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第三章
50 聖女の涙
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「ヒナリ!」
ベルトランとクレイグ、そしてダリオが悲痛な面持ちで馬上のヒナリを見上げてくる。
「ヒナリ様! ご無事で……!」
召し使いたちが、口々に声掛けしてくる。
馬から下ろされたヒナリは一同を見渡すと、勢いよく頭を下げた。
「みんなごめんね、お騒がせしちゃって。もう大丈夫だよ」
顔を上げて、無理やり笑顔を作ってみる。
しかし、きちんと笑えている自信はなかった。
ひとまず居間に集合し、腰を落ち着ける。
ヒナリはメイドから茶を出されても、口を付ける気にはなれなかった。
(この邸宅以外はそんなに安全じゃないのかな。聖女のくせに、自由にさせてもらい過ぎちゃったのかも。それでみんなに迷惑を掛けるなんて、聖女としてあるまじき行為だよね。みんなにすごく心配を掛けて、申し訳ないことしちゃったな)
心臓はずっと騒がしいままだった。意識的に息を吸い込んで、どうにか落ち着こうとする。
四人の賢者からの視線を感じる中、ヒナリはどうしても視線を上げられなかった。
(いつまでもうつむいてちゃ『心配してくれ』と言ってるようなものじゃない。顔を上げないと)
重い心を持ち上げるべく、無理やり背筋を伸ばして正面を向く。するとダリオの赤い瞳と視線がぶつかった。
「ヒナリ。僕らの前では無理して笑わなくていいんだよ」
「え? 無理なんてしてないよ?」
そう言って口元を微笑ませてみせると、ダリオが切なげに眉をひそめた。
赤い魔眼の煌めきに、感情を見透かされていることを思い知らされる。
「そっか、ダリオには見えちゃうのか……」
「……ごめん」
「ううん、謝らないで。ホントに大丈夫、だから……、っ」
嘘をついた途端に涙が溢れてきた。
「ヒナリ……!」
隣に座っていたベルトランが、ヒナリをぎゅっと抱き締めてくる。凍り付いた心にぬくもりが沁み込んでくれば、途端に抑え込んでいた感情が鮮明に浮かび上がってきた。
「怖かった……!」
頭を撫でられて、背中をぽんぽんと叩かれる。
子供を慰めるような優しい触れ方をされて、ますます涙が引き出されていく。
――余所の世界から来た分際で!
――貴様の仕事は男に股を開くだけだろう!
すぐにでも忘れたい声が、頭の中に響き渡る。いくら抱き締められても頭を撫でられても涙は止まらない。
罵声を浴びせかけられたヒナリは、心が傷付いていたことを自分の涙に思い知らされたのだった。
しばらくしてようやく泣き止んだヒナリがベルトランの胸からゆっくりと起き上がると、すかさず目の前にハンカチが差し出された。
「ありがとう……」
ベルトランのハンカチで涙の跡を押さえつつ、賢者たちに問い掛ける。
「あの人って、儀式のことを知ってるくらいだから、この神殿の中でもすごく偉い人なんだよね?」
四人の賢者が一斉に頷いた。
アルトゥールが犯人について語り始める。
「神官ハトリイメル・ルスナダ。神学校での成績は歴代最高だったが、人物評で『聖女崇拝が著しく強い傾向が見られる』と言われていたらしい。しかし聖女様ばかりを重んじる異常さより【女神様を軽んじる恐れがないか】の方が懸念事項としては大きく扱われていたのだ。まさか聖女様に手を出すなんて、誰も思いもしなかったからだろう」
クレイグが言葉を継ぐ。
「聖女様を異様に崇拝していたからこそ、神官に選ばれた際に儀式の内容を知り、失望でもしたのでしょうね、勝手に理想像を思い描いていた聖女様の清らかさが損なわれたと感じて。儀式がどのような内容だろうと、聖女様の神性は変わりようもないというのに」
説明が終わるやいなや、再びベルトランに抱き寄せられた。
「ヒナリ。君が落ち着くまで、ずっとそばに居るよ」
「……ありがとう」
(私って、一体なんなんだろう)
突然死んで、別の世界に連れて来られて。
言われるがままに賢者たちに抱かれて、祈りを捧げて。
