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寄り道
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魔王に伴って外出するとき、城下に下りるまで魔馬車ではいつも二人っきりだ。
魔王はあまり口数の多い方ではないので、車内には話し声よりも魔馬の嘶きや車輪が道と擦れあう音で満ちることの方が多いが、この人の沈黙は居心地が悪くならない。
いつもこんなにむっつりしている人だとわかっているから、機嫌を取らなくてはならないと思わなくていいのかもしれない。
ぼんやりと窓の外を見る横顔を、わたしは観察する。
癖のある黒髪は毛足が少しだけ長く、瞳にかかる前髪が揺れて見るからに邪魔そうだ。けれど紫の瞳はそれを気にする風もなく遠くを眺めている。
そのまま彼の横顔を眺めていたわたしに、魔王は唐突に言う。
「……辛くないか?」
「え?」
「ここのところ働きづめだろう。魔族のために動いてくれるのはありがたいが、無理をしていないか?」
そんなことを言われるだなんて思っていなかった。魔族のために祈ることは、魔王の望みでもある。それを叶えているという形になるので、単純にうれしいだろうと思っていた。
勇者さまに想いを寄せていたころは、都合よく動いてみせることは好かれるために必要なことだったし、ドーハートさまにとっては、わたしの負担なんて関係がなかった。
それが普通のことだったから、祈っているわたしを慮るような言葉が出てくるのが、わたしには意外だ。
魔王の言葉を聞くと、わたしが今まで勇者さまにどれだけ軽んじられていたのかわかってしまう気がして、泣きそうになってしまう。
だけどわたしはそれをごまかすように微笑んで、魔王に告げた。
「ずっと、勇者さまへの恋心が祈りの力だと思っていましたが、違いました。恋でなくても、相手を大切だと思う気持ちがあれば祈りは主神に通じるんです」
それが、こうやって城下に通うようになってからの発見だった。
城下へ通い続けるのはモーシャルさんの他にもわたしの祈りをきっかけに回復する人が出てきたからだ。
わたしにはまだ、聖女の力が残っている。そうでなければ、説明がつかない現象がいくつもある。
勇者ドーハートさまに愛されなくても、わたしは聖女のままだ。
つまり、神殿の教えは、その多くが嘘だった。
「聖女の祈りは、愛を捧げること。だから、相手への愛がなければ、そもそも祈れない。
祈ることは愛すること。愛することは、満ちること。わたしはただ、わたしが大切にしたいと思っている人のために祈っているだけです。辛くなんて、ありません」
わたしがそう断言すると、魔王は目を眇めてこちらを見た。
まるでまぶしいものでも見るかのような視線でわたしを見つめ、そのまま、右手をこちらに伸ばしてくる。
「おまえは、強いな」
頬に触れた指先は冷たかった。あるいは、わたしが熱をもっているのだろうか。
勇者さまに恋をしていたときだって、こんなに心臓はうるさくなかったのに。
「カイドルから、歴史を習っているらしいじゃないか」
魔王はそれきりすぐに右手をもとに戻し、話題を変えてしまった。
「え、ええ。人間の側から見ただけではわからなかった歴史も、詳細に教えてもらっています。
歴史を教えるのに資格がいるって、最初は不思議に思いましたが、寿命の長い、魔族の特性を生かしたすばらしいシステムですね。書かれていることを読んだだけでは、その人によって解釈が変わってしまうもの。『当時のこと』を覚えている人から直接教えてもらえるのは、とても貴重な機会です」
わたしの答えを聞いた魔王は「そうか」と言ってまた微笑む。その笑顔があんまりにもきれいで、不整脈でも起こしたみたいに胸が締め付けられる。
こんな気持ちに、気づかれたらどうしよう。
「歴史を語る資格には階級があると聞いただろう? そのトップに君臨するのは魔王だ。魔王にしか語ることの許されない歴史もある。……聞きたいか?」
紫の瞳がまっすぐにわたしを見る。心のすべてを見透かされてしまいそうで、でも、それが嫌だとは思わない。
