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第一章
22 傷心の賢者ダリオ(■)
しおりを挟む※残酷表現があります(強姦)
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ダリオが話を切り出した途端、聖女ヒナリが姿勢を正した。その美しい顔に真剣な表情を浮かべて小さく頷く。自分に向き合おうとしてくれている優しさすら、胸に痛みを走らせる。
ダリオはそれを紛らそうと深く息を吸い込むと、自分が儀式に対して消極的な態度を取り続けている理由を吐露した。
「僕は……性行為に対して、良い思い出が全くなくてね」
ダリオを見つめてくる紫色の目が見開かれる。
「賢者と繋がりを持ちたいという理由で、何人もの女性が学園内で僕に近付いてきて、誰も寄り付かない場所に僕を連れ込み拘束したり薬を盛ったりして……勝手に上に乗って腰を振ってきていたんだ。本当に……気色悪かった」
ヒナリは賢者ダリオの信じがたい告白を聞いて、胸が張り裂けそうになった。
(それって強姦じゃない……!)
賢者ダリオが学園を卒業したあと家に引きこもっていたのはそれが理由なのだろう。無理もない。
「誰にそんなことされたんですか! 許せない!」
ヒナリが怒りに声を張り上げる一方で、賢者ダリオは他人事のように淡々と語るばかりだった。
「賢者はお務め終了後に莫大な褒賞金が出る。だから、僕が神殿にこもりきりになる前に僕との子を成して、賢者と縁を結んでおこうと目論んでいたんだ。一生遊んで暮らせるほどの金の前では、女はなりふり構わなくなるらしい。……あれで淑女だなんて言うから笑わせる」
「誰かに打ち明けられなかったのですか」
「僕の家族は、賢者を輩出した家だからと常に世間の目に晒されていたから、さらに迷惑を掛けたくなかったんだ。それに、女性に組み敷かれてたなんて屈辱……口にするのも嫌だった」
「犯罪だと訴えることはできないのですか?」
「相手が合意の上だったと主張すれば裁判が長引くし、それで衆目を集めるのは本意ではない。非合意だったなんて、彼女らは何がなんでも認めないだろうからね」
賢者ダリオは静かに深呼吸すると、さらに続けた。
「僕ら賢者はお務めが始まるまで自由が許されている代わりに、常に手厚く国や神殿から護られているわけじゃないんだ。監視されているみたいになってしまうから」
ヒナリが頷いてみせれば、賢者ダリオが床に視線を落としたまま説明を続ける。
「僕の醜聞で他の賢者の皆に迷惑をかけたくなかったんだ。それに、賢者がここ数代ほぼ同じ家門から輩出されていることを気に食わない貴族がいるから、賢者の失墜を狙う輩が裏で手を引いている可能性もあるし。そんな奴らに屈してみっともなく周囲に助けを求めるなんて、賢者らしくない姿を世間に晒したくなかった」
賢者ダリオが溜め息をつく。その吐息は震えているように聞こえた。
「お務めが始まる前の賢者に結婚してはならないという決まりはない。だからこそ、彼女たちはそんな体を張った方法で僕と縁者になろうとしていた。でも……」
赤い目が、一瞬だけヒナリの方に向けられる。
「君は、もう誰かから聞いてるかな。賢者には避妊の魔法が掛かっているって」
「ええ。ベルトランが教えてくれました」
「儀式の内容と同じく、賢者に掛けられている魔法について知る人はごく一部の人だけ。それを知らずに僕を襲った女どもは、子が成せなかったと判った途端、僕に向かって金切り声で『その見てくれで不能だなんて、とんだ期待外れですこと』だの『賢者のお務めが終わった後は寂しい老後が待ち構えてますね、仕方ないから私がもらってあげてもいいんですよ』だのと散々なじってきたよ」
「ひどすぎる……!」
賢者とは、誰からも大事にされ続けてきたのだろうとヒナリは思っていた。それなのに賢者ダリオが心と体を虐げられていたと知り、目の奥が熱くなる。
ヒナリはまばたきを繰り返して涙を抑え込むと、賢者ダリオに頭を下げた。
「思い出すのも辛いことを打ち明けさせてしまって、本当にごめんなさい」
ぽつりと涙が一粒、膝の上に落ちてガウンに染み込んでいった。
