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side リリアン② 猛獣注意?

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 リリアンはただの旅行であるように、姉の暮らす土地での滞在を楽しんでいた。一人娘のエルシーはまだまだ手のかかる年頃だが、元々マルティナの娘のローレンに懐いているし、更にアイリーンの娘のデイジーも面倒見が良く、二人でエルシーを可愛がってくれているので、リリアンはゆっくりすることができた。それに、アイリーンや使用人達がなにかと気を使ってくれるので快適な事この上ない。今は夕ご飯の時間で、焚火を前にして、エリックとのんびり食事とワインを楽しんでいる。

 「こうやって、外でご飯食べるのもいいね」
 自然が広がり、高い建物もあまりないこの村では夜空に瞬く星がよく見える。隣国より濃く思える夜の闇の中にきらめく星空の下で、焚火の燃える炎を見ているのはとても贅沢に思えた。
 「そうねー。こうして、リリアンとのんびりするのも久しぶりね」
 結婚してからも、エリックの生家でもあり、リリアンが養子に入って暮らしていたプレスコット家で暮らしている。エリックの両親や姉達との仲も良好で、子育ての人手はたくさんあるけど、エリックとリリアンは二人とも仕事をしているので、毎日が慌ただしく過ぎていく。リリアンの肩にエリックがもたれかかってきた。エリックがこうしてリリアンに甘える時は相当堪えている時だ。
 「膝枕しようか?」
 夫のエリックはいつも飄々としていて、細身の体の割りに体力もあって、本人にもそれ以外にも疲れていることがわかりにくい。実は人に甘えることが苦手な夫が甘えられる唯一の人間であることがリリアンには誇らしかった。
 「ちょっと、いくらなんでも他人様の家では……! 子ども達もいるし!」
 慌てたエリックがリリアンにもたれかけていた体を起こす。
 「いいじゃない。今日くらい」
 リリアンが少し離れたベンチに座るブラッドリーとマルティナの方を指さすと、マルティナを抱き込むようにべったりとくっついているラッドリーがマルティナの頬にキスをしていた。それを見たエリックが気の抜けたように笑う。
 「本当にブラッドリーったら……。アタシも疲れたし、お言葉に甘えようかしら?」
 そう言うと、エリックはリリアンの膝にコテッと頭を乗せた。夫の銀糸のようなサラサラの髪を撫でる。
 「どうなることかと思ったけど、マルティナちゃんもくつろいでいるみたいでよかったわ。簡単に雪解けとはいかないだろうけど。リリアンは……その、大丈夫?」
 まどろんで閉じていたエリックの瞼が開いて、綺麗な紫色の瞳がリリアンを心配そうに見つめる。
 「私は自分でも驚くくらい、大丈夫。私にとって、この国とかお母様とかお姉様とかって、どうでもいいみたい。それに、私に嫌なことしたおじさんはエリックがやっつけてくれたんでしょう? ありがとう」
 リリアンはずっと言えなかったお礼をついでの事のように言うと、驚いたエリックが少し頭を浮かせた。
 「えっ? 知っていたの?」
 しばらくリリアンの表情を観察したエリックが、リリアンが平気そうなのを見て、またリリアンの膝に頭を下ろした。
 「うん。レジナルドさんが、私達が結婚する前に教えてくれたの」
 リリアンは幼い頃、母親に連れられて金持ちの男爵の家に遊びに行っていた。小児愛者だと噂されるその男は、嫌だと言ってもいつもリリアンにベタベタしてきた。リリアンの成長と共に、興味を失ったようで疎遠になったが、その経験のせいで男性全般がリリアンはずっと苦手だった。レジナルドはブラッドリーの兄で、リリアンの祖国につてのあるレジナルドにエリックが頼み込んで、二人で男爵を社会的にも経済的にも破滅させたと結婚する前にレジナルドが教えてくれたのだ。
 「お礼を言われるようなことじゃないわ。アタシの勝手な正義感でしたことで、ただの自己満足よ」
 「でも、私はうれしかった。今回の旅も連れてきてくれてありがとう。家族で旅行できて楽しかった。母上とマルティナ姉様も一緒で。みんなで馬車に乗って、ご飯食べたり、ちょっと買い物したりとか、本当に楽しかった」
 「ふふっ、なら、よかった」
 今回の旅のための長期休暇を取るために、エリックとブラッドリーはかなり仕事を詰めていたし、得意先などに連絡したりと忙しくしていた。それに、馬車や宿などの段取りも二人が行ってくれた。 
 「今回旅して、私本当に今家族に恵まれてるなぁって思ったんだ。血が繋がっていても繋がっていなくても、優しくあるとか相手を思って行動するって難しい事だと思う。それを周りの人に当たり前のようにできるエリックってすごいよね」
 エリックはそのきらびやかな外見に似合わず、裏で家族や周りの人のために人知れず動く。リリアンはそのことに慣れてはいけないと思った。感謝の気持ちを忘れずにいようと思っている。エリックは、自分が息を吸って吐くように自然としている事にお礼を言うといつもびっくりしたような顔をする。切れ長の瞳が見開かれて、綺麗な紫の瞳が良く見える。ふふっとリリアンから笑みが零れた。こんなエリックの表情を見れるのも妻の特権かしら?
 「あと、エリックの色んな表情やカッコいいところもたくさん見れたし」
 「カッコいいところ? そんなのあったかしら?」
 「うん。エリックっていつもその場の空気を読んで、みんなが不快な思いをしないように間に入るよね。それが本当に自然で、すっごくいいなぁ、カッコイイなぁって思うんだ。ただ、エリックが疲れちゃわないかなって心配にはなる」
 「リリアン……」
 「エリックって初めて会った時から、カッコよかったけど、また惚れ直しちゃった」
 リリアンを見つめる紫の瞳に吸い込まれるように、エリックの唇に自分の唇を重ねる。エリックの顔から表情が消えた。エリックはむくりと体を起こした。なにか気に障ることでも言ったかと慌てるリリアンの頭を両手で引き寄せると、額と額をくっつけた。
 「今夜ね、子ども達一緒に寝るらしいの。母上も一緒だし、アイリーンちゃんの使用人も傍で控えていてくれるって」
 「へー、楽しそう」
 「だからね、今夜は二人っきりなのよ。だから、リリアン覚悟なさいよ」
 至近距離で見るエリックの瞳に、久々に見るギラギラとした輝きが宿っている。
 「えぇー。でも、他人様の家で……」
 エリックの言葉の意味を悟って、リリアンが頬を真っ赤にする。
 「今夜くらい、いいじゃない。アタシを炊きつけた責任取りなさいよ」
 その場は、軽い口づけで終わったけど、エリックはその言葉通り、リリアンを朝方まで寝かしてくれなかった。
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