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第三章 役目
異世界でセカセカしたくない
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1.伝道師
目覚めると、花子の左腕が光っていた。念じると、ミスリルバットが現れる。これなら無くす心配もない。
隣のベッドでは、杏樹が深い眠りについている。ここまで1人で来るのに、相当の体力と神経を費やし、疲れ果てているのだろう。
花子は着替えて台所へ行く。案の定、大輔は既に起きていて、料理を作っている。随分と機嫌がいいのか、音の外れた鼻歌を歌っていた。そう、大輔は音痴だ。歌を歌えば、スズメが空から落ちてくることもあるほどに。そして大輔の歌を聞いた人間は、頭痛目眩吐き気に襲われる凶器でしかない。花子は免疫があるため、鼻歌ぐらいではどうということもない。
「おはよう、アンチャン。アンチャンが起床したとき、変わったものが無かった?」
花子がダイニングテーブルに座って問いかけると、大輔は驚いた顔で振り返る。
「おまえ、なんでそれを知ってるんだ。起きたらオリハルコン製のハンマーがあったんだ。普段は小さいが、念じると巨大ハンマーになる」
大輔もまた、昨晩のドラゴンアイランドでミスリルのバッドをもらったときと同じく、いつも以上に顔を輝かせている。もっとも彼を知らない赤の他人なら、口角が少し上がった程度にしか判別でないだろう。
「それについてさ、話があるんだ。アンチャン、私は地球に帰る方法を教えてもらった。だけどそれには、かなり手荒い手段を使うことになりそうだ」
「話してくれ。俺は料理をしながら聞くから。ちなみにそれは、杏樹さんが聞いても問題ないものか?」
「直ぐに教えるのは、避けたほうがいいかも。ネエヤン、怖がりっぽいから。まあ、このことは領主様にもお伝えした方が良さそうだよ」
大輔が台所でチーズサラダとスープを作っている間、花子が昨晩のことを話す。大輔はたまに質問をするが、花子の言うことは全面的に肯定して受け止めていた。
「妹よ、これは王都のお偉いさんとは諍いが避けられだろうな」
「多少の逆恨みを買うのは覚悟の上だよ。コッチはさっさと帰らないと、みんな心配してるだろうし。コッチ来てから、もう半年は過ぎてるからね」
「そうだな。巻き込まれた被害者はコッチだし、哀れなサントベールとか言う崇高なドラゴンが帰還しなきゃ、新たなドラゴンが来ずに、いずれこの世界は混沌に陥るだけだ。それにもしても、ねじ曲げられた宗教観というのは、どこの世界でもたちが悪いな」
「そーだよね。作物が豊作で、病気知らずで穏やかに過ごせたら、それだけで感謝なんだけどね」
大輔の生家、そして花子が育った地域は小さな山村だが、そのぶん昔ながらの神事を大切にしている。お地蔵さんや道祖神だって、誰からともなく自主的に掃除やお供えの花を手向けるのが当たり前の土地だった。
まだ爆睡中の杏樹を残して、大輔と花子は辺境伯を訪ねた。重厚な城にはいつも圧倒されるが、見張り兵もワイバーンを倒した英雄・森田兄妹のことは知っていたので、直ぐに辺境伯へと報せてくれた。本当は来訪許可カードを出して、その返答がきてから訪ねるのがマナーだが、平民異世界人の花子と大輔がマナーなんぞ知るはずもない。そもそも日本から貴族は絶滅している。
グレープル辺境伯は、直ぐに大輔と花子が通された応接室に駆けつけた。
花子は、どうせこれから語ることは信じてもらえまいと、はなから期待していなかった。だが一応、ここの領民として受け入れてもらい、そして去らねばならない挨拶はしておかねばと訪ねた次第だ。
予想に反してグレープル辺境伯は、花子の言葉を全面的に信じた。
「やはり、そういうことでしたが。実はこのエンドレス王国の前身はリュウイン王国と申しました。リュウイン王国は、この世界を守るドラゴンを崇拝していました。しかし隣国の当時は小さな国だったエンドレス王国が、魔術師軍団を率いてリュウイン王国を滅亡させたのです。少々、お待ちを」
グレープル辺境伯は一旦席を離れた。その間に、森田兄妹は無表情で出されたお茶と、栗がたっぷり入ったパウンドケーキを食べる。2人は美味しいと思っていたが、無表情に食べ進める兄妹に、給仕の召使いたちは「お気に召しておられないのでは」とオロオロしていた。
やがてグレープル辺境伯は装飾入りの皮の鞄を持ってくると、人払いして応接室の鍵を閉めた。皮の鞄を開けると、中から修復に修復を重ねたボロボロの本が出てきた。
「これはリュウイン王国時代の書物です。浄化のドラゴンについて書かれています。我がグレープル家をはじめ、主要な辺境伯は元リュウイン王国の騎士でした。我々が粛清されずに生き残り、貴族にされたのは、スタンピート対策のため危ない国境付近を守らせるため。貴族とは名ばかりで、王都にはたまに報告へ赴く程度、夜会等に呼ばれることはありません。我々もリュウイン王国末裔として、エンドレス王族に媚びへつらう気もありませんが」
大輔は慎重に本の頁をめくる。花子にやらせたら、ただでさえ古い書物を破いてしまいそうだからだ。書いてあることは、ほぼ花子の言ったことと一致していた。リュウイン王国は、浄化のドラゴンと交流できる者居たらしく、浄化の手助けをする者もいたとか。
つくづく、エンドレス王国は戦犯だなと花子と大輔は思った。だがこれで、躊躇うことなく神殿破壊が出来る。
「貴方がたが居なくなるのは、この領地には大きな痛手ですが、根本を正すための正義の刃を振るってください」
グレープル辺境伯は立ち上がり、大輔と花子に頭を下げた。振るうのは剣じゃなくてバットとハンマーなんだけどね。あえてそこは黙っておいた。
王都までの旅立ちに向けて、備蓄食材と調理の必要性、それとご近所さんへのお別れ挨拶まわりの品をどうするか話し合いながら、村外れの館へ着くと、杏樹と数名が押し問答している。その数名のなかに、立派な鎧と大剣を背負った雅幸がいたので、森田兄妹は「あ、逃亡聖女を追いかけてきた王都精鋭パーティーの奴等か」と直ぐに勘づいた。
相手するのは面倒なので裏口から入ろうとすると、いち早く花子達に気づいた杏樹が叫ぶ。
「ちょっと、姉のピンチをなんで素通りしてるのよ!花子、助けなさいよ!」
杏樹の怒声に、実兄含むパーティーのメンバーが振り返る。これはまた、聞きしに勝る派手な方々だというのが、花子と大輔の第一印象。パーティーの名前は聞いた傍から忘れたが、ゲーム同様、厨二病こじらせたような名前だった気がする。
「ハナコって、あれがマサユキとアンジュの妹?」
ゲーム正統派美形そのまんまの、銀髪と若葉色の超弩級ハンサムが驚きつつ、花子に向って指をさす。その驚愕理由が、南条兄妹と比べて地味だということだろう。
なるほど、コイツが杏樹が前夜ボヤいていた、迷惑猛アタックしているというエンドレス王国第3王子か。ハンサムで特級クラスの魔術師らしいが、性格オレ様系なのが初対面でもすぐ分かる。
花子は無表情で第3王子を見返す。
「なんか、アンジュやマサユキの妹にはちっとも見えないな。そっちの男の兄妹なんじゃないのか。顔の造作も似ているが、無表情なトコがそっくりじゃないか」
嘲るように第3王子は言う。
「よせ、サバラン。この2人も王都へ連れてくるよう、陛下からのご命令だ。ワイバーンの群れを倒した英雄だと、国中で評判だからな」
第3王子とは違う種類の金髪美形が言う。この男が恐らく、このパーティーのリーダーなのだろう。
それにしても第3王子の名前、サバランか。洋酒に浸したパンに、生クリームたっぷりの、見た目が素朴だが洋酒のパンチのある美味しいケーキと同じ名前だ。大輔と花子は無表情なので他の連中に気づかれていないが、2人は腹の中で大爆笑していた。
「ガセネタだろ。噂を聞いた時から怪しいと思っていたが、顔みたらますます確信したぜ」
弓を担いだ緑髪の青年が言う。ここでは派手だが、森の中では擬態に役立ちそうな髪色だ。たまに親戚の伯父ちゃんが大阪へ遊びに連れてってくれたとき、これよりくすんだ緑髪の青年を見かけたが、花子と大輔は「あんな妙な色に染めて将来、剥げないかねぇ」と思った。ちなみにこの2人が大阪で猛烈に感動したのは、たこ焼きでもお好み焼きでもなく、ケンタッキーフライドチキンの期間限定メニューだった。連れて行ってもらえる回数は少ないが、必ずケンタッキーフライドチキンばかり食べている2人に、伯父は「もっといいもの食わせてやると言っているのに」とあきれ果てた。だが地元では県庁所在地くらいにしかケンタッキーはないのだ。
まあ回想はわきにやり、この緑髪弓師も気に食わない認定に満場一致で下した。評議メンバーは、花子も大輔だけだが。
「ともかく中へ入れてよ。私、疲れちゃった」
オレンジ頭の豊満美人が、雅幸に寄りかかって甘えた声を出す。「あー、コイツか」と森田兄妹は、杏樹が特に敵視していた人間だと思った。男に媚びへつらうのは上手いが、同性に対しては容赦がないらしい。
「ネエヤン、コイツら本当に家にあげてもいいの?」
花子が、押し問答していた杏樹に尋ねる。
「嫌に決まってるでしょ!居留守使ってたけど、あんまりうるさいから応対に出ただけで。ていうか、あんたら、私を置いてどこ行ってたのよ!」
「ちょいと重要な用事で。ネエヤン、寝てたからさ。朝食残しといたけど、食べた?」
「ああ、うん。凄く美味しかった。いや、そうじゃなくてー」
と杏樹が言い返そうとしたとき、花子がパーティーメンバー全員の足元スレスレに、炎をまとった剛速球を投げつけた。炎が土と雑草を焼いてプスプス言っている。実兄含めたパーティーメンバーは腰を抜かした。
「ご近所迷惑なんで、騒がないで。それと客人じゃないとネエヤンが断言したので、館には入れません。どうぞご自由に、旅籠なり辺境伯邸なりでお休みください。ウチは立ち入り禁止です」
「あんたらに、我が家を荒らされたくないもんなぁ」
大輔も追随する。
「貴様ら、誰に向ってー」
と叫んだ金髪リーダーの頬をかすめて、花子の剛球がリーダーの後ろの木にめり込んで燃え上がる。油を含んだオリーブの樹なので、よく燃えること。
「お、覚えてろ!」
パーティーメンバーは、森田邸から逃げ出した。大輔は常時持ち歩いているリュックサックから水筒を出して、オリーブの大木に水をぶちまけ鎮火させた。
杏樹を含めた森田兄妹が、家の中に入る。辺境伯城まで往復したので、すっかり黄昏時だ。早速、大輔が台所に入って料理を始める。
「アンチャン、ステーキが食べたいなぁ。昨日がチキンのハーブステーキだったから、今日は豚か牛がいい。ニンニクたっぷり効かせたやつ」
「分かった。ほんと、醤油があればなぁ」
大輔はニンニクバター醤油のステーキが好きだ。自宅では牛肉は贅沢なので、もっぱらチキンステーキだったが。大輔は付け合わせの野菜やスープも手際よく作る。今日はご飯を炊くのが面倒なので、いただきもののパンでいいだろう。
肉は豚肉を一昨日ご近所からもらっていたので、ポークステーキにすることきした。バターも分けてもらったから、良い匂いが台所に漂う。本当に、これで醤油と胡椒があれば完璧なのだが。仕上げとして豪快に度数の高い酒でフランベすれば完成だ。
リビングの床に敷き詰めた床の上に座り、杏樹は溜息をつく。森田邸のリビングは、ソファではなく、羊毛を敷いた上に大輔お手製のちゃぶ台が乗っている。大輔も花子も、床で寛ぐのが好きなのだ。これでテレビとゲーム機があったら天国なのだが。客人用の応接室にはソファ一式は揃えてあるが、客を出迎えない限りは滅多に使わない。そして近所の人々は客ではなく茶飲み友達なので、森田式リビングに最初は戸惑ったが、慣れると居心地が良いのか、自分の家のように寛ぎゴロゴロしていた。
「アンタ達のおかげで助かったわ。でも私のためとはいえ、国内の精鋭を集めた連中を敵に回しちゃったわね。特に第3王子は魔術師団の副団長を務めるほど実力者。私ら、どんな目に遭わされるか」
「魔術師かぁ。本物の魔術師と会えるのは嬉しいな。特級というぐらいなら、トンネルの補強工事終わらせてくんないかな?」
「あんた、どこまでお気楽なのよ。仮にも相手は王子なのよ?」
「うん。でも、第3王子ごときビビってたら、私らは元の世界へ帰られないからねぇ」
「え?いま、なんて言ったの?」
杏樹は花子に掴みかかる。花子は抵抗せずに床に背中から寝転び、実姉を見上げた。
「偶然か必然か、昨晩、元の世界へ戻る方法を知っちゃった。それで今日はアンチャンと一緒に、グレープル辺境伯閣下に、暇乞いのご挨拶に伺ったわけ」
「本当に??本当に元の世界へ戻れるの?」
杏樹は半泣きで尋ねる。涙がポタポタ花子の顔に落ちる。
「そのために、やらなきゃならない事があって、それは王都へ行かないと出来ないの。アイツらと一緒に行くかは別として、ともかく準備が出来たら王都へ向かうから。ネエヤンは、それまでここで留守番してる?」
「一緒に行くに決まってるでしょ!アンタ達だけ元の世界へ戻って、私だけ取り残されるのは嫌よ!」
「ミッションクリアすれば、必然的にこの世界の何処にいようとも、元の世界へ戻れるだろうけど。でも雅幸さんは、あの性格ブスにデレデレだから、帰りたくないかもなぁ」
「兄さんのことなんて、知らないわよ!私は元の世界へ戻りたいの!」
「マスコミに追われ、仕事が激減していて、両親が浮気スキャンダルで離婚するかもしれなくても?」
「マスコミに追われる方が、魔獣に追いかけ回されるよりはるかにマシよ!親や兄さんも、どうでもいい。仕事だって引退してやる。なんか、あんたら見てたら、私も本当にやりたいことを見つけるまでのんびりしたくなったのよ。だから、アンタの家に居候するからヨロシク」
「つまんないトコだから、半月もせずに飽きて都会へ戻ると思うけどね。まあ、好きにしてよ。ネエヤンも、いろいろ苦労してきたんだろうし」
「花子ー」