束の間の平和を作り出しても――。
「あの人、私のこと、余所者って言ってた……」
「――! ヒナリ……!」
すぐさま隣にやってきたアルトゥールがヒナリの手を取り上げて、きつく握ってきた。
真摯な眼差しでヒナリの目を見据える。
「貴女はこの世界の聖女であることは確かです。貴女は既に、それを世界中の人々に証明してみせました」
持ち上げたヒナリの手の甲を自身の額に押し当てて、再び目を覗き込んでくる。
「どうかヒナリ、貴女の苦しみ、そして悲しみを我々にも背負わせてください。我々賢者のみならず、聖女様まで軽んじて、心ない言葉を投げ付けてこようとする者は少なくありません。聖女様の祈りに救われておきながら、それは『女神様の御加護に過ぎない』と主張し、聖女様の存在に納得しない蒙昧な連中が居るのです、残念ながら」
熱く大きな手に、力が込められる。
「貴女と共に悩み、苦しみ、それでも貴女と手を携え、未来に進んで行きたい」
「ありがとう。……私、聖女として、もっと頑張らないとだね」
自分でも情けなく感じるほどに弱々しい声で呟いた途端。
「ヒナリ」
ともすればすぐに沈み行く心が、ダリオの声に引き留められた。
「急いで立ち直ろうとしなくていいから。君が泣きたいとき、僕らはずっと君のそばに居る。賢者だからとか関係ない。僕ら自身がそうしたくてしてるんだって、憶えておいて」
意外な言葉を聞かされて、ヒナリはすぐさま顔を上げて四人の賢者を見た。
(賢者だからとか、関係ない……?)
「みんな、そうなの……?」
何度も目をまばたかせながら問えば、賢者たちが口元を微笑ませて一斉に頷く。
「……そっか。みんな、本当にありがとう」
四人の眼差しの温かさが、傷の癒えない心に染み込んでくる。また涙が浮かんできてしまい、ヒナリは慌ててハンカチで目を押さえた。
(ずっと私が落ち込んでるから、こういう言い方をしてくれるのかな)
本当に、なんて優しい人たちなんだろう――。
私は聖女として、世界中の人たちより、この人たちの幸せを祈りたい。そんなわがまま、聖女には許されないのかな――。
◇◇◆◇◇
ベルトランはわずかに視線を横に向けると、肩に寄り掛かるヒナリの寝顔を眺めた。
薄く開かれた唇の隙間から、すやすやと寝息を洩らしている。
罪を犯した神官は神殿の地下牢に幽閉され、そこで生涯を終える。
ひとつの危機が去ったとて、これから何も起こらないとは考えがたい。
この世界にはまだ、厄介な火種が存在している――。
四人の賢者は、ヒナリを起こさないよう小声で話し始めた。
「神官ルスナダって、【聖女反対派】と繋がりはあると思う?」
ダリオが疑問を呈すれば、クレイグが眉をひそめて首を振る。
「いえ、それにしては行動が粗末すぎます。欲に駆られた蛮行でしょう」
「でも、既に反対派が神殿に入り込んでいると想定して行動する方が良さそうだね」
ベルトランが溜め息混じりにそう言うと、アルトゥールが頷いた。
「ああ。何せ反対派の筆頭はシュネインゼル辺境伯と噂されているからな。我らが四大公爵家の財産の合計額に迫る額を貯め込んでいると憶測される領地であるだけに、人望は皆無であっても金にものを言わせて神殿に入り込める有能な人材を雇い、送り込んでくるのも不可能ではないだろう」
ダリオとベルトランがそれぞれ腕組みし、顎に手を当てる。
「辺境伯か。今のところ反対派との繋がりは見つかっていないんだよね?」
「そこなんだよね。あんなにあからさまに敵対心をあらわにしているのに何も証拠が出てこないから、ただ自身の家門から賢者を輩出できないことを恨んでいるだけと世間からは思われているというね。能天気なことだよ」
ふたりの会話にアルトゥールが続く。
「我々が自由に動けない以上、引き続き調査結果を待つより他にないな。辺境伯領に隣接する我がツェアフェルト領からの間者を増員するよう早急に打診しておこう」
アルトゥールはおもむろに立ち上がると、ベルトランに寄り掛かって眠るヒナリの元へ行き、その体の下に手を差し込みそっと抱き上げた。
