FATHER TIME

未田不可眠

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 家に帰ると、急に眠気が襲ってきた。
 真登美は自身の身体の老朽化を嘆きながらも、気付けばソファに身を任せていた。
 次に目を覚ました時には、晩飯が食卓に用意されていた。
 「ぅわ。」
 間抜けた声を上げながら真登美は周囲を見渡した。
 食卓に並べられた炒め物に冷凍食品。
 台の横には学校指定のランドセルと、隣には宿題と題されたノートが転がっている。
 後ろに振り向くと、ナオが身の丈に合わない前掛けエプロンを着てコンロの前に立っていた。
 お玉を握って、味噌汁を盛り付けている。
 鍋とお椀をお玉が何度か往来したのち、ナオは両手に味噌汁が並々注がれているお椀を持って、フラフラと危なっかしい足取りで食卓にそれらを運んできた。
 身体を起こした真登美を見ても声を掛けず、ゆっくりと味噌汁を運んでいる。
 台の上にお椀を置くことができて初めて、ナオは目覚めた真登美に声を掛けた。
 「おはよ、まとびさん。」
 「ああ、おはよ。」
 真登美が大きく口を開けて欠伸した。
 目じりから涙が滲む。
 脳に酸素を行き渡らせてから、真登美は言った。
 「すまない。ご飯の用意をさせてしまって。」
 「いいよ。簡単なことしかしてないし。」
 とはいえ食卓に並ぶ品は肉と野菜のバランスが保たれている。
 それに10に満たない子供が、火を使って調理したことを考えると、別に簡単なことじゃない。
 真登美は嬉しさと、監督不行き届きの自責の念を感じていた。
 「ほら。食べよ。」
 ナオが呼びかけた。
 真登美もそれに応えて姿勢を整える。
 二人は身体の正面に手を合わせた。
 「いただきます。」
 真登美は米を左手に持って、目の前に置かれている肉野菜炒めを箸で掬った。
 タレと油が絡んだキャベツと肉を白米の上に置いた。
 焦げ茶色のタレが米粒の隙間を縫って沈んでいき、自身の色に染めていく。
 野菜と一緒にその米を食らった。
 うまい。
 おそらく焼き肉のタレを使って味付けしたであろう、香ばしい風味が鼻腔を駆け抜けた。
 続いて肉の油の食欲をそそる香りが口の中に広がる。
 それを絡めた野菜がうまい。
 真登美は何度か一口目を噛んだあと、さらに白米を口の中に流し込んだ。
 タレのコクが食欲を加速させる。
 「うまっ。」
 真登美は思わず声に出してしまった。
 その様子を密かに見ていた、味噌汁を冷ましているナオが言った。
 「ありがとう・・・。」
 少し俯いて味噌汁を啜った。
 ナオの舌先が焼ける。
 「あっち!」
 「ん、どうした。」
 「あぁ、いや、なんでもない。」
 ナオは再び熱い汁に息を吹きかけた。
 それを見た真登美が、少し笑った。
 食器が空になりつつあるとき、真登美は話題を切り出した。
 「遠足はどうだった。」
 「うん・・・。別に何とも。」 
 「そう、良かった。」
 「楽しかったよ。」
 「でも暑かったでしょ。」 
 「水筒足りなかった。」
 「おっきいの買う?」
 「いやいい。」
 「そうか。」
 「から揚げ、おいしかったよ。」
 「そう? まだ作れるけど、明日食べるか?」
 「・・・いいの?」
 「もちろん。」
 「食べたい。」
 「じゃあ明日作るか。」 
 「うん。」
 時間が経ち、食器は皆空になった。
 伸びをしながら真登美が言った。
 「はぁあ、満足でした。ごちそうさま。」
 「ごちそうさまでした。」
 ナオもそれに続けた。
 そして真登美と同じような伸びをした。
 身体がほぐれるとナオは立ち上がった。
 足は風呂場に向いている。
 「じゃあお風呂洗ってくるね。」
 「いや、俺が洗うよ。」
 「え、いいよ。」
 「いや。夕飯のお礼だから。」
 「わかっ・・・た、ありがとう。」
 「おうよ。」
 真登美が風呂場に向かって言った。
