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side マルティナ③ 時を経て、溢れ出す気持ち
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「マルティナ、大丈夫? 無理だと思ったらお暇しよう」
表情も固く、口数の少ないマルティナを心配したのか、ブラッドリーが声をかけてくれる。もう、帰ろうかな? ブラッドリーの顔を見て、自問自答する。自分は何をしにここに来たんだろう? 姉の十年間を知りたくて? 姉の謝罪の言葉を聞きたくて? 姉がもっと不幸になっていたら満足だった?
「君達の娘、まるで姉妹みたいだね。……ねぇ、マルティナ、もう水に流したらどうかな? アイリーンもクリストファーも自分を省みて、改心したんだ。若い頃の話だろう? もう、僕達も大人になって親になってお互い幸せに暮らしているんだ。家族なんだからさ、歩み寄ろうよ。亀裂が入ったままなんてよくないよ」
マシューの言う正論がマルティナの心の柔らかい所に刺さった。わかってる、わかってる、そんなこと他人から言われなくてもわかってる。でも、マルティナが十代の頃、時間も努力もアイリーンに搾取されていたのは事実だ。マルティナがすごく辛くて苦しかった事も。今でも、昔の事が鮮明に蘇って辛いことも。
「………」
でも、自分の心情を上手く説明する言葉が見つからなくて、ただパクパクと口を動かしてなんとか空気を吸う。あの頃はマシューはマルティナの味方で、プロポーズまでしてくれたけど、本当の意味ではマルティナを理解していなかったのかもしれない。マシューのような幸せな家庭に育った人には地獄のような家庭があることが理解できないのかもしれない。
「マシュー、そんな話をするためにマルティナを連れて来たの? 余分な事を言うのはやめて」
「だって、苦しんだのはアイリーンも一緒だろ? 血のつながった家族じゃないか! 子ども達だって、すぐに意気投合してる。そろそろ和解してもいい頃合いだろう?」
アイリーンがマルティナを慮る様子に、余計に心が逆なでされる。あの頃のように上っ面の良さでマシューや使用人達を取り込んだのだろうか? アイリーンの周りにはいつだって、アイリーンに心酔した者達が侍っている。
「……マシューになんと言われようとも、許せない。最近は忘れていたけど、この国に来てから、あの家にいた頃のことを思い出すの。他の人が私の話を聞いたって、大した事ないって言われるかもしれない。でも、お姉様にされたことが忘れられない。私、すごく辛かったの。ブラッドリーに会うまでは誰も助けてくれなくて苦しかった。許せない。笑って許すってとても言えない……。もう、大人なのに、いつまでも捕らわれてて、情けなくてだめだってわかってる……。でも、どうしても、許せない……。自分の中でお姉様のことはとっくに乗り越えたと思っていたけど、埃をかぶって見ないようにしていただけで、今も消化できていないのよ」
「でも、君たちは血のつながった姉妹じゃないか!」
なんとか、絞り出すように本音を話すマルティナに、いつも穏やかなマシューが珍しく食い下がってくる。まるで、言葉の通じない外国人と話しているみたい。ここは表面上だけでも、マルティナが折れた方がいいのだろうかと思った時、対面に座るアイリーンの少し膨らんだお腹が目に入った。その瞬間、マルティナの頭の奥でなにかが弾けた。
「私は、お姉様が大嫌い! あんなひどいことをしたのに幸せそうに笑わないで! 私がどんなに苦しんだかわかってる? 本来、自分がやるべきことを全部私に押し付けて、嫌だって言ったら大事にしてたぬいぐるみを引き裂いて! その時、笑ってたよね? 婚約者の力を借りて、ブラッドリーにひどいことしてやるって言ったよね? お姉さまが結婚に失敗して、幽閉されたって聞いて、ざまぁみろって思ったわ。神様はちゃんと見ていてくれる。やったことは全部自分に返ってくるんだって」
バンッとテーブルに両手を打ち付けて、姉を睨みつける。和やかだった空間がシンとして、皆の視線がマルティナに集まった。激高して、自分の思いを吐き出してしまった後に、はっとして横目で少し離れた位置でナディーンと遊ぶ子ども達を見る。こちらの異変には気づいていないようだ。こんなことを言っても意味はない。自分は大人なのに、もう母親なのに、ここは堪えて、表向きは三姉妹の久々の再会を楽しんでるようにしなくちゃ。そう思うのに、口に出してしまった積年の思いは止まらなかった。
「……なのに、なんで幸せそうなの? お姉様になんて、会いたくなかった。死んでほしいと思ったわけじゃない。でも、幸せに暮らしているところなんて見たくなかった! 私は! 私は子どもを生むのに、あれだけ葛藤したのに! なんで、平気な顔をしてもう二人目を妊娠しているの? 私は子どもを生んで育てられるのか自信がなかった。自分がお母様みたいなひどい母親になるかも? 自分も子どもを愛せなかったらどうしよう? そう悩んで悩みぬいて、やっと娘を生んだの。そんな心配が必要ないくらいローレンは可愛いわ。今度は二人目が欲しくなった。でも、今度は、ローレンがお姉様のようになったらどうしようって思って未だに踏み出せない。二人目も娘で、お姉様と私のようになったらどうしよう? そんな悪夢に今も私が捕らわれているっていうのに、お姉様は簡単に子どもをつくれるのね? 二人目も簡単に宿すことができるのね? 被害者はずっと忘れられないけど、加害者は簡単に忘れられるって本当なのね」
パタパタとマルティナの心の奥に留めていた本音と涙がテーブルに零れる。アイリーンの顔には怒りも屈辱もなくて、ただただ、マルティナを痛ましげに見て、労わっている表情しか浮かんでいない。それを見て、マルティナは余計に惨めに感じた。それ以上、その場にいたくなくてマルティナはテーブルを離れて、走り出した。
表情も固く、口数の少ないマルティナを心配したのか、ブラッドリーが声をかけてくれる。もう、帰ろうかな? ブラッドリーの顔を見て、自問自答する。自分は何をしにここに来たんだろう? 姉の十年間を知りたくて? 姉の謝罪の言葉を聞きたくて? 姉がもっと不幸になっていたら満足だった?