杏樹は花子に抱きついた。端から見ると危ない光景だが、大輔は意に介さず料理を作り、出来上がるとダイニングで楽しく3人で食事した。杏樹には、王都に何をしに行くか、大輔も花子も言ってない。面倒な連中が押しかけてきた以上、邪魔されないためにも、実行に移すまで大輔と花子の秘密にしておいた方がいいと、互いに言葉にせずとも了解しあったのだった。
2.勝負
夜明け前、森田邸を襲撃する音が聞こえた。杏樹はパニックを起こすが、花子は「大丈夫、大丈夫」と寝返りを打って眠りに落ちる。
杏樹ははしたないと思いつつも、大輔の部屋を訪ねる。こちらも「平気、平気。旅に出たら野宿もあるし、今のうちゆっくり寝てな」と、こちらも全く危機感がない。
確かに襲撃音、主に館を剣で切り裂こうとしたり、第3王子が魔法で館を壊そうとしてもビクともしない。このトリックが何なのか、杏樹にも分からない。だが神経の図太い森田兄妹と違って、杏樹はいつでも迎撃できるよう支度を整えた。
「何なんだ、この館は!」
荒い息を吐きながら、第3王子サバランは悪態をつく。
「鑑定してみても、未知の力としか出てこない。いったい、あの2人は何を得たというのだ」
リーダーのプロキオンも、困惑を隠せない。彼は雅幸と同じく剣士であり、鑑定眼であらゆる敵の弱点を見抜ける。その彼が、森田邸を守護する力の源を見抜けないのだ。
答えはドラゴンアイランドの長、エンシェントドラゴンの加護によるものだ。エンシェントドラゴンの加護は、花子と大輔の特定人物だけでなく、住居にも加護が作動する。ドラゴン相手に、人間の魔術師ごときが何も出来るはずはないのだ。
いつものように大輔が食事を作り、花子は旅に持っていくための作物を畑から収穫している。館の外には険悪な顔の『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーメンバーが、歯ぎしりして睨みつけてくる。パーティーの名称を杏樹に再度尋ねたとき、大輔と花子は、いつもの無表情が嘘のように腹を抱えて笑った。その様子に杏樹が驚愕どころか、ホラーでも観た気になったのは言うまでもない。
花子は収穫の手を止めて、鎌を第3王子に突きつける。
「そこのケーキ!」
「は?ケーキ?」
当然名指し、いや理由のわからない名で指名された第3王子は、目を点にする。
パーティーの中でその意味を分かっているのは、雅幸だけだ。雅幸はひそかに笑いを堪えている。
「ご近所迷惑も考えずに騒ぐから、ネエヤンが心労で寝込んじゃったじゃないか。今から私が相手してやるから、賭けをしようじゃないか」
「はっ!『怪力』のスキルしかない貴様が、この私と勝負だと?」
「その外れスキル2人の館に傷1つ与えることが出来ないヘボはどっだよ、ケーキ野郎」
「くそ、言わせておけば!」
第3王子は花子に向って攻撃魔法を放つが、花子どころか森田邸を囲むバリアに跳ね返されて攻撃魔法は空に向かい、花火のように爆発した。
「どうせなら夜にやってくれたら、『玉屋~』と掛け声かけてやったのに。勝負は近くの森。あんたらが勝ったら、何でも言うこと聞いてやる。私が勝ったら、いま工事中のトンネルの補強工場を完成させろ。いいな?」
「はあ?なんで私が!」
「国を住みやすくするのも、王子の務めだろ。本当は率先して新街道の完成に尽力するのが真の王族だろうに、王子を名乗ってて恥ずかしくないのか?」
「国のことは父王や王太子、それと次兄の国交大臣がすることだ!私は魔術で魔物を倒す重要な役割がある!」
「魔物を倒すために整備された街道の補強すら出来ないヘボ魔術師だと、認めているな」
花子は薄笑いを浮かべる。
ますます第3王子はヒートアップして、「賭けに乗ってやるから表にでろ!」と花子に怒鳴った。
勝負は村に影響がない外れの森の中。第3王子は早々に魔術を放つが、花子には一発も当たらない。無表情で微動だにしない花子が、『優美にして聖なる白銀の薔薇』の面々に恐怖を与える。
第3王子が最大の魔力を展開しようとしたとき、さすがに実兄たる雅幸が止めようとしたが、花子は無表情でそれを制する。花子は足元の石ころを拾い上げ、第3王子が最大出力魔術を花子に放ったとき、花子も同時に振りかぶって石を魔術の核へ投げつける。剛速球ならぬ剛速石と相殺された最大出力魔術は、煙となって消失した。
「馬鹿な…外れスキルのくせに、何で私の攻撃魔法が通用しないんだ!」
第3王子は力尽きて地面に膝をつきながら、草地をドンドン叩いて悔しがる。
「あんたらにしてみれば、スキルは外れかもしれないけど、私からすると大当たり。私は元の世界では女子野球部のピッチャーで、自分で言うのもなんだが、男子高校野球強豪校のピッチャーより速い球を投げられる。その気になれば、女子野球ワールドカップメンバーにすぐにでもなれる。やる気はないけど」
いや、実は男子硬式高校野球レベルの話ではない。計測計で計りきれない剛速球を花子を投げることが出来る。本気で選手になりたいなら、プロ野球からだってオファーも来るはずだ。だが花子の夢は地元で柑橘畑を作ること。野球は高校時代の青春の思い出としてやっているだけだ。
だがあれ?こっちの世界に来てから半年経ってるわけで、高校留年間違いなしか?その前に捜索願出されて大騒ぎになってるかも?
「おまえ…そんな特技があったのか?」
雅幸は驚愕する。少なくとも南条家は音楽家一家で、父方も母方もスポーツ選手は輩出したという記憶がない。
「そんなことより雅幸さん、私ら元の世界に戻ったら、大騒ぎになるね。もう何ヶ月、こっちにいるのやら。ネエヤンは芸能界引退も覚悟してるけど、雅幸さんは芸能界に居場所あるか苦労しそうだね」
「戻れたらの話だろ。俺たちは、もう地球には戻れないんだ」
雅幸は芸能界が好きだ。ライヴ会場に立って声援を浴びるのに快楽を憶える。だがその夢は、理由のわからない現象によって断たれた。
「詳しいことは言えないけど、元の世界へ戻る方法を見つけちゃったんだよね。だから、私とアンチャンはその準備をー」
「おい、本当か!本当に元の世界に戻れるのか!」
雅幸は実妹に駆け寄るなり、必死な形相で花子を揺さぶった。
「相応の仕事は必要だけど、私らアンチャンとネエヤンは帰るつもり。雅幸さんは、この世界の美人とウハウハしててね」
「俺も帰る!絶対に帰る!いや、それ以前におまえ、いつから杏樹をネエヤンと呼ぶようになった。だったら俺のことも兄様と呼べ!」
「い、や。私が認めない限り、アンタは雅幸さんでそれ以上でも以下でもない。私に兄と認められたいなら、努力することだね」
花子は薄笑いを浮かべながら言う。そもそも南条の家に未練など一欠片もないし、兄姉への情もない。花子は森田家のド田舎娘だと、心に根を張っている。杏樹に関しては、あまりに精神的打撃が酷かったので、親戚の姉ちゃんに格上げしてあげただけだ。実姉として『ネエヤン』呼ばわりしているわけではない。
「ともかく、アンタの負け。トンネルの補強の約束、早速守ってもらうよ。それともウンセコラセと、危ない山道を登り下りしたいなら、それでもいいけど。乗合馬車もがけ崩れでよく止まるから、自力下山は覚悟してもらわないと。その分の食料や野営道具も、当然自分で持って行ってね」
花子は無表情で饒舌に言い下す。親しい友人知人以外と話すのは面倒だから、いつもなら放っておいている。だが短い間でも愛着のある『我が家』を攻撃した恨みは根深い。
「分かった…」
第3王子は地に平伏したまま、ガックリ俯いた。
煉瓦補強であと数年はかかると見込まれていたトンネルは、第3王子の魔法で周囲が鋼鉄のように固められ、あっという間に完成した。グレープル辺境伯領民と、アープル伯爵領民はたいそう喜び、お祭りが開かれることになった。
この祭りを終えたら、大輔と花子と杏樹も、エンドレス王国の王都へ向かう予定だ。その後ろから『優美にして聖なる白銀の薔薇』パーティーもひっついてくるようだ。食事は分けないし、特に手助けするつもりもないので、どうでもいい。ただ邪魔をされたときには、容赦なくぶちのめすと、花子と大輔は決めていた。
3.いざ王都へ
グレープル辺境伯領民、特に森田兄妹が暮らしていた村の周辺の者は、花子と大輔がこの地を去ることを酷く寂しがった。グレープル辺境伯一家も見送りに来て、目を潤ませている。
「縁があったら戻る」
大輔は気休めの嘘をついて、グレープル辺境伯を旅立った。乗合馬車の御者は、花子と大輔が初めてグレープル辺境伯領へ入った時と同じ人だった。
「お、あの時の恩人の姉ちゃんじゃねぇか。無料には出来ねえが、割引はしとくぞ」
御者はコソッと花子に話しかけるが、花子は無表情に首を横に振る。
「御者のオッチャンだって、命がけで働いてるんだから、ちゃんと正規運賃はもらわなきゃ駄目だよ」
花子は人数分、自分と大輔と杏樹の支払って乗り込んたんだ。ついでに馬車を引く2頭の馬の分の新鮮なニンジンを6本をチップ代わりにつけて。
「若いのに、しっかりした姉ちゃんだ。ありがとよ」
御者は3人を席に通した。花子と大輔は相変わらず、荷物はリュックサック1つだ。杏樹は顔がバレないように、新たに購入した丈夫な茶色のコートのフードを深く被っている。持ち物は肩に斜めがけしたショルダーバッグだが、これは王宮から支給されたマジックバッグで、これがあった為に、はるばるグレープル辺境伯領まで食料や寝袋や護身用の剣を入れて、森田兄妹を訪ねることが出来たのだ。
杏樹は必死に姿を隠しているが、乗合馬車の後ろから『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーメンバーが立派な馬に乗ってついてきているから、ほぼ聖女なことはバレバレのような気がする。
トンネル開通したことで、以前は山越えに途中の山小屋宿泊含めて5日かかったが、今回は半日もかからずにグレープル辺境伯領を出て、アープル伯爵領へ出た。ここからは平地が続く。乗合馬車は、アープル伯爵領の主要都市アンバーまで行く。街道までの道が舗装されきれていないのでガタついたが、街道に入ると土が固められ、更に街が近くなると石畳となって、夜には目的地アンバーの街まで着いた。以前と違って、随分と時間短縮されたものだ。御者も「本当に、あのトンネルのお陰で大助かりだよ」と、トンネル開通させた当の本人が目の前にいるとは知らずに喜んだ。
『優美にして聖なる白銀の薔薇』の杏樹を除くメンバーは、街一番の豪華な宿泊所に泊まったが、大輔と花子と杏樹は安価だが清潔な宿に泊まった。いくつも似たような宿がある中から、そこを選んだのは、大輔のグルメセンサーが働いたからだ。大輔の勘に狂いはなく、美味しい夕食と朝食を食べることが出来た。
次はメーロン男爵領へ別の乗合馬車で入る。メーロン男爵領は領地こそアープル伯爵領より狭いが、深い森があって魔獣もそこそこいる。そういうわけで、アープル伯爵領のアンバーの街を拠点とする護衛の冒険者パーティーを雇っており、距離は短いが運賃はグレープル辺境伯領から乗った乗合馬車の倍額を支払うことになる。もっとも今回は王都の有名な冒険者パーティーが随行しているので、いつもの随行冒険者達は彼らに緊張しながらも、今回は往路に限ってだが、楽にノルマをこなせそうだと気楽にしていた。
だがそうは問屋が卸さなかった。鬱蒼とした森の街道に、レイスの大群が襲いかかってきたのだ。馬は大暴れし、御者も乗客もパニックを起こす。冒険者界隈でも一番厄介な部類の魔物だ。なにしろ実体を持たないで、物理攻撃は効かず、魔法でしか倒せないからだ、
杏樹は馬を含めた乗合馬車に聖属性魔法をかけて防御する。第3王子も仲間や馬たちに守護魔法をかけると馬から飛び降り、レイスの大群目掛けて魔法を放つ。
「これだけの大群、私だけで倒せるだろうか」
レイスに紛れて、オルトロスの群れまで出てくる。オルトロスなら上級冒険者でも倒せるが、レイスが紛れているため、まずレイスを殲滅させないことには『優美にして聖なる白銀の薔薇』のメンバーも前線に出れない。
そんななか、第3王子に数秒遅れて、大輔と花子が馬車から飛び出してくる。普通の者から見れば、自殺行為だ。
「花子、馬車に戻れ!おまえがやられたらー」
雅幸は殆ど会ったことのなかった妹のために絶叫を上げる。無表情で無感動な変な奴だと思いつつも、花子を実妹として認めていたのだ。
花子は意に介さず、ミスリルのバットと腰にぶら下げたウェストポーチを出す。このウェストポーチは、ドラゴンアイランドのナンバー2の実力者のレッドドラゴンから貰ったものだ。そしてウェストポーチの中には、ドラゴンアイランドのドラゴン達がそれぞれ力込めた硬球が幾つも入っている。花子はボールを出して宙に放ると、次々とレイス目掛けてバットで打っていく。花子の硬球はいつもの炎ではなく、白光をまとってレイスを消していく。
「あれは聖属性の光!」
鑑定眼の持ち主のリーダー、プロキオンが驚愕する。幾つか放った球はレイスを消滅させるとブーメランのように花子のもとへ帰っていく。その球を再び花子はバットで狙い打ちしていく。
一方の大輔も、オリハルコンのハンマーを巨大化させて、レイスやオルトロスの区別なくハンマーを振るう。レイスは消滅し、オルトロスは絶命する。大輔が無表情な顔でゴクリと喉を鳴らすが、花子の「食べるの後!」の注意が飛んで、化け物退治に専念する。だが大輔の頭の中は、倒したオルトロスを食べる楽しみでいっぱいだ。しかしこれまでは、花子が結果として火で炙っていたわけで、狼の化け物の生肉はいかがなものだろうか。
「あの子達、猛烈に楽しんでる」
杏樹は、花子と大輔に呆れ果てる。グレープル辺境伯領の森田兄妹自邸で世話になったのはほんの数日だが、一見すると無表情な花子と大輔の感情表現が、いまでは杏樹にも読めるようになっていた。いま杏樹は、実妹と従兄がストレス解消なのか、ゲームの延長と捉えてるのかまで不明だが、ともかく満面の笑みで魔物を倒してるのが分かった。
森田兄妹の活躍で、第3王子の出る幕が無い。むしろ連携が完璧な花子と大輔の調子を崩してしまうので、第3王子は仲間たちの元へ戻った。
「何なんだ、あの武器は!伝説級の武器ではないか!」
第3王子は何が何だか分からないと、頭をかき乱す。あの2人は外れスキルで、辺境にコソコソ逃げていった役立たずではなかったのか?