 しばらくしてシャワーを流す音が聞こえてくる。
 その間ナオはテレビを見ていた。
 ちょうどゴールデンの時間帯だから刺激的なバラエティーをどの局も放送しているが、どうもナオには肌に合わないようで、最終的に図書館から借りてきたファンタジー小説を読んでいた。
 少し読み進めた頃に、真登美がリビングに帰ってきた。
 「風呂先入る?」
 ナオが答える。
 「うん・・・。」
 「判った。」
 答えを聞いた真登美は冷蔵庫に麦茶を取りに行った。
 この家では夏に限らず、麦茶は年中無休で常備されている。
 テレビでは芸人たちが渾身のネタを披露していた。 
 その様子を、意味もなくぼーっと眺めている内に、風呂が沸いたことを伝えるアナウンスが鳴った。
 「ナオ沸いたよ。入りな。」
 「うん。」
 この返事から少しして、ナオは本に栞を挟んだ。
 立ち上がり、風呂場へと向かう。
 しばらくして、
 「ねえ、バスタオルどこー?」
 と風呂場からナオの声がしたので、真登美はベランダに干されているタオル類を取り込んで、そのうち一枚をナオの元へ持っていった。
 「ありがとう。」
 と服を脱ぎ終えたナオがタオルを受け取った。

 水音がリビングにまで聞こえてきた。
 真登美はテレビを見ながらも、無意識にその音に集中していた。
 それは仕事柄、異音が聞こえたら警戒するのが常となっている彼の職業病と言えるだろう。
 画面の向こうでは数日前の芸人たちが、ネタを披露し続けている。
 風呂場の扉が開く音がしてから、しばらくして下着姿のナオがリビングにやってきた。
 「お風呂空いたよ。」
 「ん。ありがとう。」
 パジャマを棚から取り出すナオの隣を通って、真登美は脱衣所に向かった。
 到着し、服を脱ぐ。
 引き締まった体が洗面台の鏡に映った。
 しなやかだが堅牢な筋肉をしている。
 これも職業柄必ず付くものだった。
 浴室に入った。
 浴槽から桶で湯を掬い、身体にかけてから入湯する。
 先ほど自分で炊いた風呂だったが、少し熱い。
 一通り身体が温まると、真登美は立ち上がってシャワーを手に取った。
 それを湯に浸してから、蛇口を捻る。
 シャワーの出始めの冷水で心臓に悪いからだ。
 シャワーヘッドから温水が流れ出たのを確認してから浴槽を抜け出した。
 風呂場の椅子に座って、まず髪を濡らす。
 浴室は白い湯気で満たされていた。
 身体中を洗い終わったところで、再び湯に身体を浸した。
 次第に、この熱さにも慣れてきた。
 熱さが身に染みる。
 筋肉がほぐされた感覚を覚えたところで、真登美は風呂から上がった。
 風呂場の戸を開けると、白い湯気が脱衣所の天井へと流れ出た。
 タオルで身体を拭き終えてから戸を閉め、風呂場の換気扇を回した。
 ただでさえ古い建物なのだから、湿気とカビが怖い。
 脱衣所に置いてある棚から下着を取り出して、着た。
 もう一度だけ髪を、大雑把に拭いた。
 ナオと同じような姿でリビングに戻ると、ナオは本の続きをソファに寝転んで読んでいた。
 その隣に仕事着を着終えた真登美が座る。
 「その本何。」
 真登美が聞いた。
 真登美に頭を向けて転がっているナオは、本の表紙を真登美が見られるように仰向けに体勢を変えて読み進めている。
 「ふうん。見たことある気がする。」
 「ほんと?」
 ナオがうつ伏せに戻って本から目を離した。
 顔は真登美に向いている。
 「覚えてないけどね。」
 「そう。」
 一言、これだけ言って、ナオは意識を本に向けなおした。
 テレビではまだ芸人たちの披露会が続いている。
 特番だったようだ。
 だが終わりも近いようで、MCの女優もそう言った旨の内容を話している。
 つまり真登美の仕事の時間が近づいているということだった。
 ナオもそれに気づいたようで、真登美に聞いてきた。
 「そろそろ時間じゃないの?」
 真登美は、ナオに自分の仕事のことを夜勤のコンビニシフトと伝えていた。
