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幕間 魔王と側近の内緒話 その2
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「いい子じゃありませんか」
魔王が決裁を降ろさなければどうにもならない書類を山ほど抱えてカイドルが魔王の執務室に現れたのが昼下がりだった。すべての書類に目を通して決裁し、執務室の窓から夕暮れを見ながらお茶を飲んで一休みしたところで、カイドルはのほほんと切り出した。
魔王はカイドルがいきなり何の話をし始めたのか皆目見当がつかない。
「何の話だ?」
「またまたー。とぼけないでくださいよ」
「いや、本気でわからん。何の話だ、いきなり」
「聖女様のことですよう」
「なんだその語尾……カイドル、最近浮かれてないか?」
「浮かれもしますよ、長いこと独り身だった我が君にもようやく春が訪れようとしているんですから」
「モテないみたいな言い方やめろ……必要ないだけだ。魔王なんだから」
「そういうの、世間一般で何ていうか知ってますか?」
「……なんだよ」
「『負け惜しみ』っていうんですよ」
「おい、ケンカ売りに来たのか。いい度胸だ、買ってやろうか」
「御冗談を! 私ごときが魔王陛下に勝てるわけないじゃないですか! あなたに勝てるのは……」
「あのクソ勇者だけだろうな」
「……だからこそ魔王です。そして、勇者の力の源である聖女は今、あなたの手中にある」
「何が言いたい?」
「いつまでただ傍観を決め込んでるんです? さっさと距離を縮めて、婚約なり結婚なり取り付ければいいじゃないですか。積年の想いを遂げる大チャンスですよー」
「……俺だって、忙しいんだよ。来年の耕作分担を決めたり、税率を調整したり。いやあ、為政者も楽じゃない」
「言い訳ばっかりして、タマはないんですか、この意気地なし! あなたがわざわざ聖女様を誘拐してきたんでしょう。今、男を見せずしていつ見せるんです」
「攫ったのは、結婚するためじゃねえし」
「じゃあ、どうしてなんです」
「おまえが唆したんだろう。勇者と聖女の絆が緩まれば、活路が見えるから聖女を誘惑しろって。俺は随分反対したぞ」
「そんなごまかしが通じると思っているんですか、よりによって、この私に! 私が聖女に会いに行くように進言したのは、あなたのためです。あなたが聖女に会いたがったから」
「……昔の話だ。まだ、分別が付いていない頃の」
「それでもあなたは私の作戦を実行しました。実際に会ってみてどうでしたか? 積年の後悔を断ち切れると思いましたか? 無理だったでしょう。あなたは魔王です。魔王であれば、聖女に惹かれずにいられない。だから彼女を誘拐したんでしょう?」
「そんなんじゃない……大体、何なんだよ、あいつは。ただの操り人形ならここまでは手こずらない。従順におとなしく、あの部屋で過ごすだけだっただろう。自分の意志をはっきりと持つ奴なら、そもそも誘拐なんてされなかったはずだ。中途半端にものを考えて、そのくせ状況にすぐ流されて、しかもその責任を自分でとろうとはしない。いつだって最後の決断は他人任せの、一番面倒くさいタイプだ」
「……聖女は、変わりましたよ。変化を受け容れ、柔軟な考えを持つようになりました」
「ほー。……本当か?」
「ええ! 我々の歴史を知り、自分も戦争を止めるのに協力したい、と言ってくれました」
「信用できるか、そんなもん。また、状況に流されているだけだろう」
「かわいくないなあ! 培養槽にいたころはあんなにかわいかったのに」
「おい」
「あの頃からの付き合いじゃありませんか、年長者の言うことは聞くものですよ」
「そうだよ、だからお前の外面の良さは、他の誰より知っている」
「人聞きの悪い。誠実そのものですよ」
「誠実が聞いて呆れるぞ、魔将軍カイドル・カイラル」
「それこそ昔の話です。歴史を学び、私は変わりました。……変えてくれたのはあなたです。だから今度は、あなたの番なんですよ。聖女と共に過ごしてください。あの方の心を解きほぐすためだけじゃなく、あなたの重荷を少しでも軽くするために」
「……」
「とはいえ、今のお二人の関係性で結婚してしまうと後々の夫婦関係に響きます。まずは距離を縮めて絆を深め、最終的に結婚! これでいきましょう」
「なんで結婚することが前提になってるんだ」
「最初は外出などしてはどうでしょう。ここに来てからずっと、聖女様は城に籠られていますからね、外の空気を吸わせてあげると喜びますよ、きっと。明日は聖女様を誘って、城下町などを案内するといいでしょう。私の方から、聖女様に魔王陛下とお出かけしてくださいって頼んでおきますね」
「おいやめろ、なんで勝手に話を進めるんだよ。おまえから話を通すなんてされるくらいなら自分でやる」
「はい、言質頂きましたー。では明日、聖女様を外出に誘ってください。絶対ですよ、約束しましたからね」