ダリオは聖女ヒナリの体の回りに浮かぶ光の粒を目で追った。
その球体のオーラを見て、聖女ヒナリが我が事のように本気で怒ったり悲しんでくれているのが見て取れる。
学園で自分を襲ってきた女たちは皆一様に、どす黒いオーラを放っていた。
汚れきった自分に、聖女ヒナリが心を寄せてくれている。
その事実を目の当たりにし、胸が熱くなっていく。
ヒナリが指の背で涙を拭っていると、賢者ダリオが仄かな笑みを浮かべた。
「君は本当に……、言葉と心に偽りがないね」
「え?」
「実は……僕の目は【魔眼】と呼ばれていて、人の放つオーラが見えるんだ。オーラを見れば、その人の感情が見て取れる」
といって自ら赤い瞳を指差す。ヒナリが賢者ダリオの目をじっと覗き込むと、虹彩の中に細かい星のような輝きが見えた。
「綺麗……。その魔眼というもので、私の考えが読めるのですか?」
「今まで黙っていてごめん。実はそうなんだ。魔眼とは我が一族、アウレンティ家の血筋の者のみが持つ能力で、魔眼持ちは子供の頃に特別な訓練を受けて、見えない状態を保ち続けられるようにしている。だけど聖女様のオーラはどうしたって見えてしまうとの言い伝えがあってね」
賢者ダリオが感激した風に目を細める。
「君の御降臨のときに初めて、自分でも見ないように制御できないオーラを見たけれど、君のオーラは……本当に美しい」
赤い瞳が、何もない空間にゆっくりと視線を辿らせる。その焦点が合っていない風な目付きに、ヒナリは見覚えがあった。
「その視線……だから私が降臨したとき、ずっと宙を見上げていたのですね」
「そう。あの美しい光景は、生涯忘れられない」
賢者ダリオがそっと目を閉じて、大切なものを抱え込むように胸に手を当てる。
「あのあと僕が『家に引きこもっていた』と自己紹介したときも、君は僕を軽蔑せずに心配してくれた。そのことも、本当に嬉しかった」
(私、みんなの自己紹介のときにどんなこと考えてたっけ……)
あの時は色々な情報を一篇に詰め込まれたせいで、細かいことは憶えていない。
賢者ダリオが嬉しがっている一方で、それについて憶えていないことをヒナリは申し訳なく思った。
それを正直に言ったら悲しませてしまうだろうと思い、ヒナリは賢者ダリオにそのことを黙っておくことにした。
話題を変えようと、先程の説明の中で気になった点を尋ねる。
「オーラってどんな風に見えるのですか?」
「目映く輝く球体が、君の体から湧き出て、こう……立ち上っていく」
賢者ダリオが人差し指を立てて、宙を指先でなぞりあげていく。
それがいくら美しいとはいえ、他人が見えていないものが見えてしまうのは大変だろうなとヒナリは思った。
「あの、質問があるのですが」
「なんだい?」
「例えば、私が誰かに憎しみの感情を抱いたとして、それも見えるのですよね?」
言葉や表情が心と一致していない、そんな腹黒な人間は聖女に相応しくないと言われるのだろうか――。
そう心配した途端にぎゅっと手を握られる。
突然の感触に驚いて固まっていると、賢者ダリオが切なげな顔をしてヒナリの目を覗き込んできた。
「そんなに不安にならないで。もし君のオーラがそういう色になっていたとして、僕がそれを見て君を見損なうなんて、決してしないから」
ヒナリの手を、賢者ダリオの両手が包み込む。
「僕ら賢者は、聖女様をお護りし、魔力を捧げるために生まれてきたんだ。もし君が負の感情を抱いたとして、君の憂いを取り払ってあげたいとは思うけど、聖女がそんな感情を抱くのはおかしいなんて全く思わない。見えたオーラを口外しないことも約束する」
「わかりました。ありがとうございます」
誰にも言わないでいてくれるとはいえ、賢者ダリオには全て伝わってしまう――。
「常に心を覗かれてるみたいになるのは、ちょっと落ち着かないけど……」
ヒナリは賢者ダリオの手を握り返すと、赤い瞳をまっすぐに見つめ返した。
「うん、慣れるようにします! あなたに『イヤなもの見ちゃったな』って思わせないように前向きな気持ちを保ちます! どうやってやったらいいかまだわからないけど、やれるだけやってみます!」
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