 実際その経験は、真登美にある。 
 「ああ。そろそろだ。」
 「わかった。気を付けてね。」
 「ああ。」
 会話の尻と同じタイミングで真登美は立ち上がった。
 黒いパーカーを着て、必要なものが入ったバックパックを手にした。
 リビングを出る前に、真登美がナオに言った。
 「戸締りしてくけど寝る前に確認してから寝ろよ。」
 ナオが本から目を離した。
 「わかった。いってらっしゃい。」
 「行ってきまあす。」
 重いドアを開けて、鍵をかけた。
 今日は殺しの仕事はない。
 指定された場所で同業者に会う約束を取り付けられていたから、それに向かう。
 その業者も、真登美の知る人物であるが。

 この約束を取り付けたのは、ほかでもない、幹部ディリセンツァだ。
 よって密会の開催地はマフィアの息のかかるところで行われる。
 今回は、昼間に真登美が訪れたカフェではなく、都心から外れた繁華街に構えているバーだ。
 カフェの方は、店員がマフィアという(一応の)噂があったが、このバーは正真正銘マフィアのメンバーが経営している。
 マフィアの表向きの事業の一つだ。
 「彼女」は真登美が到着する20分前から既に入店していた。
 軽い足取りでカウンターの最奥に座り、「いつもの」と頼むだけで強い酒がでてくる。
 時刻通りに真登美が到着するときには、彼女はもう2杯目を飲み終えようとしていた。
 「遅かったじゃない。真登美。」
 「すまない。枝留紗エルサ。」
 霧常きりつねEEdwards・枝留紗。
 イギリス人の父を持っていた彼女もまた、呪いの為に裏社会へ足を踏み入れることになった。
 真登美と同じフリーの殺し屋として暗躍しており、また今はサリバンファミリーに雇われている。
 そのため、ディリセンツァはこの場を設けたらしい。
 だがこの二人は、元々お互いの素性を知っている。
 二人を繋げたのは、間接的には三又だ。
 話せばひどく長引くので、いつか話そうと思うが、二人はお互いの正しい家族構成でさえ把握していた。
 枝留紗の隣のスツールに真登美が腰かけた。
 枝留紗がマスターに言った。
 「彼に私と同じものを。」
 「おい本気で言ってるのか?」
 「いいじゃない。貴方だって、最近呑めてないんでしょう?」
 「別に飲みたいわけでもない。」
 「でも酔える内に酔った方がいいわよ。」
 「・・・何かあるのか。」
 マスターが、真登美に濃い琥珀色をした酒を差し出すと同時に声を発した。
 「私から説明いたします。」
 グラスを受け取った真登美が一口啜って、聞いた。
 「そんなにきな臭い状況なのか。」
 マスターが答える。
 「いえ。必要以上に汚れているわけではありません。単純な暴力による危険です。」
 そう言うとマスターは間をおいて、説明を始めた。
 「現在我々と敵対関係にある中国系マフィア、断頭会による攻撃が苛烈さを増してきています。各事務所への殴り込みなど単純なモノから、上位構成員の暗殺、果ては一般人もいる組織直営店への襲撃までです。そしてそれらの被害のほとんどに、最近増えている変死体と同じ死に方をした遺体を見かけるようになりました。俗にいう、ゴールデンステート・キラーと同じものです。ディリセンツァ様からは次のような文言を賜っています。『いずれ断頭会への攻撃を依頼することになること。』『その依頼は高確率で、断頭会の首領を狙うものになること。』そして、『断頭会に最低1人は呪いを持つ者がいること。』以上です。」
 「呪い持ちが最低1人、とは?」
 「我々の情報局が調査したところ、ゴールデンステート・キラーは呪いを持っていることが確定しているそうです。」
 (やっぱりか・・・。)
 真登美が訝し気に目を潜めた。
 「それ以外にもう一つ、奇妙な現象が起こっているため、最低1人と。」
 「その現象って、どんなのかしら。」
 「『我々の行動が断頭会に把握されているかのように』襲撃を受けているモノです。」
