62 / 102
第三章
62 囚われのクレイグ
しおりを挟む
「この場の責任者は私です。ヒューゴ、貴方が謝罪する必要はありません」
丸椅子に座るクレイグが床にへたり込んだヒューゴの腕を引き、強引に立ち上がらせる。
よろよろと立ち上がった少年の白衣をクレイグが払う。その様子は面倒見の良い兄のように見えた。
涙で頬を濡らしたヒューゴが弁明を始める。
「クレイグ様が、ヒナリ様の御身には魔法薬が予想以上の効果を発揮してしまうとお悩みになっているとお聞きし、過去の記録を探してみたのですが、聖女様に魔法薬を処方した記録はごくわずかしか残っておらず、原因をつかめずにおりました。そこで私がクレイグ様に測定の提案をさせていただいたのです。データ欲しさに軽率な行動を取ってしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
「ヒューゴ様、どうかお気に病まないでください。まさかこんなことになんて予想できる根拠がなかったのでしょう? 次代以降の聖女様が同じ目に遭わずに済むなら、私で試していただけて良かったです」
「ヒナリ様……! 恐れ入ります……!」
ヒナリが微笑むと、ヒューゴはまた目を潤ませ始めた。
涙目になったヒューゴの背中をクレイグがぽんぽんと叩き、丸椅子から立ち上がる。
「さてヒナリ、私は所長と話をして参ります。重大事案が発生したことを報告せねばならないので」
「クレイグ、怒られちゃうの? 私なら大丈夫だから……」
「貴女が気に病む必要はありませんよ。ありがとうございます、ヒナリ。しばらく安静にしていてくださいね。後ほど迎えに参りますので」
「わかった。じっとしてるね」
ヒナリの言葉にクレイグが微笑する。
「ヒューゴ、ヒナリを頼みます」
「はい!」
気合いの入ったヒューゴの声が響く中、クレイグは助手のモニークと共に部屋を出ていった。
丸椅子に座ったヒューゴが「失礼します」とひとこと断ってからヒナリの手を取り上げて、指先をヒナリの手首に添えて脈拍を測り出す。
特に異常はなかったらしく、ほっと息をつく。
ヒナリは安堵したヒューゴの顔を見つめると、小さく頭を下げた。
「ヒューゴ様、お騒がせしてしまって本当にごめんなさいね。モニーク様にも心配を掛けてしまったみたいだし」
「彼女の涙は別の理由です」
ヒューゴが即答する。
「といいますと?」
「ショックを受けたのでしょうね。クレイグ様がヒナリ様に口移しで中和剤を飲ませていましたので」
「えっ!?」
思いも寄らない事実を聞かされて動揺してしまう。
「モニークさんがクレイグ様に想いを寄せているのは傍目にも明らかで、研究所内では誰もが知っています。ですのでいくら救命措置だったとはいえ、クレイグ様が女性に対して口付けに該当する行為をなさったところを見ては、冷静ではいられなかったのではないかと思います」
「そうなのですね……」
恐らく傷付いたであろう彼女の心を思い、申し訳なさを感じる一方で、聖女と賢者との間に入り込もうとする誰かを牽制できたことに安堵してしまう。そして、その気持ちを自ら即座に否定する。
(こんな黒い感情、聖女が持つべきじゃないよね)
クレイグが戻ってくるまで、ヒナリは顔を上げることができなくなってしまったのだった。
◇◇◆◇◇
帰りの馬車の中で、クレイグは一言も言葉を発することはなかった。
邸宅に到着し、馬車から降りるなり賢者た ちに囲まれる。
ベルトランが腰に手を当てて溜め息をついた。
「君がヒナリに魔法薬を飲ませてヒナリを失神させたって、もう僕らにも伝わってきているよ」
「試験の様子を覗き見ていた者が『賢者クレイグが、倒れた聖女に口移しで薬を飲ませていた』と広めたらしい。王都ではこの話題で持ちきりだそうだ」
アルトゥールが、腕組みした威圧的な態度でクレイグを見下ろす。
ヒナリは賢者たちとクレイグとの間に割って入ると、ひとりを寄ってたかって責める三人に向かって必死に訴えかけた。
「口移しで、というのは私もあとから聞いたけど……緊急事態だったんだから仕方ないよ。みんなそんなに責めないであげて。ね?」
