神様の遊び場

桜羽ひじり

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0話「前日譚」

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 そこは人間たちが住む下界より上、天界より更に上の高天原たかまがはらの一室。
 そこにたたずむのは、一目見ただけで目を奪われてしまう美しい少女。
 身にまとっている着物は美しく、細かな刺繍ししゅうほどこされ、あかと金の糸でまれた様々な紋様もんようはまさに芸術、神の御業みわざだからこそなせる美しさがあった。

 しかし、その着物をもってしても彼女の姿には不釣り合いと言うほかない。
 彼女を表現する言葉は古今東西探しても見つからないだろう。
 そのはかなげな表情、姿からは誰もが溜息ためいきらし、涙を禁じ得ない。

 それほどにまで美しく可憐かれんな少女は悩んでいた――

「……暇ねぇ、何か面白いこと起きないかしら」

 ――横に寝転がり、足を曲げ、バリバリとお菓子をほお張りながら。

 その姿は残念、残念の一言につきる。
 三貴子みはしらのうずのみこであり、最高神たる彼女のこんな姿を見れば誰もが溜息を漏らし、涙も出てしまうだろう。

 美しい容姿? 豪華絢爛ごうかけんらんな服? そんなものは関係ないと言わんばかりのだらけた表情、格好は普段の彼女を知っている神が見たら卒倒そっとうものだ。

「ひ~ま~、誰かいないのー?」
「お呼びでしょうかアマテラス姉様」

 突然その場に出現するは、黒い外套がいとうに身を包み、白黒の仮面を身につけた青年。
 身長は180㎝近くあるが身長に対して線は細い。
 三貴子みはしらのうずのみこの一人、アマテラスの弟ツクヨミだった。

「わっ!! び、ビックリしたー。どこから出てきたのよツクヨミ」
「姉様あるところに私ありです」
「……我が弟ながら末恐すえおそろしいわね……まあいいわ。ところでツクヨミ、何か暇つぶしになるものはない?」
「暇つぶしの道具ですか……残念ながら私は今何も持っておりません。お暇でしたらアメノウズメノミコトでも呼びましょうか」
「う~ん、ウズメの踊りも好きなんだけど――こう、なんか新しい#娯楽_ごらく__#とかないの?」
「娯楽ですか……それならスサノオがよく知っているかと」
「そうなの?」
「最近だと下界のゲームやマンガなるものを集めているようです」
「ふ~ん、それは面白いの?」
「分かりませんが、あの飽きっぽいスサノオがここ何十年も夢中になり、下界にもよく足を運ぶとか」
「へーそうなの、最近の下界はそんなに楽しいものがあるの。ずっと眠っていたから、まだ話にしか聞いてないわね……久しぶりに下界を見てみましょうか。ツクヨミ、現世うつしよの鏡はどこに置いたかしら?」
「現世の鏡でしたらこちらに」

 ツクヨミが横に手をかざすと、空間はゆがみだし、円状に真っ黒なあなが開いた。
 するとそこから姿見すがたみのようなものが取り出される。

「そうそう、これこれ。確か横にボタンが……」
「こちらにございますよ姉様」

 ツクヨミがボタンを押すが鏡に映ったのは砂嵐、下界の様子は全く映らない。

「あら? 壊れてるのかしら?」

 突然バンバンとたたき出すアマテラス。
 しかし鏡には時折建物らしきものが映るだけで全く様子が見て取れない。

「もう! なんなのよこの鏡は! つきなさいよ!!」

 さらに力を込めてバンバンと叩く。

「姉様落ち着いてください。おそらくですが下界には今、電波がたくさん飛んでいるのでつながりにくいのかと」
「電波のせい? じゃあ見れないの……?」
「心配はいりません姉様。こう、神気しんきをこの角度で込めてやれば……はっ!」

 ツクヨミがななめ45度の角度から鏡へとチョップを振り下ろす。
 鏡面には下界の様子が航空写真のように映し出され、数秒ごとに画面が切り替わっていく。

「ついた! 流石さすがツクヨミね!」
「身に余るお言葉、ありがとうございます」
「へー、最近はこんな風になっているのねー。すごく発展したわね」

 それから数時間ほど鏡に夢中になるアマテラス。
 すると何を思い立ったのか急に立ち上がった。

「よし、決めた! 私もスサノオみたいに下界に遊びに行くわ!」

 意気揚々いきようようと力強く宣言するアマテラスだが、ツクヨミにダメですと反対されてしまう。

「何でよ、いいじゃない。私もスサノオみたいに遊びに行きたいわ」
「ダメです。下界は危険すぎます。下界には下劣げれつ不埒ふらちやからも多いのです。姉様のようなか弱く可憐で華麗な麗人れいじんが下界に行きますと、何が起こるかわかったものじゃありません」
「う~じゃあ、どうすればいいのよ……」