「君達の娘、まるで姉妹みたいだね。……ねぇ、マルティナ、もう水に流したらどうかな? アイリーンもクリストファーも自分を省みて、改心したんだ。若い頃の話だろう? もう、僕達も大人になって親になってお互い幸せに暮らしているんだ。家族なんだからさ、歩み寄ろうよ。亀裂が入ったままなんてよくないよ」
マシューの言う正論がマルティナの心の柔らかい所に刺さった。わかってる、わかってる、そんなこと他人から言われなくてもわかってる。でも、マルティナが十代の頃、時間も努力もアイリーンに搾取されていたのは事実だ。マルティナがすごく辛くて苦しかった事も。今でも、昔の事が鮮明に蘇って辛いことも。
「………」
でも、自分の心情を上手く説明する言葉が見つからなくて、ただパクパクと口を動かしてなんとか空気を吸う。あの頃はマシューはマルティナの味方で、プロポーズまでしてくれたけど、本当の意味ではマルティナを理解していなかったのかもしれない。マシューのような幸せな家庭に育った人には地獄のような家庭があることが理解できないのかもしれない。
「マシュー、そんな話をするためにマルティナを連れて来たの? 余分な事を言うのはやめて」
「だって、苦しんだのはアイリーンも一緒だろ? 血のつながった家族じゃないか! 子ども達だって、すぐに意気投合してる。そろそろ和解してもいい頃合いだろう?」
アイリーンがマルティナを慮る様子に、余計に心が逆なでされる。あの頃のように上っ面の良さでマシューや使用人達を取り込んだのだろうか? アイリーンの周りにはいつだって、アイリーンに心酔した者達が侍っている。
「……マシューになんと言われようとも、許せない。最近は忘れていたけど、この国に来てから、あの家にいた頃のことを思い出すの。他の人が私の話を聞いたって、大した事ないって言われるかもしれない。でも、お姉様にされたことが忘れられない。私、すごく辛かったの。ブラッドリーに会うまでは誰も助けてくれなくて苦しかった。許せない。笑って許すってとても言えない……。もう、大人なのに、いつまでも捕らわれてて、情けなくてだめだってわかってる……。でも、どうしても、許せない……。自分の中でお姉様のことはとっくに乗り越えたと思っていたけど、埃をかぶって見ないようにしていただけで、今も消化できていないのよ」
「でも、君たちは血のつながった姉妹じゃないか!」
なんとか、絞り出すように本音を話すマルティナに、いつも穏やかなマシューが珍しく食い下がってくる。まるで、言葉の通じない外国人と話しているみたい。ここは表面上だけでも、マルティナが折れた方がいいのだろうかと思った時、対面に座るアイリーンの少し膨らんだお腹が目に入った。その瞬間、マルティナの頭の奥でなにかが弾けた。
「私は、お姉様が大嫌い! あんなひどいことをしたのに幸せそうに笑わないで! 私がどんなに苦しんだかわかってる? 本来、自分がやるべきことを全部私に押し付けて、嫌だって言ったら大事にしてたぬいぐるみを引き裂いて! その時、笑ってたよね? 婚約者の力を借りて、ブラッドリーにひどいことしてやるって言ったよね? お姉さまが結婚に失敗して、幽閉されたって聞いて、ざまぁみろって思ったわ。神様はちゃんと見ていてくれる。やったことは全部自分に返ってくるんだって」
バンッとテーブルに両手を打ち付けて、姉を睨みつける。和やかだった空間がシンとして、皆の視線がマルティナに集まった。激高して、自分の思いを吐き出してしまった後に、はっとして横目で少し離れた位置でナディーンと遊ぶ子ども達を見る。こちらの異変には気づいていないようだ。こんなことを言っても意味はない。自分は大人なのに、もう母親なのに、ここは堪えて、表向きは三姉妹の久々の再会を楽しんでるようにしなくちゃ。そう思うのに、口に出してしまった積年の思いは止まらなかった。
「……なのに、なんで幸せそうなの? お姉様になんて、会いたくなかった。死んでほしいと思ったわけじゃない。でも、幸せに暮らしているところなんて見たくなかった! 私は! 私は子どもを生むのに、あれだけ葛藤したのに! なんで、平気な顔をしてもう二人目を妊娠しているの? 私は子どもを生んで育てられるのか自信がなかった。自分がお母様みたいなひどい母親になるかも? 自分も子どもを愛せなかったらどうしよう? そう悩んで悩みぬいて、やっと娘を生んだの。そんな心配が必要ないくらいローレンは可愛いわ。今度は二人目が欲しくなった。でも、今度は、ローレンがお姉様のようになったらどうしようって思って未だに踏み出せない。二人目も娘で、お姉様と私のようになったらどうしよう? そんな悪夢に今も私が捕らわれているっていうのに、お姉様は簡単に子どもをつくれるのね? 二人目も簡単に宿すことができるのね? 被害者はずっと忘れられないけど、加害者は簡単に忘れられるって本当なのね」
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