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それからの日常
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わたしはそれからというもの、それまでとは段違いに忙しくなった。
朝食をカイドルさんやキシールと共に済ませると、カイドルさんの授業でまたみっちり指導される。
そして午後からは魔王城で働く魔族の人たちと一緒に様々な雑用に取り組んだ。
そうしろ、と言われたわけではなく、わたしが「ただお世話になっているだけでは居心地が悪いので、何か仕事をください」と頼んだのだ。魔王もカイドルさんも顔を見合わせて戸惑っていたが、話し合いの結果、城の雑用をいくつか手伝わせてもらえることになった。
それでわかったのは、やはりカイドルさんは、わたしを台所など他の魔族のいる場所に行かせることを避けていた、ということだ。自分たちの懐事情なんて敵方である聖女に知られたくいから当然だ、と思ったが、どうもそれだけではないらしい。
それというのも、お手伝いをするようになって初めて出会った魔王城の魔族たちは、みんな口を揃えて「カイドルさんが自分の権力にものを言わせて聖女を独り占めした」と言うのだ。「自分たちだって、聖女と話してみたかったのに」。
軽口をたたいてはいたが魔族たちはわたしを快く迎え入れてくれて、魔王城の掃除や料理の下ごしらえなどをしながら、たくさんの話をした。自分たちの故郷の話、今までで一番自分が活躍したときの話。昔、城下で行われていた年に一度の盛大なお祭りの話。それから、今の魔王のこと。
あの人が今の地位についたのがおよそ二十年前である、というのが一番意外だった。魔族、しかも高位の魔力を持つ者になると寿命が五百年以上あるし、魔王も人間で言えば二十代前半くらいに見えるが、実年齢が三百歳とかでも驚かないぞ、という覚悟を固めていたのに肩すかしをくらった気分だ。前代の魔王はそれこそ三百年くらい在位し続けたとのことなので、あの魔王は魔族としては比較的『若い』ということなのだろう。
わたしも、請われるままに神殿での暮らしや慰問に訪れた先で見たものなどの話を多くした。
慰問先では魔族との戦いによって家族を失った人たちから魔族への怨嗟の声をひたすらに聞いていたけれど、魔族の人たちがわたしに人間への憎悪を向けないのと同じように、わたしもそのことはこの場では言わない。旅先で見た珍しいものや、おいしかった食べ物などの話が好まれた。
みんなと話せば話すほど、魔王城の一員になれたようでうれしかった。
カイドルさんはそんなわたしを見て「聖女様が魔族の個性の強い面々を見たら、ショックを受けてしまうんじゃないかと思って距離を置くように言いつけておいただけなんですけどね……余計なお世話だったでしょうか」なんて言って少しだけ寂しそうにしていたけれど、この城に来てすぐのころの私が彼らと話そうとしたって、これほどまでに仲良くなることはできなかったと思う。
あのころのわたしは視野がすごく狭くて、どうすれば魔族の動きを封じられるかばかり考えていたし、神殿で押し付けられた教え通りに魔族は邪悪なものだと思い込んでいたから。
だから、きっと今でよかったのだ。
やることが増えて、毎日忙しい。だけど、満ち足りていた。
神殿で教えに従って祈り、勇者さまに奉仕し続けていたころより、ずっと。
それはきっと、自分の時間を自分のために使えるからなのではないだろうか。
他の誰のためでもなく、自分のために時間を費やすという行為そのものがわたしにとって初めての経験だということに、この頃ようやく気付いた。
神殿にいた頃、わたしの時間は聖女の時間であり、聖女の時間は神殿の資産だった。自分の意志で動いていると思い込んでいただけで、わたしはずっと神殿と勇者さまの言うままに祈り続けてきた。
幼いころ感じた勇者さまへの好意を利用され、操られていたと言ってもいいような状態だ。なのにここにきて、わたしは自分のコントロールを自分に取り戻すことができたのだと感じていた。
ここに来たばかりの頃の魔王の言葉を思い返す。
「自分のことくらい、自分で考えて決めろ!」
あの時は、魔王にわたしの気持ちがわかるはずないと思って受け入れられなかったけれど、あの人には、わたしの歪な状態がよく見えていたのではないだろうか。
そんな中、三日に一度程度の割合で魔王が現れ、わたしを城下町へと案内してくれた。
部屋に迎えに来た魔王にわたしを託し、にこにこと見送るカイドルさんはきっと、本当に魔王とわたしの仲を応援してくれているのだと思う。少し前ならそれがすごく嫌だったと思うけれど、今はそうでもない。
カイドルさんはわたしが魔王に求婚したことをしっかりと覚えている。そして、わたしたちが結婚することが魔族と人間が歩み寄るための象徴になることを願っているのだと、授業の合間に話してくれた。
魔王城での暮らしを通して、魔族は危険なだけの存在ではないと学んだ。
心があり、一人一人が違う考えをもつという在り方は、人間と変わらない。
身近な人の幸せを願い、守ろうとするからこそ、人間との間に対立が起こったのは悲しい歴史だ。それ自体はわたし個人の裁量ではどうにもできない大きすぎる問題だけれど、だからこそ。
