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side マルティナ④ 一時、休戦
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自分の醜い本音と怒りを露わにしてしまったことに自分でも驚いて、どうしていいのかわからない。どこをどう走ったのか、気づくと目の前に教会があって、立ち止まる。
「……なんで、あんなことを……」
「マルティナ」
立ち止まったマルティナを、追って来たブラッドリーが優しく抱きしめてくれる。
「なんで、あんなこと言っちゃったのかなー……。なんだか、頭が真っ白になっちゃって。昔のことを言うにしても、もっと冷静に言えばいいのに……あんなに取り乱して、馬鹿みたい。それに、スッキリしないものね、言いたいことを言ったところで……」
ブラッドリーの新緑のような香りに包まれて、段々とマルティナの心も落ち着いてくる。
「あー……なんで、あんな……」
先ほど、子どもが癇癪を起すように、皆の前で怒鳴ってしまった自分を思い出して、今度は恥ずかしくなる。
「マルティナが他人に怒るところ初めて見た」
ブラッドリーが抱きしめたマルティナの頭に顎先をこすりつける。
「うー、みっともない……もう、忘れて!」
「んー、こんな時になんだけど、新鮮だったし、その……怒ってる表情も綺麗だった」
「そんなわけないじゃない!」
「俺にも怒ってもいいよ」
「ブラッドリーは私が怒るようなことしないじゃない!」
「ははっ、それもそうかー」
ブラッドリーの腕の中でいつものやり取りをしている内に、マルティナもいつもの調子を取り戻した。ブラッドリーに手を引かれて、教会の傍らに置かれたベンチに座る。
「マルティナは怒って当然だよ。あんなんじゃ足りないよ。殴ってもいいくらいだ。あの頃のマルティナの不遇を思うと俺だって、未だに怒りが収まらない。ついでにマシューもぶん殴ってやりたい」
「でも、もう十年経ったし……大人だし……もう母親だし……。マシューの言うこともわかるの」
「そんなの関係ない。たぶんなんだけどさ……、マルティナはお母さんとのことって完全に消化したわけじゃないけど、ある程度気が済んでいるかんじがするんだ」
「あー……、まぁ亡くなっているのもあるけど、そうかも?」
確かに亡くなったと聞いた時も、お墓参りした時も恨みや後悔は浮かんでこなかった。ただ、可哀そうで哀れな人だと思った。ローレンを妊娠して、悪阻で苦しんでいる時は毎晩、夢に出てきたが、それ以降は母の幻影に苦しめられることはなくなった。
「それは、マルティナがこの国を出て、伯爵家を除籍されるまで、とことん向き合ったからじゃないかと思うんだ」
「確かに。苦しかったけど、言いたいことはぶつけて、とことん幻滅して、もういいかなってとこまで向き合ったかも」
「まぁ、向き合うばかりが正解でもないし、逃げていいと思うけど。でも、そのおかげで、スッキリしてる部分もあると思うんだ。でも、姉は違うだろ。やられっぱなしで、あっちが自滅しただけで、言いたいことも言ってないし、怒ったこともない」
「そう言われてみれば、そうね。なんで、ブラッドリーの方が私のことわかるのかなぁ……」
「ただの推測だけどね。だから、マルティナが姉に怒ったことは正当なことで、そのことで自分を責めなくていいよ」
「そうですよ。奥様はクズだったんですから、マルティナ様のお怒りもごもっともです」
突如として現れた美しい神父の青年は、マルティナの手をとると手の甲にキスをする。その手をブラッドリーがはたいて、マルティナがキスされた部分をごしごしとこする。そして、ブラッドリーが警戒するように、マルティナを抱きしめたので視界から神父が見えなくなる。
「おやおや、これは立派な番犬のような旦那様ですね。番犬というより番熊? すみません。こちらの国の風習で……。そちらの国とは習慣が違いますね。失礼しました」
「この国にそんな風習ないだろ。むしろ、この国の方がこんな馴れ馴れしいことしないだろ!」
「ばれましたか。さすが姉妹だけあって、マルティナ様も美しくて、つい。差し出がましいことですが、私も使用人達も奥様や旦那様がマルティナ様にした所業を把握しています。ですから、マルティナ様の反応も当然のことです。御気分が優れないようでしたら、この村を発ちますか? すぐそばの街の宿を予約しますよ。無理は禁物です。滞在するか発つか、ご自分の気持ちが求める方をお選びください」
「えーと、戻ります。取り乱してすみません」
マルティナはブラッドリーに抱きしめられた腕の間から顔を出して答えた。娘も楽しそうにしていたし、さすがにこのまま逃げるようにここを発つのは後味が悪すぎる。
「ええ、それがよろしいですね」
神父は綺麗なウィンクをよこした。顔が美しいとそんな気障な仕草も様になる。
「あなたは姉の所業を知って、それでも姉の傍にいるのね……」
「ええ、あなたにした所業も、公爵家に与えた損害も、醜悪さもあなた以上に知っています。それでもなお、慕っています。旦那様のこともね」