「ハンマーはともかく、花子が使ってるのはバットとボールだ。こっちの世界には無いはずのものだが」
「バット?ボール?本来は、どんな魔物を倒すための武器なんだ?」
リーダーのプロキオンが興味津々に尋ねる。
「武器じゃなくて、俺等の世界の野球っていうスポーツの道具。それにしても補正魔法でもかかってるのか、戻っくるボールはますます加速を増しているのに、花子ときたら淡々とバットに当てて、確実にレイスを倒していく。こんな凄い力、ド田舎育ちとは言え、よく今まで隠してこれたな」
「あっちのハンマー君も、凄いよね。事務的に敵を倒していく。あれ、国王陛下しか持てない国宝の聖剣と同じオリハルコンだろ?」
トイズも感心する。そしてオリハルコンのハンマー、ミスリルのバットの出どころがどうしても知りたくなる。希少鉱物から作られた武器はほぼ聖なる力を宿し、国の象徴として保管されて、個人が保有できるものではない。
「終わったら、問いただしてみるか」
リーダーのプロキオンも、希少鉱物から出来た武器が喉から手が出るほどほしい。
レイスもオルトロスも全滅した。そしてこれからが、皆のドン引きショーの始まりだ。
大輔は早速、オルトロスに齧り付く。乗合馬車からはもちろん、冒険者からも悲鳴が上がる。
「アンチャン、生肉は寄生虫が怖いから、焼いて食べてよ。いま焼くからさ」
花子はバットとボールを片付け、近くのビー玉ほどの小石を拾って、百体近いオルトロスの骸に投げつけていく。命中した小石は火を放ち、オルトロスを焼いていく。
花子は肉の焼ける臭いを嗅ぐなり、「これ不味いやつだ」と判別して、以前のゴブリンの時のように試食しようとは思わなかった。焼き加減は難しく、半分は黒焦げになってしまったが、残りは生焼けでも大輔が「美味い、美味い」と平らげていく。
好奇心旺盛な連中が出てきて、オルトロスを口にしようとするのを、花子は止める。
「全ての魔獣が上手いが不味いか知らないけど、少なくともオルトロスは不味そうな臭いがする。それでも試食したいならご自由に。腹下しても自己責任で頼みます」
花子は忠告したが、大輔の食べっぷりに感化かされた乗客や冒険者が取り敢えず焼けている箇所を食べてみる。皆、例外なく不味さに飛び上がり、草むらでゲーゲー吐いていた。
「だから止めたのに」
花子は挑戦者達を白い目で見る。そこへ雅幸達が近寄ってくる。どうやら彼らはオルトロス挑戦は辞退したらしい。
「花子、ミスリルのバットを少しでいいから触らせてくれよ。頼む!」
大輔ほどではないにしろ、ゲームが好きな雅幸が頼む。他の連中も、触ってみたくて必死に懇願する。
「横取りはしないでよ」
花子はバットを取り出して、雅幸に渡す。ミスリルといえば頑丈で軽いとされている。だが雅幸は両手で受け取った途端、体が半分、地面にめり込んだ。おまけに両肩を脱臼して悲鳴を上げている。
「なんなんだよ、あり得ないだろ!この重さ!」
「おい、巫山戯ているわけじゃないよな?」
今度はリーダーのプロキオンが、雅幸の手からバットを取り上げる。プロキオンまた地面に体がめり込んで、両肩を脱臼した。
「痛い、重い、痛い!早くこれをどうにかしてくれ!」
「大袈裟だなぁ」
花子はミスリル製のバットを取り上げる。地面にめり込んだ2人は、第3王子とトイズに出してもらい、治癒魔法師のフローレンスが雅幸とプロキオンの肩を治す。そして『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーの面々は、化け物でも見るように花子を凝視する。
いや、さらなる化け物が背後でオルトロスをむしゃむしゃ食べているが。
花子には当たり前になりつつ光景だが、その場にいるその他大勢からすればホラーだ。だが骨まで残さず全て平らげたので、他の野獣が寄ってくることもない。むしろ残穢に恐れをなして逃げていくことだろう。
困ったのが、大輔の悪食に恐怖した乗合馬車の乗客が同乗拒否したことだ。幸い、ド田舎育ちの大輔は馬に乗れたので、雅幸と交代してもらって、雅幸が乗合馬車に乗り込むことにした。
「アイツのスキルが、大食いじゃなくて、悪食だったとは」
花子から端的な説明を聞いて驚き呆れる南条兄妹。同時に、あんなエグい場面をこれまで見守ってきた花子に同情する。妹キュンに急上昇中の雅幸と杏樹だが、花子は無表情は変わらない。むしろ杏樹は、花子が「コイツら、ウザい」と思っているのを読み取った。
「おまえたちの魔法武器も、俺たちが元の世界へ帰るための援助者がくれたものか?」
到底使いこなすことが出来ない代物だが、希少鉱物から出来た魔法武器に、雅幸は憧れた。
「うん、まあ」
花子は無表情で言葉を濁す。さすがにこの表情からは、杏樹も実妹が何を思っているのか読み取れなかった。
「奇しくもこんなところで、兄妹3人揃うとはね」
杏樹がしみじみ言うと、近くにいた行商のオジサンが「あんたら、兄妹なんかね?」と驚いた顔をするので、すかさず花子が「他人です」と応える。激昂したのは杏樹だ。
「あんた、私をネエヤンって認めてくれたじゃない!」
「従姉でもネエヤンって呼ぶよ。父ちゃんの姪っ子の菜々美ちゃんだって、ネエヤンって呼んでるもん。あと桃花ネエヤンと、菊菜ネエヤンと、涼子ネエヤンとー」
「アンタ、従姉が何人いるのよ!」
「父ちゃんは三男二女の真ん中だから。男の従兄弟は9名、女の従姉妹は10名。でも若菜オバチャンのお腹の子が男の子だったら、10名になる」
「なんか次元が違う。田舎って、そんな子沢山なのか」
実兄の割に、実妹が世話になっている家の事情は知らなかったらしい。両親がスキャンダル起こして東京に居た堪れなくなるまで、今まで興味も薄かったというのが真相だろうが。
「あー、たぶん知らないと思うし、真治ニイヤンも騒がれたくないからと黙ってたけど、真治ニイヤンはプロサッカー選手で、イギリスでプレーしてる。今回のワールドカップ日本代表選手にも選ばれてる、森田一族の希望の星なんだ」
「ええっ!あの森田真治が、おまえの従兄!」
雅幸は驚いて立ち上がり、ちょうど車輪が石を踏んだところだったので床に転んだ。
「知らなかった。アンタの養父方の家系、私らとは血の繋がりはないけど、プロ出すほど凄いんだ」
「加えて言うと、昨年の優勝校キャッチャーも、私の従兄の剛司ニイヤン。今年が3年生最後で、いま夏の高校野球で歴代ホームラン記録抜くか注目されてる。恐らくドラフト指名されるだろうから、一族どころか近所の皆も何処に行くか注目の的。どこの球団が獲得するか、それ以前に本当に指名されるか分からんけど、某在京球団にだけは行くなと言うのが、皆の総意。近畿の敵だからねぇ」
「知ってる、森田剛司。歴代最強バッターとして有名なんだってな。顔は鬼瓦みたいらしいけど。俺のバンドメンバーが高校野球オタクで、暇さえあれば甲子園に観戦に行ってるから、いちいちスマホで実況メール送ってきて、うるさかった」
迷惑顔をしながらも、鳴らない動かないスマホを肌見放さず持ち歩く雅幸。英雄でなくてもいい、帰れるなら元の世界へ戻りたい。たとえ既に芸能界に居場所が消えていても、元の世界に本当に戻れるなら、また1から這い上がってやると決意を込めて。
「ねぇ、アンタのバッティングも、その従兄から教わったの?」
「うん。私がピッチャーやってるのも、剛司ニイヤンのお陰。アンチャンやアンチャンの友達も私の球を受けられるけど、超本気の球は剛ニイヤンしか受け止められなかったから」
「野球オタクに言わせると森田剛司、キャッチャーとしても有能らしいんだよな。他校の高校野球キャッチャーは、悪送球やキャッチングミスやワイルドピッチも目立つけど、森田剛司はミスもなければ強肩で盗塁を許したことがない怖い奴なんだと。そんなのが、おまえの従兄。納得だ」
花子の投球コントロールも完璧だが、恐らく花子の相手を幼い頃からしていて、剛司のキャッチャースキルも上がったのだろう。森田一族、恐るべし。
「私らには、幼い頃の家族の思い出って少ないわよねぇ。見栄で元旦に欧米行くときも、マスコミへの家族仲良しアピールで、現地じゃ両親とも別行動だったし、私らはお手伝いさんに預けられっぱなしだったもんね」
「その元旦アピールさえ、親父が年末年始オーケストラライヴ参加が恒例になってから、全く行ってないもんな。最後に家族旅行行ったのは、俺が小学校上がる頃か?」
「そのぐらいよね。私、本場の有名テーマパークで本場限定発売のぬいぐるみをママに買ってもらったのが一番の思い出…」
杏樹がそのとき買ってもらった大きなクマのぬいぐるみは、いまもとの世界の自宅のベッドが定位置。何度か専門クリーニングに出したので、随分と色褪せてしまったが、あのぬいぐるみだけは手放せない。
しんみりする南条兄妹の一方で、花子は無表情で外を眺める。正確には警戒を怠っていないのが正しい。馬車が走り出してから暫くして、どうもこの森は変だと勘が告げている。だから南条兄妹の感傷的な昔話など、少しも頭に入っていなかった。
花子の予想は当たった。オークの大群が馬車に向って来たのだ。馬が恐怖でいななき、乗合馬車の中が再びパニックになる中で、花子は幌馬車の隙間から硬球を取り出して剛速球を投げつつ、馬車から飛び降りる。
「奴なら、私にも食える!」
ファンタジーでは食える、食えないの意見が真っ二つのオーク。だが体臭からして豚そのもの、二足歩行してるだけの食材だ。
「生肉も確保!アンチャン、あとでトンカツ揚げてよ!」
「妹よ、素晴らしい発想だ!」
大輔のハンマーがオークの首を吹き飛ばし、花子が豪速球を加減して頭を潰す。数々の魔物相手に投球しているうちに、炎の魔球の加減もほぼ分かってきた。だが生肉だけ大量にあっても、丸焼きも捨てがたい。花子は丸焼きの火加減の投球の割合も増やす。どうせ大輔がまた殆ど食べてしまうだろうが、3頭ほどあれば乗合馬車乗客と冒険者には足りる。食べるかどうかは、自己判断に任せるが。
「あー、焼く前に塩振りたい!出来れば胡椒もほしい!」
豪速球を投げながら、花子が叫ぶ。すると行商が「胡椒なら、あとで無償提供してやる!」「俺は岩塩提供だ!」と続々と声援があったため、俄然、花子にやる気が出た。
「これ、俺たちの出番あるのか?」
乗合馬車用心棒の冒険者をはじめ、国の精鋭『優美にして聖なる白銀の薔薇』のメンバーも手出しする隙がない。なまじ前線に出れば、花子の豪速球に当たりかねない。バッティングでなく、投球でも球はUターンで戻って来るが、バッティングのときと違って投球のときはスピードを緩めて戻ってくるので、花子は素手でキャッチしてすぐさま投げる、流れ作業をこなしていた。
「なあ、ワイバーンを全滅させたって、あれガセではなく、本当だったんだろうな」
遠い目をして、A級冒険者弓師のトイズが言う。
「レイスの殲滅、オルトロス全滅させた時点で、俺はワイバーン倒した話は本物だと信じたよ」
リーダーでA級冒険者の鑑定眼持ち兼剣士のプロキオンも、サクサクと無表情で魔獣を倒していく大輔と花子に、むしろ恐ろしさを憶えた。あんな規格外と本気でやりあったら全滅するのは自分らだとヒシヒシ感じ、今後は逆らわないようにしようと密かに決めた。
そしてオークは全滅した。生肉オークは、さっさと花子がリュックサックに回収していく。皆にリュックサックがマジックバッグであることがバレてしまったが、花子から奪い取ろうなんて馬鹿は居ないだろう。それこそ即死の丸焼きだ。
王都周辺では家畜を食して魔獣には手を出さないが、厳しい土地、特に国境に近い地域では食べられる魔獣は率先して食べる。冒険者も、ダンジョンに潜った時は持ち込み食料の節約のために食べる。
魔獣の肉は、下級ポーション並みに体力や魔力(魔力持ち限定)を回復させる。下級ポーションといえども、庶民が安安と買えるものではない。従って加工するなり、マジックバッグやアイテムボックス持ちは、食べられる魔獣が手に入る状況にあれば、率先して魔獣肉そのものをストックしていた。
乗合馬車の乗客の大半は行商人のため、花子の許可を得て、首無しオークをマジックバッグやアイテムボックスに収納していく。その傍から、大輔が頭ごとバリバリオークを齧って猛烈な勢いで食ていくから、良質な肉を確保しようとする者たちも必死だ。
