【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希

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第三章

61 聖女の異変

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 革張りの立派な診察台に座らされたヒナリは、魔力測定の準備が整うのを待っていた。
 ふと、どこからかひそひそ声が聞こえてきた。辺りを見回すと、わずかに開かれた扉の隙間から大勢の人が覗き込んできていることに気付いた。

(うわ……すごい人が集まってきちゃってる。クレイグに教えた方がいいのかな)

 などと迷っているうちに、人垣のさらに向こう側から『どいてくださーい』と叫ぶ声が聞こえてきた。
 ひとりまたひとりと覗き見してくる人が減っていき、扉が大きく開かれる。

「お待たせしましたー!」

 そこには白衣姿の少年が立っていた。その手には、王室の宝物庫にあっても違和感がなさそうな上等な小箱を持っている。
 クレイグが少年を手で指し示す。

「こちらはヒューゴ・スタレネル、魔力測定器の管理責任者です。本日の測定は彼が担当します」
「聖女ヒナリ様! お会いできて光栄です! 本日は私が魔力測定を担当させていただきます! どうぞよろしくお願い致します!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 元気いっぱいな少年に釣られてヒナリも張り切って挨拶すると、満面の笑みを返された。
 ヒナリに頭を下げたヒューゴは小箱を一旦机の上に置くと、また人々が覗こうとしてきているドアを勢いよく閉じた。


 ヒナリの視線の先で、クレイグと助手のモニークが作業をしている。

「こちらとこちらと……この順番で行きます。量は四分の一で」
「はい」

 クレイグに指示されたモニークが、慣れた手付きで薬を準備していく。
 何かをクレイグに言われる度に、顔を上げてクレイグの目をじっと見つめる。その眼差しには明らかな熱がこもっているように見える。その熱さは、ヒナリを見据えてきたときとは異質なものな気がした。

(気のせいではない、かな)

 ふたりから目を逸らして、小さく首を振る。

(なに私、嫉妬しちゃってるんだろう。聖女らしく寛容さを持たないと。こんなもやもやを抱えてちゃダメだよ)

 そう自分に言い聞かせても、胸の内に湧いた負の感情は消えてくれなかったのだった。



 魔力測定器管理責任者ヒューゴ・スタレネルがヒナリの前に立ち、小さな魔道具を差し出してくる。どことなく、大きめの洗濯ばさみを彷彿とさせる見た目をしている。

「こちらが今回ヒナリ様に使用させていただく魔力測定器です」

 少年が差し出してきた魔道具は、想像していたものよりずっと小さかった。

「測定器って、随分と小さいんですね」
「そうなんです。昔はもっと大きくて精度も低かったのですが、クレイグ様の弟君であらせられる魔道具師グレッグ・カスティル様が、小型化と性能向上に成功し……」
「ヒューゴ。余計なおしゃべりはおやめなさい」
「はいっ」

 クレイグにたしなめられたヒューゴはいたずらに失敗した風な苦笑を浮かべると、ひそひそ声でヒナリに話し掛けてきた。

「(ヒナリ様は、クレイグ様とグレッグ様の仲がお悪いことはご存じですか?)」
「(ええ。グレッグ様を邸宅にお招きした際、私の目の前で喧嘩してましたよ)」
「ぶふっ」

 噴き出したヒューゴが慌てて口を押さえる。するとクレイグが顔だけを振り向かせてヒューゴを鋭く睨み付けた。

「ヒューゴ。さっさと準備なさい」
「はいっ! ではヒナリ様、右手をお出しいただけますか」
「あ、はい」

 ヒナリが言われた通りに右手を差し出すと、魔道具で人差し指を挟まれた。洗濯ばさみ風の見た目に反して、ただ隙間に指を差し込んだだけという感触がする。

「痛くはありませんか?」
「はい、大丈夫です」

 そう言って手元を見下ろすと、測定器の数値が変化していた。それを目にしたヒューゴがクレイグに振り返る。

「クレイグ様。数値が既に増加しておりますがこちらがヒナリ様の魔力ですか?」
「ええ。それを踏まえて試験をおこなっていきます」
「分かりました」

 クレイグが目の前に立ち、その斜め後ろに助手のモニークが控える。
 ヒューゴはヒナリの前に丸椅子を用意して腰掛け、手元にバインダーとペンを構えた。
 クレイグが説明を始める。

「ではヒナリ。これから数種類の試験薬をお飲みいただき、貴女の体内に流れる魔力濃度を測定していきます」
「はい」
「これらの薬は魔力が含まれている以外に何の効果もありませんのでご心配なく」
「わかりました」
「まず始めに通常の試験薬、次に私がこの研究所内で調合したものを二種類、続いて私が邸宅内で調合したものを二種類、合計五杯の薬をお飲みいただきます。まずは通常のものを」

 指先で摘まめるサイズの器を手渡される。そこには透明な液体が入っていた。クレイグを見上げて小首を傾げる。

「これ、一気に飲んじゃっていいの?」
「はい。極端な結果を招かぬよう、一般的な量より大幅に減らしてあります」
「そうなんだ。それじゃ、いただきます」

 試験薬はとろみの付いた水のようだった。少しだけ甘みが感じられる。

「わ……!」

 測定器を見たヒューゴが目を輝かせる。

「こんなに魔力が増幅するんですね! 聖女様のお体ってすごい……!」

 と言ってさらさらと数値を記録していく。
 じっと測定器を見るヒューゴに釣られてヒナリもそこに視線を落とす。時間が経つごとに数値が減っていき、数分と経たずに元の値に戻った。
 ヒューゴが結果を書き込んだ紙を眺めて何度も頷く。