わたしは、魔王のことを、もっと知りたいと思うようになっていた。
朝食をカイドルさんやキシールと共に済ませると、カイドルさんの授業でまたみっちり指導される。
そして午後からは魔王城で働く魔族の人たちと一緒に様々な雑用に取り組んだ。
そうしろ、と言われたわけではなく、わたしが「ただお世話になっているだけでは居心地が悪いので、何か仕事をください」と頼んだのだ。魔王もカイドルさんも顔を見合わせて戸惑っていたが、話し合いの結果、城の雑用をいくつか手伝わせてもらえることになった。
それでわかったのは、やはりカイドルさんは、わたしを台所など他の魔族のいる場所に行かせることを避けていた、ということだ。自分たちの懐事情なんて敵方である聖女に知られたくいから当然だ、と思ったが、どうもそれだけではないらしい。
それというのも、お手伝いをするようになって初めて出会った魔王城の魔族たちは、みんな口を揃えて「カイドルさんが自分の権力にものを言わせて聖女を独り占めした」と言うのだ。「自分たちだって、聖女と話してみたかったのに」。
軽口をたたいてはいたが魔族たちはわたしを快く迎え入れてくれて、魔王城の掃除や料理の下ごしらえなどをしながら、たくさんの話をした。自分たちの故郷の話、今までで一番自分が活躍したときの話。昔、城下で行われていた年に一度の盛大なお祭りの話。それから、今の魔王のこと。
あの人が今の地位についたのがおよそ二十年前である、というのが一番意外だった。魔族、しかも高位の魔力を持つ者になると寿命が五百年以上あるし、魔王も人間で言えば二十代前半くらいに見えるが、実年齢が三百歳とかでも驚かないぞ、という覚悟を固めていたのに肩すかしをくらった気分だ。前代の魔王はそれこそ三百年くらい在位し続けたとのことなので、あの魔王は魔族としては比較的『若い』ということなのだろう。
わたしも、請われるままに神殿での暮らしや慰問に訪れた先で見たものなどの話を多くした。
慰問先では魔族との戦いによって家族を失った人たちから魔族への怨嗟の声をひたすらに聞いていたけれど、魔族の人たちがわたしに人間への憎悪を向けないのと同じように、わたしもそのことはこの場では言わない。旅先で見た珍しいものや、おいしかった食べ物などの話が好まれた。
みんなと話せば話すほど、魔王城の一員になれたようでうれしかった。
カイドルさんはそんなわたしを見て「聖女様が魔族の個性の強い面々を見たら、ショックを受けてしまうんじゃないかと思って距離を置くように言いつけておいただけなんですけどね……余計なお世話だったでしょうか」なんて言って少しだけ寂しそうにしていたけれど、この城に来てすぐのころの私が彼らと話そうとしたって、これほどまでに仲良くなることはできなかったと思う。
あのころのわたしは視野がすごく狭くて、どうすれば魔族の動きを封じられるかばかり考えていたし、神殿で押し付けられた教え通りに魔族は邪悪なものだと思い込んでいたから。
だから、きっと今でよかったのだ。
やることが増えて、毎日忙しい。だけど、満ち足りていた。
神殿で教えに従って祈り、勇者さまに奉仕し続けていたころより、ずっと。
それはきっと、自分の時間を自分のために使えるからなのではないだろうか。
他の誰のためでもなく、自分のために時間を費やすという行為そのものがわたしにとって初めての経験だということに、この頃ようやく気付いた。
神殿にいた頃、わたしの時間は聖女の時間であり、聖女の時間は神殿の資産だった。自分の意志で動いていると思い込んでいただけで、わたしはずっと神殿と勇者さまの言うままに祈り続けてきた。
幼いころ感じた勇者さまへの好意を利用され、操られていたと言ってもいいような状態だ。なのにここにきて、わたしは自分のコントロールを自分に取り戻すことができたのだと感じていた。
ここに来たばかりの頃の魔王の言葉を思い返す。
「自分のことくらい、自分で考えて決めろ!」
あの時は、魔王にわたしの気持ちがわかるはずないと思って受け入れられなかったけれど、あの人には、わたしの歪な状態がよく見えていたのではないだろうか。
そんな中、三日に一度程度の割合で魔王が現れ、わたしを城下町へと案内してくれた。
部屋に迎えに来た魔王にわたしを託し、にこにこと見送るカイドルさんはきっと、本当に魔王とわたしの仲を応援してくれているのだと思う。少し前ならそれがすごく嫌だったと思うけれど、今はそうでもない。
カイドルさんはわたしが魔王に求婚したことをしっかりと覚えている。そして、わたしたちが結婚することが魔族と人間が歩み寄るための象徴になることを願っているのだと、授業の合間に話してくれた。
魔王城での暮らしを通して、魔族は危険なだけの存在ではないと学んだ。
心があり、一人一人が違う考えをもつという在り方は、人間と変わらない。
身近な人の幸せを願い、守ろうとするからこそ、人間との間に対立が起こったのは悲しい歴史だ。それ自体はわたし個人の裁量ではどうにもできない大きすぎる問題だけれど、だからこそ。
わたしは、魔王のことを、もっと知りたいと思うようになっていた。
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