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知識を得る方法
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キシールに呼ばれ、体調が悪いんですか、と心配して様子を見に来てくれたカイドルさんに頼むと、簡単に書庫への立ち入りは許可された。
「読書がお好きなんですか? 実は私もなんです。おもしろい本が見つかったらぜひ私にも教えてくださいね」
そう言われて受け取った鍵で、城中の本を集めた書庫への扉を開いた。
埃と古い紙のにおいが充満する部屋は薄暗いが、すぐにわたしの気配に反応してあちこちの燭台が魔法の炎を灯す。
「わあ……」
所狭しと、想像以上の量の本が並ぶ光景は、圧巻だった。神殿の書庫より雑然としているが、書物の量はひょっとしたらこちらの方が多いのかもしれない。
この中から歴史の本を探し当てるのは大変かも、と思ったが、誰かによって几帳面に分類されていて、初めて書庫に入ったわたしにもどこに何の本があるかはすぐにわかった。その分類によると、ここにあるほとんどは魔族の使う魔法についての指南書のようだ。お目当ての歴史書は、一割にも満たない程度の量しかない。
わたしはその中の一部を、書庫の窓際に備え付けられたテーブルに持って行き試しに読んでみるが、その内容はどれも魔王が立派な為政者として魔族を取りまとめた、という記録ばかりだった。戦争のことについて調べようと思っても、魔族が書いた歴史書にその記載がない。特に人間との間の戦争のことになると、人間が書いた資料しか保存されてはいない。
ふつう歴史書というのは、著者である学者の解釈の元で歴史が再構成されているものだ。見てきたように書いてあっても、当然だが学者が直接歴史を目撃したわけではない。あらゆる資料を踏まえて、学者なりの見解のもとに書かれている。その過程で、ある種のバイアスが生まれる。学者自身の思想や、当時の政治に巻き込まれた影響などで、『誰かにとって都合がいい』記述というものは出てくるものだ。『歴史は勝者の記録でしかない』という言説も、これが理由なのだろう。
だから一方の意見だけを信用するというのは危険なのだ。誰かにとって都合がいい歴史だけを事実だと勘違いしてしまうから。違う立場から同じ事件を見つめてようやく、そのときに何が起こったのか、自分の中で納得できる筋道を見つけることができる。
わたしはずっと、人間の立場から述べられた歴史だけを信じていた。だけど、魔族の立場から見た歴史も知りたくてここに来たのに、ここは魔族の書庫だというのに、ここには魔族が書いた魔族のための歴史書がほとんどないのだ。あったとしても、出来事をただ羅列するだけのもので、それに対する解釈を述べているものが見当たらない。
なぜだろう?
数日間の書庫通いののち、疑問に思ったわたしは、軽い気持ちでカイドルさんに聞いてみた。
「カイドルさん、書庫を見てみたんですが、魔族は歴史書を作らないんですか? ええと。年号と出来事だけじゃなくて、その注釈も書かれているような本が見当たらなくて」
「ほう、ほう! 聖女様は我々の歴史に興味をお持ちなんですね! いやー、素晴らしい。この日を待ち望んでおりましたよ、私は」
カイドルさんはわたしの言葉に給仕していた手を止めて、こちらへ、ずい、と距離を詰めてきた。
その激しい喰いつきにいささか不安を覚えたわたしは、目前に迫ったカイドルさんをやんわりと押し戻す。
「いえ、あの、そんな大した話では……」
「いえいえ、鉄は熱いうちに打てと昔から申します。興味を持った日が勉強を始めるのに最適な日ですよ! 魔族が歴史書を持たないのは、それぞれ口伝で伝えた方が効率がいいからなのですよ。なにせ長い者では、寿命が五百年ありますから! 歴史に関しては、当時の記憶がありますからね、もう生き字引ですよ! しかしちょっとした事情により、魔族が歴史を他者に教えるには専門の資格が必要となっておりまして。あ、私、魔王立大学院にて履修、免許取得済みですのでご安心ください。早速今日から歴史の授業を始めましょうね」
ここまで一息である。熱がすごい。
「あの」
「さて、どこから授業を始めましょうかねー。三百年前のハイピン川の戦い? それとも四百五十年前のスデニアの和解条約? いやいや、ここは思い切って千年前、そもそもの発端からお話しましょうかね」
こんなに生き生きしたカイドルさんを初めて見たものだから、「また今度、よろしくお願いします」とは言えなかった。おとなしく授業を受けるためにいつもは食卓として使うテーブルに着くと、お昼寝をしていたはずのキシールがとことこ歩いてきて、ぴたりと側に寄り添う。その頭を撫でていたら、あっという間に準備を整えたカイドルさんによって授業がはじまった。
