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魔女と男の子の出会い
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これは――永遠を生きる魔女が、捨てられた男の子の幸せを願う物語。
そして――捨てられた男の子が、魔女に幸せを届ける物語である。
人里離れた森の奥深く。
そこには、黒いローブに身を包み、くたびれた大きな魔女帽をのせた魔女が住んでいました。
人間の血で染めた真っ赤な髪。
見る者の心を蝕む呪いの碧い瞳。
その魔女は人々から忌み嫌われ、人喰い魔女、災厄をもたらす魔女と言われてきました。
しかし、人間の血で染めた真っ赤な髪と言われる髪も、見る者の心を蝕む呪いの碧い瞳も、生まれながら持っているただの地毛で、ただの碧い瞳。
自分にはない力、理解できない者を排斥した結果できた、悲しい伝承でした。
ある日魔女は、森の中から聞こえてくる赤ん坊の泣き声に気が付きました。
声の主を捜しに行くとそこには、御包みに包まれた赤ん坊が籠の中で泣きじゃくっていました。
「何でこんな所に……赤ん坊を捨てるなんて、酷い奴もいたものね……」
魔女は赤ん坊を見下ろし、顔を覗きこみます。
すると、魔女の顔を見た赤ん坊は誰かがいることに安心したのか、魔女へと手を伸ばしながら笑いました。
「だぁー」
「……ふふっ、この私を怖がらないなんて中々肝が据わってるじゃない」
「あぅー?」
「……可愛いわね。こんな可愛い子を捨てるなんて、人間はとことん理解できないわ」
赤ん坊を眺めていると、魔女はある思いつきをしました。
「そうね、お前、私の召使いにならない? それなら、お前が成人するまでの間、面倒を見てあげるわよ?」
赤ん坊に問いかけます。
赤ん坊はもちろん魔女の質問に答えられるわけがなく、魔女は心の中で笑いました。
(はぁ、何を言っているんだろ私。赤ん坊が言葉を理解できるわけないのに)
「あー、あうあう!」
そんなことを考えていると、赤ん坊はタイミングよく魔女に頷き返します。
魔女は再び笑い、心の中で懐かしい何かが満たされるのを感じます。
「うふふっ、そんな大事なことを二つ返事だなんて、後悔しても知らないわよ?」
そう言うと魔女は、赤ん坊が入った籠を抱き上げ、自分の家へと連れて帰りました。
それから歳月は流れ、赤ん坊は魔女の慣れない子育てと愛情を受けながらすくすくと育ちました。
3歳にもなると赤ん坊だった男の子は元気盛りで、色々な悪戯をしては魔女に怒られます。
時に家に落書きしたり、時に魔女の魔術具を壊したりと。
5歳を過ぎると魔女は召使いにするべく、小さな男の子に家事や魔術を教えていきます。
そこで魔女は、小さな男の子の魔力適性が高い事に気が付きました。
「小鳥、あなた魔術の才能があるみたいね」
「魔術?」
「そう、この世で最も世界の真理に近い智の集大成であり、世界を書き換える術。それが魔術」
「……??」
「簡単に言うと、知っていると生活にとても便利!」
「……知ってると、玲姉ちゃんは嬉しい?」
「私? まあ、嬉しい、かな?」
「じゃあ覚える」
「うん、これから小鳥には私直々に魔術を教えてあげるわ。これからは師匠と呼ぶように」
「はい! 玲師匠!」
それから男の子は、魔女から魔術を習っていきます。
この時からでしょうか。
男の子は自分で出来ることは自分でやるようになります。
魔術以外てんでダメな魔女を支えるべく男の子は、料理、洗濯、掃除を少しづつ手伝う様になります。
魔術の腕が上がると同時に家事の腕も上がっていきました。
その中でも料理の腕の成長ぶりには目を見張ります。
何故なら、美味しいご飯を作る度に魔女は喜び、とても褒めてくれたからです。
「う~ん、今日も美味しいわ。元々料理は得意じゃなかったけど、こんなにも早く抜かされるとはね~」
「得意じゃないって……師匠、苦手なことは苦手っていうべきです」
「まだ得意じゃない」
「千年以上生きててまだ得意じゃないんですか?」
「火蜥蜴の尾」
「熱っ!!!」
「小鳥、いいこと教えてあげるわ。女性に年齢の話はタブーよ? それと、これぐらいの魔術、無意識に止められるようにならなくちゃね」
「都合が悪くなるとすぐこれだ……」
「わかった?」