「緊急事態だったとはいえ、人前でそんなことをするなんてあまりに軽率だ。もちろん、危険な薬をヒナリに与えたこと自体もね」
ダリオが普段より低い声でそう言い捨てて、鋭い眼光でクレイグを射抜く。
クレイグは視線を落としたまま、ずっと黙り込んでいた。
会話が途切れたところで邸宅に入ろうとした矢先、揃った足音が聞こえてきた。神殿騎士団の騎士が数名やって来たのだった。普段は邸宅に来ない騎士の姿に緊張感が走る。
騎士のひとりが、厳しい面持ちで威厳のある声を響かせる。
「賢者クレイグ様。大神官ビリオカルタ様の御元に出頭願います」
「――!」
出頭という言葉の不穏さに胸騒ぎを覚える。ヒナリはクレイグの前に歩み出ると、無感情な目をした騎士に懇願した。
「待って! 連れて行かないで! クレイグばかりが悪いんじゃないのに!」
「ヒナリ」
アルトゥールに腕を引かれて連れ戻される。
「賢者が聖女様を害したという事実には変わりありません。きちんとけじめを付ける必要があります」
「そんな……!」
涙に歪んだ視界の中で、騎士に囲まれたクレイグの背中が遠ざかっていった。
ヒナリはクレイグの姿が見えなくなってもその場に立ち尽くしていた。
「クレイグ、どうなってしまうの……?」
背後に立つアルトゥールが、抑えた声で説明を始める。
「神殿の地下牢にしばらく勾留されることになるかと思います。その後は……どのような処分が下されるかは我々には分かりません。何せ賢者が聖女様を害するなど、前例がありませんので」
「どうして処分なんて……害されたってほどのことがあったわけじゃないのに……」
「戻りましょう、ヒナリ」
この場に残ったからといって、現状が変わるわけではない。しかしヒナリはクレイグが牢屋へ入れられると分かっていて、自分だけは安全な邸宅でぬくぬくと過ごすなど到底考えられなかった。
アルトゥールを無視し続けていると突然、
「――っ……!」
痛みが走るほどに強くアルトゥールに腕を引かれた。足を動かさずに抵抗しようとしても、強引に歩かされる。
いつもは優しい賢者の乱暴な扱いに、その胸中の激情を垣間見たヒナリは大人しく従うことにしたのだった。
その日の晩は、一睡もできなかった。
翌朝、ヒナリはテーブルの上の籠に積まれていた果物を朝食代わりにほんの少しだけかじると、誰にも見つからないようにメイドふたりに辺りを警戒してもらいつつ、こっそりと邸宅を出た。
するとそこには三人の賢者が待ち構えていた。
腕組みしたアルトゥールが、硬い表情でヒナリを見る。
「クレイグの釈放を嘆願しに行くのだろう? ……お供致します、聖女ヒナリ様」
と言って敬礼する。
アルトゥールたち賢者たちのみならず、聖騎士も数名待機していた。ヒナリがそちらに視線を向けるなりその場に膝を突き、胸に手を置き深く頭を下げる。
ヒナリは自分の思惑が完全に先読みされていたことに気付かされると共に、己の浅はかさを思い知らされたのだった。
◇◇◆◇◇
神殿の応接室に通された直後、大神官ビリオカルタが三人の神官を連れて現れた。
「聖女ヒナリ様。賢者クレイグにどのような処分を科すかについてはこれから我々が話し合い、決定を下します。前例がございませんので、決定までに時間を要するかと存じます」
「処分など必要ありません。聖女である私がこのようにお願いしても、聞き入れてはくださらないのですか」
「それでは国民に示しがつきません。聖女様をお支えするために世に遣わされた賢者が聖女様を害するなど、決してあってはならないことなのです。ご理解ください」
いかに深刻な出来事であったかは理解できる。しかし今まさにクレイグがひとり苦しんでいることを思えば、今すぐに駆け付けて寄り添ってあげたいと、そう願わずにはいられなかった――ヒナリは自分がどれだけ身勝手なことを訴えようとしているかを自覚しても、衝動を抑えることができなかった。
「大神官ビリオカルタ様。どうか今すぐにクレイグと面会させてください」
クレイグに会わせてもらえるまで、絶対にここから動かない――。
ヒナリの信念を込めた眼差しと、大神官の威厳に満ちた眼差しとがぶつかり合う。
