聖女なのに勇者に追放されました。だから魔王のお嫁さんになろうと思います!

ひるね

文字の大きさ
27 / 45

それからの日常

しおりを挟む
 わたしはそれからというもの、それまでとは段違いに忙しくなった。

 朝食をカイドルさんやキシールと共に済ませると、カイドルさんの授業でまたみっちり指導される。
 そして午後からは魔王城で働く魔族の人たちと一緒に様々な雑用に取り組んだ。
 そうしろ、と言われたわけではなく、わたしが「ただお世話になっているだけでは居心地が悪いので、何か仕事をください」と頼んだのだ。魔王もカイドルさんも顔を見合わせて戸惑っていたが、話し合いの結果、城の雑用をいくつか手伝わせてもらえることになった。

 それでわかったのは、やはりカイドルさんは、わたしを台所など他の魔族のいる場所に行かせることを避けていた、ということだ。自分たちの懐事情なんて敵方である聖女に知られたくいから当然だ、と思ったが、どうもそれだけではないらしい。

 それというのも、お手伝いをするようになって初めて出会った魔王城の魔族たちは、みんな口を揃えて「カイドルさんが自分の権力にものを言わせて聖女を独り占めした」と言うのだ。「自分たちだって、聖女と話してみたかったのに」。

 軽口をたたいてはいたが魔族たちはわたしを快く迎え入れてくれて、魔王城の掃除や料理の下ごしらえなどをしながら、たくさんの話をした。自分たちの故郷の話、今までで一番自分が活躍したときの話。昔、城下で行われていた年に一度の盛大なお祭りの話。それから、今の魔王のこと。

 あの人が今の地位についたのがおよそ二十年前である、というのが一番意外だった。魔族、しかも高位の魔力を持つ者になると寿命が五百年以上あるし、魔王も人間で言えば二十代前半くらいに見えるが、実年齢が三百歳とかでも驚かないぞ、という覚悟を固めていたのに肩すかしをくらった気分だ。前代の魔王はそれこそ三百年くらい在位し続けたとのことなので、あの魔王は魔族としては比較的『若い』ということなのだろう。

 わたしも、請われるままに神殿での暮らしや慰問に訪れた先で見たものなどの話を多くした。
 慰問先では魔族との戦いによって家族を失った人たちから魔族への怨嗟の声をひたすらに聞いていたけれど、魔族の人たちがわたしに人間への憎悪を向けないのと同じように、わたしもそのことはこの場では言わない。旅先で見た珍しいものや、おいしかった食べ物などの話が好まれた。

 みんなと話せば話すほど、魔王城の一員になれたようでうれしかった。

 カイドルさんはそんなわたしを見て「聖女様が魔族の個性の強い面々を見たら、ショックを受けてしまうんじゃないかと思って距離を置くように言いつけておいただけなんですけどね……余計なお世話だったでしょうか」なんて言って少しだけ寂しそうにしていたけれど、この城に来てすぐのころの私が彼らと話そうとしたって、これほどまでに仲良くなることはできなかったと思う。
 あのころのわたしは視野がすごく狭くて、どうすれば魔族の動きを封じられるかばかり考えていたし、神殿で押し付けられた教え通りに魔族は邪悪なものだと思い込んでいたから。

 だから、きっと今でよかったのだ。

 やることが増えて、毎日忙しい。だけど、満ち足りていた。
 神殿で教えに従って祈り、勇者さまに奉仕し続けていたころより、ずっと。

 それはきっと、自分の時間を自分のために使えるからなのではないだろうか。
 他の誰のためでもなく、自分のために時間を費やすという行為そのものがわたしにとって初めての経験だということに、この頃ようやく気付いた。

 神殿にいた頃、わたしの時間は聖女の時間であり、聖女の時間は神殿の資産だった。自分の意志で動いていると思い込んでいただけで、わたしはずっと神殿と勇者さまの言うままに祈り続けてきた。
 幼いころ感じた勇者さまへの好意を利用され、操られていたと言ってもいいような状態だ。なのにここにきて、わたしは自分のコントロールを自分に取り戻すことができたのだと感じていた。

 ここに来たばかりの頃の魔王の言葉を思い返す。

「自分のことくらい、自分で考えて決めろ!」

 あの時は、魔王にわたしの気持ちがわかるはずないと思って受け入れられなかったけれど、あの人には、わたしの歪な状態がよく見えていたのではないだろうか。

 そんな中、三日に一度程度の割合で魔王が現れ、わたしを城下町へと案内してくれた。

 部屋に迎えに来た魔王にわたしを託し、にこにこと見送るカイドルさんはきっと、本当に魔王とわたしの仲を応援してくれているのだと思う。少し前ならそれがすごく嫌だったと思うけれど、今はそうでもない。
 カイドルさんはわたしが魔王に求婚したことをしっかりと覚えている。そして、わたしたちが結婚することが魔族と人間が歩み寄るための象徴になることを願っているのだと、授業の合間に話してくれた。

 魔王城での暮らしを通して、魔族は危険なだけの存在ではないと学んだ。
 心があり、一人一人が違う考えをもつという在り方は、人間と変わらない。
 身近な人の幸せを願い、守ろうとするからこそ、人間との間に対立が起こったのは悲しい歴史だ。それ自体はわたし個人の裁量ではどうにもできない大きすぎる問題だけれど、だからこそ。

 わたしは、魔王のことを、もっと知りたいと思うようになっていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...