「……わかりましたから、その恐ろしい笑顔やめてください。ちぇっ……いずれ魔術の腕も師匠を超えて見せますよ」
「ほう、言うわね。それならちゃんとした学び舎で学ぶといいわ。ほら、小鳥行きたがってたでしょ? 魔術学院の入学証よ。ここにでも通ってせいぜい頑張ることね」
「本当ですか!? わぁ! ありがとう師匠!!」
「そうそう、年相応に素直に喜びなさい。」
男の子は頑張って勉強します。
いつか師匠である魔女を超え、たくさん褒めてもらうのだと。
時間は流れ、小さな男の子は12歳をむかえます。
「師匠まだですか?」
「……それにしても、時が経つのは早いものね。赤子だったあなたがもうこんなに立派になるなんて……人の一生ってのは早いものね」
「一生って……師匠、僕はまだ12歳です。僕の人生は始まったばかりですよ」
「12年も100年も変わり何かしないわ。時間ていうのは無慈悲で残酷なんだから……」
「…………」
魔女は嬉しい感情と悲しい感情の両方に駆られます。
あの小さかった男の子が健やかに成長した嬉しさ半分、拾った時からもう12年もの歳月が経ってしまった悲しさ半分と、何とも言えない気持ちです。
16歳の成人と同時に召使いの契約も切れます。
また契約を更新すればこれからも一緒にいられるのですが、一生が短い人間にこれ以上私に縛りつけてはいけない。
そこからの人生は男の子のものだと魔女は考えているのです。
魔女は目の前に迫りつつある現実を直視したくないとばかりに目を伏せ、「気分が悪いから部屋に戻るよ」と椅子から立ちあがります。
「師匠……。そんな悲し気な顔で言ってもグリーンピース残させませんよ。ちゃんと食べてください!」
「小鳥、人生長く生きてたら時には大事な選択を迫られる時が――」
「もう、ごはん作りませんよ?」
「…………こんな豆つぶ食べても食べなくても変わら――」
「わかりました。明日からは自分の分だけにしますね」
「うぅ、あんなに可愛かった子が今じゃ口うるさくなって、時間てのは残酷ね……」
「皿の上でコロコロ転がしてないで早く食べてください! 後片付け出来ないんですから!」
「弟子が虐待するぅ……こんな味もない緑の豆を無理矢理食べさせようなんて人間てのはなんて酷いんだ」
「馬鹿言ってないで早く食べてください」
そんな軽口を交わしつつ幸せな時間を過ごしていく魔女と男の子。
しかし、時間は止まってくれません。
そして――捨てられた男の子が、魔女に幸せを届ける物語である。
人里離れた森の奥深く。
そこには、黒いローブに身を包み、くたびれた大きな魔女帽をのせた魔女が住んでいました。
人間の血で染めた真っ赤な髪。
見る者の心を蝕む呪いの碧い瞳。
その魔女は人々から忌み嫌われ、人喰い魔女、災厄をもたらす魔女と言われてきました。
しかし、人間の血で染めた真っ赤な髪と言われる髪も、見る者の心を蝕む呪いの碧い瞳も、生まれながら持っているただの地毛で、ただの碧い瞳。
自分にはない力、理解できない者を排斥した結果できた、悲しい伝承でした。
ある日魔女は、森の中から聞こえてくる赤ん坊の泣き声に気が付きました。
声の主を捜しに行くとそこには、御包みに包まれた赤ん坊が籠の中で泣きじゃくっていました。
「何でこんな所に……赤ん坊を捨てるなんて、酷い奴もいたものね……」
魔女は赤ん坊を見下ろし、顔を覗きこみます。
すると、魔女の顔を見た赤ん坊は誰かがいることに安心したのか、魔女へと手を伸ばしながら笑いました。
「だぁー」
「……ふふっ、この私を怖がらないなんて中々肝が据わってるじゃない」
「あぅー?」
「……可愛いわね。こんな可愛い子を捨てるなんて、人間はとことん理解できないわ」
赤ん坊を眺めていると、魔女はある思いつきをしました。
「そうね、お前、私の召使いにならない? それなら、お前が成人するまでの間、面倒を見てあげるわよ?」
赤ん坊に問いかけます。
赤ん坊はもちろん魔女の質問に答えられるわけがなく、魔女は心の中で笑いました。
(はぁ、何を言っているんだろ私。赤ん坊が言葉を理解できるわけないのに)
「あー、あうあう!」
そんなことを考えていると、赤ん坊はタイミングよく魔女に頷き返します。
魔女は再び笑い、心の中で懐かしい何かが満たされるのを感じます。
「うふふっ、そんな大事なことを二つ返事だなんて、後悔しても知らないわよ?」