こんがり焼けたホカホカのオーク肉は、さっき声援を送った行商人が、それぞれ約束通りに貴重な胡椒や塩を花子に限って使わせてくれたので、花子は久々の胡椒の味に感激した。やはり塩胡椒をかけた豚の丸焼きは美味い。
食べ後のオークは、乗客や冒険者らが馬車の陰に食べる分を移動させてオーク肉パーティーとなった。遠ざけておかないと、大輔に食べ尽くされてしまうからだ。残った骨や内臓は、後で放り投げておけば大輔が片付けてくれるだろう。もはや大輔は、ハゲワシやハイエナと同等の扱いにされている。
オーク肉パーティーに参加しない例外も2人いた。B級冒険者治癒師だが、巨大アイテムボックス持ちなので『優美にして聖なる白銀の薔薇』パーティー加入となった豊満美人のフランソワーズと、特級魔術師にして王子のサバランは「魔獣なんて下賤な食べ物を口にしたくない」と、フランソワーズが持ち歩いている宿で作ってもらう調理済みの食事以外は、野営の時でも決して食べなかった。いまもフランソワーズとサバラン第3王子は、皆から離れた場所で、牛肉のシチューとパンを食べている。
魔獣肉を嫌っていたフランソワーズと、第3王子サバラン。
だが信念を屈するときがついに来る。王都はエンドレス王国の東南寄りにあるため、西の辺境から王都へ戻るのは時間がかかる。それでも馬を途中で替えながら飛ばせば、2週間程度でたどり着くし、この世界で一番の魔力量を持つ第3王子が魔法陣を描き、パーティーメンバーを王宮の固定魔法陣に飛ばす方法もある。しかし一度、北の辺境から魔法陣で王都へ帰還しようと術を発動させた際、異世界人である雅幸と杏樹には魔法陣が効かず、2人をその場に置き去りにしてその他が王都に戻ってしまったことがあった。それ以来、魔法陣での移動は避けている。
これまでは雅幸かサバラン第3王子が、杏樹と同乗して馬で移動していた。しかし今回は、花子と大輔を王宮へ連れ帰らねばならない。百歩譲って花子はともかく、悪食の大輔と同乗するのを、皆は嫌がった。大輔のスキル『大食漢』が発動するのが魔獣だけと分かっていても、やはり一緒に馬には乗りたくない。
そんなわけで、乗合馬車を乗り継ぎながら、各貴族領を通過していく。その間にも魔獣の群れと遭遇して退治していくのだが、この間に、この世界の住民も、頻繁過ぎるスタンピートに違和感を憶えていた。多種多様の魔獣の大量発生など、辺境地でも10年から100年に一度の割合しか起こっていなかったからだ。
さて、王都までの旅路が半分を切ったベリーシュ侯爵領の領土の砦に入って間もなく、夜になった。村ほど小さくはないが街と言うにはお粗末な場所には旅籠が2軒しかなく、王子が宿泊出来るような豪華な宿泊施設はない。仕方なく、2軒の旅籠に分散して泊まることになったのだが、2軒旅籠は宿泊のみで食事なし。数軒の料理店も閉まっていた。
弓師のトイズは料理人スキルも持っていたので、旅籠の庭の竈で、フランソワーズが出した食材で調理を始めた。向かいの旅籠には、森田家と南条家の異世界人グループと、万が一の為の見張りにリーダーのプロキオンが、王子達とは別の旅籠に泊まることになった。
そして異世界人グループでは、ついに花子待望のトンカツが、大輔によって作られた。リュックサック型のマジックバッグには、グレープル辺境伯領の知り合いからもらった野菜もストックされており、ジャガイモやピーマン、ニンジンなどもフライとして揚げていく。揚げ物の良い匂いは近隣にも漂い、王子達一行だけでなく、住人も「何だ、何だ?」と集まってきた。
そして揚げ物パーティーが始まった。多めに確保していた花子のオークも、全て使い果たすほどの勢いで消えていく。通常の大輔の食欲は普通、花子も杏樹も雅幸も一般的日本人的な胃袋なので、食べる量もこの世界の住人より少な目。しかしこちらの世界の人々は、アメリカンサイズを平気で食べてケロリとしている。これでは食材備蓄分が消えるのも無理はない。
あまりに良い香りなので、フローレンスが先ず我慢できずにトンカツにかぶりつく。「ほわぁ~」と恍惚な表情を浮かべ、我に返ると周りの皆同様、ガツガツ食べ始めた。それでサバラン第3王子も恐る恐る食べてみる。その美味しさに驚きを隠せない。そりゃ、乗合馬車の行商人から分けてもらった胡椒と岩塩を振りかけて、すりおろしニンニクを擦り込ませたのだから、不味いはずがない。
「アンチャンの作るものは、何でも美味いなぁ」
花子は舌鼓を打つ。それでも表情筋の動きは鈍い。
「トンカツソースが無いから、グレープル領の館で作ったトマトピューレをハーブを入れて炒め煮した即席ソースだけど、なかなかだろ?」
大輔も自画自賛しながら、ソースをつけたトンカツを頬張る。こちらもほぼ無表情なので、美味しそうに食べてると気づけるのは花子と杏樹だけだ。森田兄妹と南条兄妹、そしてリーダーのプロキオンは同じテーブルで食事していた。
「揚げ物はウチの世界にもあるが、アンジュたちの世界の揚げ物は数倍美味いな。オークを冒険者ミッションの時以外に食べたことはなかったが、これならいつでも食べたくなる」
花子は「調理すれば豚肉でも、原型見ると非常時でなき限りは食べようとは思わないかもしれないな」と、口を動かしながらプロキオンの言葉に相槌を打つ。
「魔獣を食べる漫画やアニメも盛んだけど、まさか自分が食べる羽目になるとはね。美味しいけど。でもオークの豚足は食べたくないなぁ」
「そりゃ、人間の手足によく似た手足を食べる気には俺だって御免被る。でもこっちの世界の庶民は、何とも思わないんだな。豚足茹でて齧り付いてる」
「あー、私は豚足苦手だな。一度、オジサンが沖縄料理店連れてってくれたけど、原型じゃなくて食感が駄目だった」
雅幸、杏樹、花子の本来の南条3兄妹が口々に言うなか、大輔がガタリと席を立つ。
「ちょ、なに勝手に豚足食べてんだよ!せっかく俺が、旅の俺用間食のために作ったのに!」
大輔は慌てて皆が美味しそうに頬張っている豚足の鍋に駆け寄る。よくあのグロテスクな原型を食べようと思ったものだ。
「ほんと、ゲテモノ好きだな。花子、森田の家では妙なものばっか食べさせられてきたのか?」
さすがに雅幸は、末っ子に同情する。
「いや、ウチはマトモなご飯を、母ちゃんが作ってくれていたから。アンチャンだって、こっちの世界来るまではゲテモノは苦手で、イカの塩辛だって食べたがらなかったよ」
「コッチ来てから、ゲテモノ大食いになったわけか。怖いもんだなぁ」
雅幸は、自分がそんなスキルを得ずに良かったと心底から思った。
「あんなんじゃ、嫁も見つからんだろうに」
プロキオンも同情する。
「アンチャン、元の世界に恋人いるよ。ちなみに私も」
「嘘だ!」
雅幸とプロキオンは同時に立ち上がる。杏樹も実兄に賛同してウンウン頷いている。3人とも信用していない。別に信じてもらわなくてもいいけど、なんかムカつくと思って、これまで隠していた二つ折り財布を寝る時以外は担ぎっ放しのリュックサックから取り出す。
財布の表面は定期券も入れられるパスケースになっいる。花子は定期券用のパスケースを別に持っているので、コッチには写真を入れていていた。その写真を某昔の時代劇風に印籠のごとく見せつける。
「な!」
「嘘!」
「信じられん」
3人はショックを受ける。近所の龍神祭りのときに撮ってもらった写真で、白地に青いアサガオ柄の浴衣姿の花子と黒の浴衣を着た裕一郎が写っている。花子は一見無表情だが照れており、裕一郎は花子の肩を抱いてデレデレな顔をしている。花子は身長が高めだが、裕一郎はそれより10センチほど背が高く、なかなかのイケメンだ。
「あの田舎、そんなに女子率低いのかよー!」
雅幸が叫ぶ。本当に実の妹に対して失礼な発言だ。杏樹は言葉も出ないほどショックを受けている様子。恋人と言っても、鈍臭い男をイメージしていたからだ。
「何故だ…この私でさえ、恋人は居ないのに」
プロキオンまでショックを受けている。プロキオンは伯爵家の子息だが三男なため、受け継ぐ爵位は無いが、騎士として冒険者としての功績が認められて騎士爵を賜っている。美形な実力者剣士、社交界へ出れば年頃の令嬢に群がられて休む間もなく踊り続けることになるが、そもそも騎士や冒険者稼業が忙しくて夜会にすら滅多に顔を出せず、狙っていた令嬢は次々と別の男と結婚した哀れな男。
スタンピートがなくなれば、プロキオンも少しは冒険者稼業に駆り出されることもなくなるだろうが、それ以前にこの国が保ってればいいけどねーと思う花子だった。
目覚めると、花子の左腕が光っていた。念じると、ミスリルバットが現れる。これなら無くす心配もない。
隣のベッドでは、杏樹が深い眠りについている。ここまで1人で来るのに、相当の体力と神経を費やし、疲れ果てているのだろう。
花子は着替えて台所へ行く。案の定、大輔は既に起きていて、料理を作っている。随分と機嫌がいいのか、音の外れた鼻歌を歌っていた。そう、大輔は音痴だ。歌を歌えば、スズメが空から落ちてくることもあるほどに。そして大輔の歌を聞いた人間は、頭痛目眩吐き気に襲われる凶器でしかない。花子は免疫があるため、鼻歌ぐらいではどうということもない。
「おはよう、アンチャン。アンチャンが起床したとき、変わったものが無かった?」
花子がダイニングテーブルに座って問いかけると、大輔は驚いた顔で振り返る。
「おまえ、なんでそれを知ってるんだ。起きたらオリハルコン製のハンマーがあったんだ。普段は小さいが、念じると巨大ハンマーになる」
大輔もまた、昨晩のドラゴンアイランドでミスリルのバッドをもらったときと同じく、いつも以上に顔を輝かせている。もっとも彼を知らない赤の他人なら、口角が少し上がった程度にしか判別でないだろう。
「それについてさ、話があるんだ。アンチャン、私は地球に帰る方法を教えてもらった。だけどそれには、かなり手荒い手段を使うことになりそうだ」
「話してくれ。俺は料理をしながら聞くから。ちなみにそれは、杏樹さんが聞いても問題ないものか?」
「直ぐに教えるのは、避けたほうがいいかも。ネエヤン、怖がりっぽいから。まあ、このことは領主様にもお伝えした方が良さそうだよ」
大輔が台所でチーズサラダとスープを作っている間、花子が昨晩のことを話す。大輔はたまに質問をするが、花子の言うことは全面的に肯定して受け止めていた。
「妹よ、これは王都のお偉いさんとは諍いが避けられだろうな」
「多少の逆恨みを買うのは覚悟の上だよ。コッチはさっさと帰らないと、みんな心配してるだろうし。コッチ来てから、もう半年は過ぎてるからね」
「そうだな。巻き込まれた被害者はコッチだし、哀れなサントベールとか言う崇高なドラゴンが帰還しなきゃ、新たなドラゴンが来ずに、いずれこの世界は混沌に陥るだけだ。それにもしても、ねじ曲げられた宗教観というのは、どこの世界でもたちが悪いな」
「そーだよね。作物が豊作で、病気知らずで穏やかに過ごせたら、それだけで感謝なんだけどね」
大輔の生家、そして花子が育った地域は小さな山村だが、そのぶん昔ながらの神事を大切にしている。お地蔵さんや道祖神だって、誰からともなく自主的に掃除やお供えの花を手向けるのが当たり前の土地だった。
まだ爆睡中の杏樹を残して、大輔と花子は辺境伯を訪ねた。重厚な城にはいつも圧倒されるが、見張り兵もワイバーンを倒した英雄・森田兄妹のことは知っていたので、直ぐに辺境伯へと報せてくれた。本当は来訪許可カードを出して、その返答がきてから訪ねるのがマナーだが、平民異世界人の花子と大輔がマナーなんぞ知るはずもない。そもそも日本から貴族は絶滅している。
グレープル辺境伯は、直ぐに大輔と花子が通された応接室に駆けつけた。
花子は、どうせこれから語ることは信じてもらえまいと、はなから期待していなかった。だが一応、ここの領民として受け入れてもらい、そして去らねばならない挨拶はしておかねばと訪ねた次第だ。
予想に反してグレープル辺境伯は、花子の言葉を全面的に信じた。
