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魔族が伝える『歴史』
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「起こしてくださっても、よかったのに……」
この城に来てはじめて大寝坊をしてしまったわたしの恨み言に、カイドルさんは微笑んで応じた。
「よくお眠りだったので忍びなくて。いきなり環境が変わって疲れが出たのかもしれません、今日のところはお休みになってはいかがでしょう」
「いいえ、十分よく眠りました! 今日の遅れを取り戻さないと。カイドルさん、昨日の続きを教えてもらってもいいですか?」
「おや、勉強熱心でいらっしゃる。私も教え甲斐がありますねえ」
そして、朝食もそこそこに今日の授業が始まる。
魔族の語る歴史は、座って本を読むよりもずっと詳細だ。まるで本当にその場にいたかのように、カイドルさんは臨場感たっぷりにわたしに歴史を教えてくれた。
魔族の平均寿命はおよそ三百年程度だが、長い者になると五百年くらいになるらしい。そうなると、寿命が長い人がまだ小さいときには、最初の戦争の生き残りが存命だっただろう。生き残りから語り継ぎ、それを繰り返して歴史を口伝で伝えていくのが魔族の歴史継承のやりかたなのだ。
それはつまり、ただ記述された情報を再構成して書かれた歴史書とは違う「生きた記憶」を知っているということで、だから書物の中でしか人魔戦争を知らない私たち人間よりもずっと、感情的な記憶が魔族には残っているのだろう。
「とはいえ、感情的な記憶はそれはそれでバイアスがかかるもの。実際よりも大げさになりがちです。それを予防するため、歴史を語る者は厳しく制限されています。何重にも階級があり、多くの者の承認がなければ階級を上がることはできません。そして、責任の強い者ほど詳細な歴史を語る資格が与えられるのです。それはすべて、歴史を単純な事実として捉え、個人の解釈の影響を最小限に抑えるため。
都合のいい事実だけを集めて歴史を改竄すれば、魔族は誤った道を歩むことになる。たとえそれが民族としての恥部と呼べる歴史でも、正しく残すことに価値があると考えた初代魔王が生み出したこの手法は、私たちの誇りです」
カイドルさんは、ほんとうに楽しそうに歴史を語る。こんな人、神殿で暮らしていたころは見たことがなかった。神殿にいたのは、聖典を遵守し、それが正義であると信じる人ばかりだった。
神殿で扱われる聖典には、魔族がいかに極悪非道で、主神をないがしろにする存在なのかつらつらと書かれている。
魔王は初代の聖女と勇者を殺した存在。それを排除するために主神は信託によってこの世界にもう一度聖女を遣わし、勇者を選ぶ。主神を敬い、聖女と勇者に導かれし自分たちが正統な人類であり、魔族は滅ぼすべきなのだ、と。
聖典に書かれる歴史はそれを証明するためのスパイスでしかなかった。でも、わたしはもっと歴史の詳しいことを知りたいと思って書庫に通っては歴史書を読み、神殿で教えられる歴史との違いをほんの少し感じていたように思う。
あの頃に感じていた違和感は些細なもので、特に疑問にも思わなかったけれど、今になってそれが存在感を増してくる。
カイドルさんの語る歴史とわたしの知る歴史をつなぎ合わせると見えてくるのは、神殿で語られるのはあまりにも人間に都合のいい歴史だったのではないか、ということだ。勝利は大々的に、大げさに。敗北のときはそれをなかったことにさえする。
自分たちは勝ち続けている。このまま続けば、いつかは戦争に勝利する。そういう印象を、人々に持たせたかったのではないだろうか。
それしか知らなかったわたしにとって、カイドルさんの語る歴史は非常に衝撃的で、刺激的で、同時にとても納得のいくものだった。今まで無意識の中で抱いていた神殿の教えへの疑問が、きちんと言語化されていくような感覚だ。
勇者と主神を同一視するような教えへの疑問、『戦わず、ただ勇者を選んで祈るだけ』という聖女自身の存在への疑問。「魔族は敵だ」というあまりにも一方的な教えへの疑問。
カイドルさんの話を聞けば聞くほど胸のつかえがとれていくかのようで、いつしかわたしはカイドルさんの授業にのめり込んでいった。
「けれど、どうして二つの種族は長いこと戦争を続けているんですか? 宝玉がきっかけだとして、だけど宝玉がもうないなら、もうお互い戦う理由なんてないはずなのに」
「お互いがお互いの家族を殺されています。戦争なんて終わりにしたい、と口では言いながら、自分だけが家族を奪われるなんて不幸には誰も納得しない。相手の家族や、大切なものを奪わなければ収まらない。……これだけではないですが、もはや原因なんて関係ないんですよ。積み重ねた怨恨が複雑に絡み合って理屈ではなく感情面によって解決が難しくなってしまいました。
和解条約が結ばれたことも一度や二度ではありませんが、必ずどちらかから納得できない者が蜂起し、紛争を起こし、大量の犠牲者を出して台無しにしてきました。下手に歩み寄るよりも、にらみ合っている方が平和、という矛盾した状況は、とても長く続きましたが……戦争が始まって千年が経とうとする今、ついにあなたと、あの勇者が現れました」
