聖女なのに勇者に追放されました。だから魔王のお嫁さんになろうと思います!

ひるね

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朝食、そして魔族の要求

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 クローゼットの中からできるだけ質素なドレスを選んで着替え、衝立から出ると、カイドルさんがテーブルの上に朝食を用意してくれていた。

 スコーンふたつとたっぷりのクリームとジャム、あたたかな野菜スープと紅茶。
 給仕をしてくれるカイドルさんの横でそれらに舌鼓を打っていると、私の脇でさきほどのドラゴン(仮)が物欲しげに「みゃむー」と鳴いた。

「もしかして、欲しいのかしら? カイドルさん、この子にスコーンをひとつあげても大丈夫?」
「おや、キシールじゃないですか。こんなところにいたんですね。……聖女様、残念ながらコイツには人間の食べ物は与えないでください」
「体を壊してしまう?」
「いえ、舌が肥えたら面倒なので」
「……」
「今はまだ小さいですけどね、そのうちコイツはこの部屋に収まらないほど大きくなるんですよ! そこまで育てるのにどれほどの食料が費やされるか! まったく、魔王様にもこまったものです。ドラゴンなんて拾ってくるもんじゃありませんよ」
「この子は、やっぱりドラゴンなんですか?」
「ええ、正真正銘、ウィンドドラゴンの幼生です。親が人間どもに殺されて、巣穴でにゃーにゃー泣いていたところを魔王陛下に保護されました。あの方の悪い癖です、何でもかんでも拾ってくるのだから。ついに聖女様まで拾ってくるとは、思いませんでしたが」
「ひろう……」

 拾われたのだろうか、わたしは。確かに行き場をなくし、明日もしれない身となった。保護者に捨てられた犬猫と大差はないのかもしれない、けれど。

「由緒ある魔王城も、もはやこれでは動物園ですよ!」

 ぷんぷん、と音が聞こえてきそうな怒り方をするカイドルさんの背後から、今度はゼリー状のモンスターが現れる。おそらく、あれはきっとそう、ずばりスライムだ。ただし、聞いていたものと大きさがかなり違う。一般的なスライムは人間の頭部よりも少し大きいくらいと聞いているが、魔王城にいるスライムは、ドラゴンの幼生であるキシールと同じくらいの大きさだった。

 そのスライムはむにむにした体を器用に動かしてわたしが使っているテーブルの前に陣取ると、カイドルさんの一瞬の隙をつくようにして、テーブル上の籠の中にあった果物を全部体の中に取り込んでしまった。

(スライムの捕食なんて、初めて見たわ……)

「タイル! 朝ごはんはもう食べたでしょう。お客様の前で、ごはんをあげていないような態度をするのはやめなさい!」

 どうやら、この食いしん坊のスライムさんの名前はタイルと言うらしい。

 その後も、朝食が終わるまでの間にたくさんのモンスターたちを見た。けれどそのすべてがこの調子で、人間を襲うそぶりすら見せない。それどころかとても友好的で、そのことにわたしのほうが驚いてしまった。

 言葉を喋らないたくさんのモンスターの世話を一手に引き受けているのがカイドルさんで、その様子は魔王の側近というより、孤児院の世話係のようだった。

 魔王と戦う運命の勇者、その伴侶である聖女のわたしが魔王に下るのだ、何が起きても受け入れよう、とそれなりに覚悟してきたつもりだった。聖女として生まれ、魔族は邪悪であり、倒すべき存在と教えられて育った。人を襲い、人を殺す魔族。それを倒す勇者こそが、世界の希望なのだと信じていた。だから魔王城は悪の巣窟で、安らぎやいたわりなんて一切なくて、陰謀と暴力の渦巻く暗闇の世界だと、思っていたのに。

 実際の魔王城の様子は、覚悟の斜め上を相当突き進んでいる。

 だけどこれも、もしかしたら作戦なのだろうか。わたしの警戒心を緩めて、無茶な要求を叶えさせようとする企みかもしれない。

「さて、聖女さま。わたくしたちは何も、あなたをこのまま飼い殺しにするつもりはございません」

 朝食の片付けも終わってひと心地ついたころ、カイドルさんは改まって口を開いた。

 来た、と思った。わたしは居住まいを正して、カイドルさんに向き合う。

 勇者のために祈るしか能のない聖女に、魔族は一体何をさせようというのか、と警戒心を強くして、何を聞いても驚かずにいようと思っていたのだが、カイドルさんの言葉はとても、意外なものだった。

「わたくし達のために、祈っていただけませんか?」
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