「やはり、そういうことでしたが。実はこのエンドレス王国の前身はリュウイン王国と申しました。リュウイン王国は、この世界を守るドラゴンを崇拝していました。しかし隣国の当時は小さな国だったエンドレス王国が、魔術師軍団を率いてリュウイン王国を滅亡させたのです。少々、お待ちを」
グレープル辺境伯は一旦席を離れた。その間に、森田兄妹は無表情で出されたお茶と、栗がたっぷり入ったパウンドケーキを食べる。2人は美味しいと思っていたが、無表情に食べ進める兄妹に、給仕の召使いたちは「お気に召しておられないのでは」とオロオロしていた。
やがてグレープル辺境伯は装飾入りの皮の鞄を持ってくると、人払いして応接室の鍵を閉めた。皮の鞄を開けると、中から修復に修復を重ねたボロボロの本が出てきた。
「これはリュウイン王国時代の書物です。浄化のドラゴンについて書かれています。我がグレープル家をはじめ、主要な辺境伯は元リュウイン王国の騎士でした。我々が粛清されずに生き残り、貴族にされたのは、スタンピート対策のため危ない国境付近を守らせるため。貴族とは名ばかりで、王都にはたまに報告へ赴く程度、夜会等に呼ばれることはありません。我々もリュウイン王国末裔として、エンドレス王族に媚びへつらう気もありませんが」
大輔は慎重に本の頁をめくる。花子にやらせたら、ただでさえ古い書物を破いてしまいそうだからだ。書いてあることは、ほぼ花子の言ったことと一致していた。リュウイン王国は、浄化のドラゴンと交流できる者居たらしく、浄化の手助けをする者もいたとか。
つくづく、エンドレス王国は戦犯だなと花子と大輔は思った。だがこれで、躊躇うことなく神殿破壊が出来る。
「貴方がたが居なくなるのは、この領地には大きな痛手ですが、根本を正すための正義の刃を振るってください」
グレープル辺境伯は立ち上がり、大輔と花子に頭を下げた。振るうのは剣じゃなくてバットとハンマーなんだけどね。あえてそこは黙っておいた。
王都までの旅立ちに向けて、備蓄食材と調理の必要性、それとご近所さんへのお別れ挨拶まわりの品をどうするか話し合いながら、村外れの館へ着くと、杏樹と数名が押し問答している。その数名のなかに、立派な鎧と大剣を背負った雅幸がいたので、森田兄妹は「あ、逃亡聖女を追いかけてきた王都精鋭パーティーの奴等か」と直ぐに勘づいた。
相手するのは面倒なので裏口から入ろうとすると、いち早く花子達に気づいた杏樹が叫ぶ。
「ちょっと、姉のピンチをなんで素通りしてるのよ!花子、助けなさいよ!」
杏樹の怒声に、実兄含むパーティーのメンバーが振り返る。これはまた、聞きしに勝る派手な方々だというのが、花子と大輔の第一印象。パーティーの名前は聞いた傍から忘れたが、ゲーム同様、厨二病こじらせたような名前だった気がする。
「ハナコって、あれがマサユキとアンジュの妹?」
ゲーム正統派美形そのまんまの、銀髪と若葉色の超弩級ハンサムが驚きつつ、花子に向って指をさす。その驚愕理由が、南条兄妹と比べて地味だということだろう。
なるほど、コイツが杏樹が前夜ボヤいていた、迷惑猛アタックしているというエンドレス王国第3王子か。ハンサムで特級クラスの魔術師らしいが、性格オレ様系なのが初対面でもすぐ分かる。
花子は無表情で第3王子を見返す。
「なんか、アンジュやマサユキの妹にはちっとも見えないな。そっちの男の兄妹なんじゃないのか。顔の造作も似ているが、無表情なトコがそっくりじゃないか」
嘲るように第3王子は言う。
「よせ、サバラン。この2人も王都へ連れてくるよう、陛下からのご命令だ。ワイバーンの群れを倒した英雄だと、国中で評判だからな」
第3王子とは違う種類の金髪美形が言う。この男が恐らく、このパーティーのリーダーなのだろう。
それにしても第3王子の名前、サバランか。洋酒に浸したパンに、生クリームたっぷりの、見た目が素朴だが洋酒のパンチのある美味しいケーキと同じ名前だ。大輔と花子は無表情なので他の連中に気づかれていないが、2人は腹の中で大爆笑していた。
「ガセネタだろ。噂を聞いた時から怪しいと思っていたが、顔みたらますます確信したぜ」
弓を担いだ緑髪の青年が言う。ここでは派手だが、森の中では擬態に役立ちそうな髪色だ。たまに親戚の伯父ちゃんが大阪へ遊びに連れてってくれたとき、これよりくすんだ緑髪の青年を見かけたが、花子と大輔は「あんな妙な色に染めて将来、剥げないかねぇ」と思った。ちなみにこの2人が大阪で猛烈に感動したのは、たこ焼きでもお好み焼きでもなく、ケンタッキーフライドチキンの期間限定メニューだった。連れて行ってもらえる回数は少ないが、必ずケンタッキーフライドチキンばかり食べている2人に、伯父は「もっといいもの食わせてやると言っているのに」とあきれ果てた。だが地元では県庁所在地くらいにしかケンタッキーはないのだ。
まあ回想はわきにやり、この緑髪弓師も気に食わない認定に満場一致で下した。評議メンバーは、花子も大輔だけだが。
「ともかく中へ入れてよ。私、疲れちゃった」
オレンジ頭の豊満美人が、雅幸に寄りかかって甘えた声を出す。「あー、コイツか」と森田兄妹は、杏樹が特に敵視していた人間だと思った。男に媚びへつらうのは上手いが、同性に対しては容赦がないらしい。
「ネエヤン、コイツら本当に家にあげてもいいの?」
花子が、押し問答していた杏樹に尋ねる。
「嫌に決まってるでしょ!居留守使ってたけど、あんまりうるさいから応対に出ただけで。ていうか、あんたら、私を置いてどこ行ってたのよ!」
「ちょいと重要な用事で。ネエヤン、寝てたからさ。朝食残しといたけど、食べた?」
「ああ、うん。凄く美味しかった。いや、そうじゃなくてー」
と杏樹が言い返そうとしたとき、花子がパーティーメンバー全員の足元スレスレに、炎をまとった剛速球を投げつけた。炎が土と雑草を焼いてプスプス言っている。実兄含めたパーティーメンバーは腰を抜かした。
「ご近所迷惑なんで、騒がないで。それと客人じゃないとネエヤンが断言したので、館には入れません。どうぞご自由に、旅籠なり辺境伯邸なりでお休みください。ウチは立ち入り禁止です」
「あんたらに、我が家を荒らされたくないもんなぁ」
大輔も追随する。
「貴様ら、誰に向ってー」
と叫んだ金髪リーダーの頬をかすめて、花子の剛球がリーダーの後ろの木にめり込んで燃え上がる。油を含んだオリーブの樹なので、よく燃えること。
「お、覚えてろ!」
パーティーメンバーは、森田邸から逃げ出した。大輔は常時持ち歩いているリュックサックから水筒を出して、オリーブの大木に水をぶちまけ鎮火させた。
杏樹を含めた森田兄妹が、家の中に入る。辺境伯城まで往復したので、すっかり黄昏時だ。早速、大輔が台所に入って料理を始める。
「アンチャン、ステーキが食べたいなぁ。昨日がチキンのハーブステーキだったから、今日は豚か牛がいい。ニンニクたっぷり効かせたやつ」
「分かった。ほんと、醤油があればなぁ」
大輔はニンニクバター醤油のステーキが好きだ。自宅では牛肉は贅沢なので、もっぱらチキンステーキだったが。大輔は付け合わせの野菜やスープも手際よく作る。今日はご飯を炊くのが面倒なので、いただきもののパンでいいだろう。
肉は豚肉を一昨日ご近所からもらっていたので、ポークステーキにすることきした。バターも分けてもらったから、良い匂いが台所に漂う。本当に、これで醤油と胡椒があれば完璧なのだが。仕上げとして豪快に度数の高い酒でフランベすれば完成だ。
リビングの床に敷き詰めた床の上に座り、杏樹は溜息をつく。森田邸のリビングは、ソファではなく、羊毛を敷いた上に大輔お手製のちゃぶ台が乗っている。大輔も花子も、床で寛ぐのが好きなのだ。これでテレビとゲーム機があったら天国なのだが。客人用の応接室にはソファ一式は揃えてあるが、客を出迎えない限りは滅多に使わない。そして近所の人々は客ではなく茶飲み友達なので、森田式リビングに最初は戸惑ったが、慣れると居心地が良いのか、自分の家のように寛ぎゴロゴロしていた。
「アンタ達のおかげで助かったわ。でも私のためとはいえ、国内の精鋭を集めた連中を敵に回しちゃったわね。特に第3王子は魔術師団の副団長を務めるほど実力者。私ら、どんな目に遭わされるか」
「魔術師かぁ。本物の魔術師と会えるのは嬉しいな。特級というぐらいなら、トンネルの補強工事終わらせてくんないかな?」
「あんた、どこまでお気楽なのよ。仮にも相手は王子なのよ?」
「うん。でも、第3王子ごときビビってたら、私らは元の世界へ帰られないからねぇ」
「え?いま、なんて言ったの?」
杏樹は花子に掴みかかる。花子は抵抗せずに床に背中から寝転び、実姉を見上げた。
「偶然か必然か、昨晩、元の世界へ戻る方法を知っちゃった。それで今日はアンチャンと一緒に、グレープル辺境伯閣下に、暇乞いのご挨拶に伺ったわけ」
「本当に??本当に元の世界へ戻れるの?」
杏樹は半泣きで尋ねる。涙がポタポタ花子の顔に落ちる。
「そのために、やらなきゃならない事があって、それは王都へ行かないと出来ないの。アイツらと一緒に行くかは別として、ともかく準備が出来たら王都へ向かうから。ネエヤンは、それまでここで留守番してる?」
「一緒に行くに決まってるでしょ!アンタ達だけ元の世界へ戻って、私だけ取り残されるのは嫌よ!」
「ミッションクリアすれば、必然的にこの世界の何処にいようとも、元の世界へ戻れるだろうけど。でも雅幸さんは、あの性格ブスにデレデレだから、帰りたくないかもなぁ」
「兄さんのことなんて、知らないわよ!私は元の世界へ戻りたいの!」
「マスコミに追われ、仕事が激減していて、両親が浮気スキャンダルで離婚するかもしれなくても?」
「マスコミに追われる方が、魔獣に追いかけ回されるよりはるかにマシよ!親や兄さんも、どうでもいい。仕事だって引退してやる。なんか、あんたら見てたら、私も本当にやりたいことを見つけるまでのんびりしたくなったのよ。だから、アンタの家に居候するからヨロシク」
「つまんないトコだから、半月もせずに飽きて都会へ戻ると思うけどね。まあ、好きにしてよ。ネエヤンも、いろいろ苦労してきたんだろうし」
「花子ー」
杏樹は花子に抱きついた。端から見ると危ない光景だが、大輔は意に介さず料理を作り、出来上がるとダイニングで楽しく3人で食事した。杏樹には、王都に何をしに行くか、大輔も花子も言ってない。面倒な連中が押しかけてきた以上、邪魔されないためにも、実行に移すまで大輔と花子の秘密にしておいた方がいいと、互いに言葉にせずとも了解しあったのだった。
2.勝負
夜明け前、森田邸を襲撃する音が聞こえた。杏樹はパニックを起こすが、花子は「大丈夫、大丈夫」と寝返りを打って眠りに落ちる。
杏樹ははしたないと思いつつも、大輔の部屋を訪ねる。こちらも「平気、平気。旅に出たら野宿もあるし、今のうちゆっくり寝てな」と、こちらも全く危機感がない。
確かに襲撃音、主に館を剣で切り裂こうとしたり、第3王子が魔法で館を壊そうとしてもビクともしない。このトリックが何なのか、杏樹にも分からない。だが神経の図太い森田兄妹と違って、杏樹はいつでも迎撃できるよう支度を整えた。
「何なんだ、この館は!」
荒い息を吐きながら、第3王子サバランは悪態をつく。
「鑑定してみても、未知の力としか出てこない。いったい、あの2人は何を得たというのだ」
リーダーのプロキオンも、困惑を隠せない。彼は雅幸と同じく剣士であり、鑑定眼であらゆる敵の弱点を見抜ける。その彼が、森田邸を守護する力の源を見抜けないのだ。
答えはドラゴンアイランドの長、エンシェントドラゴンの加護によるものだ。エンシェントドラゴンの加護は、花子と大輔の特定人物だけでなく、住居にも加護が作動する。ドラゴン相手に、人間の魔術師ごときが何も出来るはずはないのだ。
いつものように大輔が食事を作り、花子は旅に持っていくための作物を畑から収穫している。館の外には険悪な顔の『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーメンバーが、歯ぎしりして睨みつけてくる。パーティーの名称を杏樹に再度尋ねたとき、大輔と花子は、いつもの無表情が嘘のように腹を抱えて笑った。その様子に杏樹が驚愕どころか、ホラーでも観た気になったのは言うまでもない。