 「把握されている?」
 「はい。非常に優れた諜報員がいるかのように、我々の行動を先回りして攻撃を受けています。まるで、掌の上で踊らされているかのように、こちらの動きは筒抜けです。ですが断頭会は情報管理に関しては非力。とてもではないですが、奴らに出来るような動きではありません。」
 「だから呪いを持つ者が他にもいると。」
 「はい。」
 「そう簡単に呪い持ちに会えることなんてあるのかしら・・・。」
 「だが可能性も否定できない。」
 「ですねで皆様も、どうかお気をつけて、任務を遂行していただければと思います。」
 「わかった。」
 「わかったわ。」
 話し終わったマスターが屈めていた身体を伸ばした。
 「では、晩酌をお楽しみください。」
 と言い残して店の奥へと去っていった。
 真登美の目の前には度数の高い酒が、未だ並々とグラスに注がれている。
 「吞まないの?」
 枝留紗が聴いた。
 そう言った彼女のグラスはすでに空だ。
 「飲めねえの。」
 真登美が語調を荒くして返した。
 昔からアルコールには弱く、摂取するとすぐ酔い潰れて眠ってしまう性質だった。
 最近は(枝留紗との付き合いのせいで)慣れたと思っていたが、やはりだめだった。
 真登美はグラスを持ち上げた。
 琥珀の液がガラスの中で揺れる。
 波打つ酒をコルクのコースターの上に乗せた。
 コースターの淵に指を掛けて、枝留紗に向けて押した。
 「あら、いらないの?」
 「だからそう言ってんの。」
 真登美は目頭を指でつまんだ。
 急に眠気が襲ってきた。
 「用がないならもう帰るぞ。」
 真登美がスツールから立ち上がりながら言った。
 「待ってよ。せっかくの夜なんだし、もっと話しましょ。」
 艶めかしく煌めく瞳が真登美を見据えた。
 妖艶な紅い唇が動く。
 絵に描いた色女だ。
 しかしその表情のどこかに幼さも感じられた。
 真登美は溜め息を吐いた。
 「わかった。マスター、コーヒーを。」
 「かしこまりました。」
 店の奥から声がした。
 そして豆を挽く音もする。
 枝留紗が聞いた。
 「最近どう。」
 「そんなこと聞くために俺を呼び止めたのか。」
 「ええ、そうよ。」
 「はあ。まったく。」
 「別にあなただけじゃないわ。あの子もよ。」
 「・・・ナオか。」
 「そう、三又の子。元気してる?」
 「ああ。病気も怪我もない。」
 「ならよかったわ。」
 「どうも。」
 香ばしい匂いが店内に漂い始めた。
 「お仕事の調子は?」
 「別に。お前も俺と同じことやってるだろ。」
 「なによ。私のやれることなら絶対にやれるってこと?」
 「その通りだが。」
 「呆れた。」
 枝留紗がグラスの淵を指で撫でだした。
 酒が継がれていないので寂しいようだ。
 今度は真登美が話を切り出した。
 「ゴールデンステート・キラーについて、どう思う。」
 「・・・呪いを持ってるのよね。私たち以外にいるなんて、知らなかったわ・・・。」
 「いったいどんな能力を持っているのか。」
 「・・・ねえ、変死体がどんな殺され方されてるか、知ってる?」
 「いや。そういえば聞いてなかったな。」
 「引き千切られたんだって。」
 「人間が?」
 「そう。それに全部の変死体が全部同じように千切られてるわけじゃないの。」
 「どういうことだ。」
 「検死した人が言うには、『引っ張る力が強くなってる』って。初めて変死体が見つかってから、今一番新しい死体とでは、死因が違うくらいに。」
 「それは、つまり・・・」
 「出血多量から、ショック死に、移り変わってるって。」
 「なるほど・・・。怪力系なのか。」
 「多分、そういうことよね。」
 店の奥から店主が現れた。
 手には湯気の立つ白いカップが。
 熱いコーヒーが真登美の目の前に置かれた。
 真登美はカップの取っ手をつまんだ。
 顔にカップを近づける程、豊かな香りが迫ってくる。