「言ってない、約束してないからな。おい、カイドル・カイラル。戻ってこい、話を聞け!」
魔王が決裁を降ろさなければどうにもならない書類を山ほど抱えてカイドルが魔王の執務室に現れたのが昼下がりだった。すべての書類に目を通して決裁し、執務室の窓から夕暮れを見ながらお茶を飲んで一休みしたところで、カイドルはのほほんと切り出した。
魔王はカイドルがいきなり何の話をし始めたのか皆目見当がつかない。
「何の話だ?」
「またまたー。とぼけないでくださいよ」
「いや、本気でわからん。何の話だ、いきなり」
「聖女様のことですよう」
「なんだその語尾……カイドル、最近浮かれてないか?」
「浮かれもしますよ、長いこと独り身だった我が君にもようやく春が訪れようとしているんですから」
「モテないみたいな言い方やめろ……必要ないだけだ。魔王なんだから」
「そういうの、世間一般で何ていうか知ってますか?」
「……なんだよ」
「『負け惜しみ』っていうんですよ」
「おい、ケンカ売りに来たのか。いい度胸だ、買ってやろうか」
「御冗談を! 私ごときが魔王陛下に勝てるわけないじゃないですか! あなたに勝てるのは……」
「あのクソ勇者だけだろうな」
「……だからこそ魔王です。そして、勇者の力の源である聖女は今、あなたの手中にある」
「何が言いたい?」
「いつまでただ傍観を決め込んでるんです? さっさと距離を縮めて、婚約なり結婚なり取り付ければいいじゃないですか。積年の想いを遂げる大チャンスですよー」
「……俺だって、忙しいんだよ。来年の耕作分担を決めたり、税率を調整したり。いやあ、為政者も楽じゃない」
「言い訳ばっかりして、タマはないんですか、この意気地なし! あなたがわざわざ聖女様を誘拐してきたんでしょう。今、男を見せずしていつ見せるんです」
「攫ったのは、結婚するためじゃねえし」
「じゃあ、どうしてなんです」
「おまえが唆したんだろう。勇者と聖女の絆が緩まれば、活路が見えるから聖女を誘惑しろって。俺は随分反対したぞ」
「そんなごまかしが通じると思っているんですか、よりによって、この私に! 私が聖女に会いに行くように進言したのは、あなたのためです。あなたが聖女に会いたがったから」
「……昔の話だ。まだ、分別が付いていない頃の」
「それでもあなたは私の作戦を実行しました。実際に会ってみてどうでしたか? 積年の後悔を断ち切れると思いましたか? 無理だったでしょう。あなたは魔王です。魔王であれば、聖女に惹かれずにいられない。だから彼女を誘拐したんでしょう?」
「そんなんじゃない……大体、何なんだよ、あいつは。ただの操り人形ならここまでは手こずらない。従順におとなしく、あの部屋で過ごすだけだっただろう。自分の意志をはっきりと持つ奴なら、そもそも誘拐なんてされなかったはずだ。中途半端にものを考えて、そのくせ状況にすぐ流されて、しかもその責任を自分でとろうとはしない。いつだって最後の決断は他人任せの、一番面倒くさいタイプだ」
「……聖女は、変わりましたよ。変化を受け容れ、柔軟な考えを持つようになりました」
「ほー。……本当か?」
「ええ! 我々の歴史を知り、自分も戦争を止めるのに協力したい、と言ってくれました」
「信用できるか、そんなもん。また、状況に流されているだけだろう」
「かわいくないなあ! 培養槽にいたころはあんなにかわいかったのに」
「おい」
「あの頃からの付き合いじゃありませんか、年長者の言うことは聞くものですよ」
「そうだよ、だからお前の外面の良さは、他の誰より知っている」
「人聞きの悪い。誠実そのものですよ」
「誠実が聞いて呆れるぞ、魔将軍カイドル・カイラル」
「それこそ昔の話です。歴史を学び、私は変わりました。……変えてくれたのはあなたです。だから今度は、あなたの番なんですよ。聖女と共に過ごしてください。あの方の心を解きほぐすためだけじゃなく、あなたの重荷を少しでも軽くするために」
「……」
「とはいえ、今のお二人の関係性で結婚してしまうと後々の夫婦関係に響きます。まずは距離を縮めて絆を深め、最終的に結婚! これでいきましょう」
「なんで結婚することが前提になってるんだ」
「最初は外出などしてはどうでしょう。ここに来てからずっと、聖女様は城に籠られていますからね、外の空気を吸わせてあげると喜びますよ、きっと。明日は聖女様を誘って、城下町などを案内するといいでしょう。私の方から、聖女様に魔王陛下とお出かけしてくださいって頼んでおきますね」
「おいやめろ、なんで勝手に話を進めるんだよ。おまえから話を通すなんてされるくらいなら自分でやる」
「はい、言質頂きましたー。では明日、聖女様を外出に誘ってください。絶対ですよ、約束しましたからね」
「言ってない、約束してないからな。おい、カイドル・カイラル。戻ってこい、話を聞け!」
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