでした! いくら緊張していたとはいえ、聖女様に無体を働いてしまうなんて……!」
そう叫んでシーツを強く握り締める。
ヒナリはクレイグの体に触るぎりぎりのところであたふたと手を振ると、ところどころ髪が跳ねている後頭部に向かって声を張り上げた。
「私の方こそだいぶみっともなかったですよね? 今回のことは忘れてください!」
途端にクレイグが素早く体を起こし、しかめっ面で叫び散らす。
「忘れられるわけないじゃないですかあんなすごいセックス! 私、初めてだったんですよ!?」
「え、ごめんなさい」
「なぜ貴女が謝るのです! 謝らなければならないのは私の方です! ヒナリ、いや聖女ヒナリ様、どうかお許しください!」
「気にしないでください、怒ってませんから」
「貴女の寛大な御心で私を許してくださっても、私自身が私を許せないのです! 私はこの日のために、完璧な薬を作ったと思い込んでいた。だのに結果はこれだ! 効きすぎてしまうなんて思ってもみなかった。まだまだ研究が足りなかったのです! 何たる不覚……!」
クレイグが悔しげに顔を歪める。
何も悪いことをしていないのに自分を責める姿に、ヒナリは不憫さを覚えずにはいられなかった。
相手の下半身辺りはなるべく見ないようにしながら、どうにか宥めようと試みる。
「あの、でしたら私、協力しましょうか?」
「え。協力、とは?」
金色の目が、しきりにまばたきを繰り返す。
「さっきみたいな強烈な効き目のお薬はさすがに困りますけど、もう少し効き目が穏やかなものだといいのかなって思うんです。そもそもあの薬って、儀式をやりやすくするために用意してくださったものなのですよね? 緊張するかも知れないからって」
「まあ、そう、とも言いますか……」
「作り直したりするんですよね? 貴方のお役に立てるなら、また飲みますよ」
「……! ありがとうございます、ヒナリ」
驚きの表情を浮かべていたクレイグが、紅潮した顔を綻ばせた。
(なんとお優しい御方なのだろう……)
クレイグは、今までに経験した覚えのない胸の熱さを感じていた。
こちらの無礼な振る舞いを咎めもせず、さらに手を差し伸べてくれるなんて、まさに聖女そのものではないか。
愛しい、とはこういう気持ちなのだろうか――。
心の赴くままに、ヒナリの腕を引いて抱き寄せ唇を重ねる。
「んっ……」
聞こえてきたヒナリの声に驚き、すぐさま唇を離す。
その瞬間ちゅっと音が鳴ってしまい、いかにもな音に気恥ずかしさを覚える。
しかしそれ以上に、幸福感が胸を満たしていく。
顔を見合わせれば、自然と顔が綻びる。ヒナリも同じように微笑んでくれている。
儀式の前は、キスすらできるイメージが湧いてこなかったというのに、こんなにも自然にできてしまうなんて――恋慕の情とはこれほどまでにままならないものなのだと思い知らされる。
事前にあれこれと脳内シミュレーションしていた過去の自分に何か声を掛けられるのならば、ただひとこと『悪あがきはやめておけ』と伝えたい。
愛しい人の頬に手を添えれば、銀色の長い睫毛が心地よさげに伏せられる。
今度はその瞼に唇を寄せて、すぐにそっと姿を現した紫色の瞳に微笑みかける。
「手順が前後してしまいましたね。一応こういった行為について、流れは学んでいたつもりだったのですが」
「ふふ。順番とか気にしなくていいんじゃないですか? こういうのって人それぞれだと思いますし」
温かな微笑みに、胸が高鳴り始める。
「では、もう一度だけ」
クレイグは再びヒナリを抱き寄せると、心が欲するに任せて唇を奪った。
柔らかな感触が、この上なく心地よい。もう一度だけと言ったのに止められない。
(なぜ私はこの手順を飛ばしてしまったのだろう)
優しく、かつ懸命に唇を受け止めてくれる、その戸惑いがちな反応が心をくすぐる。
初めてのキスは、体を交えたときと同じくらい熱く感じたのだった。
ヒナリがクレイグとのキスに夢中になっていると突然、
「うう、もう限界、です……」
とクレイグが力なくその場にくずおれた。
呼吸に上下するその肩を、ヒナリは懸命にさすった。
「クレイグ!? 大丈夫ですか!? すみません、無理させてしまって」
「いえ、私が無理したかったのです」
ゆっくりと仰向けになったクレイグが、ヒナリを見上げて笑みを浮かべた。
「ヒナリ、私を受け入れてくださってありがとうございます。次こそ満足させられるように努めます」
「え!? そんな、満足していないというわけではない、です、よ……?」
ヒナリは口を衝いて出た自分の本音に恥ずかしくなり、しおしおと項垂れた。
しかしすぐに顔を上げて、クレイグに笑みを返す。
「本当に、ありがとうございます。あなたのおかげで戸惑いを感じる暇もなかったです」
薬が効いている最中の記憶はあまり残っていないが、クレイグの薬の力で滞りなく進められたことには違いない。
ヒナリは三人目の儀式を何とか終えられて、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
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