花子は収穫の手を止めて、鎌を第3王子に突きつける。
「そこのケーキ!」
「は?ケーキ?」
当然名指し、いや理由のわからない名で指名された第3王子は、目を点にする。
パーティーの中でその意味を分かっているのは、雅幸だけだ。雅幸はひそかに笑いを堪えている。
「ご近所迷惑も考えずに騒ぐから、ネエヤンが心労で寝込んじゃったじゃないか。今から私が相手してやるから、賭けをしようじゃないか」
「はっ!『怪力』のスキルしかない貴様が、この私と勝負だと?」
「その外れスキル2人の館に傷1つ与えることが出来ないヘボはどっだよ、ケーキ野郎」
「くそ、言わせておけば!」
第3王子は花子に向って攻撃魔法を放つが、花子どころか森田邸を囲むバリアに跳ね返されて攻撃魔法は空に向かい、花火のように爆発した。
「どうせなら夜にやってくれたら、『玉屋~』と掛け声かけてやったのに。勝負は近くの森。あんたらが勝ったら、何でも言うこと聞いてやる。私が勝ったら、いま工事中のトンネルの補強工場を完成させろ。いいな?」
「はあ?なんで私が!」
「国を住みやすくするのも、王子の務めだろ。本当は率先して新街道の完成に尽力するのが真の王族だろうに、王子を名乗ってて恥ずかしくないのか?」
「国のことは父王や王太子、それと次兄の国交大臣がすることだ!私は魔術で魔物を倒す重要な役割がある!」
「魔物を倒すために整備された街道の補強すら出来ないヘボ魔術師だと、認めているな」
花子は薄笑いを浮かべる。
ますます第3王子はヒートアップして、「賭けに乗ってやるから表にでろ!」と花子に怒鳴った。
勝負は村に影響がない外れの森の中。第3王子は早々に魔術を放つが、花子には一発も当たらない。無表情で微動だにしない花子が、『優美にして聖なる白銀の薔薇』の面々に恐怖を与える。
第3王子が最大の魔力を展開しようとしたとき、さすがに実兄たる雅幸が止めようとしたが、花子は無表情でそれを制する。花子は足元の石ころを拾い上げ、第3王子が最大出力魔術を花子に放ったとき、花子も同時に振りかぶって石を魔術の核へ投げつける。剛速球ならぬ剛速石と相殺された最大出力魔術は、煙となって消失した。
「馬鹿な…外れスキルのくせに、何で私の攻撃魔法が通用しないんだ!」
第3王子は力尽きて地面に膝をつきながら、草地をドンドン叩いて悔しがる。
「あんたらにしてみれば、スキルは外れかもしれないけど、私からすると大当たり。私は元の世界では女子野球部のピッチャーで、自分で言うのもなんだが、男子高校野球強豪校のピッチャーより速い球を投げられる。その気になれば、女子野球ワールドカップメンバーにすぐにでもなれる。やる気はないけど」
いや、実は男子硬式高校野球レベルの話ではない。計測計で計りきれない剛速球を花子を投げることが出来る。本気で選手になりたいなら、プロ野球からだってオファーも来るはずだ。だが花子の夢は地元で柑橘畑を作ること。野球は高校時代の青春の思い出としてやっているだけだ。
だがあれ?こっちの世界に来てから半年経ってるわけで、高校留年間違いなしか?その前に捜索願出されて大騒ぎになってるかも?
「おまえ…そんな特技があったのか?」
雅幸は驚愕する。少なくとも南条家は音楽家一家で、父方も母方もスポーツ選手は輩出したという記憶がない。
「そんなことより雅幸さん、私ら元の世界に戻ったら、大騒ぎになるね。もう何ヶ月、こっちにいるのやら。ネエヤンは芸能界引退も覚悟してるけど、雅幸さんは芸能界に居場所あるか苦労しそうだね」
「戻れたらの話だろ。俺たちは、もう地球には戻れないんだ」
雅幸は芸能界が好きだ。ライヴ会場に立って声援を浴びるのに快楽を憶える。だがその夢は、理由のわからない現象によって断たれた。
「詳しいことは言えないけど、元の世界へ戻る方法を見つけちゃったんだよね。だから、私とアンチャンはその準備をー」
「おい、本当か!本当に元の世界に戻れるのか!」
雅幸は実妹に駆け寄るなり、必死な形相で花子を揺さぶった。
「相応の仕事は必要だけど、私らアンチャンとネエヤンは帰るつもり。雅幸さんは、この世界の美人とウハウハしててね」
「俺も帰る!絶対に帰る!いや、それ以前におまえ、いつから杏樹をネエヤンと呼ぶようになった。だったら俺のことも兄様と呼べ!」
「い、や。私が認めない限り、アンタは雅幸さんでそれ以上でも以下でもない。私に兄と認められたいなら、努力することだね」
花子は薄笑いを浮かべながら言う。そもそも南条の家に未練など一欠片もないし、兄姉への情もない。花子は森田家のド田舎娘だと、心に根を張っている。杏樹に関しては、あまりに精神的打撃が酷かったので、親戚の姉ちゃんに格上げしてあげただけだ。実姉として『ネエヤン』呼ばわりしているわけではない。
「ともかく、アンタの負け。トンネルの補強の約束、早速守ってもらうよ。それともウンセコラセと、危ない山道を登り下りしたいなら、それでもいいけど。乗合馬車もがけ崩れでよく止まるから、自力下山は覚悟してもらわないと。その分の食料や野営道具も、当然自分で持って行ってね」
花子は無表情で饒舌に言い下す。親しい友人知人以外と話すのは面倒だから、いつもなら放っておいている。だが短い間でも愛着のある『我が家』を攻撃した恨みは根深い。
「分かった…」
第3王子は地に平伏したまま、ガックリ俯いた。
煉瓦補強であと数年はかかると見込まれていたトンネルは、第3王子の魔法で周囲が鋼鉄のように固められ、あっという間に完成した。グレープル辺境伯領民と、アープル伯爵領民はたいそう喜び、お祭りが開かれることになった。
この祭りを終えたら、大輔と花子と杏樹も、エンドレス王国の王都へ向かう予定だ。その後ろから『優美にして聖なる白銀の薔薇』パーティーもひっついてくるようだ。食事は分けないし、特に手助けするつもりもないので、どうでもいい。ただ邪魔をされたときには、容赦なくぶちのめすと、花子と大輔は決めていた。
3.いざ王都へ
グレープル辺境伯領民、特に森田兄妹が暮らしていた村の周辺の者は、花子と大輔がこの地を去ることを酷く寂しがった。グレープル辺境伯一家も見送りに来て、目を潤ませている。
「縁があったら戻る」
大輔は気休めの嘘をついて、グレープル辺境伯を旅立った。乗合馬車の御者は、花子と大輔が初めてグレープル辺境伯領へ入った時と同じ人だった。
「お、あの時の恩人の姉ちゃんじゃねぇか。無料には出来ねえが、割引はしとくぞ」
御者はコソッと花子に話しかけるが、花子は無表情に首を横に振る。
「御者のオッチャンだって、命がけで働いてるんだから、ちゃんと正規運賃はもらわなきゃ駄目だよ」
花子は人数分、自分と大輔と杏樹の支払って乗り込んたんだ。ついでに馬車を引く2頭の馬の分の新鮮なニンジンを6本をチップ代わりにつけて。
「若いのに、しっかりした姉ちゃんだ。ありがとよ」
御者は3人を席に通した。花子と大輔は相変わらず、荷物はリュックサック1つだ。杏樹は顔がバレないように、新たに購入した丈夫な茶色のコートのフードを深く被っている。持ち物は肩に斜めがけしたショルダーバッグだが、これは王宮から支給されたマジックバッグで、これがあった為に、はるばるグレープル辺境伯領まで食料や寝袋や護身用の剣を入れて、森田兄妹を訪ねることが出来たのだ。
杏樹は必死に姿を隠しているが、乗合馬車の後ろから『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーメンバーが立派な馬に乗ってついてきているから、ほぼ聖女なことはバレバレのような気がする。
トンネル開通したことで、以前は山越えに途中の山小屋宿泊含めて5日かかったが、今回は半日もかからずにグレープル辺境伯領を出て、アープル伯爵領へ出た。ここからは平地が続く。乗合馬車は、アープル伯爵領の主要都市アンバーまで行く。街道までの道が舗装されきれていないのでガタついたが、街道に入ると土が固められ、更に街が近くなると石畳となって、夜には目的地アンバーの街まで着いた。以前と違って、随分と時間短縮されたものだ。御者も「本当に、あのトンネルのお陰で大助かりだよ」と、トンネル開通させた当の本人が目の前にいるとは知らずに喜んだ。
『優美にして聖なる白銀の薔薇』の杏樹を除くメンバーは、街一番の豪華な宿泊所に泊まったが、大輔と花子と杏樹は安価だが清潔な宿に泊まった。いくつも似たような宿がある中から、そこを選んだのは、大輔のグルメセンサーが働いたからだ。大輔の勘に狂いはなく、美味しい夕食と朝食を食べることが出来た。
次はメーロン男爵領へ別の乗合馬車で入る。メーロン男爵領は領地こそアープル伯爵領より狭いが、深い森があって魔獣もそこそこいる。そういうわけで、アープル伯爵領のアンバーの街を拠点とする護衛の冒険者パーティーを雇っており、距離は短いが運賃はグレープル辺境伯領から乗った乗合馬車の倍額を支払うことになる。もっとも今回は王都の有名な冒険者パーティーが随行しているので、いつもの随行冒険者達は彼らに緊張しながらも、今回は往路に限ってだが、楽にノルマをこなせそうだと気楽にしていた。
だがそうは問屋が卸さなかった。鬱蒼とした森の街道に、レイスの大群が襲いかかってきたのだ。馬は大暴れし、御者も乗客もパニックを起こす。冒険者界隈でも一番厄介な部類の魔物だ。なにしろ実体を持たないで、物理攻撃は効かず、魔法でしか倒せないからだ、
杏樹は馬を含めた乗合馬車に聖属性魔法をかけて防御する。第3王子も仲間や馬たちに守護魔法をかけると馬から飛び降り、レイスの大群目掛けて魔法を放つ。
「これだけの大群、私だけで倒せるだろうか」
レイスに紛れて、オルトロスの群れまで出てくる。オルトロスなら上級冒険者でも倒せるが、レイスが紛れているため、まずレイスを殲滅させないことには『優美にして聖なる白銀の薔薇』のメンバーも前線に出れない。
そんななか、第3王子に数秒遅れて、大輔と花子が馬車から飛び出してくる。普通の者から見れば、自殺行為だ。
「花子、馬車に戻れ!おまえがやられたらー」
雅幸は殆ど会ったことのなかった妹のために絶叫を上げる。無表情で無感動な変な奴だと思いつつも、花子を実妹として認めていたのだ。
花子は意に介さず、ミスリルのバットと腰にぶら下げたウェストポーチを出す。このウェストポーチは、ドラゴンアイランドのナンバー2の実力者のレッドドラゴンから貰ったものだ。そしてウェストポーチの中には、ドラゴンアイランドのドラゴン達がそれぞれ力込めた硬球が幾つも入っている。花子はボールを出して宙に放ると、次々とレイス目掛けてバットで打っていく。花子の硬球はいつもの炎ではなく、白光をまとってレイスを消していく。
「あれは聖属性の光!」
鑑定眼の持ち主のリーダー、プロキオンが驚愕する。幾つか放った球はレイスを消滅させるとブーメランのように花子のもとへ帰っていく。その球を再び花子はバットで狙い打ちしていく。
一方の大輔も、オリハルコンのハンマーを巨大化させて、レイスやオルトロスの区別なくハンマーを振るう。レイスは消滅し、オルトロスは絶命する。大輔が無表情な顔でゴクリと喉を鳴らすが、花子の「食べるの後!」の注意が飛んで、化け物退治に専念する。だが大輔の頭の中は、倒したオルトロスを食べる楽しみでいっぱいだ。しかしこれまでは、花子が結果として火で炙っていたわけで、狼の化け物の生肉はいかがなものだろうか。
「あの子達、猛烈に楽しんでる」
杏樹は、花子と大輔に呆れ果てる。グレープル辺境伯領の森田兄妹自邸で世話になったのはほんの数日だが、一見すると無表情な花子と大輔の感情表現が、いまでは杏樹にも読めるようになっていた。いま杏樹は、実妹と従兄がストレス解消なのか、ゲームの延長と捉えてるのかまで不明だが、ともかく満面の笑みで魔物を倒してるのが分かった。
森田兄妹の活躍で、第3王子の出る幕が無い。むしろ連携が完璧な花子と大輔の調子を崩してしまうので、第3王子は仲間たちの元へ戻った。
「何なんだ、あの武器は!伝説級の武器ではないか!」
第3王子は何が何だか分からないと、頭をかき乱す。あの2人は外れスキルで、辺境にコソコソ逃げていった役立たずではなかったのか?
