【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青

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1 どうにもならない現状

2 母とのティータイム

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 今日は、最悪だった。

 学園の四学年目に進級して、一週間。ただでさえ、自分の勉強に加えて、姉の勉強のフォローもある。その上、放課後に、生徒会長に選出された姉に仕事がまったくわからないと連れ出された。マルティナはもちろん生徒会役員ではない。

 姉と二人、生徒会長の資料に目を通している時に、姉の婚約者が現れ、颯爽と姉を連れて行ってしまった。「学園でまで妹の面倒を見る必要はないだろう」と苦々しい目線を向けながら。そして、他の生徒会役員に「なにをしているんだ?」と絡まれる始末。

 「はぁー」
 ため息が止まらない。学園の行き帰りの馬車が唯一、マルティナが安らげる時間だ。姉が一緒じゃない時は、だけど。そして、唯一息をつける時間でも、今日あった嫌な事やこれからやらなければならない事で頭の中は一杯で、本当の意味ではくつろげない。

 家に帰ったら、もう一度、生徒会会長の資料を見て、時間があったら、自分の勉強を進めよう。夕飯の後は、寝るまで、姉の勉強を見て、生徒会長の仕事の進め方を話して……時間があったら、自分の勉強を進めて……

 「マルティナッ」
 マルティナは条件反射でびくっとする。家に着いて、ぼーっとこの後の段取りを考えながら、歩いていたら、仁王立ちしている母に呼び止められる。

 なぜ、お母さまに名前を呼ばれるだけで、怒られている気分になるのかしら?
 名前の響きが悪いのかしら?
 
 「遅かったじゃない。なにをしているのよ。いつもぼーっとして。さ、お茶の準備をしてあるから、早く来なさい。制服のままでいいから」

 今日の母は、マルティナをお茶の時間に所望しているらしい。母は、お茶の時間は、機嫌のいい時は、姉や妹を呼び、機嫌が悪い時は、マルティナを呼ぶ。母の苛立ちを示すように、右手に握られた閉じた扇が、左手にトントンと打ちつけられている。今日はだいぶ、ご機嫌斜めなようだ。お祖母様が来たのだろうか? また高位貴族のご夫人に嫌味でも言われたのだろうか?

 どの道、マルティナの勉強の時間が削られることは確定のようだ。

 自分の部屋に、重い鞄と生徒会長の資料を置くと、ガラス張りのガーデンテラスへ向かう。半分温室のようになっている母のお気に入りのプライベートスペースだ。マルティナにとってはどんなに美しい場所であっても、母と一緒にいるとまるで監獄のようだけど。

 母の好きな薔薇が咲き誇っている。その強い香りと喧嘩するように、用意されたお茶もお菓子も強い香りを放っている。その全ての香りが各々、強く主張して、喧嘩している。母は、派手で美しいものが好きだ。お茶やお菓子はスパイシーで、香りの強いものを好む。

 「お待たせしました、お母様」
 マルティナの到着を待たずに、母はお気に入りのものに囲まれてティータイムを満喫しているようだ。

 ジンジャーティーの香りにマルティナは顔をしかめる。ジンジャーは体に良いらしいが、独特の味と香りはいつまでたっても好きになれない。鼻で息をしないようにして、お茶を飲み込む。クッキーをかみ砕くと、じゃりっとした感覚と共にスパイスの刺激と香りが広がる。耐え切れず、なんとかお茶で流し込む。香りの混在に、むせそうになるのを必死に我慢して。

 マルティナは、お茶もお菓子も素朴であまり香料を使ってないものが好きだ。母はきっと、マルティナの好きなものや苦手なものに興味なんてないだろうけど。

 「今日、オルブライト侯爵夫人の茶会に行ったんだけど、また、ドレスを自慢されたのよ。自分がファッションリーダーだとでも思っているのかしらね。確かに隣国の最先端のドレスなのかもしれないけど、着こなせていなければ意味がないし、だいたい……あの体形でねぇ。ファッションを語られてもね。まず、努力して人に有無を言わせない体形になってから、言ってほしいわ」

 ああ、今日はお茶会のパターンか…。

 母は、貧乏子爵家出身だが、学園で優秀な成績を修めていたらしい。そこを由緒ある伯爵家の美麗な令息である父に見初められたらしい。母とのお茶会で、一言一句覚えてしまうくらい繰り返し聞かされた話だ。

 内実は仕事に没頭したい父が援助を条件に、見目がよく、余分な口出しをしない、家政を取り仕切れる妻を求めた結果の結婚ではないかとマルティナは思っている。
 
 母は学園で優秀な成績を修めていただけあって、実務や数字に強く、家政の取り仕切りや事務作業は得意なようだが、下位貴族出身ゆえに努力だけでは補えないマナーや所作の不足があり、また優秀ゆえに、プライドも高く、融通もきかない性格なため、社交面で苦労しているようだ。

 義理の母であるお祖母様や高位貴族のご夫人方に貴族らしい遠回しな嫌味や苦言を呈されるのはしょっちゅうで、それを上手くかわすことも流すこともできず、相手の懐に入る可愛げもないため、ただただストレスを蓄積させていっている。そして、そのストレスの吐き出し先がマルティナというわけだ。

 「ちょっと、マルティナっ! 聞いてるの? ひどいと思わない? 最先端のドレスはオルブライト侯爵夫人の努力で手に入れたものでもないのに、自慢して。自分の努力で手に入れたものこそ、誇れるものでしょう? あの体形では、最先端のドレスも台無しだわ」

 「ええ。お母様のように、髪も肌も、体形も努力で保ってから、人に意見してほしいものですね」
 確かに、母は努力することが得意なようだ。学業のようにわかりやすく結果が出るもの方のが相性がいいのかもしれない。髪も肌も、体形も全てに気を配り、情報収集にも余念がない。

 「そうでしょ。今日のコーディネートだって、完璧だと思ったのに……最先端であるというよりは、自分を最高に磨いて、自分に似合ったものを纏うのが大事だと思うのよね。なんでそれがわからないのかしら?」

 いつでも母は、自分磨きに余念がないし、家から出ない日でさえ、頭のてっぺんからつま先まで、全て完璧にコーディネートされている。だからこそ、完璧を目指す自分が伯爵夫人としての社交だけが上手くいかないのが、許せないのだろう。完璧とは程遠いマルティナも。

 「ええ、お母様はいつでも完璧です」 
 ええ、完璧なお母様は、完璧とはほど遠い娘に愚痴を吐き散らしても、娘の大事な時間を奪っても、許されますよね。

 マルティナは今日も、言えない苦い思いを、苦手なお茶とともに流し込んだ。
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