いきなり話の主眼が向けられ、わたしは息を呑む。
カイドルさんはわたしから視線を逸らさないまま、話を続けた。
この城に来てはじめて大寝坊をしてしまったわたしの恨み言に、カイドルさんは微笑んで応じた。
「よくお眠りだったので忍びなくて。いきなり環境が変わって疲れが出たのかもしれません、今日のところはお休みになってはいかがでしょう」
「いいえ、十分よく眠りました! 今日の遅れを取り戻さないと。カイドルさん、昨日の続きを教えてもらってもいいですか?」
「おや、勉強熱心でいらっしゃる。私も教え甲斐がありますねえ」
そして、朝食もそこそこに今日の授業が始まる。
魔族の語る歴史は、座って本を読むよりもずっと詳細だ。まるで本当にその場にいたかのように、カイドルさんは臨場感たっぷりにわたしに歴史を教えてくれた。
魔族の平均寿命はおよそ三百年程度だが、長い者になると五百年くらいになるらしい。そうなると、寿命が長い人がまだ小さいときには、最初の戦争の生き残りが存命だっただろう。生き残りから語り継ぎ、それを繰り返して歴史を口伝で伝えていくのが魔族の歴史継承のやりかたなのだ。
それはつまり、ただ記述された情報を再構成して書かれた歴史書とは違う「生きた記憶」を知っているということで、だから書物の中でしか人魔戦争を知らない私たち人間よりもずっと、感情的な記憶が魔族には残っているのだろう。
「とはいえ、感情的な記憶はそれはそれでバイアスがかかるもの。実際よりも大げさになりがちです。それを予防するため、歴史を語る者は厳しく制限されています。何重にも階級があり、多くの者の承認がなければ階級を上がることはできません。そして、責任の強い者ほど詳細な歴史を語る資格が与えられるのです。それはすべて、歴史を単純な事実として捉え、個人の解釈の影響を最小限に抑えるため。
都合のいい事実だけを集めて歴史を改竄すれば、魔族は誤った道を歩むことになる。たとえそれが民族としての恥部と呼べる歴史でも、正しく残すことに価値があると考えた初代魔王が生み出したこの手法は、私たちの誇りです」
カイドルさんは、ほんとうに楽しそうに歴史を語る。こんな人、神殿で暮らしていたころは見たことがなかった。神殿にいたのは、聖典を遵守し、それが正義であると信じる人ばかりだった。
神殿で扱われる聖典には、魔族がいかに極悪非道で、主神をないがしろにする存在なのかつらつらと書かれている。
魔王は初代の聖女と勇者を殺した存在。それを排除するために主神は信託によってこの世界にもう一度聖女を遣わし、勇者を選ぶ。主神を敬い、聖女と勇者に導かれし自分たちが正統な人類であり、魔族は滅ぼすべきなのだ、と。
聖典に書かれる歴史はそれを証明するためのスパイスでしかなかった。でも、わたしはもっと歴史の詳しいことを知りたいと思って書庫に通っては歴史書を読み、神殿で教えられる歴史との違いをほんの少し感じていたように思う。
あの頃に感じていた違和感は些細なもので、特に疑問にも思わなかったけれど、今になってそれが存在感を増してくる。
カイドルさんの語る歴史とわたしの知る歴史をつなぎ合わせると見えてくるのは、神殿で語られるのはあまりにも人間に都合のいい歴史だったのではないか、ということだ。勝利は大々的に、大げさに。敗北のときはそれをなかったことにさえする。
自分たちは勝ち続けている。このまま続けば、いつかは戦争に勝利する。そういう印象を、人々に持たせたかったのではないだろうか。
それしか知らなかったわたしにとって、カイドルさんの語る歴史は非常に衝撃的で、刺激的で、同時にとても納得のいくものだった。今まで無意識の中で抱いていた神殿の教えへの疑問が、きちんと言語化されていくような感覚だ。
勇者と主神を同一視するような教えへの疑問、『戦わず、ただ勇者を選んで祈るだけ』という聖女自身の存在への疑問。「魔族は敵だ」というあまりにも一方的な教えへの疑問。
カイドルさんの話を聞けば聞くほど胸のつかえがとれていくかのようで、いつしかわたしはカイドルさんの授業にのめり込んでいった。
「けれど、どうして二つの種族は長いこと戦争を続けているんですか? 宝玉がきっかけだとして、だけど宝玉がもうないなら、もうお互い戦う理由なんてないはずなのに」
「お互いがお互いの家族を殺されています。戦争なんて終わりにしたい、と口では言いながら、自分だけが家族を奪われるなんて不幸には誰も納得しない。相手の家族や、大切なものを奪わなければ収まらない。……これだけではないですが、もはや原因なんて関係ないんですよ。積み重ねた怨恨が複雑に絡み合って理屈ではなく感情面によって解決が難しくなってしまいました。
和解条約が結ばれたことも一度や二度ではありませんが、必ずどちらかから納得できない者が蜂起し、紛争を起こし、大量の犠牲者を出して台無しにしてきました。下手に歩み寄るよりも、にらみ合っている方が平和、という矛盾した状況は、とても長く続きましたが……戦争が始まって千年が経とうとする今、ついにあなたと、あの勇者が現れました」
いきなり話の主眼が向けられ、わたしは息を呑む。
カイドルさんはわたしから視線を逸らさないまま、話を続けた。
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