「ハンマーはともかく、花子が使ってるのはバットとボールだ。こっちの世界には無いはずのものだが」
「バット?ボール?本来は、どんな魔物を倒すための武器なんだ?」
リーダーのプロキオンが興味津々に尋ねる。
「武器じゃなくて、俺等の世界の野球っていうスポーツの道具。それにしても補正魔法でもかかってるのか、戻っくるボールはますます加速を増しているのに、花子ときたら淡々とバットに当てて、確実にレイスを倒していく。こんな凄い力、ド田舎育ちとは言え、よく今まで隠してこれたな」
「あっちのハンマー君も、凄いよね。事務的に敵を倒していく。あれ、国王陛下しか持てない国宝の聖剣と同じオリハルコンだろ?」
トイズも感心する。そしてオリハルコンのハンマー、ミスリルのバットの出どころがどうしても知りたくなる。希少鉱物から作られた武器はほぼ聖なる力を宿し、国の象徴として保管されて、個人が保有できるものではない。
「終わったら、問いただしてみるか」
リーダーのプロキオンも、希少鉱物から出来た武器が喉から手が出るほどほしい。
レイスもオルトロスも全滅した。そしてこれからが、皆のドン引きショーの始まりだ。
大輔は早速、オルトロスに齧り付く。乗合馬車からはもちろん、冒険者からも悲鳴が上がる。
「アンチャン、生肉は寄生虫が怖いから、焼いて食べてよ。いま焼くからさ」
花子はバットとボールを片付け、近くのビー玉ほどの小石を拾って、百体近いオルトロスの骸に投げつけていく。命中した小石は火を放ち、オルトロスを焼いていく。
花子は肉の焼ける臭いを嗅ぐなり、「これ不味いやつだ」と判別して、以前のゴブリンの時のように試食しようとは思わなかった。焼き加減は難しく、半分は黒焦げになってしまったが、残りは生焼けでも大輔が「美味い、美味い」と平らげていく。
好奇心旺盛な連中が出てきて、オルトロスを口にしようとするのを、花子は止める。
「全ての魔獣が上手いが不味いか知らないけど、少なくともオルトロスは不味そうな臭いがする。それでも試食したいならご自由に。腹下しても自己責任で頼みます」
花子は忠告したが、大輔の食べっぷりに感化かされた乗客や冒険者が取り敢えず焼けている箇所を食べてみる。皆、例外なく不味さに飛び上がり、草むらでゲーゲー吐いていた。
「だから止めたのに」
花子は挑戦者達を白い目で見る。そこへ雅幸達が近寄ってくる。どうやら彼らはオルトロス挑戦は辞退したらしい。
「花子、ミスリルのバットを少しでいいから触らせてくれよ。頼む!」
大輔ほどではないにしろ、ゲームが好きな雅幸が頼む。他の連中も、触ってみたくて必死に懇願する。
「横取りはしないでよ」
花子はバットを取り出して、雅幸に渡す。ミスリルといえば頑丈で軽いとされている。だが雅幸は両手で受け取った途端、体が半分、地面にめり込んだ。おまけに両肩を脱臼して悲鳴を上げている。
「なんなんだよ、あり得ないだろ!この重さ!」
「おい、巫山戯ているわけじゃないよな?」
今度はリーダーのプロキオンが、雅幸の手からバットを取り上げる。プロキオンまた地面に体がめり込んで、両肩を脱臼した。
「痛い、重い、痛い!早くこれをどうにかしてくれ!」
「大袈裟だなぁ」
花子はミスリル製のバットを取り上げる。地面にめり込んだ2人は、第3王子とトイズに出してもらい、治癒魔法師のフローレンスが雅幸とプロキオンの肩を治す。そして『優美にして聖なる白銀の薔薇』のパーティーの面々は、化け物でも見るように花子を凝視する。
いや、さらなる化け物が背後でオルトロスをむしゃむしゃ食べているが。
花子には当たり前になりつつ光景だが、その場にいるその他大勢からすればホラーだ。だが骨まで残さず全て平らげたので、他の野獣が寄ってくることもない。むしろ残穢に恐れをなして逃げていくことだろう。
困ったのが、大輔の悪食に恐怖した乗合馬車の乗客が同乗拒否したことだ。幸い、ド田舎育ちの大輔は馬に乗れたので、雅幸と交代してもらって、雅幸が乗合馬車に乗り込むことにした。
「アイツのスキルが、大食いじゃなくて、悪食だったとは」
花子から端的な説明を聞いて驚き呆れる南条兄妹。同時に、あんなエグい場面をこれまで見守ってきた花子に同情する。妹キュンに急上昇中の雅幸と杏樹だが、花子は無表情は変わらない。むしろ杏樹は、花子が「コイツら、ウザい」と思っているのを読み取った。
「おまえたちの魔法武器も、俺たちが元の世界へ帰るための援助者がくれたものか?」
到底使いこなすことが出来ない代物だが、希少鉱物から出来た魔法武器に、雅幸は憧れた。
「うん、まあ」
花子は無表情で言葉を濁す。さすがにこの表情からは、杏樹も実妹が何を思っているのか読み取れなかった。
「奇しくもこんなところで、兄妹3人揃うとはね」
杏樹がしみじみ言うと、近くにいた行商のオジサンが「あんたら、兄妹なんかね?」と驚いた顔をするので、すかさず花子が「他人です」と応える。激昂したのは杏樹だ。
「あんた、私をネエヤンって認めてくれたじゃない!」
「従姉でもネエヤンって呼ぶよ。父ちゃんの姪っ子の菜々美ちゃんだって、ネエヤンって呼んでるもん。あと桃花ネエヤンと、菊菜ネエヤンと、涼子ネエヤンとー」
「アンタ、従姉が何人いるのよ!」
「父ちゃんは三男二女の真ん中だから。男の従兄弟は9名、女の従姉妹は10名。でも若菜オバチャンのお腹の子が男の子だったら、10名になる」
「なんか次元が違う。田舎って、そんな子沢山なのか」
実兄の割に、実妹が世話になっている家の事情は知らなかったらしい。両親がスキャンダル起こして東京に居た堪れなくなるまで、今まで興味も薄かったというのが真相だろうが。
「あー、たぶん知らないと思うし、真治ニイヤンも騒がれたくないからと黙ってたけど、真治ニイヤンはプロサッカー選手で、イギリスでプレーしてる。今回のワールドカップ日本代表選手にも選ばれてる、森田一族の希望の星なんだ」
「ええっ!あの森田真治が、おまえの従兄!」
雅幸は驚いて立ち上がり、ちょうど車輪が石を踏んだところだったので床に転んだ。
「知らなかった。アンタの養父方の家系、私らとは血の繋がりはないけど、プロ出すほど凄いんだ」
「加えて言うと、昨年の優勝校キャッチャーも、私の従兄の剛司ニイヤン。今年が3年生最後で、いま夏の高校野球で歴代ホームラン記録抜くか注目されてる。恐らくドラフト指名されるだろうから、一族どころか近所の皆も何処に行くか注目の的。どこの球団が獲得するか、それ以前に本当に指名されるか分からんけど、某在京球団にだけは行くなと言うのが、皆の総意。近畿の敵だからねぇ」
「知ってる、森田剛司。歴代最強バッターとして有名なんだってな。顔は鬼瓦みたいらしいけど。俺のバンドメンバーが高校野球オタクで、暇さえあれば甲子園に観戦に行ってるから、いちいちスマホで実況メール送ってきて、うるさかった」
迷惑顔をしながらも、鳴らない動かないスマホを肌見放さず持ち歩く雅幸。英雄でなくてもいい、帰れるなら元の世界へ戻りたい。たとえ既に芸能界に居場所が消えていても、元の世界に本当に戻れるなら、また1から這い上がってやると決意を込めて。
「ねぇ、アンタのバッティングも、その従兄から教わったの?」
「うん。私がピッチャーやってるのも、剛司ニイヤンのお陰。アンチャンやアンチャンの友達も私の球を受けられるけど、超本気の球は剛ニイヤンしか受け止められなかったから」
「野球オタクに言わせると森田剛司、キャッチャーとしても有能らしいんだよな。他校の高校野球キャッチャーは、悪送球やキャッチングミスやワイルドピッチも目立つけど、森田剛司はミスもなければ強肩で盗塁を許したことがない怖い奴なんだと。そんなのが、おまえの従兄。納得だ」
花子の投球コントロールも完璧だが、恐らく花子の相手を幼い頃からしていて、剛司のキャッチャースキルも上がったのだろう。森田一族、恐るべし。
「私らには、幼い頃の家族の思い出って少ないわよねぇ。見栄で元旦に欧米行くときも、マスコミへの家族仲良しアピールで、現地じゃ両親とも別行動だったし、私らはお手伝いさんに預けられっぱなしだったもんね」
「その元旦アピールさえ、親父が年末年始オーケストラライヴ参加が恒例になってから、全く行ってないもんな。最後に家族旅行行ったのは、俺が小学校上がる頃か?」
「そのぐらいよね。私、本場の有名テーマパークで本場限定発売のぬいぐるみをママに買ってもらったのが一番の思い出…」
杏樹がそのとき買ってもらった大きなクマのぬいぐるみは、いまもとの世界の自宅のベッドが定位置。何度か専門クリーニングに出したので、随分と色褪せてしまったが、あのぬいぐるみだけは手放せない。
しんみりする南条兄妹の一方で、花子は無表情で外を眺める。正確には警戒を怠っていないのが正しい。馬車が走り出してから暫くして、どうもこの森は変だと勘が告げている。だから南条兄妹の感傷的な昔話など、少しも頭に入っていなかった。
花子の予想は当たった。オークの大群が馬車に向って来たのだ。馬が恐怖でいななき、乗合馬車の中が再びパニックになる中で、花子は幌馬車の隙間から硬球を取り出して剛速球を投げつつ、馬車から飛び降りる。
「奴なら、私にも食える!」
ファンタジーでは食える、食えないの意見が真っ二つのオーク。だが体臭からして豚そのもの、二足歩行してるだけの食材だ。
「生肉も確保!アンチャン、あとでトンカツ揚げてよ!」
「妹よ、素晴らしい発想だ!」
大輔のハンマーがオークの首を吹き飛ばし、花子が豪速球を加減して頭を潰す。数々の魔物相手に投球しているうちに、炎の魔球の加減もほぼ分かってきた。だが生肉だけ大量にあっても、丸焼きも捨てがたい。花子は丸焼きの火加減の投球の割合も増やす。どうせ大輔がまた殆ど食べてしまうだろうが、3頭ほどあれば乗合馬車乗客と冒険者には足りる。食べるかどうかは、自己判断に任せるが。
「あー、焼く前に塩振りたい!出来れば胡椒もほしい!」
豪速球を投げながら、花子が叫ぶ。すると行商が「胡椒なら、あとで無償提供してやる!」「俺は岩塩提供だ!」と続々と声援があったため、俄然、花子にやる気が出た。
「これ、俺たちの出番あるのか?」
乗合馬車用心棒の冒険者をはじめ、国の精鋭『優美にして聖なる白銀の薔薇』のメンバーも手出しする隙がない。なまじ前線に出れば、花子の豪速球に当たりかねない。バッティングでなく、投球でも球はUターンで戻って来るが、バッティングのときと違って投球のときはスピードを緩めて戻ってくるので、花子は素手でキャッチしてすぐさま投げる、流れ作業をこなしていた。