そう言うと魔女は、赤ん坊が入った籠を抱き上げ、自分の家へと連れて帰りました。
それから歳月は流れ、赤ん坊は魔女の慣れない子育てと愛情を受けながらすくすくと育ちました。
3歳にもなると赤ん坊だった男の子は元気盛りで、色々な悪戯をしては魔女に怒られます。
時に家に落書きしたり、時に魔女の魔術具を壊したりと。
5歳を過ぎると魔女は召使いにするべく、小さな男の子に家事や魔術を教えていきます。
そこで魔女は、小さな男の子の魔力適性が高い事に気が付きました。
「小鳥、あなた魔術の才能があるみたいね」
「魔術?」
「そう、この世で最も世界の真理に近い智の集大成であり、世界を書き換える術。それが魔術」
「……??」
「簡単に言うと、知っていると生活にとても便利!」
「……知ってると、玲姉ちゃんは嬉しい?」
「私? まあ、嬉しい、かな?」
「じゃあ覚える」
「うん、これから小鳥には私直々に魔術を教えてあげるわ。これからは師匠と呼ぶように」
「はい! 玲師匠!」
それから男の子は、魔女から魔術を習っていきます。
この時からでしょうか。
男の子は自分で出来ることは自分でやるようになります。
魔術以外てんでダメな魔女を支えるべく男の子は、料理、洗濯、掃除を少しづつ手伝う様になります。
魔術の腕が上がると同時に家事の腕も上がっていきました。
その中でも料理の腕の成長ぶりには目を見張ります。
何故なら、美味しいご飯を作る度に魔女は喜び、とても褒めてくれたからです。
「う~ん、今日も美味しいわ。元々料理は得意じゃなかったけど、こんなにも早く抜かされるとはね~」
「得意じゃないって……師匠、苦手なことは苦手っていうべきです」
「まだ得意じゃない」
「千年以上生きててまだ得意じゃないんですか?」
「火蜥蜴の尾」
「熱っ!!!」
「小鳥、いいこと教えてあげるわ。女性に年齢の話はタブーよ? それと、これぐらいの魔術、無意識に止められるようにならなくちゃね」
「都合が悪くなるとすぐこれだ……」
「わかった?」
「……わかりましたから、その恐ろしい笑顔やめてください。ちぇっ……いずれ魔術の腕も師匠を超えて見せますよ」
「ほう、言うわね。それならちゃんとした学び舎で学ぶといいわ。ほら、小鳥行きたがってたでしょ? 魔術学院の入学証よ。ここにでも通ってせいぜい頑張ることね」
「本当ですか!? わぁ! ありがとう師匠!!」
「そうそう、年相応に素直に喜びなさい。」
男の子は頑張って勉強します。
いつか師匠である魔女を超え、たくさん褒めてもらうのだと。
時間は流れ、小さな男の子は12歳をむかえます。
「師匠まだですか?」
「……それにしても、時が経つのは早いものね。赤子だったあなたがもうこんなに立派になるなんて……人の一生ってのは早いものね」
「一生って……師匠、僕はまだ12歳です。僕の人生は始まったばかりですよ」
「12年も100年も変わり何かしないわ。時間ていうのは無慈悲で残酷なんだから……」
「…………」
魔女は嬉しい感情と悲しい感情の両方に駆られます。
あの小さかった男の子が健やかに成長した嬉しさ半分、拾った時からもう12年もの歳月が経ってしまった悲しさ半分と、何とも言えない気持ちです。
16歳の成人と同時に召使いの契約も切れます。
また契約を更新すればこれからも一緒にいられるのですが、一生が短い人間にこれ以上私に縛りつけてはいけない。
そこからの人生は男の子のものだと魔女は考えているのです。
魔女は目の前に迫りつつある現実を直視したくないとばかりに目を伏せ、「気分が悪いから部屋に戻るよ」と椅子から立ちあがります。
「師匠……。そんな悲し気な顔で言ってもグリーンピース残させませんよ。ちゃんと食べてください!」
「小鳥、人生長く生きてたら時には大事な選択を迫られる時が――」
「もう、ごはん作りませんよ?」
「…………こんな豆つぶ食べても食べなくても変わら――」
「わかりました。明日からは自分の分だけにしますね」
「うぅ、あんなに可愛かった子が今じゃ口うるさくなって、時間てのは残酷ね……」
「皿の上でコロコロ転がしてないで早く食べてください! 後片付け出来ないんですから!」
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