濃い銀色をした長い睫毛には、涙の粒が飾られていた。悲しみの結晶の輝きに、胸が締め付けられる。
「ヒナリ。貴女のことを……我々が命懸けで護ります」
小さな寝息だけが、切なる誓いを受け止める。
涙が一粒、眠るヒナリの頬を伝い落ちていった。
◇◇◆◇◇
騒動の次の日の朝。
アルトゥールは『ヒナリは皆に任せた』と言い残し、馬を駆り王国騎士団本部へと出掛けて行った。
続いてクレイグが王立魔法薬学研究所へと出発するところを、ヒナリとふたりの賢者とで見送る。
馬車に乗り込もうとしたクレイグが足を止め、苦々しげに呟いた。
「こんな大事なときに、貴女のお側に居られないなんて……」
その独り言を、ベルトランが拾う。
「今日は国中から学者が集まる大きな学会が開かれるんだよね。それを君が休んで神殿で何かあったと勘繰られるのはまずいでしょう?」
「いちいち貴方に言われずとも分かっていますよ」
馬車の階段に足を掛けるその後ろ姿に、ヒナリはなるべく元気に聞こえる声で呼び掛けた。
「クレイグ、お仕事頑張ってね」
「ええ。貴女も」
顔を振り向かせたクレイグは、微笑みを残して馬車に乗り込んでいった。
「聖女ヒナリ様、お迎えに上がりました」
ひとりの女性騎士がヒナリの目の前に膝を突く。今日からヒナリが神殿内を移動する際は、聖騎士団長ヘルッタが随行することとなったのだった。
凛とした眼差しを受け止めてから、賢者たちに振り向く。
「ふたりとも、お見送りありがとう。それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ベルトランとダリオが声を揃える。
「……」
一歩踏み出そうとした足がすくむ。
すぐさまベルトランが優しい声で呼び掛けてきた。
「ヒナリ、無理して行かなくてもいいんだよ?」
「無理なんてしてないよ。ヘルッタさんも一緒だし、怖いものなしだね」
ヒナリはふたりの賢者に微笑んでみせた。
(早くこの世界のことを学んで、聖女にふさわしい人だって言ってもらえるようにならないと)
ベルトランとクレイグ、そしてダリオが悲痛な面持ちで馬上のヒナリを見上げてくる。
「ヒナリ様! ご無事で……!」
召し使いたちが、口々に声掛けしてくる。
馬から下ろされたヒナリは一同を見渡すと、勢いよく頭を下げた。
「みんなごめんね、お騒がせしちゃって。もう大丈夫だよ」
顔を上げて、無理やり笑顔を作ってみる。
しかし、きちんと笑えている自信はなかった。
ひとまず居間に集合し、腰を落ち着ける。
ヒナリはメイドから茶を出されても、口を付ける気にはなれなかった。
(この邸宅以外はそんなに安全じゃないのかな。聖女のくせに、自由にさせてもらい過ぎちゃったのかも。それでみんなに迷惑を掛けるなんて、聖女としてあるまじき行為だよね。みんなにすごく心配を掛けて、申し訳ないことしちゃったな)
心臓はずっと騒がしいままだった。意識的に息を吸い込んで、どうにか落ち着こうとする。
四人の賢者からの視線を感じる中、ヒナリはどうしても視線を上げられなかった。
(いつまでもうつむいてちゃ『心配してくれ』と言ってるようなものじゃない。顔を上げないと)
重い心を持ち上げるべく、無理やり背筋を伸ばして正面を向く。するとダリオの赤い瞳と視線がぶつかった。
「ヒナリ。僕らの前では無理して笑わなくていいんだよ」
「え? 無理なんてしてないよ?」
そう言って口元を微笑ませてみせると、ダリオが切なげに眉をひそめた。
赤い魔眼の煌めきに、感情を見透かされていることを思い知らされる。
「そっか、ダリオには見えちゃうのか……」
「……ごめん」
「ううん、謝らないで。ホントに大丈夫、だから……、っ」
嘘をついた途端に涙が溢れてきた。
「ヒナリ……!」
隣に座っていたベルトランが、ヒナリをぎゅっと抱き締めてくる。凍り付いた心にぬくもりが沁み込んでくれば、途端に抑え込んでいた感情が鮮明に浮かび上がってきた。
「怖かった……!」
頭を撫でられて、背中をぽんぽんと叩かれる。
子供を慰めるような優しい触れ方をされて、ますます涙が引き出されていく。
――余所の世界から来た分際で!