 白い淵を唇に当てて、コーヒーに向かって何度か息を吹いた。
 そして音を立てずに啜る。
 苦みが口内を覆いつくした。
 そのまま鼻で息をすると、芳醇な豆の香りが呼吸器系を抜けていく。
 鼻腔が黒い幸せで満たされた。
 そして目も覚める。
 「これ飲み終わったら、帰るからな。」
 真登美が言った。
 「ああ、なら私も行くわ。」
 そう言うと枝留紗はマスターを呼び出して、会計し始めた。
 真登美もカップを置いて、会計事務に加わろうとする。
 すると、
 「いいのよ。私が無理して飲ませたみたいなもんだし。」
 と枝留紗が全額払ってしまった。
 真登美はなんとも決まりが悪かった。
 「飲み終わった?」
 「あいや、もう少し。」
 真登美は残りを一気に飲み干して、二人は狭いドアを通り抜けていった。

 二人は暗い路地を歩いていた。
 夜の気配が薄気味悪い。
 夏の夜のやけに涼しい風が、恐怖を駆り立てようとする。
 だが、その程度の恐怖は、二人にとってあってないようなものだ。
 幾度となく死線を潜り抜けてきた二人にとって、夜闇の恐れは日常だった。
 路地は住宅街の端の高架下までつながっていた。
 あまり治安がいいルートとはいかないが、この道を通ることで駅までの移動時間を5分抑えられる。
 街灯すらない高架下に到達した。
 それまで口を閉じていた二人が、極めて小さな声で話し始めた。
 「貴方、仮面、持ってるわよね。」
 「ああ。お前も動けるよな。」
 「ええ。」
 「仮面を被る隙を作ってくれ。」
 「わかった。」
 二人が高架下を抜けて右折した。
 
 次の瞬間、人影が巨大な何かに衝突されて吹き飛んだ。
 堅い何かに押されて、その勢いで宙に浮いた。
 その何かの後ろには、青白く光る霧のようなものが。
 人影たちは戦慄した。
 これが噂に聞く、「ファーザータイム」なのか、と。
 青い光が高架下のスペースを照らした。
 今まで闇に隠れていた、スーツ姿の男たちが光の中に浮かび上がる。
 ファーザータイムが声を上げた。
 「お前ら、断頭会だろ。」
 男たちは何も答えない。
 「邪魔だからどいてくれ。」
 何もない空間から鎖が現れた。
 音を立てて、まっすぐ鋭く男たちに向かって突き出される。
 ほとんどの者はその速さについてこれずに、四肢に鎖が撃ち込まれることを許した。
 しかし他人を壁にできた者が追撃を開始しようと試みる。
 突然、彼らの側面からまたも巨大な堅い何かが襲撃した。
 巨大な口のような、堅い壁は枝留紗の右腕につながっている。
 これが彼女の呪い。
 「バニヤン」。
 すべてを喰らう巨大な口。
 華奢な見た目からは想像がつかない、荒々しく破壊的なその能力は、強襲・防衛に特化している。
 大喰らいの口に反撃を試みようとする者もいたが、皆蹂躙された。
 四肢を鎖に貫かれた者も、再起不能だ。
 だが、伏兵がいた。
 真登美は鎖を身体の右に展開した。
 刹那、弾丸が弾かれた音が高架下にこだました。
 鉛玉を受け止めた鎖が震える。
 夜闇に潜んでいた戦闘員の数、およそ15人。
 二人との距離、約5メートル。
 断頭会が得意とする、数の暴力である。
 屈強な男たちが二人に向かって突っ込んできた。
 真登美も得物を鎌に持ち替え応戦する。
 一人の男が真登美に殴りかかった。
 その瞬間、繰り出された拳の真下から鎖が現れ手首を貫いた。
 身動きが取れなくなったわずかな隙を、鎌で縫う。
 男の右下腹部から左肩まで、一筋の傷が刻まれた。
 直後、一人のナイフ使いが射程範囲に真登美を捉えた。
 銀色の一閃を真登美の首筋目掛けて叩き込む。
 ナイフを握る両手を鎖が貫いた。
 鎖で両手が縫い付けられる。
 再び鎌が人間を切り伏せた。
 右肩から左胸にかけて切断される。
 さらにその直後、二人の戦闘員が同時攻撃を試みた。
 真登美も武器を振り下ろしたため反撃までに時間が掛かる。
 (仕留めたッ!)