時が止まったかのような静寂のあと――。
「分かりました。ひとまず面会については容認致しましょう。地下牢にご案内致します、聖女ヒナリ様」
大神官は重々しい口調でそう言うと、静かに立ち上がったのだった。
◇◇◆◇◇
狭く薄暗い通路に、大神官と神官、ヒナリと賢者たちそして聖騎士と、大勢の足音がばらばらと鳴り響く。
冷えた空気と湿度の高さ、そしてカビの臭いに不快感を覚えると共に、ヒナリは自分が普段いかに快適な空間に居させてもらえているかを実感した。
鉄格子の向こうでは、クレイグが木製の簡素な椅子に力なく腰掛け、打ちひしがれていた。
「クレイグ!」
鉄格子を握って声を張り上げれば、ゆっくりと頭を起こしたクレイグがヒナリを見るなり眼鏡越しに目を見開いた。
「ヒナリ……どうしてここに……」
その顔はひどく青ざめていた。目の下には隈ができていて、頬は痩けているように見える。恐らく一睡もしていないのだろう。
「ついに幻覚が見え始めたか……」
「幻覚じゃないよ! 私、どうしてもあなたに会いたくてここに来たの!」
来てどうするつもりだったのかと問われたら、恐らく何も言い返せない。それくらい衝動に駆られた行動であることは重々承知している。
石の床に視線を落としたクレイグが、弱々しい声で独言を始めた。
「私は、そもそも魔法薬学の道を目指したのが間違いだったのでしょうね……」
「そんなことない!」
ヒナリはクレイグに振り向いて欲しい一心で、鉄格子を揺さぶり金属音を立てた。
「私、これからもクレイグの作ってくれた魔法薬を飲むよ! 今までだって、深刻な事態になったわけではないじゃない! 昨日の試験だって、一瞬気を失っちゃったけど今はもう大丈夫だもの!」
どれだけ心を込めて訴えても、クレイグは無言で首を振るばかりだった。
「お願い、また飲ませてください。私たちの儀式にはあなたの薬が必要なの! ねえクレイグ、お願い……!」
思いが届かぬ苦しさに、たちまち涙が溢れ出す。
泣きじゃくりながら鉄格子越しにクレイグを見つめていると、ひとつ大きく溜め息をついたクレイグが、膝に手を突きおもむろに立ち上がった。
丸椅子に座るクレイグが床にへたり込んだヒューゴの腕を引き、強引に立ち上がらせる。
よろよろと立ち上がった少年の白衣をクレイグが払う。その様子は面倒見の良い兄のように見えた。
涙で頬を濡らしたヒューゴが弁明を始める。
「クレイグ様が、ヒナリ様の御身には魔法薬が予想以上の効果を発揮してしまうとお悩みになっているとお聞きし、過去の記録を探してみたのですが、聖女様に魔法薬を処方した記録はごくわずかしか残っておらず、原因をつかめずにおりました。そこで私がクレイグ様に測定の提案をさせていただいたのです。データ欲しさに軽率な行動を取ってしまい、誠に申し訳ございませんでした……!」
「ヒューゴ様、どうかお気に病まないでください。まさかこんなことになんて予想できる根拠がなかったのでしょう? 次代以降の聖女様が同じ目に遭わずに済むなら、私で試していただけて良かったです」
「ヒナリ様……! 恐れ入ります……!」
ヒナリが微笑むと、ヒューゴはまた目を潤ませ始めた。
涙目になったヒューゴの背中をクレイグがぽんぽんと叩き、丸椅子から立ち上がる。
「さてヒナリ、私は所長と話をして参ります。重大事案が発生したことを報告せねばならないので」
「クレイグ、怒られちゃうの? 私なら大丈夫だから……」
「貴女が気に病む必要はありませんよ。ありがとうございます、ヒナリ。しばらく安静にしていてくださいね。後ほど迎えに参りますので」
「わかった。じっとしてるね」
ヒナリの言葉にクレイグが微笑する。
「ヒューゴ、ヒナリを頼みます」
「はい!」
気合いの入ったヒューゴの声が響く中、クレイグは助手のモニークと共に部屋を出ていった。
丸椅子に座ったヒューゴが「失礼します」とひとこと断ってからヒナリの手を取り上げて、指先をヒナリの手首に添えて脈拍を測り出す。
特に異常はなかったらしく、ほっと息をつく。
ヒナリは安堵したヒューゴの顔を見つめると、小さく頭を下げた。
