聖女なのに勇者に追放されました。だから魔王のお嫁さんになろうと思います!

ひるね

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 高揚しているのだと気づいたのは、教会に来ていた子どもたちに「聖女さま、笑ってるー。何かいいことあったの?」と無邪気に質問されたときだった。

「なんでもないわ。ただ、」

 そこまで言って、私は思わず片手で口をふさいだ。
 自分で自分に驚いたのだ。
 わたしは、魔王との寄り道を楽しみにしている。子どもたちにも、上機嫌であると伝わるくらいに。

「ただ、なに?」

「いえ……今日は帰りに、魔王陛下がどこかにつれて行ってくださるそうなの」

「それってデート?」

「え? 違うわ。ただお話するだけよ」

「だって、二人きりでお出かけでしょ? それってデートだよ!」

「違うわ、デートじゃないったら!」

 子どもたちが「デートだデートだ」とはやし立てるのを、ひたすら否定し続ける。
 これはデートじゃないし、わたしと魔王は恋仲なんかじゃない。

 ただ。

 わたしのことを思いやって、特別扱いしてくれる。ただ要求してくるだけじゃない。わたし自身を見てくれるあの人に、もっと近づきたいと思うだけだ。

 しかし、だからこそ一つだけ不満があった。

 どうしてあの人は、わたしの名前を呼ぼうとはしないのだろう。

 あの人は、わたしの名前を呼ぼうとしない。魔王だけじゃない。魔族領に来てからというものの、ただ「聖女」と呼ばれ続け、「リディ」と呼びかけられたことがない。
 こんなことが続くと、人格を尊重されているというのはただの勘違いで、やはり魔族からも、聖女としての役割しか重視されていないのだろうかという疑ってしまう。

 もしかして、魔王はカイドルさんからわたしの名前を報告されていないのだろうか。
 もしかして、魔王がわたしを『聖女』としか呼ばないから、みんなわたしの名前を呼ぼうとしないのではないだろうか。

 わたし自身、あの人の名前を知らないのだからお互い様という考えもある。
 みんな彼のことを魔王と呼ぶし、質問するタイミングを逃してしまったのだ。聞くは一時の恥とは言うけれど、なんとなく差し控えられた。

「……わたしの名前、リディというのよ? よかったらみんな、『聖女さま』ではなく名前で呼んでくれないかしら。そのほうが、仲良くなれた気がするでしょう?」

「聖女さまの、おなまえ?」

 意外なほどきょとんとした顔で、みんなが周囲を窺う。しばらくそうしていたが、わたしがそれきり何も言わないでいるとその中の一人、年長者のキニが言いづらそうに、「お名前をそのまま呼んだら、叱られます」と言った。

 どういうことか、と聞いてみると、魔族の社会では高位の役職に就く人は、その役職名で呼ぶのが敬意の表し方であるという。人間社会ではたとえ身分が上の人でもお互いに親しみを持っていれば名前で呼ぶものだったけれど、魔族は親しみがあればこそ、名前を直接呼ぶことに忌避感があるらしい。

 言葉には言霊という魔力が宿る。そして名前とは、その主を指し示す最も身近な魔法である、という考え方がある。そして魔族は、人間よりずっと魔力が強い者が多い。名前に魔力を込めてしまう事故を防ぐための、魔族なりの習慣なのだろう。魔力的素養のない人が魔力に充てられると、酔ったり、悪くすれば気を失ったりすることもあるから。

 だから、みんながわたしの名前を呼ばなかったのは距離を置きたいからではなく、敬意を表していた、ということなのかもしれない。
 魔王は、どうかわからないけれど。

「わたしは、名前を呼ばれたからって怒ったりしない。それにみんなの魔力に引っ張られたりもしない。聖女だもの。ちょっとやそっとの魔力じゃあ、びくともしないわ。だから、もし嫌じゃなければ、名前で呼んでほしいの」

 微笑みながらのわたしの言葉に、子どもたちは熱心に耳を傾けてくれた。そして、最初は小さい声で「リディ……さま」と呼んでくれたのだ。

 リディだけでいいのに、と思うが、これが妥協点かな、という気もする。いきなり長年培ってきた習慣をやめさせるのは心苦しい。だから、わたしはその敬称を受け容れることにして「なあに?」とお返事した。

 するとみんな口々に「リディさま、リディさま」と呼んでわたしを囲んでくるくると踊りだす。

 わたしは踊る子どもたちの名前を呼んで、感謝をこめて一人ずつ抱きしめていった。
 名前を呼んでもらうだけでも、聖女という価値に頼らない居場所ができたみたいに感じて心が温かくなった。
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