「なるほどなるほど……これは実に興味深い。特に一段階目の数値の跳ね上がり方が常人とは比べ物にならない……!」

 その言葉を聞いて、この少年も研究員であることに改めて気付かされる。こんなにも若いのに研究所の一員として大勢の大人と共に研究に励んでいるなんてすごいなとヒナリは思ったのだった。


 二杯目、三杯目と試していく。その度に新たな発見があるらしく、ヒューゴが声を弾ませる。

「すごい、すごい……! また予想値を上回ってる……! 賢者様の持つ魔力の聖女様への影響ってこんなにも強いのか……!」

 感激しているヒューゴの横で、クレイグが冷静な目でヒナリを見下ろしてきた。

「ヒナリ。お体に異変を感じたりはしていませんか?」
「うん。なにもないよ。元気元気」

 にっこりと微笑んでみせれば、クレイグもまた顔を綻ばせる。直後、

「!?」

 クレイグを見たヒューゴとモニークが小さく身じろぎして目を見開いた。

「クレイグ様が笑ってる……!?」

 ヒューゴがぽかんと口を開ける。
 クレイグは、ふたりの視線に気付くやいなや口元に拳をやり咳払いした。

「くだらないことを言っていないで、次に行きますよ」


 測定は順調に進み、次が最後の試験となった。

「こちらは私が邸宅内で、魔力が伝わりやすいと思しき調剤器具を使用して調合したものです。予想では、こちらが最も体内魔力濃度が上がるはずです」
「はい。では、飲みます」


 それまでと同じように、試験薬をひと息で煽った直後――。


 ヒナリは気を失った。





「ヒナリ! ヒナリ!」

 ヒナリが五種類目の試験薬を口にした途端、突如として診察台に倒れ込んだ。クレイグがいくら呼び掛けても目を開かない。
 ヒューゴが悲痛な叫び声を上げる。

「クレイグ様! 数値が測定限界に達しています!」
「測定を中止します。……ヒナリ、ヒナリ!」

 頬をさすり、幾度も呼び掛ける。
 この状態は急性魔力中毒とみられるが、失神するほどの深刻な事態に陥った人を見るのはクレイグも初めてだった。それどころか恐らく前例がないはずである。
 魔法薬を飲んで中毒症状が現れた者には、ただちに中和剤を飲ませなければならない。
 繰り返し名を呼びつつ頬を叩いていると、ようやく『うう……』と反応があった。

「ヒナリ、起き上がれますか」
「ん……」

 目は閉じたままで微かに頷き、腕を持ち上げようとする動きを見せる。しかし体に力が入らない様子だった。
 体を抱き締めるように支えて、強引に起き上がらせる。

「モニーク、中和剤を」
「はい!」

 ヒナリの背を支えたまま振り返らずに指示すれば、モニークが即座に中和剤を手渡してくる。
 小さな器を受け取り、再びヒナリを見る。自力で座ってはいるものの、まだはっきりと目覚めてはいない様子だった。
 クレイグは中和剤を一気に煽ると、ヒナリの頭を支え、顎をすくい――。

「クレイグ様、何を……!?」

 助手の動揺する声が聞こえる中、ヒナリの顎を押して口を開かせると口移しで中和剤を飲ませたのだった。




「ん……」

 誰かに呼び掛けられた気がして意識が浮上する。いつの間にか診察台の上に倒れ込んでいるようだった。
『起き上がれるか』と尋ねてくる声に、即座に頷く。聖女が倒れているなんて大騒動になってしまう――そこまで辛うじて考えが回っても全身が重く、うまく動かせない。
 すると抱き締められるような感触がして、強引に体を起き上がらせられた。

 その直後、口の中に液体が流し込まれて反射的に飲み込む。
 誰かに指で唇を拭われる感触がして、徐々に意識がはっきりとしてくる。
 目を開くと、クレイグが正面から顔を覗き込んで来ていた。ヒナリの唇を親指でぐっと拭ってきたのはクレイグのようだった。

「あれ、私……?」

 視線を巡らすと、ヒューゴが泣きじゃくっていた。モニークは顔を真っ赤にし、目を潤ませている。
 状況を確認し終えた途端、クレイグがヒナリの目を覗き込んできた。

「ヒナリ、お体の調子はいかがですか」
「あ、うん……? うん、どこもおかしくないよ」

 さきほどまで頭が朦朧としていたのが嘘のように、今は短時間だけ昼寝したかのようにすっきりとしていた。手を見下ろして握ったり開いたりしてみる。体も自由に動かせるようになっていた。
 大丈夫だと示すために自ら腰を浮かせて診察台に座り直すと、ほっとした表情に変わったクレイグが丸椅子に腰を下ろし、胸に手を当てて頭を下げた。

「申し訳ございません、ヒナリ。こんな少量で急性中毒を起こすとは、完全に予想外でした」

 直後、ヒューゴが勢いよく土下座した。床に額を付けて涙声で叫ぶ。

「申し訳ございませんでした聖女ヒナリ様! もっと微量から試させていただくべきでした……!」
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