「ヒューゴ様、お騒がせしてしまって本当にごめんなさいね。モニーク様にも心配を掛けてしまったみたいだし」
「彼女の涙は別の理由です」
ヒューゴが即答する。
「といいますと?」
「ショックを受けたのでしょうね。クレイグ様がヒナリ様に口移しで中和剤を飲ませていましたので」
「えっ!?」
思いも寄らない事実を聞かされて動揺してしまう。
「モニークさんがクレイグ様に想いを寄せているのは傍目にも明らかで、研究所内では誰もが知っています。ですのでいくら救命措置だったとはいえ、クレイグ様が女性に対して口付けに該当する行為をなさったところを見ては、冷静ではいられなかったのではないかと思います」
「そうなのですね……」
恐らく傷付いたであろう彼女の心を思い、申し訳なさを感じる一方で、聖女と賢者との間に入り込もうとする誰かを牽制できたことに安堵してしまう。そして、その気持ちを自ら即座に否定する。
(こんな黒い感情、聖女が持つべきじゃないよね)
クレイグが戻ってくるまで、ヒナリは顔を上げることができなくなってしまったのだった。
◇◇◆◇◇
帰りの馬車の中で、クレイグは一言も言葉を発することはなかった。
邸宅に到着し、馬車から降りるなり賢者た ちに囲まれる。
ベルトランが腰に手を当てて溜め息をついた。
「君がヒナリに魔法薬を飲ませてヒナリを失神させたって、もう僕らにも伝わってきているよ」
「試験の様子を覗き見ていた者が『賢者クレイグが、倒れた聖女に口移しで薬を飲ませていた』と広めたらしい。王都ではこの話題で持ちきりだそうだ」
アルトゥールが、腕組みした威圧的な態度でクレイグを見下ろす。
ヒナリは賢者たちとクレイグとの間に割って入ると、ひとりを寄ってたかって責める三人に向かって必死に訴えかけた。
「口移しで、というのは私もあとから聞いたけど……緊急事態だったんだから仕方ないよ。みんなそんなに責めないであげて。ね?」
「緊急事態だったとはいえ、人前でそんなことをするなんてあまりに軽率だ。もちろん、危険な薬をヒナリに与えたこと自体もね」
ダリオが普段より低い声でそう言い捨てて、鋭い眼光でクレイグを射抜く。
クレイグは視線を落としたまま、ずっと黙り込んでいた。
会話が途切れたところで邸宅に入ろうとした矢先、揃った足音が聞こえてきた。神殿騎士団の騎士が数名やって来たのだった。普段は邸宅に来ない騎士の姿に緊張感が走る。
騎士のひとりが、厳しい面持ちで威厳のある声を響かせる。
「賢者クレイグ様。大神官ビリオカルタ様の御元に出頭願います」
「――!」
出頭という言葉の不穏さに胸騒ぎを覚える。ヒナリはクレイグの前に歩み出ると、無感情な目をした騎士に懇願した。
「待って! 連れて行かないで! クレイグばかりが悪いんじゃないのに!」
「ヒナリ」
アルトゥールに腕を引かれて連れ戻される。
「賢者が聖女様を害したという事実には変わりありません。きちんとけじめを付ける必要があります」
「そんな……!」
涙に歪んだ視界の中で、騎士に囲まれたクレイグの背中が遠ざかっていった。
ヒナリはクレイグの姿が見えなくなってもその場に立ち尽くしていた。
「クレイグ、どうなってしまうの……?」
背後に立つアルトゥールが、抑えた声で説明を始める。
「神殿の地下牢にしばらく勾留されることになるかと思います。その後は……どのような処分が下されるかは我々には分かりません。何せ賢者が聖女様を害するなど、前例がありませんので」
「どうして処分なんて……害されたってほどのことがあったわけじゃないのに……」
「戻りましょう、ヒナリ」
この場に残ったからといって、現状が変わるわけではない。しかしヒナリはクレイグが牢屋へ入れられると分かっていて、自分だけは安全な邸宅でぬくぬくと過ごすなど到底考えられなかった。
アルトゥールを無視し続けていると突然、
「――っ……!」
痛みが走るほどに強くアルトゥールに腕を引かれた。足を動かさずに抵抗しようとしても、強引に歩かされる。
いつもは優しい賢者の乱暴な扱いに、その胸中の激情を垣間見たヒナリは大人しく従うことにしたのだった。
その日の晩は、一睡もできなかった。