「姉は……いいえ、なんでもないわ」
神父の青年のにこやかな微笑みに毒気を抜かれたマルティナは、神父の青年に案内されて、ブラッドリーと手を繋いで屋敷へと戻っていった。
「……なんで、あんなことを……」
「マルティナ」
立ち止まったマルティナを、追って来たブラッドリーが優しく抱きしめてくれる。
「なんで、あんなこと言っちゃったのかなー……。なんだか、頭が真っ白になっちゃって。昔のことを言うにしても、もっと冷静に言えばいいのに……あんなに取り乱して、馬鹿みたい。それに、スッキリしないものね、言いたいことを言ったところで……」
ブラッドリーの新緑のような香りに包まれて、段々とマルティナの心も落ち着いてくる。
「あー……なんで、あんな……」
先ほど、子どもが癇癪を起すように、皆の前で怒鳴ってしまった自分を思い出して、今度は恥ずかしくなる。
「マルティナが他人に怒るところ初めて見た」
ブラッドリーが抱きしめたマルティナの頭に顎先をこすりつける。
「うー、みっともない……もう、忘れて!」
「んー、こんな時になんだけど、新鮮だったし、その……怒ってる表情も綺麗だった」
「そんなわけないじゃない!」
「俺にも怒ってもいいよ」
「ブラッドリーは私が怒るようなことしないじゃない!」
「ははっ、それもそうかー」
ブラッドリーの腕の中でいつものやり取りをしている内に、マルティナもいつもの調子を取り戻した。ブラッドリーに手を引かれて、教会の傍らに置かれたベンチに座る。
「マルティナは怒って当然だよ。あんなんじゃ足りないよ。殴ってもいいくらいだ。あの頃のマルティナの不遇を思うと俺だって、未だに怒りが収まらない。ついでにマシューもぶん殴ってやりたい」
「でも、もう十年経ったし……大人だし……もう母親だし……。マシューの言うこともわかるの」
「そんなの関係ない。たぶんなんだけどさ……、マルティナはお母さんとのことって完全に消化したわけじゃないけど、ある程度気が済んでいるかんじがするんだ」
「あー……、まぁ亡くなっているのもあるけど、そうかも?」
確かに亡くなったと聞いた時も、お墓参りした時も恨みや後悔は浮かんでこなかった。ただ、可哀そうで哀れな人だと思った。ローレンを妊娠して、悪阻で苦しんでいる時は毎晩、夢に出てきたが、それ以降は母の幻影に苦しめられることはなくなった。
「それは、マルティナがこの国を出て、伯爵家を除籍されるまで、とことん向き合ったからじゃないかと思うんだ」
「確かに。苦しかったけど、言いたいことはぶつけて、とことん幻滅して、もういいかなってとこまで向き合ったかも」
「まぁ、向き合うばかりが正解でもないし、逃げていいと思うけど。でも、そのおかげで、スッキリしてる部分もあると思うんだ。でも、姉は違うだろ。やられっぱなしで、あっちが自滅しただけで、言いたいことも言ってないし、怒ったこともない」
「そう言われてみれば、そうね。なんで、ブラッドリーの方が私のことわかるのかなぁ……」
「ただの推測だけどね。だから、マルティナが姉に怒ったことは正当なことで、そのことで自分を責めなくていいよ」
「そうですよ。奥様はクズだったんですから、マルティナ様のお怒りもごもっともです」
突如として現れた美しい神父の青年は、マルティナの手をとると手の甲にキスをする。その手をブラッドリーがはたいて、マルティナがキスされた部分をごしごしとこする。そして、ブラッドリーが警戒するように、マルティナを抱きしめたので視界から神父が見えなくなる。
「おやおや、これは立派な番犬のような旦那様ですね。番犬というより番熊? すみません。こちらの国の風習で……。そちらの国とは習慣が違いますね。失礼しました」
「この国にそんな風習ないだろ。むしろ、この国の方がこんな馴れ馴れしいことしないだろ!」
「ばれましたか。さすが姉妹だけあって、マルティナ様も美しくて、つい。差し出がましいことですが、私も使用人達も奥様や旦那様がマルティナ様にした所業を把握しています。ですから、マルティナ様の反応も当然のことです。御気分が優れないようでしたら、この村を発ちますか? すぐそばの街の宿を予約しますよ。無理は禁物です。滞在するか発つか、ご自分の気持ちが求める方をお選びください」
「えーと、戻ります。取り乱してすみません」
マルティナはブラッドリーに抱きしめられた腕の間から顔を出して答えた。娘も楽しそうにしていたし、さすがにこのまま逃げるようにここを発つのは後味が悪すぎる。
「ええ、それがよろしいですね」
神父は綺麗なウィンクをよこした。顔が美しいとそんな気障な仕草も様になる。
「あなたは姉の所業を知って、それでも姉の傍にいるのね……」
「ええ、あなたにした所業も、公爵家に与えた損害も、醜悪さもあなた以上に知っています。それでもなお、慕っています。旦那様のこともね」
「姉は……いいえ、なんでもないわ」
神父の青年のにこやかな微笑みに毒気を抜かれたマルティナは、神父の青年に案内されて、ブラッドリーと手を繋いで屋敷へと戻っていった。
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