「読書がお好きなんですか? 実は私もなんです。おもしろい本が見つかったらぜひ私にも教えてくださいね」
そう言われて受け取った鍵で、城中の本を集めた書庫への扉を開いた。
埃と古い紙のにおいが充満する部屋は薄暗いが、すぐにわたしの気配に反応してあちこちの燭台が魔法の炎を灯す。
「わあ……」
所狭しと、想像以上の量の本が並ぶ光景は、圧巻だった。神殿の書庫より雑然としているが、書物の量はひょっとしたらこちらの方が多いのかもしれない。
この中から歴史の本を探し当てるのは大変かも、と思ったが、誰かによって几帳面に分類されていて、初めて書庫に入ったわたしにもどこに何の本があるかはすぐにわかった。その分類によると、ここにあるほとんどは魔族の使う魔法についての指南書のようだ。お目当ての歴史書は、一割にも満たない程度の量しかない。
わたしはその中の一部を、書庫の窓際に備え付けられたテーブルに持って行き試しに読んでみるが、その内容はどれも魔王が立派な為政者として魔族を取りまとめた、という記録ばかりだった。戦争のことについて調べようと思っても、魔族が書いた歴史書にその記載がない。特に人間との間の戦争のことになると、人間が書いた資料しか保存されてはいない。
ふつう歴史書というのは、著者である学者の解釈の元で歴史が再構成されているものだ。見てきたように書いてあっても、当然だが学者が直接歴史を目撃したわけではない。あらゆる資料を踏まえて、学者なりの見解のもとに書かれている。その過程で、ある種のバイアスが生まれる。学者自身の思想や、当時の政治に巻き込まれた影響などで、『誰かにとって都合がいい』記述というものは出てくるものだ。『歴史は勝者の記録でしかない』という言説も、これが理由なのだろう。
だから一方の意見だけを信用するというのは危険なのだ。誰かにとって都合がいい歴史だけを事実だと勘違いしてしまうから。違う立場から同じ事件を見つめてようやく、そのときに何が起こったのか、自分の中で納得できる筋道を見つけることができる。
わたしはずっと、人間の立場から述べられた歴史だけを信じていた。だけど、魔族の立場から見た歴史も知りたくてここに来たのに、ここは魔族の書庫だというのに、ここには魔族が書いた魔族のための歴史書がほとんどないのだ。あったとしても、出来事をただ羅列するだけのもので、それに対する解釈を述べているものが見当たらない。
なぜだろう?
数日間の書庫通いののち、疑問に思ったわたしは、軽い気持ちでカイドルさんに聞いてみた。
「カイドルさん、書庫を見てみたんですが、魔族は歴史書を作らないんですか? ええと。年号と出来事だけじゃなくて、その注釈も書かれているような本が見当たらなくて」
「ほう、ほう! 聖女様は我々の歴史に興味をお持ちなんですね! いやー、素晴らしい。この日を待ち望んでおりましたよ、私は」
カイドルさんはわたしの言葉に給仕していた手を止めて、こちらへ、ずい、と距離を詰めてきた。
その激しい喰いつきにいささか不安を覚えたわたしは、目前に迫ったカイドルさんをやんわりと押し戻す。
「いえ、あの、そんな大した話では……」
「いえいえ、鉄は熱いうちに打てと昔から申します。興味を持った日が勉強を始めるのに最適な日ですよ! 魔族が歴史書を持たないのは、それぞれ口伝で伝えた方が効率がいいからなのですよ。なにせ長い者では、寿命が五百年ありますから! 歴史に関しては、当時の記憶がありますからね、もう生き字引ですよ! しかしちょっとした事情により、魔族が歴史を他者に教えるには専門の資格が必要となっておりまして。あ、私、魔王立大学院にて履修、免許取得済みですのでご安心ください。早速今日から歴史の授業を始めましょうね」
ここまで一息である。熱がすごい。
「あの」
「さて、どこから授業を始めましょうかねー。三百年前のハイピン川の戦い? それとも四百五十年前のスデニアの和解条約? いやいや、ここは思い切って千年前、そもそもの発端からお話しましょうかね」
こんなに生き生きしたカイドルさんを初めて見たものだから、「また今度、よろしくお願いします」とは言えなかった。おとなしく授業を受けるためにいつもは食卓として使うテーブルに着くと、お昼寝をしていたはずのキシールがとことこ歩いてきて、ぴたりと側に寄り添う。その頭を撫でていたら、あっという間に準備を整えたカイドルさんによって授業がはじまった。
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