 アマテラスは口をとがらせ、小さな身体を丸め、ねるようにつぶやいた。
 それを見たツクヨミは仕方ないといった様子でアマテラスに代案を出すことにした。

「姉様が下界に降りることはできませんが、その代わりに私が下界の様々な食べ物、嗜好品しこうひん等を集めてきましょう」
「本当は自分で行きたいけど、しょうがないかぁ。じゃあ、頼んだわよツクヨミ」
「はい。では姉様少々お待ちを」

 ツクヨミは先ほどと同じように空中に手をかざし空間をゆがめ、黒いあなの中へと入っていった。

 ――1時間後

「ただいま戻りました、姉様」
「おかえりなさいツクヨミ、結構早かったわね」
「下界に行ってから色々と集めるのは時間がかかると思ったので、天界にいるスサノオのところに行ってきたのです。スサノオなら下界のことをよく知っているでしょうし、様々な娯楽用品も持っていると思ったので」
「あらそうなの? 久々にスサノオも遊びに来ればよかったのに」
「スサノオは少し体調が悪いようで、今寝こんでいます」
「あら、大丈夫かしら? 何かあったの?」
「いえ、別に気にしなくても大丈夫ですよ。それでスサノオから借りてきたゲームやマンガなるものをここに置いておきますね」

 黒いあなから棚、机、パソコン、テレビ等様々なものを取り出され、邪魔にならないよう部屋に配置されていく。

「まあ! こんなにたくさん! スサノオがよく貸してくれたわね」
「ええ、姉様に貸し出すと聞いて、泣いて喜んでましたよ。」
「そうなの! やっぱりスサノオは優しい子ねぇ」

 スサノオが泣いた本当の理由に気づかないアマテラスは、無邪気に褒めた。
 強奪ごうだつ、もとい話し合いをしてきたツクヨミは、いつも通りといった感じで、悪びれる様子もなく話を続ける。

「あと、クシナダ様から姉様へ。夜ご飯にでもぜひどうぞという言伝ことづてを預かりました」

 机の上に重箱じゅうばこが置かれる。

「まあ! 本当? クシナダちゃんの料理は見た目もきれいでおいしいし最高なのよ!」
「私がスサノオと話しこんでいる間にいつの間にかお土産みやげの準備をしてくださっていたみたいです。クシナダ様はスサノオには勿体無もったいないほどよくできた方ですよ。なかなかそこまで気はまわりません」
「そうね、今度お礼言わなきゃ」

 上機嫌なアマテラスは早速重箱じゅうばこを開き、何が入っているか確認する。

「では姉様、私はそろそろおいとまさせてもらいます」
「あら、もう帰っちゃうの? クシナダちゃんの料理食べていけば?」
「いえ、私は私で受け取りましたから大丈夫です。今から用事がありますのでこれで」

 その場で一礼するとツクヨミはその場から去っていった。
 一人残ったアマテラスは重箱の中身を空にすると、スサノオから借りた本達を手元に引き寄せ、時間も忘れて読みふけっていった。

 ――翌日

「これだわっ!!」
「これとは一体何のことでしょう?」
「ひっ!」

 いつのまにか部屋の中に出現していたツクヨミに背筋が凍る思いをするアマテラス。

「ツクヨミあんたねえ。いつでも来ていいとは言ったけど、勝手に部屋に出現するのはやめなさい。さすがの私も怒るわよ」
「それは失礼しました。次回からは部屋の外からノックいたします。ところでこれとは一体何でしょうか?」

 全然悪びれる様子のないツクヨミは話を早々とすり替える。
 自身の笑みに満ちたアマテラスは言う。

「ふふん、そういえばツクヨミ、あなたこの前、最近は人間達の信仰が薄くなってきて、天界が不安定になることがあるって言ってたわよね?」
「ええ、その通りです。最近は信仰の納品が間に合っていないという現状で、人間達にも困ったものですよ」
「それの解決法を見つけたわ」
「おお! それは一体どのような方法なのでしょうか?」
「ええ、それは――」 

 アマテラスはツクヨミに信仰を獲得するためのアイデア、それに反発するであろう人間への褒美を提示ていじしていく。

「それは、とても斬新ざんしんでユニークな発想ですね。さすがアマテラス姉様です」
「でしょう?」
「ですが、これを実行するには他の管轄かんかつの神達にも話を通さないといけないですね。まあそこら辺は私が何とかいたしましょう」
「お願いするわ」
「皆さん娯楽に飢えていますからね。同時に天界の問題をも解決するこのアイデアなら、皆賛成してくれると思います」

 それから、アマテラスとツクヨミはお互いに意見を交わした後、計画を実行するために準備に移った。

 これは、神様達と人間達のお話し。
 暇を持て余した神がある思いつきをしたことから始まる物語。
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