神様の遊び場

桜羽ひじり

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7話「リスタート」

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「まあ、それも自身を構成する一部。諦めて受け入れるんだのう」
 
 面白おかしく、楽しそうに話す赤鬼せっき
 対して、さっき俺に襲い掛かってきた黄鬼おうきはイライラした様子で俺と赤鬼をにらんでいた。

「赤鬼! もういいだろ! お前こそこの儀式の重要性、わかってんのか!?」
「ああ、すまんすまん。久しぶりに人間と出会って、少々テンションが上がっていたようだ」
「しっかりしろよ! お前は鬼人族きじんぞく主神しゅしんだろうが! 俺達のトップが人間なんかとれ合ってんじゃねえ!」
「黄鬼、人間と言っても巫覡ふげきになる可能性があるものだ。神意しんい世俗せぞくの者に伝える重要な役割をになものを軽んじるでない」
「巫覡つっても人間は人間だろ!? 自身の利のためなら他をおとしめることをいとわない強欲でいやしい獣だ! 忘れたのか! 俺達が受けた仕打ちを! お前も記憶は継承けいしょうしてんだろうが!!」
「その上で出した答えがこれだ。鬼にもいろんなやつがいるように人間にもいろんな奴がいる。相互理解そうごりかいが必要だと言ったはずだ」
「わかるかよそんなの……俺は今でも人間から巫覡を選ぶのは嫌なんだ」
「子供のお前にすぐに理解しろとはいわん。だからこそ、お前を連れてきたんだからのう」

 二人の話には興味深い点がいくつかあった。
 鬼人族、主神、過去の出来事。
 本来なら、これらのことについてじっくり考えたいとこだが、今はいったんやめ、考えを切り換えることにする。
 二人の話を聞きながら、今自分は何が出来るかを考えた。
 この場を生き抜くために何ができるかを。
 
 逃げ出そうとは思わなかった。
 この世界では身体能力が向上しているとはいえ、逃げたら一瞬で捕まえられるか、機嫌を損ねて殺されると思ったから。
 赤鬼は黄鬼と比べて好意的に接してくれてるようだが、善意で俺を助けたんじゃない。
 意味もなく助けたわけじゃない。
 こいつらは、自分に仕えるに見合う能力があるかどうかをみようとしている。
 だから俺は、それを踏まえて答えを出した。
 このまま俺に話がふられるまで待てばいい。
 従順に、神様の言うとおりに鬼ごっこに参加して、生きるためにこいつらの言うとおりにすればいい。
 そう、自分で答えを出したはずだった。
 
「――ふざけんな」

 いつの間にか口に出ていた。

「あ˝!? いまなんつった人間?」

 顔色をうかがってしまっていた。
 あまりに大きな力を見せつけられ、心まで折れていた。
 
 違う。
 違うだろ。
 これじゃあ、ただの神様のおもちゃじゃないか。
 尊厳も何もない、俺達の意志は無視され、生き残っても神に仕えさせられるって……おかしいだろ。
 
 だから俺は、もう一度言う。
 自分の心をふるい立たせるために、鬼達を見てはっきりと。

「ふざけんなって言ったんだよ」
「てめえ……」
「まあ待て。……小僧、何が不満だ?」
「そう言いたくもなるだろ。気が付いたらこんな場所に連れて来られて、いきなり生き死にがかかるゲームに強制参加。お前達は巫覡とやらを決めるために必死なのかもしれないけど、これじゃあ、俺達はただのおもちゃだ」
「……意思を通す力がなければ、従うしかない。これも一つの真理だ。一方的に命を握られている状況でその言葉は、得策とは思えんがのう」
「俺だって言う相手は選ぶよ。ただ、あんた達は従うだけの奴隷が欲しいのか、自分の意志をしっかり持つ人間が欲しいのか、どっちだ?」
「てめえ! 何様のっ――!? ふがふが、んー!」「……静かに」

 白鬼はくきが俺と赤鬼の話を遮らせないために、黄鬼の口をふさいだ。

「ふっ、なるほどのう、わしの行動と言葉を聞いたうえでのことだったか。状況判断力がないわけじゃないようだのう……結論から言おう。儂は何者にもひれ伏さず、確固かっこたる自分の意志と信念を持った奴が欲しい。小僧、お主はどうだ?」
「……残念ながら、俺は当てはまりそうにないな」
「そうか、そうには見えんがのう……まあ、いい。それで、小僧は何が言いたい? その顔は、まだ諦めてないようだが」
「ああ、一つ思いついたことがある。まず前提として、この鬼ごっこ。本来なら、逃げきれなくなった俺達が鬼にどう対処するかを見る試験だろ?」
「まあ、おおむねはな」
「今の俺の状況は、もうゲームの本来の目的から外れてる。3体1、しかもここまで近づかれていたら俺にはどうしようもない。それは、お前達からしても都合が悪いんじゃないか?」
「確かにそうだ……もう一度逃がすわけにはいかんしのう」
「だから、俺と一つ簡単なゲームをしてほしい」
「ほう、言ってみろ」
「あの林から俺がスタートして……そうだな、あの一本杉までなんかどうだ? 逃げ切れたら俺の勝ち。そしたら俺を見逃してくれ。もちろん一対一での勝負でな」
「ふむ……良かろう。もともと多勢たぜい無勢ぶぜいはすかんからのう」
「それで、対戦相手だけど……そこの口の悪い黄色いガキはどうだ? さっきから俺を睨みつけてばっかで気分悪いしな。叩きのめしてやるよ」
「……喋っていいよ」「ぷはっ、調子に乗ってんじゃねえ! 言われなくてもてめえは俺の手で殺してやるよ」
「くはっ、くっくっくっ、なるほどのう。儂は別にいいが、白鬼はいいのか?」
「……別に、興味ない……」
「はっ、誰にも邪魔させねえ。誰がなんと言おうと俺がやるぜ」

 とりあえずは上手くいった。
 この3対1っていう危機的状況をリセットできたのもそうだが、一番勝てる確率が高そうな黄鬼を相手に選択できた。
 一番の収穫は赤鬼との戦闘を避けられたことだ。
 黄鬼と白鬼を簡単に押さえつけた赤鬼はおそらく、ここに来た鬼の中でも一番強い。
 鬼人族の主神と言っていたのもあるが、おそらく俺の意図もわかっていた。
 そのうえで、全ての要望を飲み込んだ余裕っぷりから、赤鬼の器の大きさがうかがえた。

「それじゃあ、決定ってことで。今から――」
「ちょっと待て」
「……なんだ? 何かルールに不満でもあるか?」
「違う違う。これでは、小僧がちとやる気にがれるのではないかと思ってな。小僧が勝った場合、何でも一つ願いをかなえてやろう。まあ、儂に出来る範囲での話だがな」

 これだ。
 この余裕。
 気味が悪いくらいのこの余裕が、恐ろしかった。

「それと黄鬼、祈力きりょくを使うのは禁止だ。己の身一つで、小僧を倒して見せろ」
「あ˝あ!? 何で俺があいつに気を使わねーといけねえんだよ! ただでさえ依代よりしろ使ってっから、力でねえのによう」
「なんだ? 祈祷術きとうじゅつもろくに扱えん生身の人間におくしてるのか?」
「……はあ? んなわけねえだろ!」
「なら、祈力を使わずとも勝てよう」
「……ちっ、わーったよ、しょうがねえな。それぐらいのハンデがないと確かに、雑魚でもろい人間には勝負にならねえもんな」
「決定だな。じゃあ、儂は小僧が逃げんように一緒に林までついて行ってやろう。白鬼は一本杉いっぽんすぎで小僧がたどり着けるか見ていてくれ」
「……うん……わかった」
「黄鬼は……黄鬼は一本杉スタートで良いな。小僧が向かってくるのをはばんでみせろ」
「阻む? むしろ俺に許しをうまで追いかけまわしてやるよ」

 そうして俺達は移動を始めた。
 赤鬼と俺は、転移してきた陣を中心に右下の林に。
 黄鬼と白鬼は陣から左にある一本杉に。

「白姫、村に戻ったら覚えてろよ」
「……知らない」

 赤鬼が何を考えているのかが気になった。
 あまりにこちらの都合通りに動いてくれて、更には制限をもうけたり、勝った時の報酬まで準備するしまつだ。
 メリットがない。
 自分達の不利になる様な条件を提示する意味がわからなかった。
 ジロジロ赤鬼を見ていると、察した赤鬼が笑いながら答える。

「そう、警戒するな。ただのたわむれだ。何かしらのスパイスがあってこそ闘争に楽しみが生まれるものよ」
「…………」
「納得いかないといった顔だな……それほどに、お主と黄鬼は力の差があるということだ。あいつはあんなだが、あなどると痛い目を見るぞ?」
「侮ってはないよ。俺が弱いことは……どうしようもなく弱いことは、俺が一番知ってる……」
「……そうか、いらん世話を焼いたようだな」

 林に着くと赤鬼は 黄鬼と白鬼に聞こえるよう声を張りあげる。

「天に浮かぶ紙片が、残り1時間55分00秒と表示した瞬間、開始の合図としよう」

 林から、一本杉までおよそ200m。
 どれだけ速く走ったとしても黄鬼とは絶対に衝突することになる。
 最初でどこまで進めるかが重要だ。
 こちらにはほこらで手に入れた小太刀こだちと小さな巾着袋きんちゃくぶくろがある。
 どこまで使えるかだな。
 十中八九、鬼に対抗するための道具だと思うけど……。
 巾着袋のひもゆるめ、中身を確認していると、赤鬼が開始の前口上を言う。

「両者! 己の誇りを賭け! 己が信ずる道を証明せんがために! 死力を尽くし! 相対する者を認めさせてみせよ!」
 
 ■■■残り1時間55分00秒■■■

 空に浮かぶディスプレイに開始の時刻がきざまれた。
 俺は、一本杉で待ち構える黄鬼を見据みすえ、草原を駆けた。
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