翌朝、ヒナリはテーブルの上の籠に積まれていた果物を朝食代わりにほんの少しだけかじると、誰にも見つからないようにメイドふたりに辺りを警戒してもらいつつ、こっそりと邸宅を出た。
するとそこには三人の賢者が待ち構えていた。
腕組みしたアルトゥールが、硬い表情でヒナリを見る。
「クレイグの釈放を嘆願しに行くのだろう? ……お供致します、聖女ヒナリ様」
と言って敬礼する。
アルトゥールたち賢者たちのみならず、聖騎士も数名待機していた。ヒナリがそちらに視線を向けるなりその場に膝を突き、胸に手を置き深く頭を下げる。
ヒナリは自分の思惑が完全に先読みされていたことに気付かされると共に、己の浅はかさを思い知らされたのだった。
◇◇◆◇◇
神殿の応接室に通された直後、大神官ビリオカルタが三人の神官を連れて現れた。
「聖女ヒナリ様。賢者クレイグにどのような処分を科すかについてはこれから我々が話し合い、決定を下します。前例がございませんので、決定までに時間を要するかと存じます」
「処分など必要ありません。聖女である私がこのようにお願いしても、聞き入れてはくださらないのですか」
「それでは国民に示しがつきません。聖女様をお支えするために世に遣わされた賢者が聖女様を害するなど、決してあってはならないことなのです。ご理解ください」
いかに深刻な出来事であったかは理解できる。しかし今まさにクレイグがひとり苦しんでいることを思えば、今すぐに駆け付けて寄り添ってあげたいと、そう願わずにはいられなかった――ヒナリは自分がどれだけ身勝手なことを訴えようとしているかを自覚しても、衝動を抑えることができなかった。
「大神官ビリオカルタ様。どうか今すぐにクレイグと面会させてください」
クレイグに会わせてもらえるまで、絶対にここから動かない――。
ヒナリの信念を込めた眼差しと、大神官の威厳に満ちた眼差しとがぶつかり合う。
時が止まったかのような静寂のあと――。
「分かりました。ひとまず面会については容認致しましょう。地下牢にご案内致します、聖女ヒナリ様」
大神官は重々しい口調でそう言うと、静かに立ち上がったのだった。
◇◇◆◇◇
狭く薄暗い通路に、大神官と神官、ヒナリと賢者たちそして聖騎士と、大勢の足音がばらばらと鳴り響く。
冷えた空気と湿度の高さ、そしてカビの臭いに不快感を覚えると共に、ヒナリは自分が普段いかに快適な空間に居させてもらえているかを実感した。
鉄格子の向こうでは、クレイグが木製の簡素な椅子に力なく腰掛け、打ちひしがれていた。
「クレイグ!」
鉄格子を握って声を張り上げれば、ゆっくりと頭を起こしたクレイグがヒナリを見るなり眼鏡越しに目を見開いた。
「ヒナリ……どうしてここに……」
その顔はひどく青ざめていた。目の下には隈ができていて、頬は痩けているように見える。恐らく一睡もしていないのだろう。
「ついに幻覚が見え始めたか……」
「幻覚じゃないよ! 私、どうしてもあなたに会いたくてここに来たの!」
来てどうするつもりだったのかと問われたら、恐らく何も言い返せない。それくらい衝動に駆られた行動であることは重々承知している。
石の床に視線を落としたクレイグが、弱々しい声で独言を始めた。
「私は、そもそも魔法薬学の道を目指したのが間違いだったのでしょうね……」
「そんなことない!」
ヒナリはクレイグに振り向いて欲しい一心で、鉄格子を揺さぶり金属音を立てた。
「私、これからもクレイグの作ってくれた魔法薬を飲むよ! 今までだって、深刻な事態になったわけではないじゃない! 昨日の試験だって、一瞬気を失っちゃったけど今はもう大丈夫だもの!」
どれだけ心を込めて訴えても、クレイグは無言で首を振るばかりだった。
「お願い、また飲ませてください。私たちの儀式にはあなたの薬が必要なの! ねえクレイグ、お願い……!」
思いが届かぬ苦しさに、たちまち涙が溢れ出す。
泣きじゃくりながら鉄格子越しにクレイグを見つめていると、ひとつ大きく溜め息をついたクレイグが、膝に手を突きおもむろに立ち上がった。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる