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それは雨に濡れる日 2
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僕の恋人は雨が好きな人だった。雨が好きだと言っていた。雨の日は空を見上げて、自分が上に向かっているように感じるんだと笑っていた。僕はそんな彼が好きだったけど、いつでも僕を置いて、どこかへ行ってしまうんだろうと感じていた。そしてそれは間違っていなかったし、思ったよりもはやくやってきた。
僕の恋人はその容姿からして、正直なにをやっているか皆目見当のつかない男だった。本人もそれに満足しているようだった。そんな彼だが、飲み歩いているときはよくモテた。男性からも女性からも目を惹く。しかも酒に強いからいくら飲んでもけろっとしていて、酔った人を見てにこにこしていた。僕はそういう、彼のちょっと意地の悪い部分を知っているから、彼に興味を持って集まってくる人たちを見て酒を飲んだ。
彼はよく食べる男だった。美味そうに食事をする。食べることは生きる上で重要なことだとよく言っていた。良く食べてよく動いた。僕たちはお互いにあまり干渉しない関係だったけれども、彼のそんな行動的過ぎるところに関しては、僕は、申し訳ないけど君と同じようにはできないと何度か説明しなくてはならなかった。僕はどちらかというと小食で、どちらかと言えばインドアで、運動があまり得意じゃない。彼は僕のストレッチを時々手伝ってくれたのだが、僕の不器用な身体を押しながら笑っていた。
僕たちは特にどちらがタチというようなことは決めてはいなかった。気がむいたほうが、気がむいた方に入ってその快楽を味わったが、彼の方がおおむねタチだった。
僕たちは長い時間をかけてセックスした。始まりのキスは何時だったか思い出せないことも多かった。彼はなにを思って僕を抱いていたのかは、今ではわからない。今思えば、聞いておけば良かったのかもしれない。そうすれば、彼とはこんな別れかたをしないで済んだかもしれない。
別れにきざしはあったと思う。思い返してみると、彼は僕の目を今までのように見ていなかったように思う。彼は僕のことをまっすぐ見なくなった。どこか伏し目がちだった。理由はわからなかった。その日も僕はいつもどおり彼と一緒にコーヒーを飲んでいた(と思っていた)。カップからのぼる湯気の向こうに彼がいる。少し元気がないようにも見えたけれど、最近忙しそうにしていたので、きっと疲れているのだろうと思った。僕が淹れたコーヒーを一緒に飲んだ。美味しいよと言っていたと思う。僕は彼のそんな、なんでもない言葉が嬉しかった。僕はいつもと同じ、なにも変わらない日常の、いつもの時間だと思っていた。でも彼は違っていたんだ。彼にとっては。彼にとってはもう。違っていたんだろう。僕の知らないところで、気が付かないところで、僕への気持ちは変わってしまっていたんだ。
数日後、彼は突然いなくなった。その日の前夜、彼は僕をいろんな方法で舐め、歯を立て、なにかを確かめるかのように僕の肌やあらゆる部位をその綺麗な指先で撫でた。激しく大きなオルガスムスはなかったが、彼の唇は僕を貪り、味わいつくした。僕の身体は彼の動きの全てに感じ、反応した。抗いと従うことを繰り返した。彼は僕が抗う瞬間を見逃さない。どんなに閉じても開かれてしまう。彼は僕を抱きしめて眠り、僕はその腕の中で眠った。そして目が覚めた時、彼はいなくなっていた。
キッチンのテーブルに、彼のマグカップとメモが残されていた。
『別れてほしい。さようなら。
きみのコーヒーカップだけ
もらっていくよ
ごめん』
食器棚を見ると確かに僕のカップはなくなっていた。それ以外はなにも変わっていない。わからなかった。目の前で、僕の目の前で起きていることはなんだ?このメモは?本当に彼の書いた文字?よく見ろ。いや間違いない。彼の書いたものだ。少し癖のある文字。キッチンはいつもと同じだ。昨日洗った食器。並んだ調理器具。彼が気に入って買ったシリコンのスパチュラ。コーヒーミル。二人で選んだケトル。使い勝手のよいコットンの布巾がいつもの場所にかけてある。窓から差す朝の光。いつもの台所。キッチンカウンター。テーブル。椅子。食器棚。彼の姿だけがない。
どこへ?彼はどこへ行ったんだ。いや違う、そうじゃない。なぜ彼は僕との別れを決めたんだ?なぜ?違う違う。昨日ベッドの上で、僕は何度も愛してるって言った。聞こえていなかった?そんな訳ない。彼は僕の言葉に反応してた。違うそうじゃない。そうじゃない。じゃあ僕にしたあのキスはなんだったんだ。違う。そうじゃない。違う違う。なぜ。どうして?どうして?
悲しいかと思ったが、僕の心はもっと違うことを感じているのか、落ち込んだり泣いたりすることはなかった。ただぽっかりと、心のようなそうでないような場所に穴が開いている。今も。
僕の恋人はその容姿からして、正直なにをやっているか皆目見当のつかない男だった。本人もそれに満足しているようだった。そんな彼だが、飲み歩いているときはよくモテた。男性からも女性からも目を惹く。しかも酒に強いからいくら飲んでもけろっとしていて、酔った人を見てにこにこしていた。僕はそういう、彼のちょっと意地の悪い部分を知っているから、彼に興味を持って集まってくる人たちを見て酒を飲んだ。
彼はよく食べる男だった。美味そうに食事をする。食べることは生きる上で重要なことだとよく言っていた。良く食べてよく動いた。僕たちはお互いにあまり干渉しない関係だったけれども、彼のそんな行動的過ぎるところに関しては、僕は、申し訳ないけど君と同じようにはできないと何度か説明しなくてはならなかった。僕はどちらかというと小食で、どちらかと言えばインドアで、運動があまり得意じゃない。彼は僕のストレッチを時々手伝ってくれたのだが、僕の不器用な身体を押しながら笑っていた。
僕たちは特にどちらがタチというようなことは決めてはいなかった。気がむいたほうが、気がむいた方に入ってその快楽を味わったが、彼の方がおおむねタチだった。
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数日後、彼は突然いなくなった。その日の前夜、彼は僕をいろんな方法で舐め、歯を立て、なにかを確かめるかのように僕の肌やあらゆる部位をその綺麗な指先で撫でた。激しく大きなオルガスムスはなかったが、彼の唇は僕を貪り、味わいつくした。僕の身体は彼の動きの全てに感じ、反応した。抗いと従うことを繰り返した。彼は僕が抗う瞬間を見逃さない。どんなに閉じても開かれてしまう。彼は僕を抱きしめて眠り、僕はその腕の中で眠った。そして目が覚めた時、彼はいなくなっていた。
キッチンのテーブルに、彼のマグカップとメモが残されていた。
『別れてほしい。さようなら。
きみのコーヒーカップだけ
もらっていくよ
ごめん』
食器棚を見ると確かに僕のカップはなくなっていた。それ以外はなにも変わっていない。わからなかった。目の前で、僕の目の前で起きていることはなんだ?このメモは?本当に彼の書いた文字?よく見ろ。いや間違いない。彼の書いたものだ。少し癖のある文字。キッチンはいつもと同じだ。昨日洗った食器。並んだ調理器具。彼が気に入って買ったシリコンのスパチュラ。コーヒーミル。二人で選んだケトル。使い勝手のよいコットンの布巾がいつもの場所にかけてある。窓から差す朝の光。いつもの台所。キッチンカウンター。テーブル。椅子。食器棚。彼の姿だけがない。
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