 そう確信した二人の真横に大きな口が現れた。
 口を開いて、二人に食い掛る。
 逃げる隙も与えられずに、二人は丸のみにされた。
 悍ましい咀嚼音が聞こえる。
 その音を聞いて、残る戦闘員たちは思考を恐怖に支配された。
 武器と任務を放り投げて逃走を図る。
 「どうする? 逃がす?」
 枝留紗が聞いた。
 「ああ。ここで倒す意味がない。」
 マスクの金具を外しながら真登美が答えた。
 高架下とその周りには、少しばかりの血だまりだけが残っていた。
 「これが、『位置を把握されている』ってことなのか?」
 「ええ、多分。私たちの帰宅ルートなんて、知る由もないんだもの。」
 「これは、・・・面倒だな。」
 「ナオ君が心配?」
 「・・・ああ。」
 真登美がマスクをバックパックに閉まった。
 枝留紗が声を掛ける。
 「当分は、私もできるだけ貴方の周りにいるわ。きっと貴方と私とファミリーとで協力関係にあることなんて、とっくにバレてるでしょうし。」
 「ああ。・・・ありがとう。」
 「いいのよ。さ、行きましょ。」
 再び二人は歩き出した。
 幾度となく死線を超えてきた二人は感じていた。
 端的で俗的な言い方であるが、これはかなりヤバい、と。

 「ご報告します。」
 豪奢な椅子に鎮座する首領・ランの前に一人の男が直立していた。
 右手腕にタブレット端末を抱えており、それに送信された報告文書を読み上げる。
 「先ほど首領の命を受けて目標を襲撃した戦闘員20名の内、7名死亡、2名重体、残り11名が逃走しました。」
 淡々と文章を読み上げる男の首筋に冷や汗が流れた。
 これから起こりうるであろう出来事に、腰が抜けそうになる。
 男は奥歯を噛みしめて、そうならないよう必死に務めた。
 作戦失敗の報告を受けて、首領は鼻で笑った。
 彼の周りにいる部下が静かに身構える。
 「やはり、手強かったか。」
 「はい・・・その様で御座います。」
 「私の部下もヘタレが増えたものだ・・・。」
 部下の背筋が一斉に凍った。
 こうなってくると最早首領からどんな仕打ちに会っても、おかしくない。
 首領の次の発言に、その場にいる全員が注目していた。
 首領が2度、深く呼吸をした。
 そして発言を再開する。
 「逃げた者共にゴールデンステート・キラーを向かわせろ。そして奴に殺させろ。」
 部下の予想が外れた。
 同時に、安堵のため息が漏れそうになる。
 「かしこまりました。すぐに向かわせます。」
 報告書を読み上げていた部下が快活に言って、敬礼した。
 「いや、お前はいい。」
 「え。」
 突然、首領が右の人差し指で目の前にいる部下を指差した。
 左腕で肘をつき、呆れかえった怒りの表情を見せている。
 「I WANT YOU。」
 途端、部下の身体が首領の目の前に転移した。
 当事者本人も、何をされたのかわからない。
 直後、首領の右腕が部下の身体を貫いた。
 コボっ、と音を立てて部下が血を吐いた。
 首領が腕を引き抜いた。
 部下の生命力が身体の中心の穴から零れ落ちていく。
 血液と、それ以外の何かもまた流れ出ていた。
 わずかな肉片が二人の周囲に飛び散っている。
 部下はやがて、立つこともままならなくなり、後ろに倒れこんだ時には既に事切れていた。
 「ふん。」
 と首領が鼻から息を吐いた。
 それから周りにいた部下の一人を顎で指した。
 「お前。ゴールデンステート・キラーを腰抜けの下に向かわせろ。」
 「かしこまりました。」
 命を受けた部下が首領室から出ていった。
 他の部下はまだその場で直立している。
 首領が怒鳴った。
 「何をしている! 早く片付けろ!」
 「かしこまりました。」
 部下たちが一斉に声を上げて、死体を運び出した。
 持ち上げた身体がまだ温かい。
 部下の片付けの様子を、変わらず鎮座しながら首領は見ていた。
 同時に、思慮していた。
 (さて、あの殺し屋どもを始末しなくてはサリバン・ファミリーに勝てる見込みはない。どう殺すか・・・。ゴールデンステート・キラーもそろそろ「覚醒」するはずだ。・・・いったいどれほどの力になるのか。そうだ。)
 首領の口角が上がった。
 鼻息も荒くなる。
 (ファーザータイムで試せばよいのだ。いや実に・・・実に楽しみだ・・・!)
 クツクツと笑い声を抑えようと努めることはしなかった。
 薄気味悪い声が、部下の間を通り抜ける。
 その声を聞いて、部下たちは再び戦慄した。
 彼らの心が休まるときはなかった。
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