――貴様の仕事は男に股を開くだけだろう!
すぐにでも忘れたい声が、頭の中に響き渡る。いくら抱き締められても頭を撫でられても涙は止まらない。
罵声を浴びせかけられたヒナリは、心が傷付いていたことを自分の涙に思い知らされたのだった。
しばらくしてようやく泣き止んだヒナリがベルトランの胸からゆっくりと起き上がると、すかさず目の前にハンカチが差し出された。
「ありがとう……」
ベルトランのハンカチで涙の跡を押さえつつ、賢者たちに問い掛ける。
「あの人って、儀式のことを知ってるくらいだから、この神殿の中でもすごく偉い人なんだよね?」
四人の賢者が一斉に頷いた。
アルトゥールが犯人について語り始める。
「神官ハトリイメル・ルスナダ。神学校での成績は歴代最高だったが、人物評で『聖女崇拝が著しく強い傾向が見られる』と言われていたらしい。しかし聖女様ばかりを重んじる異常さより【女神様を軽んじる恐れがないか】の方が懸念事項としては大きく扱われていたのだ。まさか聖女様に手を出すなんて、誰も思いもしなかったからだろう」
クレイグが言葉を継ぐ。
「聖女様を異様に崇拝していたからこそ、神官に選ばれた際に儀式の内容を知り、失望でもしたのでしょうね、勝手に理想像を思い描いていた聖女様の清らかさが損なわれたと感じて。儀式がどのような内容だろうと、聖女様の神性は変わりようもないというのに」
説明が終わるやいなや、再びベルトランに抱き寄せられた。
「ヒナリ。君が落ち着くまで、ずっとそばに居るよ」
「……ありがとう」
(私って、一体なんなんだろう)
突然死んで、別の世界に連れて来られて。
言われるがままに賢者たちに抱かれて、祈りを捧げて。
束の間の平和を作り出しても――。
「あの人、私のこと、余所者って言ってた……」
「――! ヒナリ……!」
すぐさま隣にやってきたアルトゥールがヒナリの手を取り上げて、きつく握ってきた。
真摯な眼差しでヒナリの目を見据える。
「貴女はこの世界の聖女であることは確かです。貴女は既に、それを世界中の人々に証明してみせました」
持ち上げたヒナリの手の甲を自身の額に押し当てて、再び目を覗き込んでくる。
「どうかヒナリ、貴女の苦しみ、そして悲しみを我々にも背負わせてください。我々賢者のみならず、聖女様まで軽んじて、心ない言葉を投げ付けてこようとする者は少なくありません。聖女様の祈りに救われておきながら、それは『女神様の御加護に過ぎない』と主張し、聖女様の存在に納得しない蒙昧な連中が居るのです、残念ながら」
熱く大きな手に、力が込められる。
「貴女と共に悩み、苦しみ、それでも貴女と手を携え、未来に進んで行きたい」
「ありがとう。……私、聖女として、もっと頑張らないとだね」
自分でも情けなく感じるほどに弱々しい声で呟いた途端。
「ヒナリ」
ともすればすぐに沈み行く心が、ダリオの声に引き留められた。
「急いで立ち直ろうとしなくていいから。君が泣きたいとき、僕らはずっと君のそばに居る。賢者だからとか関係ない。僕ら自身がそうしたくてしてるんだって、憶えておいて」
意外な言葉を聞かされて、ヒナリはすぐさま顔を上げて四人の賢者を見た。
(賢者だからとか、関係ない……?)
「みんな、そうなの……?」
何度も目をまばたかせながら問えば、賢者たちが口元を微笑ませて一斉に頷く。
「……そっか。みんな、本当にありがとう」
四人の眼差しの温かさが、傷の癒えない心に染み込んでくる。また涙が浮かんできてしまい、ヒナリは慌ててハンカチで目を押さえた。
(ずっと私が落ち込んでるから、こういう言い方をしてくれるのかな)
本当に、なんて優しい人たちなんだろう――。
私は聖女として、世界中の人たちより、この人たちの幸せを祈りたい。そんなわがまま、聖女には許されないのかな――。
◇◇◆◇◇
ベルトランはわずかに視線を横に向けると、肩に寄り掛かるヒナリの寝顔を眺めた。
薄く開かれた唇の隙間から、すやすやと寝息を洩らしている。
罪を犯した神官は神殿の地下牢に幽閉され、そこで生涯を終える。
ひとつの危機が去ったとて、これから何も起こらないとは考えがたい。
この世界にはまだ、厄介な火種が存在している――。
四人の賢者は、ヒナリを起こさないよう小声で話し始めた。
「神官ルスナダって、【聖女反対派】と繋がりはあると思う?」
ダリオが疑問を呈すれば、クレイグが眉をひそめて首を振る。
「いえ、それにしては行動が粗末すぎます。欲に駆られた蛮行でしょう」
「でも、既に反対派が神殿に入り込んでいると想定して行動する方が良さそうだね」
ベルトランが溜め息混じりにそう言うと、アルトゥールが頷いた。
「ああ。何せ反対派の筆頭はシュネインゼル辺境伯と噂されているからな。我らが四大公爵家の財産の合計額に迫る額を貯め込んでいると憶測される領地であるだけに、人望は皆無であっても金にものを言わせて神殿に入り込める有能な人材を雇い、送り込んでくるのも不可能ではないだろう」
ダリオとベルトランがそれぞれ腕組みし、顎に手を当てる。
「辺境伯か。今のところ反対派との繋がりは見つかっていないんだよね?」
「そこなんだよね。あんなにあからさまに敵対心をあらわにしているのに何も証拠が出てこないから、ただ自身の家門から賢者を輩出できないことを恨んでいるだけと世間からは思われているというね。能天気なことだよ」
ふたりの会話にアルトゥールが続く。
「我々が自由に動けない以上、引き続き調査結果を待つより他にないな。辺境伯領に隣接する我がツェアフェルト領からの間者を増員するよう早急に打診しておこう」
アルトゥールはおもむろに立ち上がると、ベルトランに寄り掛かって眠るヒナリの元へ行き、その体の下に手を差し込みそっと抱き上げた。
濃い銀色をした長い睫毛には、涙の粒が飾られていた。悲しみの結晶の輝きに、胸が締め付けられる。
「ヒナリ。貴女のことを……我々が命懸けで護ります」
小さな寝息だけが、切なる誓いを受け止める。
涙が一粒、眠るヒナリの頬を伝い落ちていった。
◇◇◆◇◇
騒動の次の日の朝。
アルトゥールは『ヒナリは皆に任せた』と言い残し、馬を駆り王国騎士団本部へと出掛けて行った。
続いてクレイグが王立魔法薬学研究所へと出発するところを、ヒナリとふたりの賢者とで見送る。
馬車に乗り込もうとしたクレイグが足を止め、苦々しげに呟いた。
「こんな大事なときに、貴女のお側に居られないなんて……」
その独り言を、ベルトランが拾う。
「今日は国中から学者が集まる大きな学会が開かれるんだよね。それを君が休んで神殿で何かあったと勘繰られるのはまずいでしょう?」
「いちいち貴方に言われずとも分かっていますよ」
馬車の階段に足を掛けるその後ろ姿に、ヒナリはなるべく元気に聞こえる声で呼び掛けた。
「クレイグ、お仕事頑張ってね」
「ええ。貴女も」
顔を振り向かせたクレイグは、微笑みを残して馬車に乗り込んでいった。
「聖女ヒナリ様、お迎えに上がりました」
ひとりの女性騎士がヒナリの目の前に膝を突く。今日からヒナリが神殿内を移動する際は、聖騎士団長ヘルッタが随行することとなったのだった。
凛とした眼差しを受け止めてから、賢者たちに振り向く。
「ふたりとも、お見送りありがとう。それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ベルトランとダリオが声を揃える。
「……」
一歩踏み出そうとした足がすくむ。
すぐさまベルトランが優しい声で呼び掛けてきた。
「ヒナリ、無理して行かなくてもいいんだよ?」
「無理なんてしてないよ。ヘルッタさんも一緒だし、怖いものなしだね」
ヒナリはふたりの賢者に微笑んでみせた。
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