奴隷として生まれた天才

津本 なを

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一章 格差を広げるもの

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 俺は土手で一人座っている時、いつも同じことを思い出し悲しみに浸る。
 それは、「俺」という人間の大部分を狂わせたたった一つの「もの」についてだ。
 その「もの」が無ければ、俺は今どのような生活を送っていたのか分からない。
 でも……、今よりもいい暮らしが想像できたことなんて一度もない。
 
 俺は胸に手を当て、目を閉じた。

 ――幼稚園。
 魔法使いに教員として支配された人間に、人間としての生き方を教わる場所――人間は二歳になると皆親元を離れ、寮で暮らす。
 ――ここでみんな自分たちが下等種族であることを、自らの祖先から教わる。
『私たち人間が、魔法使いよりも唯一優れていること、それは知能です。だから私たちはその知能をささげるために小学校で勉強するのです。』という風に耳にタコができるほど叩き込まれる。
 生まれて間もない時から、魔法使いへの服従を叩き込まれるという、――極めて下劣な洗脳機関だ。

 ――小学校
 それぞれの人間の将来の職業を決める場所――ここでの六年間で人生の大半が決まる。
 小学校にはカースト制度が導入されていて、すべての生徒は三十級で入学し、六年の卒業時に何級であるかで、その後の職業が決まる。
 昇級テストは毎月最後の金曜日に行われ、次の月曜日にクラス替えが行われる。
 ちなみに一級の上にもいくつかカーストが存在するが、そこまで行けるものは五百人いて一人か、二人である。
 ――俺は入学して以来毎月昇級を重ね、二年生の九月に一級に到達した。
 魔法使いに貢献できる人間を見定めるための巨大なろ過装置。
 ――それが小学校だ。

 ――中学校
 小学校で三級にまで到達したものが入学する。
 将来医者や、科学者、数学者、そして教員になるための施設。
 我が国『マリューネ』には十万人の十二歳の人間がいるが、その中で中学生になれるのはたったの三百人程度。
 マリューネにはただ一つ『国立マリューネ中学校』しか存在しない。
 俺はそこに行っても優秀で、将来は何となくだらだらと医者として生きていこうと考えていた。
 周りの奴等とは違って、魔法使いのために働くなんてまっぴらごめんだったからだ。

 ――しかし、俺の前にあいつは現れた……。
 二年前、当時世界一の天才科学者とされていた『伊藤裕司』だ。
 ――俺の小学校の時から、そのときまで同級生だった、伊藤真央の実の兄だ。
 ――中学三年生の九月。
 授業が終わった後学校に呼び出され面会室に行くと……、あいつがいた。
 あいつはその数週間前から時折一番後ろの席で講義を覗きに来ていた。
 そのとき俺がいつも講義で寝ているから、怒られるのかと最初は思った。
 その時の会話は今でも鮮明に覚えている……。

 俺は部屋に入るとあいつの姿が目に入るや否や、下を向いた。
 ――格差を最も広げている人間に嫌気がさしていたからかもしれない。
「そんなに私と話すのが嫌かい……、杉田健君」
 ――何かを諭したように聞いてきた。
「何の用だ。用があるなら早くしゃべってくれ。――俺は忙しい」
「成績が優秀なうえに、授業中寝る余裕すら見せる君にそんなこと言われたくないなぁ。まあ焦らずそこに座りなよ、――何も私は君を叱りに来たわけじゃない」
 そういってコップに水を注ぎ、俺に向かいの席に座るよう促した。
 ――俺はふてくされた顔で、嫌々座った。
「君は将来何になりたい?来年の三月には卒業するのだ、多少は決めているのだろう?」
「――――医者」
 俺は不細工な顔をして、ぼそっと答えた。
 ――あいつは少し驚いた顔をした。
「意外だな。私が思うに、君は『人の命を救って、みんなの役に立ちたい!』とかそんなこと考えてはいないように見えるからね」
「――そんなこと考えるわけがないだろう。馬鹿馬鹿しい」
「じゃあなんで医者になりたい?君のような人間が理由もなくそんなことを口にするとは思えないが……」
「俺の将来がお前に何の関係があるんだよ。そんなことなら俺は寮に帰るぞ」
 この、人を諭したようなしゃべり方がとにかく気に入らなかった。
 世界で最も従順なペットと話していると思うと苛立ちが抑えられなかった……。
「君は諦めてはいないかい?――それだけの才能を持っているにもかかわらず」
 あいつは目を細め、俺を見つめた。
 その言葉は俺を混乱させた……。
 ――まるで俺の乾いた感情に、コップ一杯の水が与えられたような不思議な気持ち……。
「諦めるも何も、諦めなかったら何が起きる?作ったものはすべて搾取される。――――それだけだ」
 すると、あいつは腹を抱えて笑った――あんなに笑っている人間を俺は初めて見た。
「はっはっ……。――はあ。はあ。君は面白いね。なるほど。医者って選択肢があったか……。そうすれば人間を救うだけだから、罪悪感が少なくて済む……。そういうことだろ?」
「いちいち分かりきったことを言うな――、腹立たしい」
 一刻でも早く話を切り上げたかった。
「僕にも君みたいな時期があったよ。罪を重ねたくないってね……。ちょうど君くらいの時に私は教員になることを志していたよ。――できるだけ魔法使いと関わりたくないからね」
 しかし、あいつのこの言葉を聞いて考えがガラッと変わった。
「なら、どうして…どうして科学者をする……?意味が分からない」
 怒り、憎しみ、同情。
 ――いくつもの感情が俺の中で彷徨っていた。
理解できないことなんてそれまでなかったから……、激しく混乱していた。
「そうだな。ずっと先を見ているからだよ。――千年、いや二千年かもしれない、常識がひっくり返る世界を」
「――お前、何かやらかす気か?」
 まさに、犯罪者の犯行前のセリフだった。
「ははっ。私はそんな器じゃないよ……。だから君に託す、――――君ならやってくれるよ」
 そういってあいつは席を立ち、俺の首にネックレスをかけた。
 ――大きな青い結晶がついたネックレスを。
「寮に帰って、誰にも見られないベッドの中でそれを握りしめて『血より意思を』と唱えなさい。何か面白いことが起こるはずだよ」
 そう言い託し、あいつは部屋から出ていった――――その日一番の満面の笑顔で。

 ――寮に帰ると一七時過ぎだった。
 十七時から伊藤裕司の会見だったことをふと思い出し、俺はテレビをつけた。
 しかし、彼の会見はテレビで中継されていなかった……。
 俺は何となくあいつに貰ったネックレスを見つめ、布団の中に包まった。
 ――――そして唱えた。
『血より意思を』
 ――――これが最初の罪だった。
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