「なあ、ワイバーンを全滅させたって、あれガセではなく、本当だったんだろうな」
遠い目をして、A級冒険者弓師のトイズが言う。
「レイスの殲滅、オルトロス全滅させた時点で、俺はワイバーン倒した話は本物だと信じたよ」
リーダーでA級冒険者の鑑定眼持ち兼剣士のプロキオンも、サクサクと無表情で魔獣を倒していく大輔と花子に、むしろ恐ろしさを憶えた。あんな規格外と本気でやりあったら全滅するのは自分らだとヒシヒシ感じ、今後は逆らわないようにしようと密かに決めた。
そしてオークは全滅した。生肉オークは、さっさと花子がリュックサックに回収していく。皆にリュックサックがマジックバッグであることがバレてしまったが、花子から奪い取ろうなんて馬鹿は居ないだろう。それこそ即死の丸焼きだ。
王都周辺では家畜を食して魔獣には手を出さないが、厳しい土地、特に国境に近い地域では食べられる魔獣は率先して食べる。冒険者も、ダンジョンに潜った時は持ち込み食料の節約のために食べる。
魔獣の肉は、下級ポーション並みに体力や魔力(魔力持ち限定)を回復させる。下級ポーションといえども、庶民が安安と買えるものではない。従って加工するなり、マジックバッグやアイテムボックス持ちは、食べられる魔獣が手に入る状況にあれば、率先して魔獣肉そのものをストックしていた。
乗合馬車の乗客の大半は行商人のため、花子の許可を得て、首無しオークをマジックバッグやアイテムボックスに収納していく。その傍から、大輔が頭ごとバリバリオークを齧って猛烈な勢いで食ていくから、良質な肉を確保しようとする者たちも必死だ。
こんがり焼けたホカホカのオーク肉は、さっき声援を送った行商人が、それぞれ約束通りに貴重な胡椒や塩を花子に限って使わせてくれたので、花子は久々の胡椒の味に感激した。やはり塩胡椒をかけた豚の丸焼きは美味い。
食べ後のオークは、乗客や冒険者らが馬車の陰に食べる分を移動させてオーク肉パーティーとなった。遠ざけておかないと、大輔に食べ尽くされてしまうからだ。残った骨や内臓は、後で放り投げておけば大輔が片付けてくれるだろう。もはや大輔は、ハゲワシやハイエナと同等の扱いにされている。
オーク肉パーティーに参加しない例外も2人いた。B級冒険者治癒師だが、巨大アイテムボックス持ちなので『優美にして聖なる白銀の薔薇』パーティー加入となった豊満美人のフランソワーズと、特級魔術師にして王子のサバランは「魔獣なんて下賤な食べ物を口にしたくない」と、フランソワーズが持ち歩いている宿で作ってもらう調理済みの食事以外は、野営の時でも決して食べなかった。いまもフランソワーズとサバラン第3王子は、皆から離れた場所で、牛肉のシチューとパンを食べている。
魔獣肉を嫌っていたフランソワーズと、第3王子サバラン。
だが信念を屈するときがついに来る。王都はエンドレス王国の東南寄りにあるため、西の辺境から王都へ戻るのは時間がかかる。それでも馬を途中で替えながら飛ばせば、2週間程度でたどり着くし、この世界で一番の魔力量を持つ第3王子が魔法陣を描き、パーティーメンバーを王宮の固定魔法陣に飛ばす方法もある。しかし一度、北の辺境から魔法陣で王都へ帰還しようと術を発動させた際、異世界人である雅幸と杏樹には魔法陣が効かず、2人をその場に置き去りにしてその他が王都に戻ってしまったことがあった。それ以来、魔法陣での移動は避けている。
これまでは雅幸かサバラン第3王子が、杏樹と同乗して馬で移動していた。しかし今回は、花子と大輔を王宮へ連れ帰らねばならない。百歩譲って花子はともかく、悪食の大輔と同乗するのを、皆は嫌がった。大輔のスキル『大食漢』が発動するのが魔獣だけと分かっていても、やはり一緒に馬には乗りたくない。
そんなわけで、乗合馬車を乗り継ぎながら、各貴族領を通過していく。その間にも魔獣の群れと遭遇して退治していくのだが、この間に、この世界の住民も、頻繁過ぎるスタンピートに違和感を憶えていた。多種多様の魔獣の大量発生など、辺境地でも10年から100年に一度の割合しか起こっていなかったからだ。
さて、王都までの旅路が半分を切ったベリーシュ侯爵領の領土の砦に入って間もなく、夜になった。村ほど小さくはないが街と言うにはお粗末な場所には旅籠が2軒しかなく、王子が宿泊出来るような豪華な宿泊施設はない。仕方なく、2軒の旅籠に分散して泊まることになったのだが、2軒旅籠は宿泊のみで食事なし。数軒の料理店も閉まっていた。
弓師のトイズは料理人スキルも持っていたので、旅籠の庭の竈で、フランソワーズが出した食材で調理を始めた。向かいの旅籠には、森田家と南条家の異世界人グループと、万が一の為の見張りにリーダーのプロキオンが、王子達とは別の旅籠に泊まることになった。
そして異世界人グループでは、ついに花子待望のトンカツが、大輔によって作られた。リュックサック型のマジックバッグには、グレープル辺境伯領の知り合いからもらった野菜もストックされており、ジャガイモやピーマン、ニンジンなどもフライとして揚げていく。揚げ物の良い匂いは近隣にも漂い、王子達一行だけでなく、住人も「何だ、何だ?」と集まってきた。
そして揚げ物パーティーが始まった。多めに確保していた花子のオークも、全て使い果たすほどの勢いで消えていく。通常の大輔の食欲は普通、花子も杏樹も雅幸も一般的日本人的な胃袋なので、食べる量もこの世界の住人より少な目。しかしこちらの世界の人々は、アメリカンサイズを平気で食べてケロリとしている。これでは食材備蓄分が消えるのも無理はない。
あまりに良い香りなので、フローレンスが先ず我慢できずにトンカツにかぶりつく。「ほわぁ~」と恍惚な表情を浮かべ、我に返ると周りの皆同様、ガツガツ食べ始めた。それでサバラン第3王子も恐る恐る食べてみる。その美味しさに驚きを隠せない。そりゃ、乗合馬車の行商人から分けてもらった胡椒と岩塩を振りかけて、すりおろしニンニクを擦り込ませたのだから、不味いはずがない。
「アンチャンの作るものは、何でも美味いなぁ」
花子は舌鼓を打つ。それでも表情筋の動きは鈍い。
「トンカツソースが無いから、グレープル領の館で作ったトマトピューレをハーブを入れて炒め煮した即席ソースだけど、なかなかだろ?」
大輔も自画自賛しながら、ソースをつけたトンカツを頬張る。こちらもほぼ無表情なので、美味しそうに食べてると気づけるのは花子と杏樹だけだ。森田兄妹と南条兄妹、そしてリーダーのプロキオンは同じテーブルで食事していた。
「揚げ物はウチの世界にもあるが、アンジュたちの世界の揚げ物は数倍美味いな。オークを冒険者ミッションの時以外に食べたことはなかったが、これならいつでも食べたくなる」
花子は「調理すれば豚肉でも、原型見ると非常時でなき限りは食べようとは思わないかもしれないな」と、口を動かしながらプロキオンの言葉に相槌を打つ。
「魔獣を食べる漫画やアニメも盛んだけど、まさか自分が食べる羽目になるとはね。美味しいけど。でもオークの豚足は食べたくないなぁ」
「そりゃ、人間の手足によく似た手足を食べる気には俺だって御免被る。でもこっちの世界の庶民は、何とも思わないんだな。豚足茹でて齧り付いてる」
「あー、私は豚足苦手だな。一度、オジサンが沖縄料理店連れてってくれたけど、原型じゃなくて食感が駄目だった」
雅幸、杏樹、花子の本来の南条3兄妹が口々に言うなか、大輔がガタリと席を立つ。
「ちょ、なに勝手に豚足食べてんだよ!せっかく俺が、旅の俺用間食のために作ったのに!」
大輔は慌てて皆が美味しそうに頬張っている豚足の鍋に駆け寄る。よくあのグロテスクな原型を食べようと思ったものだ。
「ほんと、ゲテモノ好きだな。花子、森田の家では妙なものばっか食べさせられてきたのか?」
さすがに雅幸は、末っ子に同情する。
「いや、ウチはマトモなご飯を、母ちゃんが作ってくれていたから。アンチャンだって、こっちの世界来るまではゲテモノは苦手で、イカの塩辛だって食べたがらなかったよ」
「コッチ来てから、ゲテモノ大食いになったわけか。怖いもんだなぁ」
雅幸は、自分がそんなスキルを得ずに良かったと心底から思った。
「あんなんじゃ、嫁も見つからんだろうに」
プロキオンも同情する。
「アンチャン、元の世界に恋人いるよ。ちなみに私も」
「嘘だ!」
雅幸とプロキオンは同時に立ち上がる。杏樹も実兄に賛同してウンウン頷いている。3人とも信用していない。別に信じてもらわなくてもいいけど、なんかムカつくと思って、これまで隠していた二つ折り財布を寝る時以外は担ぎっ放しのリュックサックから取り出す。
財布の表面は定期券も入れられるパスケースになっいる。花子は定期券用のパスケースを別に持っているので、コッチには写真を入れていていた。その写真を某昔の時代劇風に印籠のごとく見せつける。
「な!」
「嘘!」
「信じられん」
3人はショックを受ける。近所の龍神祭りのときに撮ってもらった写真で、白地に青いアサガオ柄の浴衣姿の花子と黒の浴衣を着た裕一郎が写っている。花子は一見無表情だが照れており、裕一郎は花子の肩を抱いてデレデレな顔をしている。花子は身長が高めだが、裕一郎はそれより10センチほど背が高く、なかなかのイケメンだ。
「あの田舎、そんなに女子率低いのかよー!」
雅幸が叫ぶ。本当に実の妹に対して失礼な発言だ。杏樹は言葉も出ないほどショックを受けている様子。恋人と言っても、鈍臭い男をイメージしていたからだ。
「何故だ…この私でさえ、恋人は居ないのに」
プロキオンまでショックを受けている。プロキオンは伯爵家の子息だが三男なため、受け継ぐ爵位は無いが、騎士として冒険者としての功績が認められて騎士爵を賜っている。美形な実力者剣士、社交界へ出れば年頃の令嬢に群がられて休む間もなく踊り続けることになるが、そもそも騎士や冒険者稼業が忙しくて夜会にすら滅多に顔を出せず、狙っていた令嬢は次々と別の男と結婚した哀れな男。
スタンピートがなくなれば、プロキオンも少しは冒険者稼業に駆り出されることもなくなるだろうが、それ以前にこの国が保ってればいいけどねーと思う花子だった。
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