「ええ、ぜひ」
「なら、今日の帰りだな……少し寄り道しよう」
魔王はあまり口数の多い方ではないので、車内には話し声よりも魔馬の嘶きや車輪が道と擦れあう音で満ちることの方が多いが、この人の沈黙は居心地が悪くならない。
いつもこんなにむっつりしている人だとわかっているから、機嫌を取らなくてはならないと思わなくていいのかもしれない。
ぼんやりと窓の外を見る横顔を、わたしは観察する。
癖のある黒髪は毛足が少しだけ長く、瞳にかかる前髪が揺れて見るからに邪魔そうだ。けれど紫の瞳はそれを気にする風もなく遠くを眺めている。
そのまま彼の横顔を眺めていたわたしに、魔王は唐突に言う。
「……辛くないか?」
「え?」
「ここのところ働きづめだろう。魔族のために動いてくれるのはありがたいが、無理をしていないか?」
そんなことを言われるだなんて思っていなかった。魔族のために祈ることは、魔王の望みでもある。それを叶えているという形になるので、単純にうれしいだろうと思っていた。
勇者さまに想いを寄せていたころは、都合よく動いてみせることは好かれるために必要なことだったし、ドーハートさまにとっては、わたしの負担なんて関係がなかった。
それが普通のことだったから、祈っているわたしを慮るような言葉が出てくるのが、わたしには意外だ。
魔王の言葉を聞くと、わたしが今まで勇者さまにどれだけ軽んじられていたのかわかってしまう気がして、泣きそうになってしまう。
だけどわたしはそれをごまかすように微笑んで、魔王に告げた。
「ずっと、勇者さまへの恋心が祈りの力だと思っていましたが、違いました。恋でなくても、相手を大切だと思う気持ちがあれば祈りは主神に通じるんです」
それが、こうやって城下に通うようになってからの発見だった。
城下へ通い続けるのはモーシャルさんの他にもわたしの祈りをきっかけに回復する人が出てきたからだ。
わたしにはまだ、聖女の力が残っている。そうでなければ、説明がつかない現象がいくつもある。
勇者ドーハートさまに愛されなくても、わたしは聖女のままだ。
つまり、神殿の教えは、その多くが嘘だった。
「聖女の祈りは、愛を捧げること。だから、相手への愛がなければ、そもそも祈れない。
祈ることは愛すること。愛することは、満ちること。わたしはただ、わたしが大切にしたいと思っている人のために祈っているだけです。辛くなんて、ありません」
わたしがそう断言すると、魔王は目を眇めてこちらを見た。
まるでまぶしいものでも見るかのような視線でわたしを見つめ、そのまま、右手をこちらに伸ばしてくる。
「おまえは、強いな」
頬に触れた指先は冷たかった。あるいは、わたしが熱をもっているのだろうか。
勇者さまに恋をしていたときだって、こんなに心臓はうるさくなかったのに。
「カイドルから、歴史を習っているらしいじゃないか」
魔王はそれきりすぐに右手をもとに戻し、話題を変えてしまった。
「え、ええ。人間の側から見ただけではわからなかった歴史も、詳細に教えてもらっています。
歴史を教えるのに資格がいるって、最初は不思議に思いましたが、寿命の長い、魔族の特性を生かしたすばらしいシステムですね。書かれていることを読んだだけでは、その人によって解釈が変わってしまうもの。『当時のこと』を覚えている人から直接教えてもらえるのは、とても貴重な機会です」
わたしの答えを聞いた魔王は「そうか」と言ってまた微笑む。その笑顔があんまりにもきれいで、不整脈でも起こしたみたいに胸が締め付けられる。
こんな気持ちに、気づかれたらどうしよう。
「歴史を語る資格には階級があると聞いただろう? そのトップに君臨するのは魔王だ。魔王にしか語ることの許されない歴史もある。……聞きたいか?」
紫の瞳がまっすぐにわたしを見る。心のすべてを見透かされてしまいそうで、でも、それが嫌だとは思わない。
「ええ、ぜひ」
「なら、今日の帰りだな……少し寄り道しよう」
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